集う魂たち

 エンシャントでの最初の攻防戦はディンガル帝国の敗北となった。もっとも幸いなのは兵士たちに敗走したという意識がないことだろうか。それほどまでに撤退戦は華々しく飾られたのだ。
 何れも大陸最強を争う戦士たちが技を競い、史上稀に見る大魔術師たちが遺憾なく各々の実力を発揮したのだ。その有様は昔語りで語られる聖戦のように彼らには映っただろう。だが、それも当然である。何しろ彼らはわざとらしく派手に戦っていたのだから。
 敗北感による敵前逃亡を防ぐ為である。これ以上の戦力損耗はバイアシオン大陸の存亡に関わるのだ。
 そのかいあってか逃亡者はほとんど出ず、ディンガル帝国軍は帝都 エンシャントから数キロの辺りに大きく展開し、エンシャントから魔物の群を逃がさぬ気概を見せている。しかしそのことで楽観視しているものは首脳部には誰一人いなかった。
 撤退戦の後処理を各々の副官に頼んだ彼らは、すぐさま協力者たちを連れて猫屋敷へと赴いた。本来なら許されざる時間のロスだが、他人に聞かれずに重要な内緒話をするにはここが打ってつけだからだ。それに、今や徒歩で何日もの長距離を転移魔術一つで飛べる術者が複数人いるのだ。猫屋敷の転送機のことも考えればタイムロスはないといっても過言ではない。
 揃った顔ぶれもそうそうたるものだった。その二つ名だけで大陸全土に名を轟かせているものがほぼすべて揃っているのだ。これほど豪華な面々も中々ないだろう。
 木立にもたれかかって瞑目するリオラの側には、同じ幹の反対側にもたれかかっているロイがいる。レルラ=ロントンがその足元で物珍しそうに揃った面々を眺め、セラが警戒するようにリオラより少し前で仁王立ちしている。
 第二次ロストール王国攻略戦において、ヴァイディアスのパーティと戦ったのが彼らだ。その実力と戦闘能力の高さは折り紙付きで、カリスマ性も備えた"英雄"のパーティだ。転じて言えば、ヴァイディアスが最も警戒しているパーティとも言える。
 猫屋敷の壁にもたれかかってあぐらをかいているアルティ。その膝に座っているのはネモを嬉しそうに抱いたルルアンタである。ヴィアリアリは隣に座り込んでルルアンタの頭を撫でるアルティの気をどうにかこうにか引こうとしているらしいが、ヴァイライラは少し離れたところで羨ましげに視線を送っている。
 緊張感など微塵もない光景だが、それが擬態だと辛うじて見破れる。外面上平静を装っているが、迫り来るこの大戦最後となるであろう戦いに備え、僅かな緊張が見られた。
 最後にヴァイディアスが視線を送ったのが、ヒューゴのパーティだ。
 どこか遠くを見てぼうっとするヒューゴに、アイリーンが何やら過保護気味にない傷を手当てしようとしたり飲み物を差し出したりと中々に姦しい。すぐ側にはぐったりしているエステルがいるのに見向きもしない辺りがアイリーンらしいだろうか。彼女の恨めしい視線も気にならないらしい。その様子を呆れた顔で眺めるアンギルダンなどすでに達観した雰囲気だ。
 "剣聖" ヒューゴ。この場にいる誰もが英雄と呼ばれるに相応しい技量と戦功を持っているのは間違いない。だが、その他の誰でもなく、ヴァイディアスの目を引くのはこの男だった。
 対極。
 二人を現すならばまさしくそれだろう。そして、ヴァイディアスは今のヒューゴにエンシャントの魔物の群すべてを合わせた以上の危機感を感じている。
 頭を振り、ヴァイディアスはその思考を封じ込める。この後の戦いには彼は大きな戦力だ。協力してもらおうというのに敵意で向かい合ってはまとまるものもまとまらないだろう。
 自分が出てきた背後を首だけ回して振り返る。ドアの両側を守るように立っているデルカドとオイフェは静かにヴァイディアスへ視線を返してくる。すべて任せた、という意思表示だろう。
 彼に続いて出てきたザギヴは、どこか複雑そうな表情を浮かべていた。彼女自身ロストール王国に含むところはないのだが、つい先日まで戦争していた国の要人を簡単に信用していいのか測りかねているのだろう。だが、政治的なことで協力を拒み、元も子もなくすのは理解しているらしく、表立っては何も言うつもりはないようだ。
