まちの未来を語ろう
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                                                                                                                             このページの最終更新日は 2007/05/15 です

jc-card-img.jpg (3787 バイト)私には「夢」がある。 えいやっ!
                                                 by1.8Lさん

強いものではなく、正しい者が報われる真の民主主義社会の実現を目指して。

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ご意見お待ちしています。mail box 百話拝聴!!

過去(昨年以前)の講釈のページ。

拙稚なまちづくり講釈の目次

2008/ 9/ 9 下水道事業について/情報公開で改革加速
2008/ 7/31 映画『闇の子供たち』を観たい
2008/ 7/17 メルマガ「黎明2008年 5号」改訂版
2008/ 7/15 全国一斉出漁停止に思う/持続可能な社会へ
2008/ 6/26 公開が全ての基本 その2
2008/ 6/24 公開が全ての基本(学校の耐震化を主題として)
2008/ 5/12 メルマガ「黎明2008年 4号」改訂版
2008/ 4/16 メルマガ「黎明2008年 3号」改訂版
2008/ 3/29 市立病院・徳州会病院の処分についてご質問いただいた阿部とも子議員へのご返事をもとに
2008/ 2/ 9 メルマガ「黎明2008年 2号」
2008/ 2/ 3
 主張しよう宇和島2病院の処分回避のために
2008/ 1/21 市立病院を守ろう。
2008/ 1/10
 今年はメルマガ頑張ろう 「2008年 1号」
2007/12/17 市立病院の処分許して成るものか!!
2007/12/06 臓器移植懇話会ご報告
2007/10/16 臓器移植法施行10年目に思う
2007/ 8/30 「お話しに参ります」病腎移植への理解を
2007/ 8/28
 「お話しをいたしました」病腎移植への理解を
2007/ 7/31 政治を志した者、かくありたい。
2007/ 7/29 自民党への大きなお灸
2007/ 7/16 珍奇なり日本(コムスンで揺れる)
2007/ 7/11 【サッカー】という言葉よりもJCという言葉を信じる
2007/ 7/ 5 乗り遅れるな、現業職員の給与是正と民間委託
2007/ 6/21 病腎移植その後 「こんな予想は」シリーズ第2弾
2007/ 6/13 おいおい、こんな予想は当たってほしくない!開票時間短縮全国運動(2報)
2007/ 5/18 市立病院よ胸を張ろう
2007/ 5/ 4 開票時間短縮全国運動?
2007/ 4/25  病腎移植についての説明文 Ver.3_2
2007/ 3/ 4  病腎移植と言う希望の光
2006/11/11 宇和島にあって−臓器移植問題から−
2006/10/28
 公教育の在り方(履修漏れ問題に接して)
2006/ 9/23
 市役所の組織風土を変える
2006/ 7/20
 許すな政治利用・天皇陛下のご発言メモ
2006/ 6/24 【黒字決算】の夕張市倒産の報に接し
2006/ 6/22
 宇和島が姉妹都市縁組み?
2006/ 6/21
 夕張市倒産の報に接し【第一報】
2006/ 6/20
 日銀福井総裁辞めなはれ(笑)・高橋さんからの投稿と供に
2006/ 6/12
 吉田病院の崩壊
2006/ 6/ 4
 金がないけど【離島航路維持】
2006/ 5/29
 じゃこ天ソングからオヤジダンサーズへ【地産地消】
2006/ 5/28
 市民に我慢させるなら
2006/ 5/ 5
 談合を無くしたい!よね?
2006/ 5/ 4
 横領しても告訴されない町宇和島 2報
2006/ 4/22
 Earth dayに寄せて
2006/ 4/14 何で告訴を見合わせる?横領職員に対する大甘
2006/ 2/11
 金利払うなら市民へ(笑)
2006/ 2/09
 公立病院 経営破綻時代到来・舞鶴市民病院を題材として
2005/12/29 旅立つ君たちへ
2005/12/25
 高校スポーツへの外国人の・・
2005/10/30
 「教員の免許更新制」検討に見る教育現場の問題
2005/ 9/13
 都市対地方の戦いが始まる?
2005/ 9/12 
マニフェストは読まれたか?・・衆議院選挙自民党圧勝を受けて(笑)
2005/ 8/28
 確固たる歴史観を持つ
2005/ 8/25
 近藤先生の合併特例債は毒饅頭説に寄せて
2005/ 8/23
 下水道事業による借金
2005/ 8/22
 政治家ならぬ政治屋に引導を
2005/ 8/21
 公務員をリストラしよう2
2005/ 8/19
 公務員をリストラしよう
2005/ 8/18
 今度の選挙は、マニフェスト型公開討論会で
2005/ 8/ 7
 あんたら報酬は受け取りなさんな!
2005/ 6/30 情報の使われ方・生活保護の不正受給を題材にして
2005/ 6/ 8 教科書採択に市民の力を
2005/ 6/ 5
 日本共産党南予地区委員会の質問に答えて
2005/ 4/24
 施設整備の在り方・サッカー専用競技場完成報道を目にして2
2005/ 4/10
 情報開示の必要性・サッカー専用競技場完成報道を目にして
2005/ 3/25
 市立病院建て替えについての疑義・頑張れ宇和島の建築士さん
2005/ 3/ 7
 市立病院建て替えについて 2報
2005/ 3/ 6
 市立病院建て替えについて
2005/ 3/ 5
 下灘漁協の損失補償とはいったい?
2005/ 2/ 6 次の選挙は、マニフェスト型公開討論会
2005/ 2/ 2 A級戦犯合祀について/後藤田正晴氏「現論/愛媛新聞」への反論
2005/ 1/13 市長選公開討論会を聞いて1
2004/11/ 6 メルマガ創刊号
2004/ 8/25
 あら唐突に1市3町
2004/ 6/19
 なぜ、対等合併なのか?
2004/ 5/24
 「1市2町合併」発言を受けて
2004/ 4/27
 市立病院建て替えについての私説/ロータリークラブ週報用原稿
2004/ 4/20
 市立病院建て替えについての私説/ロータリークラブ卓話のレジメ
2004/ 4/16
 市長の合併協離脱発言を受けて
2004/ 4/12
 フラットな立場で比較してみよう/合併枠組み再考について
2004/ 4/11
 市町村合併どうあるべき(私見)
2004/ 4/ 5
 市政への市民参加について(倫理法人会講演レジメ)
2004/ 2/22
 ジェンダー・フリーに潜む危険
2004/ 1/13
 成人式に思う
2003/12/14
 イラク派遣に対する私見
2003/12/10
 アメリカのご都合主義
2003/11/13
 比例区の定数を増やそう!
2003/11/11
 総選挙誰が勝者か?雑感
2003/11/ 2 中国の有人宇宙飛行成功に思う
2003/10/13 世襲議員(2)/天下国家を語って下さい
2003/10/12 マニフェストについて/名より体
2003/10/11 談合は業者を護る必要悪か?
2003/10/ 6 入札をチェックしよう!!(皆さんの地域の入札は?)
2003/ 9/ 9 浪費国家日本よ、どこへ行く
2003/ 8/17 GDPは豊かさを表すか?
2003/ 8/15 税金は他人の金?(uwajima_dmlへの平成の山家清兵衛さんの投稿に答えて)
2003/ 7/16 「市中引き回し」発言について、刑法理論から
2003/ 7/1 改憲2 地方の自治の確立のために
2003/ 6/18 改憲1 立法府への憂いを基に
2003/ 6/8 やっぱり、まちの家計簿!合併を考えるために
2003/ 5/28 くそったれ生保の予定利率の引き下げ
2003/ 5/17 「マニフェスト」で戦おう。
2003/ 5/13 教育を考える/歴史教科書の問題を主題として(全文)
2003/ 4/29 行政というサービス事業への住民参加
2003/ 4/21 教育を考える/歴史教科書の問題を主題として(RCの部内卓話の配布用レジメ)
2003/ 3/25 愛媛県議会議員北宇和郡選挙区公開討論会質問(案)
2003/ 3/24 愛媛県議会議員宇和島選挙区公開討論会質問(案)
2003/ 3/ 1 公務員給与体系の公開を迫ろう
2003/ 2/28 小さな自治体はコストがかかる?市町村合併雑感
2003/ 2/22 補助金の使い道のチェックを
2003/ 2/10 野菜の自給率が低下?
2003/ 2/ 9 合併協議会の在り方・特例法適用期限延長の総務相発言を受けて
2003/ 2/ 6 公共サービスのコスト意識
2003/ 2/ 2 まちづくり委員会 その後
2003/ 1/31 やっぱり、議員任期延びました/応援したい動き2
2003/ 1/25 生保おまえもか?(予定利率の理解について誤りがありましたので訂正)
2003/ 1/ 4 新市の名称選定について
2002/11/30 不法投棄ゴミ、どうしやす?2/応援したい動き1より
2002/11/23 行政と住民の役割分担
2002/11/17 またまた、家計簿ネタ(公会計への提言)
2002/11/6 不法投棄ゴミ、どうしやす?
2002/10/31 まちづくり委員会のあり方/まちづくりプロジェクトチームの答申報道を受けて
2002/10/29 宇和島市まちづくり委員の声とは/まちづくり委員会全体会を終えて
2002/10/7 リサイクルという免罪符?
2002/9/29 ごみ処分場の要らない地域に
2002/9/2 すぐに実行可能な施策
2002/8/30 輸入食材の危険性/食の安保を考える1
2002/8/10 まちづくり委員会は、ワークショップ方式で!
2002/7/31 宇和島市まちづくり委員の声とは?(市民の声 その2)
2002/7/20 大きな声とたくさんの声(市民の声 その1)
2002/7/12 長野県の知事と県議会の関係?
2002/6/30 いえ、道路公団の民営化に反対ではないのですよ!
2002/6/23 議員の職を奪うのは選挙民
2002/6/22 高速道路なんかいらんわい!
2002/6/17 “公共心”再生
2002/6/2 宇和島まちづくり委員会に期待する
2002/5/23 国会議員のリコール権?
2002/5/18 まちの家計簿にこだわる理由
2002/5/16 これも、情報操作?
2002/5/13 市町村合併雑感
2002/5/9 選挙で選ばれた者のプライド(さぬき市と宇摩地区を事例として)
2002/4/30 原子力発電についての情報操作(2)
2002/4/4 原子力発電についての情報操作(1)
2002/3/28 えっ、アンケートのサンプリングが「?」
2002/3/27−2 アンケートという武器
2002/3/27 自虐史観を刷り込もうとするマスコミ
2002/3/13 こんな職員いらない!
2002/2/22 補助金検討委員会を終えて(1)
2001/12/28 地方の公共事業のムダを廃す
2001/12/21 住民投票の位置づけ
2001/12/18 自分たちのことは自分たちがやる地方自治
2001/12/16 先進地視察って!
2001/12/12 地方分権の受容器としての自治体規模
2001/12/6 補助金等検討委員会第10回会議を終えて
2001/12/4 政府のあわてた対応/狂牛病について
2001/12/3 ダイオキシンと狂牛病
2001/11/7 市町村合併なら、道州制を検討しよう(1)
2001/11/5 宇和島市補助金等検討委員会開催される
2001/10/7 広域圏・合併を視野に入れた施設整備を
2001/9/26 日本のかたち「最後に」/宇和島新聞9/26掲載
2001/9/19 市町村合併という将来ビジョン/宇和島新聞9/19掲載
2001/9/12 近頃の物の値段2(水を例にして)宇和島新聞9/12掲載
2001/9/5 近頃の物の値段(水を例にして)/宇和島新聞9/5掲載
2001/8/29 蘇れ頑固オヤジ/宇和島新聞8/29掲載
2001/8/22 「公」と「私」/宇和島新聞8/22掲載
2001/8/15 観光まちづくり?/宇和島新聞8/15掲載
2001/8/8 どうする市立病院/宇和島新聞8/8掲載
2001/8/1−2 まちの家計簿作り/宇和島JCニュースへの寄稿文を素に
2001/8/1 まちの家計簿作り(下)宇和島新聞8/1掲載
2001/7/25 まちの家計簿作り(上)宇和島新聞7/25掲載
2001/6/22 市立病院についての市長答弁を題材として
2001/6/11 責任無能力による刑事不可罰について/四国JCmlへの投稿をもとにして
2001/6/6 市民参加の会議体
2001/5/28 やっと、地方空港の新規建設を凍結
2001/5/18 市立病院の機能特化について/梶原さんからのご意見に対してのお答えを中心として
2001/5/8
 食の基盤「農業」を守れ「身土不二」
2001/5/1
 家電リサイクル法の昨今/デポジットが良いよ!
2001/4/24 市立病院の機能特化について/医療機関についての問題点を中心として
2001/4/19 市立病院の建て替えの前に
2001/4/ 9 財政再建・一律カットかゼロベースか?
2001/3/19 ゴミ処理のコストは誰が(その1)
2001/3/6 商工業者の目から見た市町村合併/北政会講演用レジメ
2001/3/5 市場原理の中で環境問題を解決する為に
2001/2/28 地方分権ではなく主権は地域にある
2001/2/25 今どきの情報公開
2001/2/20 情報公開法で社会はどう変わるか?
2001/2/7 ネット上の世論(1/21読売新聞の記事「IT革命の中国」電子民主より)
2001/2/5 地域づくりにみんなの力を/ネット会議(うわじまづくり会議)の立ち上げ!?
2001/2/1 「21世紀『環の国』づくり会議」
2001/1/29 新しい民主主義実現の形宇和島でも
2001/1/24 健全な市民組織(オンブズマン?)立ち上げ
2001/1/23 ゴミの減量は命がけ
2001/1/12 IT時代の民活
2000/12/18
 如何に行革?「NZの場合」
2000/12/7 「ダイオキシン景気」ってご存じですか?
2000/12/1 本日の愛媛新聞社説は
2000/11/28 いつまで、こんなエネルギー政策?
2000/11/26 地元主義でまちづくり
2000/11/16 やっぱ、空港はお荷物になる!
2000/11/15  なんで、空港?
2000/11/08  市町村合併について
2000/10/20  健全な無党派のみなさん立ち上がりましょう。
2000/10/11 「口利き」で生きる政治家は当選させない
2000/10/4 参議院全国区非拘束名簿制って?
2000/9/14 世襲議員(1)
2000/9/12 環境と経済
2000/8/31 観光が21世紀の基幹産業?
2000/8/22 非我而當者吾師也/我を非として当う者は吾が師なり
2000/8/1 生ゴミの分別(ダイオキシンの発生抑制のために)
2000/7/31 「明日を創る会」その後
2000/7/12 自民党の「明日を創る会
2000/7/7 岩手の盲学校の工藤さんからのメールでのいいお話。
2000/7/6 宇和島JC広報委員会(今城委員長)が市立病院についての意見を募集
2000/7/5
  女性議員が増えた!
2000/6/27 62.49%は高い?
2000/6/21 借金だらけの財政状況/国債が国民の財産?
2000/6/9 自動販売機の撤去について(コミュニテイーの再生のために) 
2000/6/6 ゴミ焼却場の問題、12年で37億って?
2000/5/31 市立病院の建て替えって、本当に必要なのでしょうか。




