2000年・ハワイホノルルマラソン



スタートライン風景。
思ったより道路幅が狭かった。
ここから、様々な物語が生まれていったのでした。。。


日本時間12/8

・・・憧れのハワイへ向けていざ出発!!!
いろいろ準備を重ね、やっとこの日を迎えたのだった。。。
・・・いったい誰が言い出したのか、ハワイホノルルマラソン・・・。
まさか、俺達家族が「全員」行くとは自分自身思っても見なかった。
今思い出すと「しんどうちゃん、ハワイホノルルマラソンの話があるんだけど・・・」
と、嫁さんからのお話。その時はそれほど行きたい!とは思ってなかったけど、
なんかしばらく時間が経ってくると、「いっちゃおうかな〜」と思ってきた。
・・・そして、とうとう言ってしまった。「みんなで行くかっ!!!」・・・。
この一言で決定してしまった。後先考えずに・・・。
あれは何月だったんだろうか。もう憶えていない。
それから、旅行代金やさまざまな事が決定していった。
その旅行代金。旅費だけで約¥900.000.-也。
ひえ〜そんなにいるのかよ。おいおい。
さて、どっからその金捻出しようか・・・。行こう!!!なんて言ったものの
こんなに金がかかるとは、ちょっと思わなかった。とほほ。
でも、「みんなでハワイ行くぞっ!」って子供に言った手前、「やーめた」って言うのもいやだしな〜。
えーい、どうにかなるわい。。。
の精神で行くしかない・・・と、心に決めたのでした。
「金は天下のまわりもの」って事もあるし・・・と無理やり自分に言い聞かせ、
しばらくの冷や飯生活も覚悟して、「カヌー買いたい」という言葉も心の奥深く飲み込み、
邪念を払いのけ(ちょっとおおげさ)静かに、そして厳かに自分に「決定」を宣告したのだった・・・。

そして何ヶ月が過ぎて・・・。
嫁さんを中心に(ほとんど)事は進んでいった。
実際に旅の準備を始めたのは、12月に入ってから。
まあ、それまでに「おぷしょなるつあー」の事ですったもんだがあったが、なんとか決めた。
子供がいるので、あまり過激な事は出来そうになく、「イルカのショー」なるものに決めた。
ほんとは、海、空関係の遊びをしたかったがそれもしょうがなかろう。。。ゴルフもあった。胸の奥にしまった。。。
トランクに入れたのは、出発当日。それまで嫁さんがいろいろ用意をしていた。感謝、感謝。
まあ、なんせ6人分の着替えなもんでそーとー苦しんでいた。
いろいろ俺に言ってくるが「そんなもん、どーでもええやんか」と、言ってのけた。
まあ、男はそんなもんだろう。。。と、思うんですが。。。
洋服を並べてみると、なんかトランクに入りそうな気配がない。
と、そこで必殺、テレビショッピングでおなじみの「圧縮袋」の登場とあいなった。
これが便利ですぐれもの。しわがあってもいいやつは、ほとんどこの中に収まった。
ついでに、うるさい「がきども」も収まればいいのだが・・・。って感じで、余裕で入ってしまった。
子供を学校に迎えに行き、4時頃ハワイに向けてとうとう出発!!!
んんん。これから長い旅が始まる。

松山空港で、添乗員の「さえきさん」「ともちゃん」「まこちゃん」「若い男ふたり」
と合流。一路関空へ。
関空で、再び合流。「学生さん約5人くらい(男)・・・忘れた」
その子達も、みんな松山出身のようで、さえきさんの関係で集めたそうだ。
そんでもって、とうとうハワイ行きの便に搭乗したのでした。。。
・・・まこちゃんの「壮絶な42.195kストーリー」は、この時誰も想像すらしていなかった・・・。

つづく。


現地時間12/8午前10:10

関空を22:20(JAL078便)で飛び立った飛行機は、再び8日の10時過ぎに到着した。
1日人生のやり直しである。得した気分だが、やっぱつらかった。
機内では、たぶん4時間も寝てないでしょう。いや寝れなかった。
さすがに狭い座席では熟睡できない。
子供達はサイズがちょうど良い感じで、結構寝てた。
飲んでねるぞ〜・・・と思ってたけど、飲んで顔がむくれただけだった。
靴を履くのがつらかった。
ある人は、ワインをしこたま頼んで、お持ち帰りしたそうだ。(N氏)みやげ用に。