 対してカルラは明らかな不機嫌顔である。ザギヴもカルラもリオラやアルティたちとは刃を交えたことはあれど、面識というもの自体はない。彼女にとって目の前にいるのはただのロストール王国の走狗であり、倒すべき、取るべき仇なのだ。その表面に浮かべた笑顔とは裏腹に、自制する為に凄まじい握力でデスサイズを握っているであろうことはヴァイディアスには容易に理解できる。
 ヴァイディアスが視線で釘を刺すと、カルラは空いた左手をひらひらと振った。
「すまない、待たせた」
 猫屋敷の中庭の注目が、その一言で集る。
「初めて見る顔もあるからまず、名乗らせてもらおう……ヴァイディアスだ。姓はない。ディンガル帝国 青竜軍の副将をしている」
 自分の仲間たちが背後に並ぶのを感じながら、協力者全員を見渡すようにヴァイディアスは名乗った。反応は様々だが、あからさまな悪感情はないにしろ、どこか複雑な顔が多いのは仕方ないところだろう。
「撤退戦の協力、感謝する。お陰で多くの将兵が散ることなく後退することができた」
 そう言って、あっさりヴァイディアスは頭を下げた。
 リオラやセラ、ロイは特にそのことを意外にも思わず受け入れた。だが、彼の性格を知るアンギルダンや、外見の硬骨ぶりから推測していたアルティはポカンと口をあけて呆けている。ヒューゴなど座っていた石から盛大に転げ落ちて頭を打ったのか、頭を抱えて声にならない悲鳴を上げている。
 本来ならザギヴかカルラが言うべきことである。彼女たちは将軍だが、ヴァイディアスは一介の部将でしかないのだから。だが、先にこうして頭を下げられては黙っているわけにはいかないと、ザギヴも一歩前に出る。
「無理な要請を受諾頂き、感謝します」
「……」
 会釈とともにザギヴはそう言ったが、カルラは以前として表情を硬くしたままリオラのほうを見ている。
 どことなくぎこちないものを抱えた雰囲気は、当事者たちの緊張の度合いを少し深める。
「先ほど見ての通りエンシャントは魔物の巣窟となった。住民はソウルリープによって魂を奪われ、直接的な被害はないが、急がなければすぐにでも食われることになる」
 周囲の雰囲気など意に介さないといった態度で状況説明を始めるヴァイディアス。だが、そこで目を大きく見開いて驚いたものがいた。
「ソウルリープ!?」
「まさか、破壊神を復活させようというのか……!?」
 リオラとロイが組んでいた腕を解いて前に出てくる。この場ではセラしか知らないことだが、この兄妹は元々闇の神器の守護者なのだ。こと闇の軍勢に対する知識は相当に深い。
「ああ、そうらしい……もっとも、それを目論んでいたらしいゾフォルの爺は俺たちが倒したが」
 ヴァイディアスの予想ではエステルがまず反応すると思っていたのだが、思わぬところからの質問に内心驚く。
「ゾフォル……あの"妖術宰相"のことじゃな?」
「ああ、そいつで間違いない」
 どこか寂しげな顔で、アンギルダンは天を仰ぐ。
「そうか……あやつもとうとう逝ったか」
 かけがえのない何かを失ったかのようなその表情は、周囲の人間の言葉を封じるには十分だった。だがゾフォルはヴァイディアスにとってはザギヴを苦しめ続けた元凶の一人である。アンギルダンのその表情を理解することはできなかった。
「でも、術者であるはずのあの男を倒しても、術が解けることはありませんでしたわ」
 これがどういうことかわかって?と挑むようにフェティは周囲を見渡す。強力な魔術師が集結しているということもあってか、プライドに後押しされてとうとう発言まで至ったらしい。普段の彼女なら面倒がってこんなことは言わなかったであろう。
「つまり……術者は他にもいる?」
 首を傾げつつ答えたのは、アルティだった。彼としては魔術は詳しくないのだが、敵は明確にしておきたいらしい。