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2008/ 8/

2008/ 9/ 9 下水道事業について/情報公開で改革加速
以前、「下水道事業による借金(2005/8/23)」で、下水道事業の生む大借金について触れてみたことがあります。
かなり昔の話ですが、石橋市長自身が「止められるなら、止めたい」と仰ったことを受けての論考でありました。その後何度も、このことについては整理をしてまとめて皆さんにお知らせしなければならないと思っていましたが、疲弊する地域経済を基盤とする仕事柄、そして競技志向のスポーツマンであるという草鞋をはき(ジョギングシューズですかね。)、修復腎移植への無理解に抗する活動(私自身としては、宇和島の一市民として、厚労省による市立病院や宇和島徳州会病院への処分問題に抗議する運動が中心になった)に参加させていただき、まさに「これは正義の闘いである」と、地域の医療が守られ移植を待つ患者さんに希望の灯明を示すことが出来る時まで、この運動を今後も続けていきたいと思っているところから、他の案件について後回しにしてきたことで、ほったらかしみたいに見えたかも知れません(笑)。もちろん、この活動に取り組む中で、市民のみなさん(一部でしょうが)に、武田は医療で地域作りを考えているというご評価を頂くに至ったことは、「市立病院建て替え問題」でスタートした私のサイト(motosuke・net)を見ていただいても、その後も津島・吉田両病院の問題等に触れてきたことでも、医療についてずぶの素人である私にとって、市民サービス「命を守るための」セーフティーネットをどうしていくかという、サービスを受ける側の目線で主張してきたことがご評価頂いた結果であるとたいへんうれしく思っています。切り口は、主に財政的な面からの問題提起でありますが、基本的に、医療サービスの充実は、この地域が次代においても光り輝く地域であることを担保しうる、最大のポイント(売り)となると考えていることを、ここでも改めてお伝えしたいと思います。桜内さんと医療特区の話をしたと触れたこともありますが、機会を改めて(「いつのことやら」と合いの手を入れないで下さいね。)具体的にお伝えして参りたいと思っています。いつものとおり、かなり前置きにスペースを割いてしまいました、本論に入りたいと思います。
(と言いながら(笑)
私の行動指針の一つに【公開が全ての基本】がありますが、本稿の表題に登場させた【改革加速】も指針の一つとして、私の立ち位置を示すキーワードとしようと思っています。
と前置きした上で、さわりを少し。)

石橋市長が下水道事業について、(たぶんに、私からの誘導尋問で発された言葉とも思えますが)「止められるなら・・・」と仰った(現在、どう考えているかは知りません(笑))、ことを、どう実現するかが、改革であります。思うだけなら誰でも出来る(石橋氏への批判ではないので、誤解無きよう)のでして、事の重大さ(下水道事業の生む借金や事業自体の不採算性)を市民に知らせて、この事業をどうしていくのかを考え直す機会を作ることは、少なくとも「止められるなら・・・」と感じるセンス(当然に、費用便益の分析などの数字を把握されたものでしょうから、失礼な表現かも知れません)の持ち主(選ばれた者として)としては、命を懸けて取り組むべきではないかと思っているのです。
9月10日の下水道の日を前にして掲載された先の愛媛新聞の広告記事は、その下水道整備工事で便益を受けている企業スポンサーがほとんどの紙面でありました。ここでは、工事に関係する企業を批判するつもりは毛頭ありません、今の時代談合も減り、かなり突き詰めた工事額で工事を請け負って下さっていることに感謝しなければならないとさえ思っていますから(これ、ホントに感じています。)、問題にしたいのは、石橋氏のご挨拶文です。それが、ご本人の言葉ではなく、どこかから天下ってきたような物であることです。たぶん、ご本人は目を通されていないはずです。皆さん、ぜひにお読み下さい。(笑)。つづく。 戻る

2008/ 7/31 映画『闇の子供たち』を観たい
郵政民営化問題の頃よりやりとりをしている議員さんから「闇の子供たち」(監督・阪本順治、原作・梁石日、出演・江口洋介、宮崎あおい、妻夫木聡、佐藤浩市他、配給・ゴー・シネマ)という映画の紹介を受けました。来月の一般公開を前に、試写会を見てこられたそうです。
//下記、メールを引用します。
この映画はタイを舞台に、臓器移植を目的に、あるいは大人の性的搾取の
対象として、人身売買される子供たちを題材にした非常に重たく、かつショッ
キングなものです。

(中略)
立法段階においても、こうした児童の売買はアジア全体の貧困が基本的な
原因であり、それが解決できないのであれば根絶は不可能だということを
繰り返し議論しました。現代の国際社会ではあらゆるものを対象に「市場」
が作られ、とりわけ‘闇’の市場では‘貧しい売り手’と‘裕福な買い手’
という否定できない関係が成立します。そこで無垢な子どもたちの肉体や
臓器までもが売買されていることを、‘裕福な買い手’の側にいる私たち
日本人はもっと厳しく見つめなくてはいけない−そんな思いがいま再び、
私を捉えて離しません。

//ここまで
以前から献血や骨髄バンクや臍帯血バンクに興味を持って、今回深く関わることになってしまった、修復腎移植を中心とする「移植への理解を求める会」の活動の中で、私はドナー不足の現状を再認識しました。また、昨年「2007/10/16 臓器移植法施行10年目に思う」と題して、拙文を作って(考察をして)みたりしております。幸いに、身内に移植を必要とする者は居ないのですが、透析を受けながら移植を待つ患者さんや移植を受けた腎臓がいつまで機能するのかと不安でいるだろう移植経験者やそのご家族と接し、その実情を知ったり、また、一方でこれらを含めた真の姿を伝えることをせず、万波医師らを中傷する記事を作り続ける一部報道機関に対峙するために、マイクを握って、仲間と供に真実を訴えるための資料として、関係する数字をピックアップしていくことでもって、日本の(脳死による)臓器移植法は、移植を止める方に働いているのではないかと思っています。また、その根幹組織である(社)日本臓器移植ネットワーク(死後に臓器を提供してもよいという人(ドナー)やその家族の意思を生かし、臓器を提供してもらいたいという人(レシピエント)に最善の方法で臓器が贈られるように橋渡しをする日本で唯一の組織です。サイトより引用。)にしても、その全国規模のネットワーク確立以前のもっと小さな地域や人的つながりでもって医師あるいは所属する医療機関の熱意が機能するところに構築されていたネットワークでやりとり(斡旋)された臓器の方が多いのではないかという地区もあるといいます。また、フロリダ大学の移植医藤田先生やその他の海外の医療関係者からもたらされる各国でのドナー不足に対する対応は、まさに「患者を救うために医療がある」というヘルシンキ宣言( ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則)を地で行く崇高な行為と見えます。一方、日本では、保身やら自らの名誉欲、金をいくら得るかや自分の面子を守るために、医学(倫理的にも、科学的にも)というものがねじ曲げられているようで成りませんでした。話がだいぶそれてきましたが、海外からの情報の中には、日本は自動車やら電気製品やら多くの物を海外に輸出している。しかし、本来その国で賄われるべき移植臓器は輸入に頼っている、すなわち、○○ちゃん基金などとして資金を募り、海外へ移植の旅に出る。あるいはフィリピン・タイなどのいわゆる貧富の差がとても激しい国や、死刑囚の臓器が売られていたという中国などへ、臓器を買いに行っている。このことを批難する論調が高いレベル(国際移植外科学会の役員の発言等)であることも知りました。「このような実態から、日本は「移植難民」「臓器ハイエナ」と呼ばれている。(高杉敬久・広島県医師会副会長)」とのことです。
まさに、この問題を小さな家族に視点をあてて描こうとしているのが本作(闇の子供たち)であります。
つまり、臓器移植法成立以降もいっこうに移植数が増えないという現実とともに、子供のドナーが完無に近いという日本の現実であります。具体的には、現在、日本では15才未満の子どもの臓器摘出は行うことができません。その点について、
//ここから再度引用
『闇の子供たち』には、心臓の難病で臓器移植以外生きる道のない8才の息
子を抱える夫婦が登場します。日本でドナーを見つけることのできない現状
で、彼らはある仲介者を挟んでタイで臓器移植を受けるルートを得ます。
しかし、提供者の子どもは生きたまま臓器を摘出される、という驚愕すべき
事実を知った記者やボランティアの人たちが、それぞれに異なる思いでその
衝撃と向き合い、必死でもがきます。

//引用終了
というストーリーで問題提起をしてくれるようです。
私自身、臓器売買というものは知っているつもりでした。しかしながら、提供者の子どもたちが生きたままで病院に連れ込まれて、摘出を受ける。つまり摘出される臓器によれば生きて出てこられない(命を商品とする市場である)ということまでの事態を想定したことはありませんでした。
そう、貧しい国の貧しい家庭に生まれたが故に、命と引き替えに家族を食わせるという現実を、そしてその命を買うのが日本人であるということを、描く映画であります。早い時期に見てみたい映画であります。
エアコンをかけないために、汗をいっぱいかいて寝ている娘の横で、一人パソコンを打つ。なんと幸せなのか。世の中全ての人が健康に暮らせますように。 戻る

2008/ 7/17 メルマガ「黎明2008年 5号」改訂版
一緒に、地域の未来を考えませんか?
「 変わらなきゃ、宇和島!」【黎明】
  武田元介のまちづくり講釈 メールマガジン版
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辻立ちを続けております。
2月にスタートした街頭でのアピールです。季節もうつり、これだけ暑くなると10分も立っているとシャツが汗でびっしょりと濡れてしまいます(笑)。恥ずかしい話ですが、汗かき(運動を続けているので、新陳代謝力が優れていると勝手に思っている)の私は、下着も濡れて腰の辺りに汗がたまってしまいそうです。
修復腎移植の正当性と市立宇和島病院・宇和島徳州会病院の両医療機関と万波先生らの医師への保険診療資格取消処分の不当を訴えております。週に一度、移植への理解を求める会の仲間、数人の患者さんと供に街頭に立たせていただいております。
お見かけになりましたら、ビラだけでもお受け取りいただければと思います。
 