ホノルル空港に到着して、入国審査、荷物チェック、荷物の受け取り・・・。
結構時間がかかり、いやになった。なんせ、500人ほどの乗客がいるんだもんね〜。
そのままJALの・・・えーなんとかって言う所で説明会。
おそらく15分ほど説明があったけど、はっきりいってよー分からんかった。
もう少し簡単明瞭に説明して欲しいと思った。
おそらく、大半の人がそう思ったに違いない。
終わってさえきさんに聞くと、1分で納得した。JALさん、もうちょっと考えろよ〜。
その建物は、免税店も兼ねていた。説明が終わって外に出ようと思うけど、なかなか出られない。
わざわざ店を巡るように、エレベーターがない。
ふざけんなっ!」って思いっきり思ってしまった。
寝不足の上、俺は、ブランド品なんか興味ねーんだよっ。香水のとこなんか通ったひにゃや、吐き気を模様したぜっ!
・・・と、怒り心頭でやっと外に出た。
歩いてもホテルまで10分もかからないと言う事で、歩く事にした。
10人ほどで歩き出したが、初めてのハワイ。よーわからん。
なんとか大通りに出て、方向が分かった。
それにしても、やっぱハワイは暑い。・・・と思ったが、たいしたことなかった。
まあ、曇ってたせいもあるけど。長袖でOKだった。
ようやくホテル「シェラトン プリンセス カイウラニ」に到着。
カイウラニは、未だに覚えられない。
部屋は22階2259。6人なんで2部屋続きにしてもらった。
んんん、なかなか良い眺めだ。海も見える。。。ちょっとだけ。ベランダにも出ることが出来た。
日本じゃ絶対出れないだろうね。早速出てみる。。。おー、おけつの穴が締まってしまうぜっ!
た・高い。思わず椅子をなるべく後ろに下げて座ってしまった。
落ち着くひまなく、1時になんだか無料の市内観光を嫁さんが予約したらしく、ホテルを出る。
8人で行ってきました。飯食う暇がないもんだから、ちょうど良い具合に前に「ABCソトアー」発見。
食物買って急いでアロハステイションへ早歩き。
俺はあせってるのに、子供、嫁さんはのんびりだ。てめ〜ら、はよ来い!!!
ぎりぎり間に合い、高級バス(これほんと)でいざ出発。
・・・は良いけど、寝不足の、特に子供達は車窓からの風景はおそらく見ていない。。。もったいない。
あちこち巡った。名前は覚えてないけど、きれいなとこばっかしだった。
塩吹き岩では、俺は亀を見た。ガイドの「DAVID」が「ここは亀がいるね〜」って言ってたら、ほんとに居た。
それも2匹(頭)も見た。結構みんな見てたのに、発見したのは俺だけだった。
後で子供に「お父さん、亀見たで!」と言っても信用してくれなかった。しかしホントに見たんだ。信用してくれよ〜。
・・・いろいろ巡って、出発地点へ到着。
その夜は、ディナーしながらshowを見た。

このつづきは、また今度。


現地時間 12/8 午後5時30分(曇り)

この日の夕食は、ハワイの伝統的な民族音楽、ダンスを見ながらのお決まりのバイキングディナー。
添乗員のさえきさんが、5:15には待ってますとの事だった。
・・・しかし、待ってても現れない。携帯で連絡をとることにする。
余談だが、携帯はレンタルできる。せこせこ旅行の我々は借りなかったが、
一緒に行った方が借りていた。これが安くて便利。国際電話も一発で繋がり、通話料もとってもお徳。
話はそれたが、連絡が取れどうも違う場所らしい。
そこへ行くとさえきさんがいた。でも、付いて行ったらさっきまでいた場所だった。
人が多く、おまけにさえきさんがスーツではなく、アロハに着替えていたもんだから分からなかったよーだ。
なんとかショーまでに間に合い、中へ入ることが出来た。

さっそくテーブルに案内され、デブリンのおばちゃんがやって来た。
drink?」そのくらいの英語は分かるので、勿論「beer」を注文した。
この旅では、ビールはしこたま飲んだ。アサヒもキリンもあった。最初はちょっと驚いた。
程なくテーブルに運ばれたのは、お冷を入れるくらいの、よく暖まった小さいコップに入ったビール。
勿論、足りる訳もなく追加注文。「one more beer please
再びビールがテーブルへ。今度は小瓶のままだ。。。しかし、ここで問題発生。
食い物はバイキングで何でも食えるのが世の常。なもんで、飲み物もとーぜん「ただ」だと思っていた。
・・・しかし「9ドル50セント」と、デブリンがへたくそな日本語で発声して来やがった。
・・・なに〜いるのかよ〜。そ・それも日本円で1000円以上するじゃねーか!
・・・渋々10ドル札を渡した。隣にいた色白まーちゃんと顔を見合わせ、しばし唖然。。。
てめーこのやろー、金いるなら最初から言っとけ!・・・まあ、どっかに書いてあるんだろうがそんな事分からん。
ここは「銀座」じゃねーぞ。新宿のぼったくりバーと一緒じゃねえか!
怒りが収まらず、バイキングをしこたま食ってやった。
お隣のお客様は、どんどんビールを注文していた。海外に行くと、金銭感覚が麻痺するようだ。
・・・9ドル50セント。。。おつりが帰ってこなかった事は、言うまでもない。・・・
子供は、バイキングといってもたいして食わない。長女のまーちゃんは、「河童巻」ばかり食っていた。
もっと美味いもんあるだろ〜。。。とほほ。

程なく、ショーが始まった。
ハワイの歴史をつずった物語形式の様だった。
女性は勿論ハワイアンダンスの衣装。男性も腰にわらで作った物を身につけている。
レーザー光線も駆使した、すばらしいショーだった。
まず思った事は、女性が腰をめちゃくちゃ、くねくねと回し、よく衣装がずり落ちないもんだ。と感心した。
「落ちろ・・・んんん」と、心で念じていたのは俺だけではないであろう。。。たぶん。
その中でも凄かったのは、「ファイアーダンス」だった。
激しいダンスをしながら、グルグルと2本のたいまつを見事にあやつっていた。
子供達も、目を見開きびっくりした表情で見入っていた。瞳孔が開き気味だったぜっ。
7:30頃ショーも終わった。デブリンビールを除けば、満足の行くショータイムだった。

部屋に帰り寝る準備。興奮していた子供達は、なかなか寝なかったが、それもつかの間。
深い眠りに落ちていったのでした。俺もね。

そうそう、着いてから俺はずーと下痢気味だった。
シャワートイレがないので、紙で拭くしかないのだが、日本で毎日愛用してるもんだからこれが辛かった。
ナイーブになっている、おしりのちゃんはひりひりして、帰るまで痛かったことをご報告しときます。