「破壊神復活を望むシスティーナの伝道師といわれる集団……」
 両腕を組んだまま、相手の顔を思い出したのか眉間に皺を寄せたオイフェが言葉を継ぐ。
「そのうち、ソウルリープが可能と目されているのが、"黒の祈り" ジュサプブロス、"妖術宰相" ゾフォル、"救世主" エルファス、そして……」
「……"虚無の子" シャリ」
 ヒューゴは彼にしては珍しく、険しい表情でその名をつぶやく。そこに篭められた感情が如何なるものであるかは窺い知ることはできず、オイフェもただ頷くだけでそれを肯定する。
「"妖術宰相" ゾフォルは俺たちが倒した。"黒の祈り" ジュサプブロスは"金色の流星"が打ち倒したのを俺たちが確認している。"救世主" エルファスは正直行動が読めない……だが」
 両腕を組んでリオラに視線を向けるヴァイディアスに、彼女は彼が何を言わんとしてるのか理解する。
「"虚無の子" シャリなら、この状況を面白いと言って出てこないわけがない、ですね」
 リオラのつぶやきを頷いて肯定するヴァイディアス。異論がないのは面識や伝え聞いたものからそれが妥当だと全員が判断しているが故だろう。
「ですが……どちらにせよ彼はいるでしょう。そして、この事象の元凶がシャリであるのも間違いありません」
 少し考えた後で、リオラはそう断言した。少ない情報から判断したわけでもなく、確信を持って。そのことがディンガル帝国に属するものたちの驚きを誘う。
「何故断言できるのか、聞いてもいいかしら?」
 冷たく笑うカルラに気づいたのか、ザギヴは彼女より前に出るようにして尋ねた。
「つい先日、シャリからの伝言を受け取りました……エンシャントで会おう、と」
 リオラの言葉に、ヴァイディアスとヒューゴのパーティメンバーは怪訝な表情を浮かべた。
 シャリがリオラに会いにきた。その理由はなんだ、と。
「へぇ……」
「カルラ」
 酷薄な笑みを浮かべるカルラを、ヴァイディアスが鋭い声で制止する。全員が僅かでもカルラのように思わなかったわけではない。
 ロストール王国の貴族は、今まで権謀術数の代名詞だったのだから。
「……シャリはティアナ王女をさらい、闇を植え付けて走狗としているのです。私があなた方に連絡を取ろうとしたのは、彼女を助ける為に状況を知りたかったからです」
 普通ならば誰でも見逃してしまいそうなほどの僅かな逡巡の後に、リオラはそう言った。
「植付け、ねー……どうだか。後ろ暗い権力闘争がお得意のロストールのお姫様なら、自分から堕ちたんじゃないの?」
 口調は軽く何時もと同じだ。だが、そこに含まれた感情は今までの中でも最も鋭利。口元に笑みを浮かべ、カルラは嘲笑すら混じった視線でその言葉を吐いた。
 一瞬リオラは言葉を詰まらせた。ティアナの事情も知らずにと言いたかったが、期せずしてカルラはティアナが誘導されたにせよ、自ら闇に堕ちていったことを言い当てていた為だ。だが、その僅かな間がさらに彼女に言葉を吐かせることとなる。
「まったく、壊滅状態の自国を放っておいてよくやるね。虐げて搾取して、それができないほど疲弊したらポイ? さすがロストールの貴族の総元締め。雌狐の娘は雌狐以上に自分勝手だったわけだ」
「そのぐらいにしておけ、カルラ」
 長い年月蓄積し、凝り固まった黒い泥。それが噴出するのは予想できたことだ。現にこの場に来る前、猫屋敷でヴァイディアスはカルラに釘を刺しておいたのだから。
 カルラも最初抑えようとはしていたのだ。だが、我慢ならなかった。ロストール王国において貴族の号を受けた目の前の自分といくらも違わない少女が憎かった。
 無論、リオラ自身に含むところはカルラにはない。だが、彼女はロストール王国の貴族の象徴たる"リューガ"なのだ。
 ロセン王国軍があたしの村を襲わなければ……
 ロセン王国がロストール王国に踊らされなければ……
 ロストール王国がディンガル帝国に謀略など仕掛けなければ……
 ……あたしはこうはならなかったのに!!!!