今回も、HPの更新履歴と前書きと編集後記という代わり映えのしないメルマガで失礼いたします。 
昨今のページ更新お知らせ 
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 地球の未来のために
   「7/15 全国一斉出漁停止に思う/持続可能な社会へ」 
 まちの未来のために「6/26 公開が全ての基本 その2」 
 まちの未来のために   「6/24 公開が全ての基本(学校の耐震化を主題として)」 
編集後記
今回は、約二ヶ月振りでございます。
内容については、修復腎移植を離れて、ぼちぼちと元の路線に戻っていくようです(笑)。修復腎移植については、幸いに、「修復(病気)腎移植を考える超党派の会」(会長・杉浦正健元法相)によって、修復腎移植を容認する、そして病院と医師に対する処分を認められないという見解が厚労省に示され、修復腎移植を促進する為の法律を議員立法すると発表して頂いたおかげで、処分問題自体は聴聞も行われず、膠着状態が続いています。しかしながら、1年間で3万人が透析に入られ2万人がお亡くなりになるという透析の現状を考えると、一日でも早く修復腎移植で救える命を救っていただきたいというのが切実な思いでございます。まさに生命の危機の問題として、腎不全で苦しみドナーが現れることを待ちこがれる患者さん方にとっては、一日一刻が大切なのであります。全国で2万個摘出される臓器の内、千個から二千個が、修復の後、移植に使えるのではないかと試算されている修復腎移植、現在の脳死・心臓死のドナーからの移植数が年間200件に満たない日本の国では、これこそが患者さんを救う新たな道となると思うのですが、どうでしょう。この道を実質的にとざしてしまう通達を出した厚労省や、その元になる(科学的な治験もなく医学的妥当性がないと実質的禁止の見解を示した学会幹部にたいして、患者さん方が訴訟を起こす動きが出てもおかしくないと思っています。薬害エイズや薬害肝炎に続く、国民の生命を危機に陥れる失策です。小さな声でもたくさんの声を集めて、この国のおかしなシステムを変えて参りましょう。
今後とも、どうぞ、ご指導ご鞭撻のほど、お願い申し上げます。
                   変わらなきゃ、宇和島!【黎明】
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2008/ 7/15 全国一斉出漁停止に思う/持続可能な社会へ 
異常な原油高に伴う、燃料費高騰によって全国の漁業者の経営は逼迫していると云います。A重油の価格は4年半前の約三倍に跳ね上がっており、当然、漁に出るコストすなわち魚介類を獲得する為に必要なコストが上がっているわけで、魚価が上がるか漁獲量が上がって販売収入が上がらなければ、そのコストは漁業者自身が負担することになります。一方、魚価は主に市場(いちば)での競り取引で決まる物が大部分(養殖魚類を中心に、量販店や外食チェーンとの直接取引や切り身加工や骨取り加工などを施して、加工度を上げた製品に仕上げることで、価格支配力を高める努力もなされていますが)であり、漁業者が燃料費高騰を価格に転嫁することは極めて困難であると云います。実際に、この燃料費の右肩上がりの間も主要魚種(鰯や鯖など)の平均産地価格は5年前と比べて3割程度上がっているに過ぎないと云います。(漁業情報サービスセンター発表)世界的にも、欧米での健康食志向と新興国での魚食需要増大(今まで食べなかった国の人たちが食べ始めた)で、価格は上昇傾向にありますが、とてもこの間の燃料価格をまかなうだけの収入(価格×漁獲量)は確保できていません。市場(しじょう)での価格決定のメカニズムは需要と供給によって決まります、消費者が欲する物をちょうど良い量だけ市場(しじょう)へ供給することで、価格高騰によって多くの利益を得ることがない代わりに、低落により大きな損をすることもないというのがメカニズムとして至極当然に働いているのであります。つまり、現在の取得原価(漁に出ることの費用を積み上げたもの)を賄え無い評価しか市場で得られない魚介類は、市場に出回る量が過多であるとしか言えないわけであります。すなわち消費者が求める以上に出荷をすればその商品の価格は低落するのが当然なのであります。このことに加えて、獲りすぎて漁場が疲弊していることで、出漁一回当たりに獲れる漁獲量は減少しているようです。自ずと単位当たりの漁獲コストが上がるという構図であります。休日もなく、漁に出られる漁業者自身の勤勉性を批判しているわけではありませんし、燃料高騰で利が薄くなりながらも食うために出漁を続ける漁業者の窮状を無視しようというものではありませんが、しかし、今回の一日限りの休業を機会に、漁業関係者と供に国民全体が考えなければならないことを指摘したいと思っているのです。農産物の場合、国等から政策的な予算措置など支援はあるものの、その生産現場(農地)を自身がリスクを負って整備をし、反収(単位面積当たりの収量)を上げる努力をしているわけであります。農薬をどの程度使うか、どういう肥料を使っていくか、そういうことも考えながら生産を続けていきます。年に一作の作物もあれば、数十日単位で収穫を得られる作物もあります。また、桃栗三年と言う言葉もあるように、何年もかかって苗木の段階からあるいは接ぎ木等によってその果樹を育てることも行っております。そういう努力をしても、消費者の嗜好に合致した物を適量(過多になると暴落はありがち)市場に供給できなければ、その努力とコストに見合った評価(価格)は付きません。養殖漁業はともかく、育苗のことや資源保護のことを考えないで、獲れる物を獲っていく、そして獲れた物を市場に出していくという商売が、勝ち残っていけると考える方が不思議だと思うのですがいかがでしょう。これは、現在の漁業者の有り様や考え方を非難しているのではないので、誤解をして欲しくないのですが、そもそも魚価がどう決まり、それによって収入を得ることになる漁業者が食えるか食えないかという問題の根底には、こういう決定的な市場原理があるということを知っていただきたいと言うことなのです。板子一枚下は地獄と言われる、危険の伴う現場で作業を続けられる漁業者が食べられるだけの魚価を実現されなければ、当然休業どころか廃業と言うことにつながります。事実、八幡浜のトロール船はもう数年前から激減しており、まぐろ船の減船も行われております。
他の食材との代替可能性を考え(魚よりも肉が良いとか言って)ると、当然ながら値段が上がることは需要量の低下につながります。なればこそ、今まで大いに自然に頼ってきた漁業がその姿勢を考え改めるときが来ていると思えて成りません。農業にも薬漬けの問題や化学肥料に依存することの危険性(その原料である原油やカリウムなどが輸入に依存している)、旬のない供給(作物に季節外れが無くなって、いつでも食べられる状態)を続ける為に大量に資源とエネルギーを投入している現状があります。それとて、同様に、持続可能性という人類に突きつけられた最大で最後のテーマを解決するために、その産業自体の有り様を考える好機だととらえることが必要だと思うのです。
例えば、乱獲という実態はないでしょうか、生態系を破壊して、資源の枯渇を招くような事態に陥っていないでしょうか?
逆の発想での危機ですが、全人類が食用に利用する魚介類よりも多い海洋生物を消費する(食べている)「鯨」を保護するという、多分に感情論的な国際世論が漁業資源を枯渇させる、生態系を破壊する事につながっているという研究データもあるようです。
持続可能性と言うことを考えて、原油高は長期的に自然の摂理の中にある事を理解するべきです。炭素税が取りざたされる時代になっても、原子力発電のコストに「放射性廃棄物の処分・処理の費用」を含めないで売電を続けて国際競争力を高めようとする誤った経済尺度を持つ日本など、それぞれの国家の持つエゴを、取り払う理念、先に提示した「持続可能性」という大命題の元に国際会議が開かれるべきではなかったかと思っています。最後は、サミットの評価にまで踏み込んでしまいそうなところへやってきました(笑)。
具体的にすぐにでも検討する方策、漁民自らが漁に出る日を削り、市場における価格維持と海洋資源の維持の両面を考えることが必要でないでしょうか。「もっともっと(more&more)」の経済拡大では、持続可能性は生まれません。特に、環境維持(資源維持)を自然に頼る産業は大きなしっぺ返しを受けることでしょう。当地でも、過去に在った、自然の許すところを超えた規模に拡大した養殖漁業によって、海の環境が疲弊してしまったことを忘れてはいけません。「たるを知る。」このことをこそ、日本は先進国の先頭に立って主張するべきであります。
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2008/ 6/26 公開が全ての基本 その2
先稿の学校の耐震強度についての私の投稿に対して、同日(2006年9月13日)、あるメンバーから下記のようなコメントがありました。(原文のまま)
> がっこうの安全面のお話> とある学校&公民館の出入り口では、見通し
> が悪く、交通事故が起きやすいと予てから心配しながら財政の都合で中
> 々改修できませんでしたが、あるとき校長先生が安全面を指摘されてから、
> すぐに改修が実施されたようでした。
> 私、個人的に思うのですが、校長先生の権限はかなり強いように思うので、
> 設備の安全面などで
> ご意見がある場合、学校以外でも大いに発言していただきたいと思います。
>
> 財政の問題では、給食センターを建て替えて、新市全体の小中学校をカバ
> ーする市の方針に旧津島町のPTA連合会が、自校式を主張しておられるそ
> うですね。
> 経済的な面からだけで言うと、「センター方式のほうが安上がり」という
> ことだと理解していますが、具体的にどうなのでしょう?
>
> 自校式が教育的にすばらしいものなら、全市を挙げて自校式にすると言う
> 風に持っていったほうが、より現実的ですし、反対署名を集めるにしても、
> 宇和島市全体から支持を得られる方向にすべきではないでしょうか?
>
> 自校式のメリットをもっと深く報告していただき、それがよければ、全市
> をあげての反対運動を展開すべきです。
これに対して、翌9月14日私からのご返事です。過去logの切り貼りですが、私の考え方を知っていただくのに良い例題だと思いますし、またml(メーリングリスト)に登録している方だけが読んでいるだろう内容ですので、あえてご紹介してみました。
市の事業や予算、すなわち「何をやるか」や「何に使うか」をどのように決定していくべきと考えているか、その主張をする前段としてご紹介をしてみます。
//ここから(一部校正しております)
ありがとうございます。
現場以上に、問題がわかる場所はありません、どんなに優秀なコンサルタントでも、現場を離れた机上では、良いプランは出来ません。そう言う意味でも、とにかく、情報公開でもって、新任の先生から校長先生まで、皆が教育現場の問題を、機会あるごとに発言して欲しいものです。
つぎに、給食センターの件、浅薄ですが、私の意見は、自校式に近い、寄り小さなテリトリーを担当するセンターでもって運用されることが望ましいと考えています。特に食材については、可能な限り地元産にこだわるべきと思っています。また、ナショナルブランドの食材の商流も地元の業者を使い、疲弊した経済に余力を与えるべきと考えています。

しかしながら、こういうスタイルを採ると、1食あたりの原価は幾分高くなるはずでして、その場合に、「経済性」という尺度をどこまで重視するのか、すなわち、政策決定の際にそのコスト高という点をどれほど重要度が高い物として判断基準の中に入れ込んでくるか(加味する順番をどうするか?)という点はかなり議論しなければならないことでしょう。

だからこそ、私の主張は、ここでも「情報公開」なのです、現在の自校式でよりよい食育環境が作られているとして、現状のコストは、一食いくらかかっているのか?
センター制にして、いくらに下げられるのか、そしてその減額された費用をどこへ回すつもりなのか?
その差額の額によれば、地元の保護者らが負担を増やすという選択肢もあるわけです。負担の仕方も、交代で調理のお手伝いをすることや、自分の畑でとれた作物を安く提供するということも出来るはずです。
また、削減された予算を何に使うか、使い道によっては、現在までの無策のつけを子供達に押しつけると言う批判に耐えられないことになろうとも思います。

**さんのご意見にあるように、地域のあり方、地域の子育てを考えれば、市域全体で、自校式などのより身近な場所で給食を調理して、子供達に食べてもらうことにしてはどうかと思います。

また、横領犯の処断について、**さんのご意見の通りかと思います。卵が先か鶏が先かの議論をしていくよりも、システムの構築です。今の時代、人格や倫理意識に期待するのは愚かなことなのかもしれません。「日本人は、かくも幼稚になってしまったのか?」と思うこと再々です。

しかし、希望を失わず居たいと思います。いつの日か、こうして語る友と共に、地域の未来を描く日が来ることを信じたいと思います。

福沢諭吉の言葉です、
「独立の心なき者国を思うこと深切ならず」
俺がやるんだ、私がやるんだ、という気概のない者が国や地域のことを論じたとしても、説得力もなくただのうわ言に過ぎない。
//こう結んでいます。

正確な情報を示すこと、そうしてそのデータに基づいた市側の判断を早くから公にしていくこと、情報を「どこから知らせなければならないか」とか「△△へは、ここまで知らせるが、◎◎にはここまでしか知らせない」とかいう、くだらぬ処世術から抜け出して、そんな些末なことに囚われずに、事の本質を見て議論が進んでいくことが必要です。
宇和島では、そんな了見の狭い議員さんはいらっしゃらないでしょうが、全国では、情報が伝えられる順番が気に入らない(自分より先にどうして○○が知っているのかと言って)から、原案に賛成できないなどとごねる輩がいると言います。
「人のふり見て我がふり・・・」でも結構です、「改革加速」宇和島を変えましょう。【続く】 戻る

2008/ 6/24 公開が全ての基本(学校の耐震化を主題として)
中国四川省の地震による学校の倒壊から、突然学校の耐震構造は注目を浴びています。
一方、国内では、「耐震診断の実施率」がかなり進んでおり(全国で96.2%)や耐震基準を満たすか建物と改修済みの建物を含め耐震性が確認された建物の割合「耐震化率」(愛媛は54.9%)の集計はされているのですが、その診断結果を公表しているのは半分の自治体だと言います。この辺りについて、一筆申し上げたいので、スタートしてみます。
耐震診断については、2006年の9月13日、911のビルの崩壊をテレビで何度も見せられた私が、管理者を務めるmlに下記のような書き込みを致しました。
2006年の9月13日、911のビルの崩壊をテレビで何度も見せられた私が、管理者を務めるmlに下記のような書き込みを致しました。
//ここから、
宇和島の小中学校の耐震強度は調べられていますが、調査結果の報告がないですね。
調査の結果が出た後、もう何カ月経ちましたか?