あしたは「イルカのショー」を見に行く。


現地時間 12/9 午前8:20(快晴)

今日は「sea life park」と言う所で、メインの「イルカのショー」を見に行く。
何時に起きたか忘れたが、結構俺は早くに目がさめたと思う。
目がさめて、ベランダに出て一服した。
あ〜ハワイだ〜。って感じの朝だった。朝晩は結構肌寒く、長袖でちょうど良かった。
ちょうど真下に見えるのが、こぶりの公園らしき所。
鳥の声がやたら聞こえてきて、車の音もかき消すほどの勢いだ。
こぶりの鳩もやって来て、さえずっている。。。ハワイを感じた朝だった。。。く〜かっこいい〜!

がき達を起こしにかかるが、いつもまともに起きてくれない。
だからいつも時間がぎりぎりになる。案の定遅くなり、レストランでの食事はあきらめた。
8:20に1階のJALステイションに集合してバスで行くんだが、時間がない。
やっぱし今日も「ABCストアー」のお世話になる。
まあ今回の旅行は、ABC殿には大変お世話になった。
日本のコンビニと同じで、お土産まで結構な量が置いてある。
俺は、必ずおにぎりを買い求めた。きまって「こんぶ」。。。好きなのである。
買出しして早々バスに乗り込む。中で食ったが、こーだいが買った「巨大ツナサンド」はまずかった。
ツナがやたら多く、一口食って嫌になった。一生買わない・・・と心に誓った。
直接行くのかと思ったら、途中ホテルでふたり積んで、1ヵ所観光して回っていった。
でもそこは、昨日無料観光で回った所だったが、運転手兼ガイドのおっちゃんには言えるわけない。
しょうがないので降りて見た。昨日こーだいは、ちょうど寝ていて見なかったので、良かったかもしれない。

バスに乗り、目的地到着。
あんまり大きくない水族館を見ながら、ちょっとだけ見て回った。
そー言えば、イルカにつかまって泳いだり、頭の上をジャンプしてくれたりの企画があった。
なんかそれが頭にあって、わざわざ水着まで持っていったが、事前に申し込みをし、子供はだめだったらしく、
水着を持っていった私がばかでした。
でも、他の観光客の方々はやってる人がいた。ほとんど女性でキャーキャー言っていた。
イルカのせびれに捕まり、運んでくれる。本人達は気がついてないが、この模様が水中から拝見できる。
首から下が丸見えだ!なかなか良い眺めであった。おいおい良いのかよ〜。
上がって顔を見ると、はっきりおばちゃんと分かる方で、見て損した。

イルカのショーを見て、まあこんなもんだろう・・・ってな具合で、普通でした。
子供は楽しそうにしてたんで、良かったんでしょう。と、納得する。
そうだ、ここには世界で1頭という「くじらとイルカの愛の子」がいた。
すけべくじら君が柵を乗り越え、かわいいめすイルカとやっちゃったらしい。
人間も他の生き物も、たいした変わりはないものだ。。。でも、よく入ったよな〜。ドピュ?

そこでの時間も過ぎて行き、バスでホテルへ帰還。
腹もたいしてすいてないんで、午後からワイキキビーチへ泳ぎに行った。

結構長くなりそうなんで、次回はワイキキビーチからのお話。

つづける。


現地時間 12/9 午後2時頃(快晴)

午前中、イルカを見て午後から「ワイキキビーチ」へ泳ぎに行った。
憧れのワイキキ。でも、あちらも常夏とは言え、冬?なんでちょっと寒かった。
砂浜は日本と違って、茶色い砂。海もそれほどきれいとは思わなかった。
でも、たくさんの人達がいて甲羅干をしておった。
そこでは勿論みなさん水着。体の線がはっきり分かる。
アメリカの女性は、2人に1人は巨大化している。
象かと見間違える人も結構いた。やっぱ日本人女性がいいよな〜。
俺はと言えば、勿論ばりばりの「競泳用水着」。それも
水泳をやっていて、もうタンパンの水着は履く気がしない。。。これっておかしい?
結構寒くなったんで、早々引き上げる事にした。
部屋へ帰ってシャワーを浴び、昼飯食ってないんで5時には外へ食べに行く事にした。

どこで食べるとも決めずに歩いていると、ある店が目に止まった。
雰囲気的には大人の雰囲気で、子供は入れそうになかったが、通りすぎる時ちょっと覗くと、
家族ずれも見えた。ここに決めた。入ると女性の定員さんが迎えてくれた。
ちょっと待って席に案内された。。。しかし、そこは外国の方ばっかし。。。
メニューを見ても全て英語。定員さんにも日本語は通じない感じだ。
とりあえず、子供のメニューがあったんでそれを頼む事にした。しかし、ビールはどこでも通じた。
俺もその中の「ピザ」を頼む事にした。嫁さんは、なんとかサラダ、こーだいはステーキが食べたい、
とぬかし、つたない英語で注文成功!ちょっと時間がかかったが、それら全てがテーブルに揃った。
こーだいと母以外は、まあまあの味と量。嫁さんのサラダは、これでもか〜と言うくらいの野菜の量。
こーだいのステーキは、油なしのかちかちペッパーステーキ。おまけに、死ぬほど「フライドポテト」の山。
食べきれず俺も食ったが、ほんとに死ぬかと思った。こんなもん食ってるアメリカ人は、太るはずだと痛感した。
なんとか食って、店を出た。俺とこーだいは早々部屋に帰ったが、他の女チームは買い物へと別れた。
部屋に帰って、俺とこーだいはベットにダウンしたまま眠ってしまった・・・Zzzz...