 笑っているのに笑ってない自分など嫌いだった。だから本当に笑えるようになろうと数多の屍を積み上げた。そんな風にはなりたくなどなかったのに。
 もはや誰が悪いわけではない。カルラが悪いわけでも、リオラが悪いわけでもなく、当事者はすでに誰もこの世にいないだろう。
 だが、ロストール王国に対してこびり付いた憎悪がなくなったわけではない。むしろ振り上げた死神の鎌は振り下ろす場所を欲していた。
「どうせ下々のものなんて人間とも思ってないんだよねー。アンタら、蟻を踏み潰すみたいに立場の弱いものを殺しまくるしね? まったく、どこがシャリとやってることとちが……」
「やめねえか!!!!」
 リオラが諦めの表情を取ったその時、カルラに振り向いたヴァイディアスが雷鳴の如き怒号を放った。猫屋敷周辺の鳥類が驚いて一斉に飛び立ったほどの声量と怒気に、カルラへ飛び掛ろうという気配すら見せていたヴィアリアリまで動きを止めて目を見張った。
 一番驚いたのはカルラ自身だろう。ほとんど自分と同じ境遇と立場のヴァイディアスが何故止めるのかもわからなかったし、自分に同意してくれると思っていた彼が自分へ怒気を向けている事実が理解できなかった。
「な、なんで……アンタだって……」
 呆然とヴァイディアスを見詰め返すカルラは、うわ言のようにヴァイディアスに問い掛ける。
「……やったらやり返して、またやり返されて……このままじゃ何も変わらねえ。それはお前もわかってるはずだ」
 怒りではなく、真剣な表情で、ヴァイディアスはカルラに語りかける。
 誰にも話してはいない。ついこの間決まったばかりで形にすらなっていない。そこへ至る過程さえわからぬその道。その断片を手探りで必死に手繰り寄せ、ヴァイディアスはカルラに示すべく口を開く。
「終わらせるんだ、すべてを。お前がもう戦わなくてもいいように……こいつらなら、きっとその為にも戦ってくれる」
 唇を噛んで俯くカルラの細い肩に、ヴァイディアスは触れた。あの巨大なデスサイズを振るえるとはとても思えないような細さだ。
 だが、それが余計に悲しかった。
「お前が奪われた幸福は、俺がそれ以上でもって返してやる。だから……リオラたちを信じる俺を信じろ」
 カルラは答えない。だが、ヴァイディアスもそれ以上追求しない。
 そもそもカルラには目の前にいるリオラやアルティが、彼女が嫌悪する腐敗貴族たちとは違うことがわかっているのだ。でなければ彼女と同等の憎悪を持つヴァイディアスがリオラたちを信頼するはずがないのだから。
 それをわかってなお暴走したカルラは素直に謝ることはできず、さりとてさらに責め立てる言葉も失って黙りこくるしかなかった。
「ケリュネイア。すまないが、少しこいつを休ませてやってくれ」
 少し離れたところで話を聞いていたケリュネイアを見つけ、ヴァイディアスは声をかけた。どちらにせよ、カルラには冷静になる時間が必要だとの判断だ。
 ヴァイディアスはカルラをケリュネイアに渡すと、リオラたちのほうへ視線を戻す。
「……信じてるよ、アンタのことは……最初から」
「知っていた」
 普段の快活さからは想像できないほどの小さな声でつぶやいたカルラの言葉。だが、それをヴァイディアスが聞き逃すはずもなかった。
「すまない。色々言いたいことはあると承知しているのだが、ここはカルラの非礼を許してほしい」
 先ほどよりも深く、ヴァイディアスは頭を垂れた。
「頭を上げてください……話を先に進めましょう」
「ああ、感謝する」
 苦笑混じりのリオラに極めて真面目に応えるヴァイディアス。
 言われなれているのか、それとも思うところがあっても隠しているのか、その場の誰も異論はなかった。ただヴィアリアリの鋭い視線だけが無言の抵抗としてヴァイディアスに向けられるばかりだ。