採算がとれないほどに立派で大きな市立病院が必要ないということは常々申し上げてきましたが、学校の安全性はどう考えますか?
市立病院建設は、規模も建設コストも宇和島の身の丈に合わない愚策と考えています。
学校は、災害時には、避難場所避難施設となります。現に居る在校生たちの安全を祈りますが、これって、子供達が学校にいる時間に地震が起こらないように祈ることとニヤリーイコールであることに戦慄さえ覚えます。
情報を明らかにし、政策決定を市民に委ねるべきです。
一方、17年度の県内の各市町の実質公債費比率の一覧を見ましたが、18年度の予測数字ははどうなっていますか?
17年度も、宇和島より悪いのは、大洲と四国中央ですよね。一躍トップに躍り出たりして、大規模事業の償還が始まるまでの猶予期間など考えずに、借金として捉えないとたいへんなことになりますよ。
18年度から償還が始まる津島と吉田の大規模事業費、いかほどですか?
情報公開、これに尽きます。情報公開すれば、公務員の給与見直しなんか、簡単に出来るはず。
それをしないのは、大票田に慮る愚かな行政運営です。今の市職員の給与で民間のパートさんが何人雇えますか?市職員の高収入を維持する根拠は何ですか?
市長、今度の犯罪者は、告訴してくれますよね。
//ここまで。
ちょうど、職員の刑事事犯発覚の直後でしたので、告訴云々が添えられています(笑)。
これに対する、市からの回答は、以下です。
> 「学校の耐震強度」についてお答えいたします。
> ご承知の通り教育施設の耐震診断につきましては、文部科学省の指導の下、平
> 成15年度より旧4市町で実施を行ってまいりました。
> 新市の教育施設のうち旧耐震基準で建設の施設は80棟ございますが、平成17年
> 度時点で耐震診断を行ったものは47棟、残る33棟につきましては平成18年中に
> 診断を完了する予定でございます。
>
> 耐震診断につきましては、市議会定例会でも幾度となくご質問いただき、ご回
> 答させていただいており「市議会だより」で目にされたこともあるかと思いま
> す。
> ご指摘の通り学校は、児童・生徒が一日の大半を過ごす場所であり、多くが災
> 害時の避難施設となっており、安全で安心できる学校の整備は行政の責務であ
> ります。
> 本年完了する耐震診断の結果に基づきまして耐震性(耐震強度)が確保できて
> いない施設につきましては早急な補強工事等の対応を行っていく予定でござい
> ます。

とのことでした、いたずらに市民の不安をあおるとか言う理由で、未だに診断結果は市民に明らかにされておりません。また、巷に話題の「旧津島町のやすらぎの里の指定管理者決定」についても審査ルールが3パターンもあって、そのうち一つが根拠とされて(議会での市長答弁の新聞報道より解釈した)、県の天下り法人の一つである「南レク」に決定されたと言われています。これらも、どうしてオープンにしないのでしょうか?
ルールは、公募を開始する前に決定されているべきだと思います。そして、決定ルールも含め、それぞれの応募者の事業プランもすべてが公にされるべきです。
形式だけ、決定を外部の有識者を中心とした機関に委任したようにさえ見えてしまう、今回の案件は、非常にダーティーなイメージを持ってしまいます。石橋氏自身がこの闇の決定に深く関わっているとは思いませんが、なにか大きな力が働いて、密室での決定、それも理解しがたい金額差のある決定となったのではないかと思ってしまいます。
すべての情報を公開をした上で、予算を決定していくプランに付いては次稿でご紹介してみたいと思います。
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2008/ 5/12 メルマガ「黎明2008年 4号」改訂版
一緒に、地域の未来を考えませんか?
「 変わらなきゃ、宇和島!」【黎明】
  武田元介のまちづくり講釈 メールマガジン版
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春が来たと思っていましたら、この号では、半袖で走る頃となってしまいました。
まったくこのメルマガ自体が手前味噌なのですが、これまた手前味噌な話でございます。
先日隣町で行われました、桃源郷マラソンで、年代別連覇を果たしましたが、なんと昨年より、4分近くタイムを落としてしまいました。以下、ちょっぴり、言い訳でございます。
10時40分スタートと言いますのに、目が覚めたら8時53分。あわてて着替えて、身支度して受付へ向かうと、なんと10時過ぎでございました。ちょうど、机や椅子を片づけて、その場から立ち去ろうとする担当の方に、遅れたことをわびてなんとか受け付けをしていただきました(笑)。
レースナンバーを付けて、トイレに行くともうレースウェアに着替えなければなりません。いつもなら身体を温めた後行うストレッチも無し。大変なことになりましたが、故障が怖いので、消炎鎮痛剤を体中に塗りたくり、ぎりぎりまで動き続けまして、トイレに行く間とスタート地点までのジョグでもってウォームアップとしました。
こんな準備不足は、精神的にもかなりきつうございました。歳ですから、こんなことは故障の元ですね。
至って元気ですが・・・。

今回は、前回お約束した、修復腎移植(病腎移植)についての国会議員さんの動きのご報告を致します。

長文となりますので、
下記のページをご覧下さい。

http://www.kenkoude.com/ishoku/giinnougoki.htmlにてご覧下さい。
修復腎移植(病腎移植)についての国会議員さんの動き

編集後記 
 
今回のブランクは、約一ヶ月。
内容についても、修復腎移植についてとなります。
今晩は、明日出されるという、「修復(病気)腎移植を考える超党派の会」(会長・杉浦正健元法相)による、病気腎移植容認の見解をまとめた政策提言を楽しみに眠りたいと思っています。
厚労省前でハンドマイクで街宣をして以来、おおかた週一のペースで、患者さんがビラ配りをされる横で、急遽購入したメガホンを肩に提げて懸命に主張を続けて参りました、回を重ねる事に理解者が増えている感触を得ました。足を止めて聞いて下さる方も増えて参りました。また、差し入れを頂いたり、声をかけていただく方もいらっしゃいました。
一方、2/21に結成された、超党派の国会議員さんの「修復腎移植を考える超党派の会」も結成以来5度も会合を開いて下さいました。2ヶ月弱の間で誠に駆け足で進めていただきました。患者さんには一分一秒が勝負です。修復腎移植が一日も早く再開され、多くの患者さんが生活の質を上げ、健康な人生を一日でも長く過ごすことが出来るよう祈っています。
また、こうして、市立宇和島・宇和島徳州会病院で行われた、「修復腎移植」が正しく評価され、いわれのない「処分」を受けることがないよう願っております。
次号には、この問題も一件落着として、喜びのご報告が出来ますこと、祈っています。明日以降の動きが本当に楽しみです。
今後とも、どうぞ、ご指導ご鞭撻のほど、お願い申し上げます。
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2008/ 4/16 メルマガ「黎明2008年 3号」改訂版
一緒に、地域の未来を考えませんか?
「 変わらなきゃ、宇和島!」【黎明】
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あっという間に、春が来て、上着が必要なくなりました。
修復腎移植の実質的禁止の厚生労働省通達への疑義やら、臓器売買事件に端を発し市立宇和島病院と宇和島徳州会病院に対して行われた厚労省の監査の結果をもとにした両病院の保健医療機関資格取消に対する抵抗など、週に一回メガホンマイクを肩にかけて街宣して頑張っておりますが、またまた、このメルマガは、前回の発行から2ヶ月もたってしまったようです。

年賀状代わりのご挨拶状もやっと300を超えました。発信を始めてから、いろいろとお声掛けを頂くなど、反響の大きさを感じております。仕事の忙しさにくじけそうになりながらも頑張ってといける力を戴いております。小泉前首相の「なんとか風」発言もありまして、ねじれ国会と言う改革の好機に、動きを取れないで居る政権与党には、下野するほか無いのではないかとつくづく思ってしまいます。
つい先日には、友人が、次期衆議院選挙へ立候補を表明致しました。ここ数日の春の嵐を感じさせるような雲行きとなってしまいました。同じ選挙区にJCの先輩で、お会いする度にお話しを頂く現職が出馬を表明していますから、八幡浜から出馬表明している民主党の候補との三つどもえとなってしまいます。お三方の実力について雑ぱくに勝手にコメントするとすれば、経験に裏打ちされた現職(期数で職が獲れる面も否定できないわけで)と財務省キャリア出身の私の友人との間には大きなものは無いのではないかと思います。明らかに実力が不足していると思われるのは、民主党の方でありましょう(笑)。
了見が狭いと叱られそうですが、「宇和島地区出身の2人」vs「八幡浜の1人」という構図もあり、政権選択の意志とは別に、実力のある政治家を選びたいと思うわけで、そのためには、公開討論会で保守系の実力ある二候補の政策論争を行って決着を付けるのがもっともふさわしいのではないかと考えている私です。
今回も、HPの更新履歴と前書きと編集後記という代わり映えのしないメルマガで失礼いたします。

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感謝します「3/29 市立病院・徳州会病院の処分についてご質問いただいた阿部議員へのご返事をもとに」

期待する「2/22 修復腎移植を考える超党派の国会議員連盟 発足」

まちを憂う「2/21 市民vs市長の戦いで真実を明らかに?」

国を憂う「2/19 東京抗議行動」

国を憂う「2/18 松山抗議行動」


編集後記 
 
今回のブランクは、約二ヶ月。内容についても、けして目新しいものでないですね。
2月にも病院の処分問題等解決のため、東京行きも行いました。いつもの国会議員さんとお会いしてお話しをすることのほか、今回は厚労省前でハンドマイクで演説をしたりして帰って参りました。国会がらみの動きとしては、2/21超党派の国会議員さんが74名集まって、「修復腎移植を考える超党派の会」が発足致しました。今日までで5回の会議がもたれ、早期に腎不全患者さんの未来を開く「解決策」が早期に打ち出されるものと期待しております。また、それとは別に社民党の阿部ともこ議員が宇和島に訪れ、20分ほどですが、患者さんたちと供に懇談をする機会を得ました。帰京され参加した国会の委員会でさっそく病院の処分問題について、ご質問を頂いたようです。与野党問わず、こうして目を向けて下さっていることには、心より感謝をしたいと思います。
厚労省が行う情報操作で、マスコミの多くが修復腎移植の効果を正しく国民に伝えることが出来ずにいます。また、国会議員に対しても厚労省はその主張に沿う形に都合良く作った資料を提示して、薬害エイズや年金問題、薬害肝炎に続いて、またもこの修復腎移植についての評価・判断を誤らせようとしています。しかし、ここにきて、官僚にだまされ続けてきた国会議員の皆さんが、「厚労省は情報操作している」といったことを記者会見などで指摘するなどして下さり、風向きは完全に変わって参りました。次号にて、超党派の会の動きについてはご報告したいと思います、お楽しみにどうぞ。
今後とも、どうぞ、ご指導ご鞭撻のほど、お願い申し上げます。
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2008/ 3/29 市立病院・徳州会病院の処分についてご質問いただいた阿部議員へのご返事をもとに
市立宇和島、徳州会病院への処分問題について、先般視察においでになった阿部議員(社民党政策審議会会長 東京大学医学部卒業 小児科医)が、その件で早速に国会でご質問頂いたとのご報告を、速記録付きで頂戴したことについて、お礼したメールをリライトした物です。
//ここから
私共の地域の医療を様々な切り口の内、「地域にとっての市立宇和島病院や宇和島徳州会病院の位置づけ」その点は、十分にアピールして、ご質問いただけたと思います。
立地の問題、そして公立病院の中でもたかだか人口7万人に満たない(合併前)市が、(その地理的閉鎖性にも助けられた点もありますが)500を超える病床数を抱えながら、全国でもトップクラスの経営状態を維持して、長きにわたりサービスを続けられたことについて、先人のご苦労を思うと、とても不当・不正請求やらと社会保険事務局がリークしただろう情報で、この病腎移植がスタートするに至った事の本質から目をそらして、単に興味本位で記事を作り続ける一部マスコミを含めて、厚労省には、腹立たしいを通り越して、情けなくさえあります。
積み重ねられた信頼を基に、広い範囲の患者さんを集めて、また系列大学や地元大学の協力の下、なんとか経営(大きな赤字も出さず)が続けられてきたことは、ただそれだけでもすばらしいことであります。当然、経費面を切り詰める努力もなされ、その一つが、医療事務の外部委託でありました。結局のところ、病院の管理運営者(市側では)は、医療請求の細かな事務まで携わってはいないのです。細かな部分は委託されたNICが責任を持つべきかとさえ思います。市立宇和島病院が監査で指摘された、「不正・不当請求」とされたもののほとんどは、その事務を委託された会社の研修が不十分で、その社員が内容を理解されずに請求しているようなものがその大部分を占めていると思います。
一方、黒字経営の基盤となってしまった、一次外来の受け入れは、現場医師の疲弊を産み、カルテの不備と、そしてそれをレセプトと突き合わした監査で発見されることになった疑義へつながったのではないでしょうか、
つまり、その多くが過誤請求と報告されるべき筋合いのものであったのに、それを「不正・不当請求あり」という情報に変えて(中身を明らかにせず、マスコミへリークするかあるいはマスコミが根拠もなく書いてしまった、前者でしょうが)報道がなされているのだと解釈しています。
それと同様に、正義感あふれるように見える舛添氏が、「不正な請求を含めて違反は許さないという立場と、しかしながら地域医療の確保、これを念頭に置いて対処する、これはしっかりやりたいと思います。」と主張するのは、もっともらしくは聞こえますが、厚労省の官僚から解説を受けた結果の片側からしか事実を見ていないと思えます。
愛なき力は暴力成り。
診療報酬の不正請求による処分は、実際に保険財源を毀損するなどの実態が有るや無しやという点、医療行為そのものに妥当性が無く(これは学会が判断することでは無く、患者が評価すべきものです)患者の権利を侵害している場合であるべきでしょう。
この病腎移植(修復腎移植)は、保険財源を節約しており、また、患者さんが喜んでいる医療サービスであります。にもかかわらず、それを成したが故に(それを根拠として)、死刑判決に等しい処分が検討されると言うことは、まったく理解が出来ないのです。
後半、万波擁護の調子に入ってしまいましたが、今後とも、地方の医療崩壊をこれ以上進めないように、また数年前厚労省が公立病院会(全国の公立病院長が集まった会議)で、将来的に、公立病院は不要であると言うようなを発言した(と聞いています)とおりのシナリオを進めること無いよう、ご尽力下さいませ。 戻る