何時に帰ってきたのか忘れたが、女チームが帰って来た時目がさめた。
明日はとうとう「ホノルルマラソン」当日だ。
am5:00スタートと言う事は、いろいろ準備があって2:30には起きて準備をしなければならない。
フルを走るのは嫁さんだけだが、その他5人は10kウォーク(メイヤーズウォーク)に出る事にしている。
なもんで、風呂入って無理やり寝る事にした。確か、7:30頃だったと思う。
・・・しかし、寝れるわけがなかった・・・。
1番どきどきは、嫁さんだろう。

今夜のワイキキは、早くから久し振りに静かな夜だったようだ。

つづく


現地時間 12/10 am5:00 (日本時間12/11 am0:00)

とうとうやって来ました「ホノルルマラソン」!!!
午前5時スタート・・・と言う事は、2:30頃起きて準備を始めなければならない。
嫁さんフルマラソン、俺と子供は10kウォークにエントリーした。
10kウォークは、メイヤーズウォークと言うらしい。。。意味は知らない。
2:30起床と言っても、どうしても早く目がさめてしまう。
多分、俺も1:00には目がさめて、ベランダで一服していたと思う。
嫁さんも寝れなかったらしく、1:30には起きてきた。
子供はいい気なもので完璧熟睡。起こすのが大変だった。

ちょっと早すぎる起床で、時間を持て余した俺は、ホテルの外に出てみることにした。
するとすでにランニングスタイルで走ってる人がいた。
しかし、俺は他の方に目が行ってしまった。通りの向こうから歩いてくるスレンダーな女性を発見!
背が高く、スタイル完璧、金髪をなびかせ腰をふりふり歩いてくる。
俺の前を通り過ぎた瞬間、なんとも甘い香りが漂ってきた。。。
前を通り過ぎて、後ろ姿を見ようと顔を右に向けた。。。ゲッ!!!おけつがほとんど見えてるじゃないか!
俺の目は釘ずけ。いわゆる「ストリートガール」だったんだよね〜これが。
その後も2人ほど見かけたが、前記のような感じでめっちゃ美人。。。でも、誰も俺に声を掛けてくれなかった。とほほ。

おっと、そんなこと考えてる場合じゃねーんだ。部屋に帰って準備だ。。。後ろ髪引かれて部屋に帰った。
子供のパジャマを無理やりひっぺがし、たたき起こした。たまにけつに噛み付いてやった。
なんとか準備が整い、3:10にはロビーに到着。すでに他のツアーで来ている人達でごったがえしていた。
ここから歩いて公園に向かう。名前は忘れた。10分ほどで到着。でも、ここがスタート地点ではない。
バスでスタート地点へ送迎してもらう。いったい何台のバスが往復するんだろう。
情報では、50.000人あまりのエントリーがあるそうだ!5万人ですよ皆さん!
ミレニアムってこともあり、例年の2〜3倍の人だそーだ。八○浜の人口をはるかに上回る人間だ。想像を絶する。
5・6分でいよいよスタート地点の公園に到着した。何回も言うようですが、5万人がここにいることになる。
少し歩いていくと、スタートの横断幕が見えてきた。思っていたより道路の幅が狭かった。
到着時間は午前4時頃だったと思う。それから結構長い時間セレモニーが続いた。
国歌斉唱。結構有名な人が歌った様だが、声は聞こえても姿は見れず。なんせ人ばっかしだから。
ゲストに、マリナーズの佐々木大魔人が来ていた。高いリフトの上からなんか喋っていた。
回りでは「だいまじ〜ん!」の歓声。振り向いて手を振ってくれた。後で聞いたが有名人もかなり来ていたようだ。

・・・スタート時間が近づいてきた。回りの人達の一種異様な雰囲気が伝わってくる。
自分もこの中のひとりだと思うと、気持ちが高揚してくる。
そして・・・カ・ウ・ン・ト・ダ・ウ・ン・・・午前5時、号砲と伴に俺の後ろの海から大輪の花火が打ち上がった。
見ていると、グッと込み上げるものがあった。結構長い時間花火は上がった。
日本の花火だと思うが、これほどきれいに見えた花火はなかった。日本の花火が世界一だと実感した。
そして、嫁さん、ぬのいさん、みやこさん、さえきさん、まこちゃん、ともちゃん、学生諸君達は、長い長〜い
ゴール地点へと旅だったのでした。

つづく。


現地時間 12/10(S) am5:15(快晴)

フルマラソンの選手達がスタートして行った。
本当なら、ほとんどスタートラインを越した所で10kスタートとなる所だろうが、
なんせ、くどい様だが5万人。途中から「10kの方も入って下さ〜い」と呼びかけが始まった。
両サイドから怒涛の人の山が参加して行く。俺達も参加する。
スタートラインを真上にしたのは、5:15。ばんざーい、と手を上げ10kのスタートとあいなった。
前を見ても、後ろを見ても、どこが先頭でどこが最後尾か分かるはずもない。

