長島愛生園を訪問して 平成十四年五月
昨年9月より人権教育の担当をするようになり、何かしなければと焦っていた。簡単にハンセン病の映画やパネル展をと考えていた私に、高塚さんはまず自分で療養所を訪問し、直接回復者の方と会うことが大事なのではと教えて下さった。自分の考えの甘さ、間違いに気づき、早速高塚さんにお願いして長島愛生園を訪問することを決意した。
しかし、全く不安がなかったわけではない。回復者の方にどのように接すればよいか、何を聞けばよいか、当日邑久駅に着くまで悩んでいた。高塚さんご夫婦と、同乗の回復者山本さん(青松園在園)が駅まで出迎えてくださり、愛生園までの車中いろいろお話して下さったり、山本さんが大島青松園の写真を見せて下さったことで、そのような不安は消えていった。
いろんな言葉を並べるよりも、自分のありのままの姿で行こうと・・・長島大橋を渡り愛生園に着いた時、率直になんて静かで景色のいいところなんだと思った。ここが本当に療養所なのかと疑いたくなるような、美しい海辺の町であった。
先ず鏡巧さんという七十を過ぎてもなお、生きる力を感じさせる方にお会いした。十三歳のとき愛生園に来てからの体験はもちろん、国家賠償訴訟のお話や、今なさっている活動など、初めての訪問で緊張している私に優しく語りかけるようにお話してくださった。
鏡さんのお話で特に印象的だったのは、「この園にはハンセン病患者はいません。皆治療を受け回復しているのです。だから私達はハンセン病回復者なのです。」「小泉首相が、控訴を断念したとき、これは異例の判断だと言った事に憤りを感じる。
間違っていた政策を行ってきたのを正すことを異例とは何事であるのか」「昔は、生活改善のため皆必死に闘ってきたが、今は賠償問題も解決しこの園で静かに余生を送るだけという人がほとんどである。」「同じ病気で闘っている水俣病や原爆後遺症の方たちの何か力になれれば」