2008/ 2/ 9  メルマガ「黎明2008年 2号」
一緒に、地域の未来を考えませんか?
「 変わらなきゃ、宇和島!」【黎明】
 武田元介のまちづくり講釈 メールマガジン版
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はや、2月です。
地元の医師会では、市立病院への保健医療機関資格取消が、4月1日から一ヶ月に決まったなどと情報が流れています。処分が下りないようにと、今まで戦ってきた私たちとしては、最後まで希望を捨てず、正義が必ずや勝つと信じて、舛添大臣のご決裁が劇的な解決を産むことをイメージして、頑張っていきたいと思います。
一方、地元選出国会議員のみなさんも、加戸知事・石橋市長ら多くのみなさんも、処分を回避するために精一杯の動きをされているだろうこと、患者さん・患者さんのご家族を中心とした「移植への理解を求める会」に一市民として参加している私としては、心より感謝を申し上げ、「供に戦う戦友として、最後まであきらめずに頑張っていきましょう。」そうお伝えしたい気持ちがいっぱいです。
私のサイト内の「トレーニング日記」で、小出しにしておりますが、1月の市長との東京行きも、なんとか実を結んで欲しいものです。

さてさて、【黎明】と名前を変えたメルマガ、ポスティングや配布用の体裁も考えていきたい今日この頃ですが、事務所の食卓件作業机の上は、新聞などのスクラップでいっぱいでございまして、ネタばかり集めて自分の考えがまとまらず、発信が滞っております。しかしながら、知名度に欠ける若輩者ですから、こういう地道な部分から、政策(武田元介の考え方)を第一に知っていただくことを続けて行きたいと思っています。
横で寝息を立てる娘が目を覚まさぬように、テレビのボリュームを下げてパソコンを叩いています。
明けぬ夜はない、宇和島の夜明けのために、全身全霊をかけて歩んで参ります。
今回も、HPの更新履歴と前書きと編集後記という代わり映えのしないメルマガで失礼いたします。

(後略)
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2008/ 2/ 3 主張しよう宇和島2病院の処分回避のために
マスコミは、調べてくれていないのか、知っていても報道してくれないのかわかりませんが、「現時点では医学的妥当性がない」として、実質的に地方の医療機関では禁止されたように思える「病気で摘出された腎臓の移植」いわゆる病腎移植は、
国内で、論文を検索しただけで(万波医師らのグループを除いて)、
○腎動静脈奇形修復例 42例以上
○腎血管外傷の修復例 5例以上
○腎・尿管奇形・瘢痕修復例 11例以上
○腎動脈瘤・FMD切除修復例 37例以上
もの移植で患者さんが救われています。
当方で個別の調査も進めており、途中経過を聞くところによるとその多くが保険適用されているとのことでありますが、これらは、生体腎・献腎で見つかったもの(秋田大学の医学部の例で認めた理屈で万波移植と保険適用の構成要件を分けようとしているもの)です。
一方、非血縁者間の移植では、
1991年 呉共済病院 光畑医師によるもの
1993年 藤田保健衛生大学 星長医師によるもの
等が公にされております。

これら、各地で独立して行われた病腎の移植が保険適用されている中で、時系列的にもばらばらな病腎移植が「どのような形でレセプト処理され、保険適用されたか」というところまで踏み込んでみると、同じ手続きで処理されていたことを考えると、厚労省がある時点以降、病腎移植の存在を認識し(その時点で、禁止もせず)、社会保険庁地方支分部局である、各都道府県の社会保険事務局は、同様の認識を基にして、その診療報酬について共通した手続きを求めていただろうことが想像できます。でなければ、全国で行われた病腎移植についての処理が一致しているのはおかしいと思うのです。
すなわち、私たちが一昨年の年末から主張しているのですが、社会保険事務局が処罰根拠とする「診療報酬は「健腎」を使用した場合に限って支払われるという解釈」は、過去に出した物とはまったく違った見解である(処分を正当化するためのルールの変更)ということを立証する、これこそが真実の積み重ねであると思っています。
また、「癌やネフローゼで摘出された腎臓を移植に使うことを想定していなかった」という主張にしても、
「使える病腎と使えない病腎を単に明確に分別していなかった」ということがもっとも適した分析なのかと考えます。このような経緯がありますのに、病腎移植の診療報酬の請求が不正であるとして、医療機関への処分が科されるのは、法の大原則である、罪刑法定主義の観点からも、まったくおかしいのです。
幸いにして、超党派の国会議員で構成する病腎移植を推進するプロジェクトチームは、病腎移植で救われる患者がおり、その生着率も生存率も決して低くないことを理解され、「プロジェクトチームの検討結果が出るまで、関係する医師並びに医療機関への処分を軽々に下すことは許さない」と、厚労省の担当部局に指示を出して頂いております。また、本省でも、この件は一地方の(愛媛の)出先である社会保険事務局の決済案件ではなく、大臣マターとして、「自らが決済する」としている情報が厚労省OBを通じて入ってきています。先の加戸知事との折衝での厚労大臣のコメントを聞きましても、我が地域事情も合わせて勘案され、処分については決定出来ていないと言うのが、現状であるとも思い、整合を見いだしました。(希望的観測でないはず)
舛添大臣は、その政治センスから風を読んでいると思うのですが、医学的論争の決着もおおかた付き、病腎移植で両病院を処分することは、ただでさえ進まない日本の移植医療をますます停滞させ、臓器輸入過多の日本が世界各国から非難されることになるとまで考えているのではないでしょうか?(国際移植学会のトップが既に指摘している。)

重ねて申し上げますが、
病腎移植の診療報酬等の適正処理については、一昨年の12月、万波たたき華やかかりし頃、私共からすでに報道各社へアピールしていることであります。ここに至っても、ほとんど取り上げられていないのが実際です。各社は、まるで、市立宇和島病院や宇和島徳州会病院が処分受けることを望んでいるような、この地域の医療が崩壊し地域住民が診療を受けられない危機に陥ることを望んでいるのではないかと思ってしまいます。
当時の移植コーディネーターや担当の医師が、厚労省に確認の上で、特定のルール(生体腎加算も死体腎加算もしない)で診療報酬の請求をすることで了解を受けているのです。また、病気で摘出された腎臓を他の医療機関へ斡旋することが(通常は、献腎いわゆる腎バンク登録者の腎臓、脳死移植法施行以降なら脳死腎を斡旋することが想定されていた為)、斡旋業禁止の法規に反することに成りはしないかとも確認しているのです。そして、移植件数の統計においては、生体腎として計上することなどまでオープンに相談されているのです。一方、現場の医師・医療事務をするサイドでも、例えば、生体腎加算も死体腎加算もない腎移植が行われたレセプトが不思議に思って受理されず戻ってきたこともあり、これは病気で摘出された腎臓を移植に利用したものであると追記した上で、医師自らがサインをして、適正なレセプトと処理された例が何例もあるわけです。以上のことからも、これをもって、処分を検討されるのは明らかに不当な「万波つぶし」、「市立宇和島つぶし」なわけです。病腎移植について、たまたま臓器売買の舞台となった宇和島で、また、その執刀者である万波氏であるからと、二つの病院が監査を受ける、愛媛社会保険事務局だけが監査を実施しているのは理解できません。ここに二つの矛盾があるのです。
@かつて明らかに病気で摘出した腎臓が移植に使われたことを認識した上で、適正な請求であるとして支払われた診療報酬を今になって不正請求であるとルールを変えられている。
A病腎移植をしている医療機関がたくさんあるにもかかわらず、(俗に言う瀬戸内グループと名付けられた医師の所属する病院でさえも)宇和島の2病院以外は、監査を実施していない。
これらのことは、報道各社は、まったく触れようとしないのです。
いくら、当初から万波パッシングを続け、癌の腎臓を移植に使うなど言語道断などと評価しなかった各社であったとしても、世界が認め、多くの国から病気腎移植の試みを報告する論文が出始めている今日に至って、それらを報じようとしないのは奇異としか思えないのです。
ただ、残念なことに、市立宇和島病院では、「内視鏡手術を開腹手術としてレセプト処理していた」(万波医師は無関係で、たぶん、医療事務がミスを犯したのではないか)ことを始め、50件を超える不当請求が見つかったと言います。しかしながらほとんどが些末なことで、どこの病院でも、ケアレスミスはあるわけで、そういう付け増しとか振り替えと判断された不当請求が見つかったとされたのであります。「不当」と言うと犯罪的に感じますが、ほとんどは許容される(ルールとして診療報酬の返還はするとしても、保健医療機関の資格取消まではいかないという意)べき、ミスの範囲内であろうと思います。(この損害は、医療事務外注先にも責任有りとして、損害賠償を行うのでしょうか?)
この点が、藤枝市立が恒常的にインプラントに係る口腔外科の手術を保険診療として行いその診療報酬を請求していたと評価されたこととは根本的に違うのであります。
また、その上に、市立宇和島は、保存が義務づけられているカルテ(診療録)を破棄していたと指摘されていますが、これについても、市立宇和島が保存義務を「診療終了後5年」と考えていたのに対し、「完治後5年」であると指摘され、結果的に通常の廃棄が保存義務のある物の破棄として、悪質と判断しようとしているのです。しかしそんなナンセンスな話はありません。完治かどうかは神のみぞ知ることでありまして、受診したことのあるすべての方(亡くなられた方も含め)のカルテを保存しておかなければ、いつ病気が再発するかなど誰もわかりはしないのであります。亡くなられてからも5年というと、圏域人口を超すカルテが常に保管されなければならないと言うことになるのではないかと思うわけです。
一方、徳州会病院は、40件ほどの指摘であるといいますが、こちらも些末なことで、とても悪意の存在や故意と判断される事情など考えられない不当請求だそうです。いずれにせよ、こんなことで、「処分した」とされたなら、後々の不利益な取り扱い(補助金カットや保健医療機関以外の様々な資格の取消など)になにも抗弁出来ない立場に追い込まれてしまうのです。療養費払いについても、甘く考えていると大変であります。患者さんの受け入れや治療継続にかなりの制約を受けるのです。また、保険機関が支払ってくれなかった治療費を市の予算から支出するとなった場合、宇和島市外の患者さんを市民の税金でもって診察治療しなければならないということにもなります。それを市民が納得するでしょうか?排他的に患者さんを分けることは医療機関としてしてはならないことでありますが、そういう事態を回避するためにも、厚労省との戦い方として、主張するべきは主張して、処分回避する方策も採るべきかと思います。
このことについては、市内で街宣活動をして、是非に皆様にお伝えしたいのですが、メガホンマイクがございません、どなたかご提供いただける方いらっしゃいましたら、ご一報下さい(笑)。アレルギー性鼻炎で、美声が曇っておりますが・・・。戻る

2008/ 1/21 市立病院を守ろう。
ニュースでご覧になった方も多いと思いますが、国際シンポジウム「日本とオーストラリアの病腎移植」が、「移植への理解を求める会」主催のもと、無事、開催されました。

私は、雨の中、南予マラソンで走っておりまして、不参加でございましたが、画像データができあがりましたら、
http://www.kenkoude.com/ishoku/
に、アップロードいたしますので、興味のある方はご覧下さい。

さてさて、世界の動きを見ても、医学的な勝負は、もう既についていると思うのですが、残るは、病院への処分問題です。
みなさん、情報に敏感に居て、場合によっては市民運動をスタートし、供に地域の医療を守りましょう。

先に、市立宇和島への共同監査が終了した診療報酬の不当請求についてです。今回、市立宇和島病院への指導のほとんどが担当者が規則をよく理解していないだとかあるいは単なる入力ミスが対象ではないかと思っています。
また、レセプトとカルテの突き合わせで、レセプト(いわば請求書)どおりの医療行為(カルテの記録にある)がないと判断された不当の多くは、検査依頼書等に医師のサインがないとか言う、雑務の省略が原因でありったりします。
すなわち、今回の臓器売買が発端の市立宇和島や宇和島徳州会への監査で指摘された不当請求についても、今まで行われた多くの指導や監査と同様“医師の倫理”に反する行為とされたものは無かったのが実際ではないかと思います。
市立宇和島に見られるカルテの破棄も故意ではないのであって、建て替えがスタートしている現況にあって、古い物から(5年を超えるものは保管義務はない)廃棄することを責めるのであれば、今回、一部解決をみた薬害肝炎に関わる投薬記録のある古いカルテを破棄した医療機関はすべて指導・監査を受けるべきです。
そして、重箱の隅をつつくような指摘でもって、不当とした請求について返還を求め、著しく不当であるとして、それを根拠に保険医の取消の処分をしなければならないことになります。
レストア腎の移植についても、全国で、瀬戸内グーループ(万波氏らの)意外にも100件近い「病気で摘出された腎臓を修復して移植医療に使うと言う手術」が行われており、その治療を実験的医療とせず、保険診療と扱っていたならば、それらすべての医療機関が監査・指導されるのが法の下の平等といえましょう。もっとも、罪刑法定主義という法原則を無視する厚労省にそれを求めるのは無駄でしょうが・・・(笑)。