「まず、俺はリオラの要請通り、エンシャントでティアナ王女を見かけてもお前たちが対処している場合、一切手出ししないことを約束する」
 いいな?と背後のザギヴに視線で確認する。彼女は少々迷ったようだが、それほど時間をかけずに首を縦に振った。
「それは……つまり君たちが先に発見し、その場に僕たちがいなければ……」
「帝都防衛上の観点から我々も戦端を開く、ということになってしまうでしょうね……申し訳ないけど」
 あの混沌としたエンシャントを往くのである。十分逸れることも考えられる。この約定はそれを想定してのものだった。
 リオラは数瞬難しい顔をして考え込むも、すぐに顔を上げた。
「わかりました。そういうことならあなた方からできる限り離れないよう戦いましょう」
 周囲の仲間に視線で確認を取りながら、リオラはヴァイディアスにそう言った。
「ああ。できるだけそうしてくれ。その代わり、王女に関しては全面的にお前たちの指示に従おう」
 リオラとアルティを交互に見つめ、ヴァイディアスは深く頷いた。
「話はまとまったようじゃが、どこへ向けて進むのじゃ?」
 抑えきれない笑みを浮かべデルカドが声をかける。
 ディンガル帝国とロストール王国。二つの勢力に分かれて戦い合っていた友人たちが、ここに至ってようやく一つにまとまりそうなのが嬉しいらしい。彼としては大きな心配事が片付いたのだ。
「ソウルリープを行うに適した場所としては、政庁、魔道の塔、そして廃城が考えられるわ」
 エンシャントの地形とソウルリープに関する知識を兼ね備えているザギヴは、一度だけエンシャントを振り返り、口を開いた。
「政庁はゾフォルがいたことから、当然場に適してるわ。すべてを探索したわけじゃないから、ここに事象の中心がある可能性はまだまだ高いと考えられます」
 護身用の短剣で簡単にエンシャントの概要を描き、その中に政庁の位置を書き込むザギヴ。覗き込むのはそれぞれのパーティのリーダーとその補佐ぐらいだ。他のメンバーは彼らを信頼してか、各々の位置から動きはしなかった。
「魔道の塔は……除外ね。"ここにはもう何もない"」
 ちらりとザギヴはリオラに視線を送る。どうやらヴァイディアスから事情を聞いているらしいが、一瞥しただけでそれ以上は何を言うわけでもなかった。
「廃城はかつて魔王 バロルが座したところだけに、実は政庁よりも施術には適してるのだけど……」
「先ほど転送機で試してみたところ、政庁と廃城の両方の状況が確認できなくなっていた」
 難しい表情で唸るヴァイディアスが、ザギヴの言葉を継いだ。
 転送機の干渉を跳ね返すほどの何かが、政庁と廃城の両方にあるということは間違いないということだ。
 ロストール勢の面々は各々何か考えてはみたが、やがていい案が出ないという結論に達すると、ディンガル勢に視線を集めた。地の利は彼らにあるのだからある意味当然の結論でもあった。
「俺はまず、政庁を落とそうと思う」
 ガッと地面の地図の政庁がある部分にゴルゴーンを突き刺しつつ、ヴァイディアスは周囲を見回す。
「正面の門から政庁へは一直線でエンシャント最大の通りが貫いている。あの広さなら少々派手なことをやっても比較的被害は出ない上、足場の不安や障害物の危険性もない」
「ゾフォル以外の気配はなかったのでは?」
 アルティの隣で考え込んでいたヴァイライラが尋ねた。数人同じ疑問を持っているものもおり、一様に頷いている。
「あの時は出払っていたのかもしれんし、気配を殺していたのかもしれん。だが、何よりも俺がここを選んだのは……」
 抑えきれないヴァイディアスの闘気が、その場の全員の頬を撫でた。
「この通りに最も魔物どもが密集していると推測できるからだ」
 絶句という沈黙が場を支配した。
