各地で合併に関する住民アンケートが実施されています、新聞で各地の結果が報道されるたびに、ふむふむと楽しんで(不謹慎ながら)読んでいましたのに・・・・。
愛媛新聞鬼北支局の池田正人記者が合併とアンケートという題でコラム(3/26付け取材最前線)を書いています。このコラムを読んで、私は驚きました、広見町・三間町では、なんと市町村合併の枠組み(どこと合併するか)について問うアンケートの対象が町内の世帯主であったということです。先にアンケートの怖さについて触れましたが、こういう客観化された数字というものは、とても恐ろしく社会(人の心)に影響を与えます。また、数の力は、多数意見に物事を決するというルール(多数決主義的民主主義)を採る場面でものをいいます。
この多数決というのは、目的達成のための手段であるということは以前も触れ、近いうちにまた住民アンケートと行政の情報公開との関わりという題材で述べてみたいと思いますので、その部分は置いておいて。
アンケートの結果は、事前に与える情報やアンケート自体に使う設問の文書・選択肢・回答方法等によっていくらかの操作が出来るというのが常識です。ですから、アンケートがどういう形でなされたかということを知って結果を分析しなければなりません。いかに自分に都合の良い結果であったとしても、それをせずしてアンケートの結果(数字)を信じてしまうこと、それは盲信につながり、自分の考えの間違った部分を修正する機会を失ってしまうことになるのです。
しかし、今回の驚きは、それ以前の問題なのです。前々から報道されているとおり「合併は目先の利益にとらわれず次の世代のことを考えたビジョンを持って決定されるべきである、住民の意思を尊重して決断をしたい」と多くの首長が主張(シャレじゃないのですが)されていました。もっともなことであります。しかしながら、この住民の意思はイコール世帯主の意思で良しとしたアンケートを行い、その結果(数字)を一人歩きさせていいのだろうかという大きな驚きを感じたのです。池田記者は、先の多くの首長の考えと裏腹?に若者の声(次世代の声)が届いていないとし、回収率が5割と低い点にも触れています。確かに、住民あるいは有権者全員を対象としたアンケートはコストもかかり、コストに応じて結果の正しさが増していくかというとそうではないのですけれども、アンケート対象(標本)の選び方が偏ったものであると、いくら標本数が多くても結果は偏ったものとなるのは自明であります。池田記者は、回答者の職業や年齢などの内訳を考慮する事が必要であるとし、情報は入手するだけでなく、分析する事で初めて有効になる。・・・(中略)まちづくりの貴重な資料にしてほしい。と結論していますが、私は、このアンケート結果を合併パターンについて住民がどう考えているかという情報として、首長の決断理由にするべきではないと断じたいと思います。宇和島と北宇和郡との合併を選んだ人が多い三間町のアンケート結果も鬼北での合併を選んだ人が多い広見町のアンケートも、どちらも全くナンセンスなアンケートであると言いたい気持ちになります。ご回答になった住民の皆さんの意思は尊重し、回収率が低い(住民があまり興味を持っていない)このアンケートにお答えいただいた方々には敬意を表したいと思います、しかし、標本の選択から合併という問題に興味を喚起するための情報発信の失敗、そのあたりを十分認識して、あくまでも一部の意見としてこの数字を扱わなければならないと感じています。戻る
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