少なくとも、私たち宇和島市民は、どこの病院医療機関でも、多かれ少なかれ、調べられれば不当請求とされる「間違い」が見つかるというのが実際なのだということを理解し、興味本位でかき立てる一部マスコミの記事によって、市立病院への信頼を失うことがないようにお願いをしたと思っています。

確かに、完璧なレセプト処理がなされるのが理想でありましょうが、現場はそう思うとおりに動かないのが現実でしょう。
カルテの記入やら、レセプト処理の正確を期すために、救急患者の受け入れを拒否するような事態にも成りかねません(笑)。

保険診療上の規則を知らないがために行われた行為と、規則違反を意識的におこなった行為とは明確に区別し無ければ成りません、しかし、カルテとレセプトのチェックでは、それは判別しがたいのであります。ほとんど不可能と言っていいでしょう。
そして、両者には決定的に大きな違いがあるにもかかわらず、マスコミは、“不正行為”として報じます。それが大問題なのです。
レセプト上の過誤請求は日常茶飯事であるそうです。そして、その大部分が保険診療上の規則を理解していないことに起因していると言います。
ここで、報道機関は過誤請求と不正請求との区別を出来ず、医療機関の不正行為、それも臓器売買で話題になった両病院ですから、話題性には事欠かないわけでありまして、地域の医療がどうなるかよりもむしろ、センセーショナルな報道で、部数や視聴率を伸ばすことに躍起になっているのです。
良心的な診療をしていても、保険診療上批判の対象になる行為は少なくないのが現実です、現場の医師が、杓子定規なルール通りに診療を進める方が奇異なのであります。適用除外の薬剤でも効能が有れば、患者さんに使ってあげるのが医師の良心と思うのですがどうでしょう。

もちろん、保険財政にうらうちされた、世界に冠たる、国民皆保険制度を維持している医療保険が、医学的根拠に乏しいのではないかということを述べているつもりはありません。なんでもあり、検査した者勝ち、出した者勝ちに成りかねない保険診療という契約制度(本人負担の3割を受け取った残り保険から7割の負担を受ける)の制度維持のためには、不正請求に目を光らせるのは当然成すべき努力であります。しかし、マスコミが、「不正」と報じれば、その読者や視聴者は、文字通り「不正」と受けとります。
そして、それによってもたらされる、医療機関への不信感は、さらなる不利益を社会にもたらすと思っています。医療の上に信頼関係が崩れれば、良好な診療行為など望むべくもないわけです。
インフォームドコンセントの話など、医療機関サイドの万一事故があったときのための、訴訟対策としての役割が大きいのが現実でしょう。ですから、世界中の権威ある医療機関の中には文書によるインフォームドコンセントが義務づけていないところが希でないというのが本当のところなのです。
そのことは、その医療機関あるいはその担当医師と患者さんの間に、書類上で証する信頼関係を超える、患者と医師の人間同士の厚い信頼があり。それに基づいた医療行為が行われていることを表していると思います。
今回の市立病院の監査について、市民のみなさんには、どうか処分容認論をとらないで頂きたいと思います。愛媛新聞などで報じられた、監査結果に基づく診療報酬の返還の大部分が、調べればどこでもあり得る、過誤請求であるはずです。(癌で摘出された腎臓を移植に利用した治療行為は診療報酬返還の対象にされるべきではないですから・・)
なぜ、宇和島だけがと言う意識、皆で共有できればと切実に思います。
地域医療崩壊の火に油を注ぐ愚行を厚労省の一部役人は行おうとしています。
1億だろうが、4億だろうが、市立宇和島病院や宇和島徳州会病院をスケープゴートとされることは許してはなりません。特に市立に関しては、私たちの税金が巻き上げられます。そして、私たち市民の病院を閉めさせようしているのです。両病院を、いつまでも、信頼できる地域の病院として、私たちは、けして処分を容認してはいけません。
万一の時に、体調が悪いときに私たちを守ってくれる病院を今度は、私たち市民が守りましょう。それが、私たち市民のつとめだと思います。 戻る

2008/ 1/10 今年はメルマガ頑張ろう 「2008年 1号」 
一緒に、地域の未来を考えませんか?
「 変わらなきゃ、宇和島!」
【黎明】
 武田元介のまちづくり講釈 メールマガジン版
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ご無沙汰でございます。 そして、皆様方が、お健やかに新年をお迎えだろうこと、 心よりお慶び申し上げます。 残念ながら体調をお崩しになっている方がいらっしゃると すれば、一日も早い治癒をお祈りいたしております。 仕事に追われ、御世話になった皆様にはたいへんご無礼を 致しております。年賀状代わりに作るご挨拶状も現在作成 中でございます。 今年は、そんな自分からの脱皮を図りたいと思っています。 メルマガも、【黎明】と名前を変えて、宇和島に夜明けが 来るように、陽の昇る時が訪れるように、思いを込めて発 信を続けて参る所存でございます。 今回も、前回同様、極めてほったらかしに近い、HPの更 新履歴のご報告が主となります。

(後略)
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2007/12/17 市立病院の処分許して成るものか!!
先のご報告の中で、若干触れておりましたが、元移植コーディネーターの仲田氏と近藤先生のご苦労により、今回の病腎移植による診療報酬の請求等が、当初より、厚生労働省担当者らとのやりとりの上、適正に処理されていたことを示す証言が、下記の通りまとめられました。
診療報酬の不正請求を根拠とする、関係する医師並びに、市立宇和島と宇和島徳州会の両病院に対する処分が、全くの言いがかりによるものということがおわかりになるかと思います。
いわゆる病腎移植の診療報酬請求の適法性について

1.診療報酬の概要
ヒト同種腎移植術(同所性・異所性)については、診療報酬医科点数表のK780の「同種腎移植術」74,800点を適用している。
親族あるいは夫婦等のドナーによる生体腎移植術の場合はこれに、K779の移植用腎採取術(生体)22,800点が併せて適用されるとともに、ドナーにかかる療養上の費用については、K780の請求の際に所定の点数により算出したものを加算することとなっている。
死体腎移植術の場合は、同じくK780の74,800点にK779-2の移植用腎採取術(死体)30,000点が適用される。
なお、生体腎・死体腎の際に、実際にドナーとなった場合の臓器等提供者に係る感染症検査については、1回に限り請求できる。
つまり、どのような提供方法による腎であれ、「同種腎移植術」は74,800点であり、この1階部分に、死体腎や生体腎の場合は、2階部分の移植用腎採取術を請求することとなっている。
これは、保険適用となった当初、ドナーに係る費用は保険適用となっていなかったことから、後から2階部分や療養上の費用の加算が加わり、現在、このような請求構造となっている。
このことは、「同種腎移植術」は、どのような方法で入手した移植腎であれ、それが医学的に移植術に使用できるのであれば、保険診療として成立することとなる。たとえば、US腎を貰い受け移植したとしても、「同種腎移植術」自体は保険診療である。2階部分がなかった時代はUS腎による移植術もまさに保険診療として適用していたのであり、現在もその考え方は変わっていない。

2.病腎移植の請求について
病腎移植術を施行した場合の保険請求は、この1階部分のみを請求することが正しく、2階部分を請求すれば、当然、二重請求となり、不正請求となる。
なぜなら、移植腎は、当該腎を摘出した患者に係る治療としてその人の医療保険から支払われて摘出された腎であるからである。
 「同種腎移植術」にドナーにかかる療養上の費用について加算できることとなっているが、これは、本体請求部分ではなく、療養上の費用であり、人によってそれぞれ異なるものである。療養上の費用を請求する場合は、療養上の費用に係る合計点数を併せて記載することとなっているが、病腎移植術の場合は、本来、当該腎を摘出した患者に係る治療として入院治療しているので、当然、療養上の費用を請求することはできない。
 病腎移植は「同種腎移植術」のみを請求するのが正しいのであって、レセプト審査の段階で、そのような請求事例が死体腎移植術でないことは明白であり、さらに一般の生体腎移植術でもないことは明らかである。よって、「同種腎移植術」のみの請求により審査し、支払っていたのであれば、それは、病腎移植を保険診療として適正に審査し、問題がないものとして適正に支払っていたもので、請求側にも支払側にも瑕疵はない。

3.腎移植に係るあっ旋業の定義について
  死体腎移植に係るあっ旋業については、社団法人日本腎臓移植ネットワーク設立前は、その前身の社団法人腎移植普及会及び各地の腎バンクがあっ旋業の許可を得て、死体ドナーの啓発並びに登録を行っていたほか、臨床上のあっ旋については、国立佐倉病院を基幹とする各地の地方腎移植センター及び各都道府県の腎移植推進情報センターが個々にあっ旋業の許可を得て、実際の死体腎のあっ旋を業として行っていた。
  しかし、地方腎移植センターのあっ旋によらなくても、US腎の移植が行われていたり、たまに、任意の病院間のみで行うことも違法ではなかった。これは、病院間の提供腎のあっ旋は「業」として行わないため、あっ旋業の許可は必要なく、本来の医療行為としては認められるという理由からである。
  この考え方は、法的には現在も変わらず、たまたま使用できるヒトの腎をたまたま移植が必要な患者に腎移植術を行うのは、法的には許されるのである。ただし、現在は、その他の国の通知等により、実務的には、日本臓器移植ネットワークのあっ旋を経なければならなくなっている。
  よって、過去の病腎移植に係る病院間の腎のあっ旋は、本来の医行為として適正なものである。
  なお、平成3年度から平成8年度まで任についていた四国地方腎移植センターの腎移植推進員が、市立宇和島病院の救命救急センター配属の腎移植推進員(当時の国の腎移植推進員に係る補助金対象人員)から、市立宇和島病院の病腎移植の症例について報告を受け、愛媛県並びに四国地方腎移植センターとしての四国の腎移植統計事務における扱いについては生体腎移植として扱うことを取り決め、各種統計報告に病腎移植を生体腎移植の実績数として参入しているところである。
  また、当該症例に係るあっ旋について、あっ旋業の許可が必要ではないかとの疑義が香川労災病院の西医師等の関係者から出され、あっ旋業の許可の必要性について、電話により厚生省疾病対策課に尋ね、上記のとおり、「たまたま使用できるヒトの腎をたまたま移植が必要な患者に腎移植術を行うのは、法的には許される。」との見解を得ている。なお、この際、病腎移植術自体の保険診療の適法性については問題とされなかった。

4.いわゆる「健腎」の意味について
  移植用腎採取術(死体)及び同種腎移植術にかかる通知(平18保医発0306001)に、「腎移植を行った保険医療機関と腎移植に用いる健腎を採取した保険医療機関が異なる場合の診療報酬の請求は、腎移植を行った保険医療機関で行い、診療報酬の分配は相互の合議に委ねる。」とあり、その中の「健腎」に病腎移植の場合は当らないから、保険診療として認められないという解釈があると聞いている。
  しかし、当該規定は、死体腎の場合の、提供を受けたけれども移植には使えなかった場合やドナー候補者として検査したが使用できないと判断した場合の、提供側病院の負担を解消するために規定したもので、それを同種腎移植術の生体腎の場合にも、同文を適用しているものである。
  死体腎の場合、移植には使えなかった場合は、同種腎移植術の保険請求ができないわけであるから、提供に係る移植用採取術(死体)も請求できない。このため、「健腎」でなければ請求できないと裏付けているのである。生体腎の場合の同種腎移植術においても同じで、万一、摘出腎が使用できなかった場合は、「同種腎移植術」も請求できないので、移植用採取術(生体)も請求できない。そのため、同種腎移植術においても同文による規定により「健腎」でなければ請求できないものとしているのである。
  これをもって、病腎移植が「健腎」でないから請求できないとするのは、明らかに間違った解釈である。
  なお、一般的な意味で、心停止による死体腎の摘出腎は明らかに「健腎」ではなく、間違いなく急性尿細管壊死(ATN:acutu tubular necrosis)を来たしている等により、移植後の利尿は1週間から2週間期待できない等、いわゆる「腐りかけた腎臓」を移植しているのであり、それに比して、バイアビリティの高い病腎の修復(レストア)腎は、心停止の死体腎に比べ、修復の高度な技術は要するが、明らかに安全で、死体腎より高い生着率が期待できることは、理論上、臨床経験を多く積んできた医師であれば、誰もが理解できるものである。