 正気の沙汰ではない。ただでさえ少人数であの魔都と化したエンシャントに乗り込もうというのだ。さらに最も険しく危険な道を提案してくるこの男の考えることがまったくわからなかった。
 ただ一人を除いては。
「なるほど……そのルートなら、万が一俺たちがいない間に魔物が外に出たとしても、それほどヤバイ数じゃなくなるな」
 感心したようにつぶやいたのは、今まで沈黙を守っていたヒューゴだった。
「うん、いい手じゃねーの? これなら俺らがちょっとしんどい思いするだけで、かなり他の被害が防げるぜ?」
「でもヒューゴ……それってボクたちが先に潰れちゃう可能性も……」
 心配を口にしたのはエステルだ。だが、この場にいる人間の大半は同じことを不安に思っているのは間違いない。
 そんな周囲の反応に、ヒューゴは心底理解できないといった表情を浮かべ、身体が傾くほど首を傾げた。
「なんでだ? これだけの面子が揃ってて街一つ分の魔物掃除もできないわきゃなくね?」
 あまりの豪胆な発言に、大半が声を失った。その妙な沈黙を破ったのは、彼の側にいるアイリーンとエステルの抑えきれない笑い声だった。
「ヒューゴらしいわ」
「言い切っちゃったよ、この人」
 何やら腑に落ちない発言に、ヒューゴは頬を膨らませた。
「まあようするにそういうことなんだがな」
 笑い出すのを必死で抑えつつ、ヴァイディアスが再び注目を集める。
「大兵力を持ってあれに挑むのは愚の骨頂だと俺たちは判断した。だからこそのこの作戦だ」
 ヴァイディアスとて自分のパーティだけならばこのような作戦とも言えない方法を取ろうとは思わなかっただろう。だが、彼は現在この場にいるものたちの戦力分析を可能な限り冷静に行っていた。
 名高き"剣聖"は名実共に自分と互角かそれ以上であることを知っている。エンシャント城門前で戦った限り、今の自分ならば百や二百ならどということはないことから考えて、最低でも同格であるヒューゴには同じことが期待できるだろう。
 リオラがつい先日マノンの腕輪を破壊し、太古の強力な魔道技術を手に入れているのは自身でも確かめたことである。あの時点でリオラは大陸屈指の魔術師であったのだ。さらにその彼女が求める力というのだから、ヴァイディアス自身が操る無限のソウル『インフィニティア』と遜色ないものと判断してもあながち間違いではないだろう。
 そのリオラが、セラやロイ以外で唯一頼るのがアルティだ。実力的には未知数だが、こちらも最低でもセラに匹敵する戦闘力を持っていると思っていいだろう。何よりその立ち振る舞いと雰囲気は恐ろしく完成度の高い戦士のそれである。弱いわけもない。
 この三人に付き従って各地を回るというのだ。仲間たちも必然的に近いレベルのものを要求されるだろう。でなければそれは仲間ではなく弟子や護衛対象にでもなってしまうのだから。
 一人200匹屠るとして、四人で800匹。その仲間がヴァイディアスに四人、ヒューゴとリオラ、アルティに各三人で十三人。一人半数の100匹倒すとしても1300匹。先の四人と合わせて2000匹以上を倒せる計算だ。
 そのような単純な足し算でどうにかなるわけでもないが、2000匹どころか半数の1000匹も倒せばエンシャントに巣食う魔物の群の中核を砕き去るに十分だろう。
 やれる、という予感めいたものがヴァイディアスの中にはあった。だからこその無茶な提案である。
「勝算はあるということかい?」
 地図から顔をあげて、アルティが尋ねる。先ほど交戦した魔物の力量を改めて測りなおしているのか、左手でメテオフィストを軽く撫でる。
「突入さえ上手くいけばな。恐らく入った瞬間、やつらの集中砲火を浴びることになるだろう。それさえ凌げば、俺たちならできないことはないはずだ」
 ゴルゴーンの切っ先で器用に地図上の城門に当たる位置を丸で囲むヴァイディアス。彼としてもその突破方法は悩むところなのだ。
