《伊吹山から子持権現 報告 2001/4》


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(山 名) 〜 伊吹山から子持権現 〜
(山行日) 2001年 4月8日(日)
(メンバ) 12人
(記 録) よさこい峠より登山開始(9:55)→<休憩2回>→伊吹山山頂(10:45)→      →しらざ峠(11:25)→子持権現鎖下(12:40)〜<昼食>〜       〜 子持権現(6名)・瓶が森男山(兼松)・辺り散策(他) 〜      →下山開始(15:30)→よさこい峠(17:00)
<山行記>

  我が、サンタマリア号に林氏、N氏、S氏を乗せ、気の利いた洋楽を聞いたり、話をしながら、新緑や花々を横目に、山道を運転するのはとても気持が良かった。
 近づくにつれ、山肌に雪が見え始め、下界にはないインスピレーションを与えてくれる。
 今回の参加者は総勢11人、中には、メール友達でその日初めて、顔を合わせたという、Kさん、Iさん、二人の若い女性がわれわれパーティに花を添え、まずは、伊吹山へいざ、出発。
 比較的なだらかな道が続き、痛風の長患いの僕も、ここで発作に襲われてもなんとか生きて帰れると思ったほどに。
 確かに雪も道際にちらほらと残っていて、背後の雪だまを手にした、T氏による、無差別攻撃もなんとかきり抜けながら、息吹山に到着、記念写真。
 それからは、そこからこんもりと見える、子持ち権現へ、出発。雪に覆われた、急な場所もあったが、なんとか、切り抜け、正午をかなりすぎて、権現様のいる上り口まで到着。
 パーティはそこで、ベースキャンプを敷き、昼食となる。
  昼食後は、そこから、凍った岩肌にぶらさがった凍った鎖をつたって登頂を目指すことは、オプショナルとなり、第一次アタック隊として、H氏、I氏、T氏、それに僕がアタックすることとなる。
 長さ40メートルにもおよぶ、しかも、ほとんど垂直に感じられる、冷たい鎖を握り締めながら、僕は心の中で、権現様に帰依することを必死で祈りながら、なんとか第一次アタック隊全員が登頂に成功。
 さすがにそこからの眺めはすばらしく、上ってきた断崖を降りなければならないことも忘れ、風景に見入ってしまった。
 第二次アタック隊のO氏、Y氏も到着。しばし、そこからの眺めを目に焼き付けようとしていた僕であった。
 しかし、入り口があれば必ず出口があるように、登ってきた以上、降りなければならない。山登りの宿命である。そんな宿命論をしぶしぶ考えながら、再び鎖を手に。 しかし、本当の恐怖はこれからであったのだ。  まず、僕が先に行き、その後、H氏が続く。しばらくたってT氏、I氏、Y氏、O氏と続く。
 途中、少し休めそうなところがあったので、そこへH氏をサポートしようとした瞬間、こぶし小の石がH氏の頭部を直撃。思わず、「いてぇ。」と叫ぶ、H氏。
 つるつるすべる岩場で、上にいる面々が躍起になって足場を探していることは自分も同じで、分っていたが、それからは、滑り落ちる恐怖よりも、ひゅんひゅんと明け方の流星のように、降ってくる、石にとてつもない恐怖を感じながら、なんとか降りることに成功。次々に皆無事に降りてこられた。
 その後は、舗装された林道を通って降りてきた。オプショナルで、きた道を引き返すというのもあったが、だれもそれには参加せず。
 かくして、僕における今世紀最初の登山は、一つの格言を与えてくれた。“山は山に過ぎないが、人間は模索するものだと”。
 でも、すごくたのしかったよーん。Tでした。


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