5.病腎移植の請求方法について
  病腎移植を、廃棄腎を使用する手術として考えれば、摘出側のインフォームドコンセントに問題がなければ、移植側は従来の保険請求方法でなんら問題がないと思われる。
一方、摘出を受ける患者が腎移植に使用することに事前に同意し、いわゆる善意の生体腎提供であると考える場合は、保険請求上は、生体腎にかかる請求と同じく、摘出に係る経費はリシピエント側の保険で支払うことも考えられ、その場合には、生体腎の保険請求と同じ方法でなければならない。
ただし、この場合は、本来、摘出を受ける患者が自分の治療として行う手術の費用をレシピエント側に負担してもらうこととなり、自分の負担を軽くするために、あえて治療の選択肢の中から腎摘を選択する等の問題も生じ、倫理的な問題が生じることに注意を要する。
皆様>どうぞ、この情報、ご利用下さいませ。
 この資料は、市長・市議会議員の有志の皆様にお渡ししております。
また、先日の市議会で、一般質問の中でこの問題についての質問をしていただきました。(自民党 土居議員)
愛媛新聞で数行にわたり触れていましたが、実際のやりとりを早く知りたいものです(笑)。
この問題、市にとっては一大事。すなわち、市民1人1人にとっても一大事です。

自分が腎臓病を患って、透析をしないと生きられない身体になってしまったとき、そのときに
透析を続けて一生を終えるか、
家族の健康な身体から摘出した腎臓を移植するか
脳死・心臓死の方からの献腎を待つか、
外国に行って、お金で買った腎臓の移植を受けるか、
病気で摘出し補修を終えた腎臓でもよいから移植を受けるか、
どの道を選ぶかはまったく自由であるべきです。
また、厚生労働省が、関係する医師や両病院に対する処分案が検討されている間、
神妙にして、座してその処分案決定を待つのか、
それとも、上に挙げたような事実、すなわち処分根拠そのものがないこと等、主張すべきは主張する姿勢でもって、当時の当事者の証言・証拠を示す努力をするか、
選択するのは、それぞれの医師であり、それぞれの病院の設置責任者や代表者であります。
ですから、その判断の現状を見て、ここで異論を唱えたいとは思いません。なぜなら、市長はある意味政治生命をかけて、厚労省に対峙しているはずだからです。
戦略の違いはあれ、市民の病院である市立病院について、予想される処分を受け入れることは容認できないことであり、処分が回避できるよう、市民全員が全力を尽くして参りましょう。戻る

2007/12/ 6 臓器移植懇話会ご報告
市議会で質問をしていただくことになり、
質問者と市長さんへの資料として急いでまとめたものです。
//ここから
移植への理解を求める会では、
12/05 レストア腎(癌等のため摘出された腎臓の病変部分を切除するなどして修復した腎臓)移植を実質的に禁止する厚生労働省通知の見直しと
市立宇和島病院・宇和島徳州会病院への保健医療機関資格取消、並びに今回の腎移植(いわゆる病腎移植)を行った医師への保険医取り消しの処分されないよう求め、
臓器移植問題懇話会へ出席をして参りました。
把握している出席者は、
衛藤 晟一 自民党厚生労働部会長
島村 宜伸 元農林水産大臣
深谷 隆司 衆議院テロ対策特別委員長
松山 政司 参議院環境委員長
中川 義雄 内閣府副大臣
杉浦 正健 元法務大臣
平沢 勝栄 外務委員長
河村 たかし 民主党衆議院議員
徳田 毅 衆議院議員
他、ただいま事務局にてとりまとめ中。
山本 公一秘書
厚労省からも局長・課長他2名。
日本移植学会 大島前副理事長。
移植への理解を求める会
 万波医師・光畑医師・向田代表(患者)・林弁護士(患者)・野村幹事(患者)・武田(市民)
 徳州会から佐藤専務・石井一二(元国会議員・顧問)・久恒顧問・納宗事務総長

まず、万波医師・光畑医師(呉共済病院) から、レストア腎移植の概略の説明を行い、患者(岡山県 林弁護士=尿管癌で摘出した腎臓を移植して10年 愛媛新聞社員 野村=ネフローゼ腎を移植して7年。愛南町向田=生体腎移植経験者)がそれぞれの思いを伝えました。
今回初参加の議員さんもいらっしゃいましたので、懇談会に先立ち、勉強会が開かれ、基礎的な説明を行いました。勉強会に引き続き開かれた懇談会は、すでにフロリダ大学の移植医藤田先生をはじめとする医師・患者でもある林弁護士らが出席して2度開催されている為、大筋の理解をされているメンバーが多数居られました。
そういうことから、臓器移植問題懇話会は、前回の会合において、レストア腎移植の道を閉ざさないよう厚労省へ指示したにもかかわらず、実質的にその道を閉ざす厚労省通達を出したことに対して、非難することから始まりました。
厚労省サイドは、実験的医療として移植は行える、道を閉ざしていないと主張し、レストア腎移植を現段階で一般的医療と認めることは望ましくないと今までの主張を繰り返しました。また大島前副理事長は、自らが無脳児の臓器を移植に利用してマスコミに叩かれたことまで例に出し、現段階でレストア腎移植を認めることは出来ないと主張しました。
一方、各議員からは、患者が求める医療を施すのが医師の使命である。患者が喜んでいる。移植後の経過が良いことなどを指摘され、厚労省の姿勢を非難しました。
特に、島村議員は、丸山ワクチンが未だに治験薬としてしか認められないことにも触れ、厚労省並びに関係学会の姿勢を批判しました。
議員の発言は、すべてが患者サイドにたち、治療の選択の幅を広げる為にも通達は誤りであること、またこの懇談会の意向を無視した厚労省の独断を非難するものでした。
終盤に座長の平沢氏は、万波医師らがやったことが悪いというなら、告発をすればよいと指摘しました。それに対し、厚労省の担当局長は告発しないと応えました。
そこで、私(武田)は、平沢座長に発言を求め、
「告発しないということならば、両病院並びに、関係医師に対する行政処分はないと考えて良いのか」と尋ねました。
局長は、「行政処分とは」と聞き返しましたので、
「保険診療資格の取り消しの処分である」と返事しました。
それに対し、局長は、「担当部署でないので、答えられない」と答えました。
最期に、平沢座長は、この件について、超党派のプロジェクトチームを作ると宣言し、厚労省の局長は、了解したという返事をしました。
懇談会の後、所用の為、中座した自民党 厚生労働部会長の衛藤先生に、プロジェクトチームの検討結果が出ない間に、処分を勝手に出すことがないよう念押しをしております。

また、今回の懇談会出席の前に、関係者間で論点整理をする中で、
保険医取消の処罰根拠は、診療報酬の不正請求であるが、
呉共済病院の光畑氏は、レセプト処理に際し、どこから出てきた腎臓かということで、返還されたレセプトに、病気で摘出された腎臓であることを自ら書き加えて報酬の請求をしたこと、その書類が現存すること(証拠として示せること)がわかりました。
また、愛媛県職員の仲田氏(元移植コーディネーター)は、病気で摘出された腎臓を移植を待つ患者に斡旋することは、斡旋業禁止の法規違反と成らないかと言う点を厚労省に確認したこと。また、腎移植の診療報酬の請求時に、「診療報酬の2階建て部分の「死体腎加算」や「生体腎加算」を請求せず、ドナーにかかる療養費部分も請求しなければ、それは「同種腎移植術」のみを施行した証拠ですから、病気腎移植は保険診療として公然とレセプト審査され、適正に請求・支払されていたのです。」ということがわかりました。
すなわち、厚労省(社会保険事務局)が処罰の根拠とする診療報酬の不正請求自体が、無かったことに他なりません。
このことは、先の懇談会・設立されるプロジェクトチームにも報告し、厚労省の恣意的に基準を歪曲し、事後法で処分するというような悪意に満ちた監査を糾弾していきます。