「それって、入り口を壊さずにやらなきゃいけないんでしょ? だとすると、攻撃を防ぐことになるのかな?」
 何時の間にやらアルティの肩に登っていたルルアンタが首を傾げる。
 実は突入するだけなら簡単な話なのである。リオラやザギヴ、エステルなど希代の魔術師が数人いるのだから、城門ごと吹き飛ばして入れば集中砲火も受けないのだ。だが、それを実行してしまうと魔物たちを閉じ込める垣根がなくなってしまい、エンシャントを溢れた魔物が周辺に散ってしまう可能性が高い。集った魔物の質と量を考えれば出来ない相談だ。
「……私ならどうにかできるかもしれません」
 少し考えた後、リオラがそう言う。彼女の言葉に、特に魔術師たちは目を見張った。
 それはつまり、あの中高位の魔族の群から放たれる集中砲火を相殺、または防御できる術があるということに他ならないからだ。そんな常識外れの魔術など、伝承の中でしか聞いたことがない。
 だが、リオラはその伝承にしか残らない魔術を習得しているのだ。
「なら頼む。俺たちはお前に任せて突撃に専念すればいいのか?」
「え……?」
 何をするのか内容も聞かず、即座にヴァイディアスは答えた。そのあまりの即答ぶりに、提案したリオラさえも唖然とする。
「協力を頼んだ以上、突入の先陣は俺が切る。ディンガル軍がこちらの指揮下にあるんで合図もこちらが出させてもらうが、問題ないか?」
「え、ええ……」
 どこか奇妙な生物を見るような視線で生返事をするリオラなど気にも留めず、ヴァイディアスは話を進めた。
「面白いねえ、君は」
「何がだ?」
 くっくっと笑いながらつぶやいたレルラに、ヴァイディアスは怪訝な表情で尋ねた。
「僕たち……リオラはついさっきまで敵同士だったんだよ? それを、少し匙加減を考えるだけで自分たちを容易く抹殺できてしまう重要な役どころに置いて、何の警戒もしない。普通の人にはできっこないことだと思うなあ」
 心底面白そうな視線で、レルラは特に自分が思った事を隠さずに口にした。リオラはこれ以上場をかき回されるのを嫌って睨んできているが、気にならなかった。どうにも今自分が確実に後世に残る英雄譚の中にいることを思うと、彼自身口が軽くなるのを止められないぐらい高揚しているらしい。
「こっちが信頼せずして信頼が得られるわけねえだろ? なら全面的に信頼して命を預けるさ……でなくばお前たちに非礼だろう」
 極めて真面目な顔で応えてくるヴァイディアス。だが言ってる内容は大物ではあるが、紙一重で馬鹿とも取れる。
 確かに普通の人間には見られない豪胆さだ。
「その信頼ってやつは俺も含まれてるんだよな?」
 ヴァイディアスの前に進み出たのはヒューゴだった。彼はわざと無防備に近寄り、ヴァイディアスの一足一刀の間合いに踏み込み、視線を合わせた。
「頼みがある」
「何だ?」
「シャリを俺に譲ってくれ」
「……」
 凍りついたような沈黙が辺りを支配した。
 互いに別段闘気を放出しているわけでも殺気をぶつけあっているわけでもない。だが、間違いなくそれらに匹敵する緊張感がある。強いて言えば意志と意志のぶつかり合いだろう。
「ラドラスの墜落は知ってるよな? 俺はあれに関わってるんだが……今思えば俺のしらねえとこで大きな闘気と魔力のぶつかり合いがあったと思う」
 視線を逸らさず、強い意思を持ってヴァイディアスと対峙するヒューゴ。それはヴァイディアス自身もよく知っている目だ。
「あれ、お前だったんだろ」
 運命に抗うものの目である。
「それを承知で頼みたい。シャリとの決着を俺に譲ってくれ」
 己の全存在を賭けてシャリとの決着を願うヒューゴからは、十分に何らかの、それも極めて重要な理由があるのではと推測することができる。だが、それはヴァイディアスとて同じことである。