・・・ところでみなさん、フルの選手たちは不公平だと思いません?
先頭と最後尾。スタートラインまで来るまでにそーとー時間の差があるとおもいませんか?
おそらく、30分は違うんじゃなかろうか・・・?
・・・ご安心あれ。最近は「IT革命」なる言葉をよく耳にするが、まさにそれ。
参加選手全員には「チップ」なるものが配布される。10円玉ほどの大きさ。
それを靴紐に結びつけるわけだ。その中には凄い情報が詰め込まれている。
スタートラインを通過した瞬間、そのチップが作動する仕掛けの様だ。
個人個人全部違っていて、その人の情報が全てコンピューターで管理されている。
だから、スタートラインを越さないとその人の記録は残らないのだ。
帰国してから公式サイトにアクセスしてみたが(アドレスはまたコピーします)す・凄い!!!
完走者全ての情報が記載されていた。それも、5k、10k、20k、ハーフ、30k、ゴール。
の全てのタイム、順位、年齢別順位、国の順位、男女の順位、・・・などなど情報盛沢山。
自分のエントリーナンバーを記入さえすれば、簡単に見ることが出きる。住所や名前とかでもOK。
世界は進んでいる。

話はそれたが、歩き始めたのはまだ夜明け前。回りは真っ暗。
日本がクリスマス間近と言う事は、ここもおんなじ・・・当たり前。
街中がきれいなイルミネーションでいっぱいだ。歩きなんで、カメラ持参で取りまくった。
フルマラソンとしばらく同じコースを歩いた。あまり歩いてない頃だったが、ホテルやガソリンスタンドに人だかり。
良く見ると、便所待ちの行列。睡眠不足でのスタートがほとんどだろうから、くそして来る時間もなかったんだろう。

その選手達を追い越していく。程なく給水所。これがかった!
紙コップで水を渡してくれるんだが、なんせ5万人。くどい。。。紙コップの山・山・また山。
道路は水浸し。ボランティアの人達がせっせと働いていた。感謝。
ここで思ったのは、歩きながら飲む事の難しいこと。コップからこぼれる方が多い。
まして走ってなんか不可能だろう。鼻に入ってむせるのが関の山。止まって飲むしかない。
2k、3kと距離を刻んで行く。途中沿道で声援が飛ぶ。アメリカ人の方たちは御陽気な声援が多かった。
励まされ、8k・9k・・・もうすぐゴール。ワイキキビーチを右手に見ながらあと1k程。
とうとうゴール。記念撮影をしてゲートをくぐった。うれしかった。
10k歩きといっても、早朝から寝不足でのスタートだから感慨深い。
am7:30。記念のうちわを貰った。

・・・でも気になるのがフルマラソンの選手たち。
俺が帰って来た時には、すでにゴールしていたつわものもいた。沿道で見ようと行ったが、
すでに見れるところはない。嫁さんは4時間目標で行ったので、早くても9時。
子供も疲れ果て、勿論子供以上に疲れた俺達は、とりあえずホテルに帰ることにした。
さほど遠くないが、10k歩くより疲れた。途中ワイキキビーチのベンチで休んだ。
朝のビーチはすがすがしく、ここでもハワイを満喫できた。ずっと座っていたかったが、眠気の方が勝った。
ホテルまでたどり着き、お決まりのABCで朝飯の買出し。それを持って部屋まで上がって行った。
飯食ったら、子供も俺もベットでノックアウト。昨日の睡眠不足を取り返すべく深い眠りに落ちていったのでした。

フルマラソンにエントリーの、同士達の動向が気にはなったが・・・。

つづく。


現地時時間 12/10(S) am10:30(快晴)

目がさめると10:30・・・えっ、もうこんな時間・・・。
まあまだゴールしてるとも限らないし・・・まあのんびり行こうか。
と、思っておもむろにお出かけ準備に取り掛かる。
子供たちはまだ夢の中。メモに「お父さんはゴールを見てきます。ここで待っててね。絶対部屋から出るんじゃねえ」
と書置きしてゴール地点へ向かった。。。情けないが、起きた時足、腕が痛かった。運動不足
荷物を持って、ロビーに下りていった。
偶然、後から合流のゆうじくんとばったり会った。
ゴールした頃ハワイに到着します・・・との事だったんでこんな時間になったようだ。
八○浜で「いってらっしゃい」と別れて、ハワイくんだりで会うのは、なんか変な感じだった。
その後ろから、ぬのいさん、みやこさんか帰ってきた。
「完走しました?」・・・「おめでとう!!!」おふたりとも完走してきた。
す・すばらしい!握手をして、労をねぎらった。42.195kを走りきるだけでもすばらしい事である。
ぬのいさんは、4時間30分ほど。みやこさんは5時間10分ほど。。。だったと思う。
それにしても、すばらしい。俺には出来ない。
みやこさん「祥子ちゃんは?」まだ帰ってきてない。。。「折り帰し地点のずいぶん前ですれ違ったよ」
「絶対先に帰ってるはずよ」・・・とのお言葉。ゴールしてるとは思ったが、その辺でぶっ倒れてると思った。
とりあえず、ホテルのプールのあるレストランで乾杯、とあいなった。
飲みっぷりはいまいちだった。そりゃそうだ、フル走ってきたばっかしだからね。
歩き方も足をひこずり、見るもむざんな状態だったもんな〜。でも、お疲れさん。

そこでいろいろ苦労話、走った感想を聞いていると、嫁さんが帰ってきた。
あれ〜みんな帰っとったが〜」・・・と第一声。話しを聞くと、2時間も前にゴールしてたそうだ。
仲間を捜して、うろうろしてたみたいだ。ちゃんと打ち合わせをしておけばよかったが、いつ帰ってくるともわからず、
ゴールの瞬間の写真を・・・と思ってはいたが、簡単にそこには入れてもらえない。
考えると、俺がゴールして1時間ほど待っていれば会えたに違いない。でも、後の祭。
「もうちょっと待っとったら会えたのに〜」と言っておったが、眠気の方が優先された。