以上のことから、当面の処分は無いのではないかと推察しますが、官僚が患者の命よりも自からの御身の方が大切であるのは、昨今の薬害肝炎の問題を見ても明らかです。秋に出した、病腎移植実質的禁止の通達を撤回することは簡単ではなく、その通達に沿い、過去の移植を不正であるという価値判断をたやすく変えるとは思いません。ここまで来たら、賢明な立法府の住人(国会議員)に政治決着を求めるほかないと思います。
ついては、宇和島市並びに宇和島市議会・各党の皆様には、1人でも多くの方が、プロジェクトチーム・懇談会に参加され、言われ無き処分案が撤回されるようご協力を党本部・関係議員の皆さんへ要望していただくようお願いしたい。
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2007/10/16 臓器移植法施行10年目に思う
皆さんはドナーカード(臓器提供意思表示カード)を持っていらっしゃいますか?
 ドナーカードって何?って言う方は、リンクを見ていただければと思います。さて、今日は、臓器移植法施行10年を迎えた日です。この移植法は、脳死を人の死と認め、脳死と判断された方が、ドナーカード等で臓器提供の意思表示をしていた場合、家族が拒否しなければ脳死移植のドナーとなることが出来るというものです。しかしながら法施行後の10年で脳死移植のドナーは61人ほどと言われています。(アメリカでは、年間8千例に及ぶというのにね)   この61人という数字を、移植を待つ人の人数と比べてみましょう。例えば、心臓の移植を待って居る人が100人いる(8月末現在)と言い、そのうち5年以上移植を待っている人が17人と言います。肺の移植は、この10年間で296人が登録し、34人(11%)が実現。111人は亡くなったと言います。この数字を単純に見ていただくと、その少なさが尋常でないと言うことにお気づきかと思います。つまり、「移植を望む」という登録をしていても、移植手術という大きな賭(患者さんにとって)に出る前に、その移植手術成功の可能性よりもひょっとしてかなり低い確率でしか当たらないくじに当たらなければ、移植を受けられないという現実があるのです。  ドナーカードの普及率は、8%(9%以下)と言います。国民への啓蒙PRが不足していると指摘されます。運転免許証の交付と供に、臓器提供意思表示カードを記入させれば良いとかいうことも言われています。確かに、そうして臓器の移植を待っている人の存在やら何やらの情報を提供して、カード所持の動機付けにすることは必要です。  私自身は、十数年前、日本青年会議所のもったいない運動に乗って、使える臓器を天国に持って行くことは「もったいない」として、「ドナーカードを持とう」という運動をLOM事業の中で行ったことがあります。そして自分でも持っております。しかし、その内容は、心停止・脳死後可能な臓器すべてと意思表示しています。そして、家族覧は署名はされておりません、私の死に方によっては、当然臓器を他の人に提供などする手術をして欲しくないと遺族が考えることもあるだろうからと、その時(とても、冷静には居られないのだろうけど)に遺族の意思に委ねたかたち、すなわち遺族の意思表示が必要な形で置いております。つまり、自身「無条件に使って下さい」という意思表示は出来ないで居るのです。脳死移植を進める方にとっては大変不都合な意思表示なのだろうと思いますが、最期の時を迎えたときに、やはり最後の願いは叶えて欲しい、それもさして人に迷惑をかけないことでありますから、これくらいは聞いて下さいますか?という思いであります。 また、我が子が脳死の判定を受けたとします、その時にまだ暖かいその身体をメスで切り臓器を取り出すことを受け入れられるでしょうか?私はそれほど強くありません。その臓器で誰かが助かると分かっていても、親としての自分が納得できるまで待って欲しいと思うことは責められないのではないかと思っています。脳死判定を受けた妊婦が出産を果たしたことや、脳死になった子供の生存?期間が、かなり長いということを知ると、(私が最近知った例では、4歳で脳死になった子供が21歳まで成長し続けていると言うことです。この子供を見て親が、その身体を死体と判断できるでしょうか?)私なら、大きくなる子供を見ていたいと思うのです。そして、わずかな可能性を信じたいと思うのです。自分勝手かもしれませんね・・・。
 さて、気を取り直して制度の問題に目をやります。
 脳死移植を進めるためには、法を改正するなどして環境を変えてしまうことも必要です。脳死移植法は、施行後3年をめどにした見直しを付則に示しているにもかかわらず、まったく見直しが為されていないのです。現在も与党側から、ドナーカードによって本人の意思が確認出来ない場合でも、本人の拒否がなければ家族の意志で移植を可能にしてはどうか(年齢制限なし)という【A案】と、意思表示できる年齢を引き下げる(現行15歳を12歳に下げる)という【B案】が出ているのですが、いっこうに議論が煮詰まっていく様子は見られません。どのような事情があるにせよ、ここまで検討が滞っていると言う不作為は、患者さんやそのご家族にとって、助けられる人を見殺しにするような、不作為犯的な犯罪行為とまで感じる方がおられるのではないでしょうか?
一方、政府の行った世論調査によると、 国民の50%が脳死を認めているのに対して、脳死を死だと思っていないかあるいはよく分からないという人が30%もいると言います。また、現場の医療関係者の中でも、(厚生労働省が、臓器提供施設に指定されている全国の312病院の医療スタッフ約七千五百人に行ったアンケート調査によると)脳死を人の死と認めることが医学的に妥当と考える人は約40%しかいなかったと言います。こうして、脳死移植の現況と国民あるいは関係者の意識調査の結果を見ると、
死には医学的な死だけでなく、哲学的、宗教的、社会的な死もあり、死の概念ができるには時間がかかる。臨床現場で脳死が死として定着していないのに、法律で定義せざるをえなかったところに無理があったのは否めない」(篠崎尚史・東京歯科大角膜センター長)と言うご意見のとおり、脳死移植が進まないことの大もとには日本人の死生観なり、ご遺体に対する思いというものがあるのではないかと思います。だからこそ、脳死臨調の答申は、「脳死を、人の死と決めつけること」を避け、それが法に実現されたわけです。まずは、「私は脳死は人の死じゃないと思う」と言う人の意思を尊重しなければなりません。家族がいかに同意したとしても、本人が嫌だと言っているのに、脳死になったからといって、身体から臓器を取り出されることは理不尽なことであります。拒否も出来ない状態になった人のその脈打つ身体をメスで切り臓器を取り出してその人を死に至らしめる、そんなことは許されて良いはずはありません。もちろん、冷静な判断力を持ち、脳死が人の死だと受け入れられる方が、ルールに基づいた手続きを経て臓器を摘出されることは必要なことで、ご本人そしてご遺族の意思が活かされるように一層の環境整備が必要です。
(厚生労働省のデータでは、脳死が発生する割合は全死者の約1%と言い、日本では、毎年約百万人が死亡するので、おおよそ一万人の方が脳死を経て死に至るということになります。そのうち9%の人がドナーカードを持っているとして、その意思表示の内容はどんなものなのでしょう。)
 心臓死が、@自発呼吸停止、A心停止、B瞳孔の散大。とわかりやすい兆候で認められるのと比べ、脳死は、「見えない死」とさえ呼ばれているそうであります、人工呼吸器の助けは借りていてもその人は息をしており、体も温かい。ある意味、「家族にとって、脳死は納得しがたい死だ」と思う私です。 移植への理解を求める会の幹事として、いろいろな情報に接しましたが、私自身は脳死移植のドナーになることは受け入れられないままです。だからドナーカードを持つことはお願いできるのですが、その中身についてまで意見を述べることは出来ないのが本当のところです。
 だからこそ、私のこれまでの活動は、献血であったり、臍帯血バンクであったり、ドナーカードの普及であり、年齢制限の撤廃であったのです。私自身、事故でドナーに障害が残るなどしたことを聞いてから骨髄バンクも怖くて登録が出来ないでいるのです。善意の行動で自らの身を死の危険にさらす勇気はないのです。だから、「移植への理解を求める」と言っても、脳死移植の拡大を大声で叫ぶことはしないわけです。本人の意思、ご家族の意思をふまえた上で、その意思が無駄にならないよう、その善意を無にしないよう、ドナーカードでもって意思表示をして欲しいと言うことは主張しますが、それ以上のことは主張できないのです。
 一方、データの上で、移植は生活の質は上げるが長い寿命は保証されないという時代から、生活の質も生存期間も獲得できるという時代に変わってきている昨今、ますます患者さんやそのご家族は移植を求めるものとなってきています。腎臓に関して言えば、一年間で千人近い方が移植を受けられます、そのうち200件弱が死体腎(心停止後の摘出腎=献腎)ですが、残りは生体腎です。ご家族や親戚による腎臓の提供であるのです。しかし、この生体臓器移植は、本来最後の手段であるべきと思っています。健康な身体にメスを入れること、そして摘出して移植された臓器が拒否反応も起こさず生着して機能するかどうかは、執刀する医師にとっても移植を受ける患者(レシピエント)さん、提供する側(ドナー)にとっても、極めて重大で、かなり強いプレッシャーを受けることになっています。数少ない、大切なドナーの意思をかなえてあげられないと大変なことですから・・。そして、しばらくの生着の後も、慢性拒絶でとれてしまうこともあるのですから、数少ないひょっとすると二度と無いかもしれないチャンスを活かさなければならない手術は、本当に緊張感のある手術であるようです。800例を超す移植をこなしてきた万波医師でも、正直な話、移植手術などやりたくないというのが本音のようです。事実、生体移植は、幸運に二度目が有ったとしても、三度目を獲得する人は滅多になく、最初の移植から何年もたつと、患者さん自身も歳を取ってしまい、周りの家族も歳を取っているわけですから、ドナーはもう見つからないというのが現実なのです。配偶者や子供や親、そう言う関係の家族から臓器の提供を受けるというと簡単に聞こえます。だって、腎臓の場合二つある内の一つなわけですから、誰もが提供を快諾してくれるとお思いでしょうか?いえ、そんな簡単なものではありません。提供を約束していても、当日の朝病院に現れない人がいたりします。移植の話がもとで兄弟間に行き来が無くなったとか言うのは、そこら中にある話のようです。夫婦間には離婚の危機が訪れます。「嫁にはやったが、臓器をやるとは言っていない」という言葉など、相手方の親から出てくると言います。兄弟なら臓器を提供したいと思うでしょう。しかし、子供があったり、配偶者があってそのことを考えたらどうでしょう。自分だけの思いでは決められないこととなってしまいます。また、最近は、意思決定の際になんらかの脅迫的な要求(たとえば、母親が子供に臓器を提供するのは当たり前というムードだとか、夫婦であるが故に臓器を提供したくないと言うことを言い出せないとか)があり、意に反した自己決定をしていないかとか、医療機関によっては精神科医の面談の上本人確認をする施設もあるようです。その人その人の考え方によって、たいへんな決断であったりするのです。ただでさえ、リスクのある移植医療、健康な人体を傷つけて、親族間であるとはいえレシピエントが提供を受けるという生体移植、どう考えても、正常な医療行為とは思えないのですがいかがでしょう。執刀する医師だけでなく、ドナーもレシピエントも、かなりの精神的な葛藤があるようです。
 さて、ここまで話してきまして、何の話にたどり着いたかというと、おわかりの通り「病腎移植」です。今回、病腎移植という治療行為に接して、まさに、ドナー不足を解決するのはこれだと思いました。病気で捨てられる臓器、何らかの理由で摘出の必要がある臓器で救われる命があり、患者さんの生活の質が上げられるということなのです。レストア腎と言う呼び名もあるようですが、一般に使われている「病気のため摘出を受けた腎臓」=「病腎」として話を進めましょう。ドナーサイドでは、治療行為として腎臓を摘出されます、当然自家腎移植の可能性や、温存することも含め十分な情報が提供され、摘出の同意がなければなりません。そして、摘出が決定された臓器は、捨てられることになります。そこに、移植を希望する患者さんの存在があり、移植に伴うリスクの説明を受けてもなおそれに同意をした場合に施された移植、日本国内で万波先生らが自然発生的に始めた病腎移植は、世界的に(アメリカでも豪州でもイタリアでも移植されています。)死体腎よりも生着率が良く、家族の健康な身体を傷つけるという葛藤もなく、かなり良い効果を上げているようです。万波グループの病腎移植について手続き上の不備を指摘する意見もありますが、その点(単に書類の不備であり、事実上説明を受けてないとか同意していないという患者さんは皆無です。)を除けば、実験的医療の域を超えて、保険診療として実現されるべき正当な治療行為と思えるわけです。事実、万波氏が腎移植を学ぶために渡った1970年代後半のアメリカでも、すでに、摘出した腎臓に癌が付いていた場合、それを取り除いて移植すると言うことが行われていたと言います。万波氏らのグループいわゆる瀬戸内グループの行った移植42件の成績も死体腎よりも良い生着率を残し、レシピエントの移植歴や年齢を考慮すると、生体腎(健康な腎臓と考えたとして)を移植された場合と遜色のない成果(生存の)を上げていることも明らかになったようです。免疫抑制と発ガンリスクの問題については、より長期にわたる検証が必要ですが、すくなくとも現段階では、明らかに患者さん方は、生き生きと快適に生活を送っていらっしゃるのです。これは生体移植・死体移植に続く第三の道どころか、いきなりトップに躍り出る可能性がるのではないかと思います。というのは、広島大学の難波名誉教授の試算によると、日本全体で年間2000件の利用可能な腎臓が摘出されると推計されたからです。その病気で摘出され捨てられる腎臓を利用して患者さんが元気になるという、病腎移植です。年間2000人のドナーが新たに生まれ、2000人のレシピエントが助けられます、その4000人のうちには、何の負い目もなく、そのことを周りに話す方もいらっしゃるでしょう。4000の歩く広告塔が自らの体験を話し始めます。10年たった脳死移植法の改正で、日本人の死生観は変わるでしょうか?どう考えても、爆発的に死後の臓器提供が増えるとは思えません。そんな日本にあって、自分の身体から病気のために摘出された臓器が、レストアされて他の方に移植され、その身体を元気に保っている、そう言うことが始まれば、国民の意識をかなり変化させていくと思います。5年間で一万人の方が、病腎移植のドナーとレシピエントになり、その家族や友達が、その健康な様子を見て話すことを始めれば、臓器移植についての国民の意識は変わり始めることと思います。戻る

2007/ 8/30 「お話しに参ります」病腎移植への理解を
 各位様

                                    移植への理解を求める会
                                           幹事 武田 元介

貴台ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。

臓器売買事件に端を発した、万波移植(瀬戸内グループの病気により摘出した腎臓を移植する)に係る各病院への監査も大詰めを迎え、医師並びに病院へ厳しい処分が下されるのではないかという観測がなされております。
地域の基幹病院たる、市立宇和島・宇和島徳州会の二つの病院が、保健医療機関としての資格取消されることも十分に考えられるとの報道もございます。

厚労省は、私立・公立であるとに関係なく、不正に対しては厳正なる処分を下すことを考えているようで、先頃明らかになった処分見通しの中に、藤枝市立病院が、1億2千万円の不正請求の返納、保険医療機関の指定を10月から取り消す(取り消し期間は5年)、ただし地域の中核病院のため、病院から改善計画などを出させた上で、1カ月で再指定して、保険診療を再開できるようにする策を検討中との情報もありました。

私ども移植への理解を求める会では、万波移植への理解をすすめ、絶対的なドナー不足をなんとか解消しようと、病腎移植の道を閉ざされないようにと運動を続けて参りました。7万2千人の署名も集め、厚労省にお願いをして参りましたが、なかなか理解は得られず、果てには、市立宇和島・宇和島徳州会の実質的休業を迫るような処分がなされるとの危機感を持っております。

一部、興味本位で、偏向して報道するマスコミが操作した情報で惑わされている市民の皆さんが多数おられると思いますが、賢明なる貴会会員の皆様には、正しくご理解をなされそれぞれのお考えで応援をいただいていることと存じます。

しかしながら、先に述べたように、この地域の医療サービスが極めて深刻な状況に追い込まれる想定がなされる昨今、今一度、万波移植への実態に目をやり、病腎移植の善し悪しよりも、地域医療を守るという観点からの再考をお願いいたしたく、下記の通りお願いをする所存でございます。よろしく、ご検討下さいませ。



日時 ご指定の時間をご指示頂ければ、なるべく調整いたします。
    20分から3時間程度まで頂けるお時間に合わせて準備いたします。
場所 ご指定の場所に参りますのでご指示下さいませ。
準備物 当方にて配付資料を準備いたします。当日、配布のお手間だけお願いいたします。
講演料 なかば押しかけでございます、遠方の場合ご相談させて下さい。
訪問する者 移植への理解を求める会 より 1〜3名
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2007/ 8/28 「お話しをいたしました。」病腎移植への理解を
病腎移植について (宇和島ロータリークラブ、卓話レジメ。)                        07.08.28
1.私のこれまでの主張
 @まちの未来のために「6/21 病腎移植その後「こんな予想は」シリーズ第2弾?」
 Aまちの未来を語ろう「5/18 市立病院よ胸を張ろう」
 B国を憂う「4/25 病腎移植についての説明文 Ver.2」
 C国を憂う「3/4 病腎移植と言う希望の光」
 D国を憂う「11/11 宇和島にあって−臓器移植問題から−」
2.本日のお話し(予定)
 @腎臓は足りない!
 A透析は苦しい!
  ア.透析は安泰の医療か
  イ.日本の透析は世界最高水準と言うけれど
ウ.費用について−透析はお金がかかる−
 B万波グループは、摘出の必要のない腎臓を摘出したのか?
  ア.使える腎臓なら、本人に戻すべきという批判に対して
  イ.ネフローゼの腎臓の摘出について
  ウ.小さな癌なのに摘出したのか?
 C移植を前提とした摘出方法を採り、ドナーに負担をかけたという問題
 D使うべきでない腎臓を患者に移植したのか?
 ア.ガンの腎臓の利用について
 イ.B型肝炎のドナーから摘出した腎臓の利用について
 ウ.梅毒の患者さんから摘出した腎臓の利用について
 エ.健康な人から腎臓を摘出することについて
 E病気の腎臓を移植された患者は、死んでしまったのか?
 ア.意図的にサンプルの態様を示さずに比較したデータ
 イ.市立宇和島の古いデータのみを抽出して比較したデータ
 Fいわゆる、インフォームド・コンセントの話。
 G4つの学会の病腎移植に対する声明について
 H治療法を選ぶのは患者
「『あなたは透析しか受けてはいけない』ということを、医者や学会が言えるのか。それはあくまで、生きるという権利を持った、患者自身が決めることではないか」

☆20分から2時間程度まで、この件についてお話しに参ります。市立宇和島・宇和島徳州会の両病院に対しての処分が厳しいものとなるのではないかと言われております。市民の皆様には、是非その点について危機意識を持っていただきたいと思っております。どうぞ、ご用命下さい。戻る

2007/ 7/31 政治を志した者、かくありたい。
uwajima_dmlへ近藤先生が投稿されたmsgに応えて、投稿