 空中都市 ラドラスの一件にヴァイディアスが関わっていたのでは、とヒューゴが思ったのは二つ理由があった。
 一つは墜落直後の風の巫女 エアの不可解な言葉。彼女は自分たちを救ったのは無限のソウル"たち"だと言ったのだ。
 もう一つは、たまたまエルズに立ち寄った時に聞いた噂である。
 最近、風の神殿によく巨大な剣を背負ったディンガル帝国の騎士が足を運んでいる、という噂だ。
 この二つからヴァイディアスの存在を察知するのはそれほど難しい謎かけではないだろう。むしろ間違うほうが難しい。そしてその推測が正鵠を射ているというのなら、ヴァイディアスがシャリを許さないだろうことも想像するに容易い。
 それでも、ヒューゴはシャリを譲る気はなかった。そして、決着をつけるにはヴァイディアスから横槍が入ると困るのである。
「……あれはエアを手酷く傷つけた」
 その時のことを思い出してか、凄まじい憎悪に顔を歪ませるヴァイディアス。逆にその形相からどれほどその人物を大事に思っているか、誰の目にも理解できた。
 自分以外のことでそんな顔をされるのは内心複雑なザギヴがヴァイディアスの顔から目を逸らしたが、そのことに気づいたのはリオラだけだった。
「それがあんたにとってどういう意味を持つか、承知の上での頼みだっつったら?」
 ここで断ればヒューゴは間違いなく単独で動くだろう。そのことは第二次ロストール攻略戦のことから容易に想像できる。そして、それはこの状況下では歓迎できないことだ。むしろヒューゴたちが抜けることによって残る全員が窮地に立たされる可能性は高い。
 ヴァイディアスの奥歯がギリッと鳴った。
 ここでヒューゴの要請を断ることは容易い。しかし、そのことで自分の大事なものたちを危険に晒すのは本末転倒もいいところだろう。
 だから、ヴァイディアスは決断した。
「わかった……あのクソ砂利はお前に任せる」
「あいよ。それだけ聞ければ俺は文句ねえよ」
 それだけ言うと、ヒューゴはさっさと引っ込んでしまった。ヴァイディアスはしばらく目を閉じて複雑な感情を沈静化しようと試み、再び目を開いた時はどうにかこうにか冷静さを取り戻していた。
「ごめん……あと、遅くなったけど助けてくれてありがとう」
 瞑目している間に近づいてきたのだろう、エステルがヴァイディアスだけに聞こえるようにそう言った。最初の謝罪はヒューゴの事情を考慮したこと、次の感謝はラドラスでのことだろう。
「ああ……だが別に感謝しなくてもいい。エアのついでだったんだしな」
「それでもさ」
 どういう顔をしていいかわからずに無表情になるヴァイディアスの胸当てを小突いて、エステルはヒューゴのほうへ歩いていってしまった。
「他には特に確認事項はないな?」
 気を取り直して周囲を睥睨するヴァイディアス。異論は出なかった。
「突入は明朝だ。それまでは各自休んで万全を期してくれ。貴公らの協力に改めて感謝する……ありがとう」
 地位があがるにつれ、誰もが言わなくなるその言葉。それを自然と口にできるのがヴァイディアスという男の価値の一つでもあるだろう。みんな自然と彼に頷き返していた。
 今は、護り抜くことだけを考える……それでいい。
 僅かな方向修正。それが自分にどれほどの変化を与えているのか気づいていないのは本人だけである。その僅かな方向修正が決して交じり合うことのなかったこの四つの集団を一つにまとめるきっかけとなったのは、歴史で語られることはない、当事者たちだけが知り得る事実である。
 そして明朝、後世に伝えられるバイアシオン大陸最大の英雄譚の一つ、"群雄の行進曲"が幕を開けることとなった。


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