友達(ハンセン病回復者)との旅 12
帰りのフエリーでは椅子席が空いてなかったので、船室で私達5人は弁当をひろげました。昼食は往きも帰りもフエリーの船室で他の乗客と一緒でした。14時過ぎに八幡浜に着くなり私は、高松までノンストップで走るからと宣言し車のクーラーも切って走りに走りました。
なぜなら回復者が帰り着く所、療養所へは又船便を利用しなくてはならないからです。厚生労働省の専用船が庵治からは17時30分、高松便の最終は夏場だけ18時30分です。17時30分に乗れれば園の夕食にも間に合うかと思ったから走りに走った訳です。何とか間に合って友人達が買った多くのみやげ物と、本人達を桟橋に残して、此処から1時間30分かかる私達の家に向かいました。家を出てから帰り着くまでの距離は1100キロ丁度でした。車の2種免も持っていささか自信のある私ですが途中は緊張もしていました。。疲れましたが回復者である友人達が良かった良かったと喜んで呉れた事で、私も友人達と同じ喜びを共有できたことに満足しています。これからも機会があれば一緒にいくつもりです。おわり


友達(ハンセン病回復者)との旅 11
自家用車を使った旅行では、好きな時間にすきなだけ走れそうに思われますが、一概にそうだとは言えません。
四国から九州へと行くには、フエリーを利用した方が地理的に短いと思われる所もありますが、短いと言うことがかならずしも、ハンドルを持つドライバーに楽とは限りません。なぜならフエリーの時間に合わせて行程を組まざるを得ないからです。今回も往きの11時45分、帰りの11時35分という船便の為に、荒城の月で有名な竹田市では、滝廉太郎の生家だけしか覗くことができませんでした。家内(俳句)や松浦さん(短歌)は言葉にはだしませんでしたが、不満であったろうと思います。阿蘇から臼杵まではスピードメーターを見ながらの走行でした。

2005.06 12
友達(ハンセン病回復者)との旅 9
今夜の宿泊地は阿蘇うちの牧温泉の阿蘇観光ホテルです。ホテルの予約は回復者である磯野さん(視力障害者)自身が療養所の自室から電話で申し込みしていました。
ホテルには遅くとも6時までにはチェックインという事で、天草からの帰りに熊本市内をゆっくり見て回るという事も不可能なので、皆の意見で 水前寺公園 に立ち寄る事にしました。街中にある普通の公園という認識しかなかった私達には、公園の入り口に建ち並ぶ土産店がある事で、ただの公園でない事をきずかせました。公園にまつわる由緒はインターネットで調べてください。公園内の池の水が綺麗である事に私達は関心しましたが、阿蘇の伏流水が湧いているとの事でした。
友達(ハンセン病回復者)との旅 8
本渡市の天草四郎記念館は、館内の配置が義足をつける松浦さんには負担が大き過ぎるようで、俳句をたしなむ家内だけが、入館しましたが、
歌集2冊上梓されている歌人の松浦さんの為に資料を揃えて出てきました。途中昼食の為に海老天専門の食堂にたちより天丼を腹一杯になるまで食べました。店内は混んでおりましたが、店の方の明るい応対で私達は楽しく食事する事が出来ました。私達は天草で一番良かったことは、最高に美味い天丼が食べれた事やな〜と熊本へ帰る車中で大笑いしながら話しました。花よりだんごは年齢に関係なさそうです。


友達(ハンセン病回復者)との旅 7
朝8時過ぎにホテルを発って天草に向かいました。熊本市内から3号線を南下して天草5橋を渡りキリスト教記念館に着いたのは10時過ぎでした。視力障害のある一人の友人は館内に入ることなくわたしと共に記念館周囲を散策しました。義足を付けた友人(松浦さん)は天草四郎にまつわる館内の展示物などを家内の案内で見て回られました.

友達(ハンセン病回復者)との旅 6
大分県の臼杵から竹田、阿蘇を経由して熊本城を目の前にしたアークホテルまで4時間かかりました。宿泊したアークホテルはお年寄りやお子様、ハンディキャップをお持ちの方まで、安心してご利用いただける「人にやさしい」ホテルです。をキャッチコピーとしただけあって、予約時も宿泊時もそして設備も良かったです。このようなホテルが有る事を重度障害者を伴った私達には有難く、障害者である友人も寛げたであろうと思いました。


友達(ハンセン病回復者)との旅 5
フェリーを利用する事で車の走行時間は短くなりましたが、重度障害者で義足の友人は車両甲板から客室のある上甲板までの狭くて急な階段を、階段の手すりを掴めぬ為に四つんばいになって昇りました。狭い階段ですから介添えする事ができずゴメンナーと言うほかはありませんでした。友人はこの方が安心だからと気にしてはいませんでしたが、事前に乗船方法を調べておくべきでした。船室では椅子席があいていたので、私たち5人は周りの人達を気にする事も無く、テーブルに弁当を広げて昼食をすませました。


友達(ハンセン病回復者)との旅 4
小雨の中車を走らせましたが、この高速道路は友人が発病し小学校の5年生で療養所に入所後60年の間に一度だけ隠れるようにして帰った実家の上を走ります。私は視力を失くした友人の為に、ハンドル操作に集中しつつも、表示されるトンネルや川、又山の名前などエンジンの音にかき消されないように大きな声で後ろ座席に届けます。友人が頭の中で描く景色は多分幼い頃に目にした風景であり、兄弟で遊んだせせらぎの音であったろうと思います。


友達(ハンセン病回復者)との旅 3
国立療養所 大島青松園の専用桟橋で船から下りて来る友人二人を、家内と出迎えました。日帰りの行楽や、40年ぶりの里帰りに同行することは今まで何回かはありましたが、宿泊をいれた旅行など友人達は勿論私にとっても初めての事でした。すれ違う職員に楽しんできてネ!と励まされる事しきりでしたが、友人の胸の内は期待と不安が半々だったろうと思います。雨も少し降っていましたが、私のことさら大きい出発進行や!の声に友人の表情も少しだけ緩みました。八幡浜のフエリー乗り場までは高速道をぶっとばしても3時間半はかかります。


友達(ハンセン病回復者)との旅 2
徳島を11日朝6時半に出発し、高松で重度障害者(ハンセン病回復者)二人と介護者一人を同乗させた私達5人の2泊3日の旅は、途中事故もなく無事に13日夕方6時半に終わりました。旅先のことなどは後日書きしるそうと思っております。


友達(ハンセン病回復者)との旅 1
明日から私のワゴン車で家内を助手席に、後ろの座席に重度障害者の友人二人と介護士一人を積んで2泊3日の予定で天草、阿蘇近辺に行ってきます。
視力のない友人は頭の中で、旅先の想いを行く前の今から、私の10倍も20倍も描いています。70歳を超えた二人と車中で昔話でもしながら行ってきましょう。


友人との九州への旅
下の方から読んで来てください!
tabi