と、そこで正式タイム。その時点では3時間40分位だと言っておった。
まあそれだけでも凄い記録だ。帰国して公式HPを探し、発見した。
本人もびっくりの 03:34:29 おいおい、ほんとかよ〜、うそだろ〜!!!
トータルでも 886番 女性の中でも 84位・・・。
嫁さんながら、これは表彰もんだっ!!!

http://www.honolulumarathon.org/top100f.html

ここで詳しい情報が見れます。#27919 がエントリーナンバーです。

しかし、エライよな〜。嫁さんもそうだが、完走したみなさん、おめでとう!
日本と違って、お土産は完走者のみに与えられる。日本では参加した時点でなんかあるのだが、
ここでは、完走者だけだ。。。まあしかし、たいした商品はないのであるが、唯一貰えるのは、
Tシャツ。このTシャツが欲しいがために走るのである。
FINISHER」と書かれてあり、これを着て歩くのが最高の優越感のようだ。
嫁さんが貰ったTシャツはサイズM。あっちのサイズだから、やたら大きい。
俺が着てやることに、無理やりしてしまおう。・・・とたくらむ。

この時点では、他の同士達はまだ帰ってきてない・・・。

つづく。


現地時間 12/10(S) pm12:30(相変わらず快晴)

ちょっと落ち着いて、嫁さんとマタマタABCツトアーへ行く。
昼飯を買いに行った。子供もどうなってるか心配だったので、早々部屋に行く。
帰ってみると、下2人が起きていた。メモを発見して待っていた。
上2人も起こして、部屋で豪華なお食事。
嫁さんは、ベットにダウン。まあ無理もない。
俺は生返事していた「ホテルのプールへ行く」約束を、すっかり忘れていた。
大事な事は覚えてないくせに、そんな事はよく覚えているのが子供だ。
俺ははっきり言って行きたくなかったが、約束は約束。渋々水着に着替えた。
こーだいは又寝てるんで、女3人とプールへ行った。

プールには甲羅干をしている人がいたが、たいして多くなかった。
さっそくイスを確保し、バスタオルを借りに行った。合計4枚。
3人は早速プールへ飛び込む。しばらくして「俺も入るか・・・」と水の中へ。。。
さぶ〜っ!寒すぎ。体脂肪の品疎な俺は、震え上がった。
勇気を出して、少しづつ入って行く。入るとすぐに慣れたが、一度上がるともう入りたくない。
少し体をならし、真中の方へ泳いでいった。と、足を下ろすとぜんぜんつかない。
潜ってみると、3.0mはある深海プール。水泳の得意な俺は「お・おもしろい」と感動。
幸い、3人ともスイミング行って、ある程度泳げるので、めちゃくちゃ遊んだ。
まーちゃんは水泳が得意なので、底まで足を着けることが出来た。
他2人は挑戦するが、おけつだけ浮いて妙におかしかった。
さんざん遊んで、日の当たってる場所で日向ぼっこ。日陰では寒かった。
知らない間に、3人は大量のバスタオルを持ってきていて、そこらじゅう敷きまくり。
敷布団、掛け布団状態でひとりは完全に寝てしまっていた。

・・・そうこうしてると、ロビーの方から学生諸君2名が帰ってきた。
「らいおんまる」ともうひとり。近づいて聞いてみると完走したそうだ。あんたはエライ!!!
しかし、行くまで1番吼えていたのは「らいおんまる君」。帰ってきて1番参っていたのも、らいおんまる君だった。
らいおんが、猫になって帰ってきた。フルマラソンは、人をしおらしくする効果もあるようだ。

何回かプールに入り、流石に子供も寒くなったのか、帰ろう・・・と、やっと言ってくれた。
でも楽しかった。もしかして、ハワイに来て1番楽しかったのはここかもしんない。
部屋に帰り、嫁さんこーだいも起きていた。相変わらず嫁さんは足を引きずっていた。
飯の時間になり、外に食べに行く事にした。ラーメンが食べたくなり、ちょうど前がちょっとしたショッピングモール。
入って行くと、ラーメン屋発見!さっそく入り、とりあえずビール、とんこつラーメン、チャーハン、餃子を注文。
・・・はっきり言って、美味くなかった。ラーメンは5流、チャーハンはべちょべちょ。まあこんなもんだろう・・・
と言いながら、全部平らげた。腹一杯でホテルに帰った。

そこで、情報をキャッチ!まこちゃんがなんだかゴールしたそうだ。。。そういへば、ひとりだけ姿を見なかったよな〜。
忘れていた。ゴメン。
それから時間がたって、部屋から出てみるとまこちゃん発見!顔が真っ赤で、足が上がらない様子。
推定90k・・・またまたごめん・・・の体は、42.195k走ってぼろぼろの様子。
聞くと、13時間30分ほどでゴール・・・!!!
なにお〜13時間!!!と、ほんとに驚いた。レストランで2度ほど飯でも食ってきたか・・・と思った。
話を聞いていると、心なしか目がうるうる状態。こちらもつられて、うるっ、となった。
しかし、あんたはえ〜らい!お父さんは尊敬する。何にしろ完走したんだから。
リタイヤした人も数千人はいただろう。でも、あきらめず走り(歩く)抜いた根性は、尊敬に充分値する。
給水所も撤去となり、沿道の人からの応援が身に染みてありがたかったそうだ。
地元の方や、ボランティアの方々に、まこちゃんに変わってお礼申す。
・・・おまけがあった。なんと「ブービー」だったそうな。。。けつから2番目。5万人の中でけつから2番目・・・!
こういう人と出会えた事は、奇跡に近い。オー神様、まこちゃんに幸せあれ〜っ。
おそらく、これからの長い人生、きっとプラスとなって生きてくるだろう。。。うらやましい。

とうとう明日は、帰国の日だ。

つづく


現地時間 12/11(M) am6:00(今日も快晴)

とうとう帰国の日がやって来た。今日も早くに目がさめた。
たぶん、am5:00頃だったと思う。早速ベランダで一服。
愛煙家はつらい。飛行機の中も禁煙で、つらかった。やめられるかと思ったが、無理だった。
6時までにトランクを廊下に出しておく様に、と言う事だったので前の日から積めていた。
これが大変だった。来た時は余裕の中身だったが、帰りは超〜無理やり。
お土産を買いあさった嫁さんは、なるべくコンパクトにまとめたが、それでも無理だった。
重宝した圧縮袋に詰めれるだけ詰め、お土産も無理やりたたきこみ、蓋をする。
でも、片方の鍵がしまらない。何回やってもしまらない。どうも、かんぬきの所が多少変形してるみたいだ。
道具もないので、指でつまんで引っ張る。痛かったがなんとか閉める事が出来た。ホッ。
しかし、重い。超過料金を心配した。

俺は買い物が嫌いで、ほとんど今回も買わなかった。
でも・・・うれしいお買い物を1点だけ買うことが出来た。ゆうじくんが「サーフショップ」を見付けていた。
と言うのも、「ドライスーツ」が欲しくて捜していたのだ。ハワイは暑いんで、ないだろう・・・と思っていたが、
入った瞬間目にとまった。お〜あるじゃねえか、ドライ(ウェット)スーツ!!!
サイズは痩せの俺はMS。試着する前に値段を聞いた。。。150ドル・・・ほんとかよ〜!!!
日本で買ったら、7〜8万はする代物。試着する前に決めていた。後から考えると、2〜3着買って帰って売りゃあ良かった。
これで正月からカヌー行けるぜ!!!・・・行くわけない。

自分の趣味ばっかし書いたが、とりあえず6時に間に合ってホッとした。
朝飯は、始めてABCストアーとお別れして、ロビーのレストランで食った。
1回分はただだ。美味しかった。海外へ行くとパンがうまい。
バイキングだったが、そこはオムレツの具をトッピングして作ってくれる。ほかほかだ。
髭のおっちゃんがやたら俺に勧める。「オムレツおいしいね〜」と。
しょうがないんで頼みに行った。頼むと、俺が朝1番の客だったらしく、ウェイターの兄ちゃん達が「お前やれよ〜」
ってな感じで譲り合ってる。。。おいおい大丈夫かよ〜と思ったが、いろいろ具を入れて作ってもらった。
これが美味かった。でも、赤いソースを掛けて食ったが、やたら辛かった。
御陽気なテーブル担当の親父は、出るまでやっぱり御陽気だった。歌を口ずさみ、朝からテンション高い。
1セント10個で1DIMEと言う事も教えてもらった。1DIMEがどんな金額なのかそれまで解からなかったのだ。
腹一杯食って、ロビーに向かった。受け付けを覗くと、そこにはさっきの親父の写真が飾ってあった。
あら、お偉い方だったのね。。。失礼しました。

奇跡の様に俺達家族は、時間に余裕を持って待つことが出来た。
待ってると徐々に皆集まってきた。相変わらず足を引きずり、見るも無残な格好だ。
特にまこちゃんは、悲惨な状態だった。車椅子でも用意しようかと思ったくらいだ。
全員集合して、バスに乗りこむ。ホノルル空港に向けて出発だ。
あまり遠くなく、あっという間に到着。出国審査も簡単に終わり、あとは飛行機に乗り込むだけ。
2時間ほど待っただろうか、搭乗手続きが始まる。子供が居ると最優先で機内に案内してくれる。
9時間あまりの長旅。行く時は6時間何十分だったか・・・。やっぱし飲むしかない。
嫁さんの行動がおかしかった。リュックを棚にしまわず足元においていた。
しまえばいいのに・・・と思ったが、後で思うとこんたんが分かった。
俺の前に座っていた奥様は、スッチーが「お飲み物はいかがでしょうか?」と来るたび「ワイン」「どちらにしましょう?」「」・・・えッ?
お前飲むの???へへ、こんたん丸見え。行きの飛行機でのN氏の教訓を忘れず守り、「ワインおみや・爆裂大作戦」を決行したのでした。
女は強し。そして子供を産んだ母はもっと強し。恐るべし・俺のかあちゃん!!!・・・。
それが4回も続いたのでした。赤・白交互に。・・・。そのたび後ろの俺は、笑いをこらえるのが大変でした。。。
機内食に美味いもんなし。唯一美味しかったのは、最後日本時間午後3時頃だったか、
軽食が出た。「冷やし中華」みんな美味い、美味いと言って食べていた。食べにくかったけどね。
JALさんも粋な事をやる。冷やし中華嫌いな日本人、いないだろうしね。

関空に着陸。着陸する時、なんかおかしかった。
何人かは気がついただろうが、一度滑走路に向かって下降していた。
結構降りていったと思うが、再び上昇し始めた。あれは絶対着陸をやり直したに違いない。
まあ無事滑走路に、爆音と共にテイクオン。外は気温9℃と言う事。この冬最低の気温だそうだ。
あ〜、現実に引き戻される〜!寒いの嫌いだ〜。。。

つづく。

そろそろ次回が最終章。


日本時間 12/12 pm3:30(寒いらしい)

午後3時30分頃。関空に到着した。
到着して、時計を見て自分の腕時計を日本時間に合わせる。
5時間バックさせるのだ。と言う事は、今日は29時間あることになる。かな?
向こうへ行って時間を進め、帰って時間を元に戻す。へんだ。
行きの飛行機の中では、ほとんど寝る事が出来ず時差ぼけに苦労したが、
帰りは、昼頃出て夕刻近くに着くので、それは心配要らなかった。
荷物も早くに回ってきて、再入国審査も簡単に終わり、とうとう国外から国内へと帰ってきた。
そこでみんなを待って集合する。
ここで、東京、大阪などから参加の学生諸君とお別れだ。
みんな若いので、足は結構もとに戻りつつある様に見えた。
ある学生が「来年は、ニューヨークで会いましょう」・・・と言っていた。
・・・おいおい、冗談でもそんな事言うなよ〜。
だいたいこの旅行は、誰かが「ホノルルマラソン行きたいよね〜」・・・
なーんて言って、それが現実になったんだろうから。ほんとにそうなったら怖い。

そこで、4人ほどと最後の別れをし、それぞれの搭乗口へ向かって行った。
我々は、松山まで3時間近くもあり、やることもないし取り合えず飯に行くことにした。
腹の具合もなんかおかしくなってる。変な時間に機内で食ったりしてるので、減ってるような、減ってないような。
まあ、時間もそろそろ晩飯の時間だし食う事にする。
和食のレストランに入った。てんぷら蕎麦を食らう。やっぱ、日本の食べ物が1番美味い。
こーだいは「さばずし」とか言う、生意気な物を注文して食っておった。
食べ終わって出ても、まだまだ時間がある。やることもなくなり、搭乗口へ入ることにした。
子供はどこでも遊ぶもので、動く歩道で遊んでいた。何回怒ってもやめないので、
他人の振りをして、遠くでたばこをふかして見ていた。他人に怒られないとわからん奴らだ。
時間をいやというほど潰し、みんなが入ってきた。しばらくして、搭乗と相成った。
関空から松山まではあっという間だ。上がったかと思うと、もう着陸。

夜8時頃だったかな〜。とうとう松○に到着した。
ここで、八幡浜組10人と松山組5人の最後のお別れ。
「歩く添乗員」こと、さえきさんが一言。(さえきさんは、42.195kを最初から歩いて完走)
「このツアーが今まで最高のツアーでした」らしい。
・・・と、そこまでは良かったが、
「来年はボストンで会いましょう!!!」
おいおい、また言っちゃったよ〜。それもニューヨークからボストンに変わっちゃてるぜ〜。
世界3代市民マラソン。ホノルル、ニューヨーク、ボストン・・・。
ホントになっちゃたらどうするんだよ〜。結構軽い気持ちで言っちゃった事が、みんなの心に残っちゃうもんだ。
・・・また冷や飯生活か・・・。俺の心の奥底にしまっておいた「新しいカヌー」の事は、
遥か宇宙の彼方にぶっとんで行ってしまいました。とほほ。

別れをおしみ、それぞれが家路を急ぐ。
重い荷物を車に運び、駐車料金を払い自宅へ急いだ。
途中、こーだいが気分が悪くなり、車を停めてゲロ吐きタイム。
空港で妙な物食うからだ。よーそんなに出るもんだ、と変に感心。
お母さんは「もったいない。1000円が出ていった」
他の子供も心配したが、「連れゲロ」には至らず一安心。

午後9:30。やっと自分の家に到着した。
荷物を下ろし、寝ている子供を引きずり込み、やっと人心地つくことが出来た。
もう、現実なんだよな〜。明日から仕事だしな〜。
・・・と思ってる暇はない。子供を風呂に行かせ、明日の学校の準備をし、やっと寝ついてくれた。
・・・なーんて俺がいかにもやった様だが、奥様、ごくろうさま。
明日から、旅行の地獄の後片付けが待っている。・・・かあちゃんが。へへッ!

ビールを飲みながら、少し前までいたハワイを思い浮かべる。
また行きたいと思った。今度はのんびり1日中過ごしたい。
走った(歩いた)方々、お疲れさんでした。最高の思い出が出来ました。

それでは来年「ニューヨーク or ボストン」で会いましょう!!!
・・・・・あれ?・・・・・。


いかがだったでしょうか?ハワイ旅行記。
自分の旅行の記録として・・・と思って書き始めましたが、
せっかくだから、ついでに読んでもらおうと思いつき、やっと最終章まで来ました。
良い思い出が出来ました。
是非みなさん、ホノルルマラソンに参加しましょう。人生ちょっとだけ変わるかも。
私も、ちょっとだけ走ろうかな〜・・・な〜んて、絶対思いませんでしたっ。^^
帰ってから仕事が出来なくなる。
でも、10k歩くも良し、走るも良し。まわりの景色を満喫しながら、朝日を迎えるのも良いもんです。

それでは来年「ニューヨーク or ボストン」で会いましょう!!!
・・・・・あれ?・・・・・。