虎と狼
<< このお話は [ 恋愛戦線自覚無し ] ( レティシア ) と連動しています >>

 ディンガルの帝都であるエンシャントは現在復興中ではあるが、現状では未だ廃墟となっているところが多い。駐留する青竜軍と再建途上の玄武軍の一部も復興の為土木作業にも従事しているほどである。もっとも、カルラやザギヴの言うところによれば、工兵部隊のいい訓練にもなるとのことだが、その辺りのことは皇帝であるヴァイディアスがそれほど関わるところでもない。
 重点的に修復作業が行われているのは城壁と政庁、そして住宅街の3箇所である。何はなくともまず夜露を凌げる場所の確保と、分断山脈向こうのロストール王国に無防備な姿を晒せないという事情があるのだ。
 もっとも、現在その分断山脈は西のドワーフ王国に管理してもらおうという方向で進んではいるが、それだけで安心できるほど帝国首脳部は甘くはなかった。現在の首脳部の信頼関係を考えれば、今代での戦争はありえないと言えるかもしれないが、2代3代と代を重ねた後のことはまったく未知数だからだ。牙を研がない国に未来などないのだから。
 復興が重視されているところがある以上、当然後回しにされて手付かずな場所もまた存在するのが道理である。それは主に兵士たちの訓練場や市場の辺りだ。どちらも建物や整備された場所でなくとも運用が可能であるとの判断によるものである。例外的に港の復興も始まっているが、これは通商上必須であるのは間違いないだろう。
 故に、兵士たちどころか将軍級の人間まで廃墟のような場所で訓練するしかないのだが、これは最上位である皇帝とその皇后たちですら同じなので文句を言う人間はいない。
 そんな異常事態な為故か、ヴァイディアスが剣を振るうとなると現在は訓練場跡地の辺りしか場所がない。そして、訓練場と外とを隔てる壁がほぼない状態なので、誰でも見ようと思えば見れるのだ。
「で、こんな事態になるのか」
 幾分引きつった笑みを浮かべるカイルは、一定以上民衆が入り込まないように苦労している兵士たちを眺めながらそう言った。
「我慢しろ。俺だってこういう見世物的な扱いにはうんざりしてんだから」
 諦観を含んだ遠い目をするヴァイディアスに、カイルが何か言えるわけもない。
 彼らが対峙しているのは何もない場所であるが、かなりの広さのある場所だ。本来なら兵士たちが汗を流す場所であるが、現在はヴァイディアスが彼らの空き時間に貸切にしたのだ。
 出で立ちは無論、2人ともフル装備の戦闘装束である。
「でもいいのかな、真剣使って・・・・・・一応大事な身じゃ?」
「っつってもなあ・・・・・・お前が普通の訓練用の剣使うっつったら怒ったんじゃねえか」
 背中から得物であるゴルゴーンを外し、眺めるヴァイディアス。
 手合わせしようということになってここへきた2人ではあるが、当然最初は真剣でやるつもりなどなかった。だが、訓練用の剣を見るなり、カイルがそれでは実力が発揮しきれないだろうとゴネたのである。
 何しろ訓練用の剣というのは一般的に広く使われている片手で扱う剣を想定されて作られている為、ヴァイディアスのゴルゴーンとは重さも長さも圧倒的に違うのだ。これではフェアな勝負などできはしないだろう。
 そこで問題になったのが、ゴルゴーンや破邪の剣の大きさである。大剣と分類されるこれらの剣は、刃などなくとも当たれば大抵の場所を粉砕し、よくて重傷、悪くて即死という恐ろしい質量の塊である。これでは訓練用など作ったところで結果は変わらない。
「もう作らせんのもメンドイ。真剣でいいじゃねえか」
 というヴァイディアスの暴言があってこそのこの状況であった。
「・・・・・・で、何でゴルゴーンだけ持ってるんだよ。はやく破邪の剣も抜けよ」
 仏頂面で封魔の槍を構えるカイルに、ヴァイディアスは不敵に笑った。
「こちらも色々と試行錯誤中でな・・・・・・ま、不満なら抜かせるまで追い詰めてみろ」
「・・・・・・上等ォ」
 ヴァイディアスの挑発に自ら乗り、カイルの目つきが変わる。
 ほう・・・・・・
 ヴァイディアスは内心感嘆した。
 腰を低くした前傾姿勢の、突きを主体とする構え。槍は緩やかに地面へと傾いているが、その穂先からもあふれ出る闘気が見えそうなほどだ。
 闘気を操ることを得意とする人間は多いが、ここまで闘気を練り上げることのできるものは滅多にいない。
 それに対して、ヴァイディアスはよく見られる正眼の構えでカイルに応じた。
 数瞬の沈黙。その後、先に動いたのはカイルだった。
 空気を巻き込んでの凄烈な突き。それが試合開始の号砲だった。その狙いはヴァイディアスの心臓。
 いかに試合とはいえ、遠慮の欠片もないその攻撃にヴァイディアスの闘争心は激しく煽られた。
 動体視力でカイルの槍を見極めたヴァイディアスは、その槍を横から擦るようにゴルゴーンを突き入れると同時に右足で踏み込む。重量と膂力に任せて槍の軌道を無理矢理左脇腹のほうへ逸らし、そのまま胸板へと切っ先を運ぶ。
 僅かに先に踏み込みを終えていたカイルは、左足の力を抜くことで体勢を崩し、何とか身を屈めてそれをやり過ごす。左手をつかねばならなかったが、明らかに即死の攻撃を避けきるには仕方なかったと言える。
 倒れた体勢のまま封魔の槍でヴァイディアスの脇腹を払いにいくカイル。普通の大剣使い相手ならこの一撃でダメージを与えられるところだが、ヴァイディアスはその膂力をフルに使ってゴルゴーンを戻し、攻撃を右手と左手の間にある隙間で受け止めた。しかし、元々カイルもこれで当てられると思っておらず、立ち上がるまでの時間は十分に稼がれた。ヴァイディアスがカイルを薙ぎ払おうと剣を振るった時点で、既にカイルは大きく間合いを空けていた。
 だが、その間隙を縫ってヴァイディアスの身体が暴風となって襲い掛かった。ヴァイディアスは戦士として分類するならパワー型なのだが、一瞬の瞬発力がないわけではない。ヒューゴやカイルなどとは違って継続的にそういう動きをする戦法を取らないので目立たないだけの話だ。
 カイルの中で既視感が過ぎる。
 カイルはすぐさま封魔の槍を中ほどで握る。そこでヴァイディアスがカイルに追いつき、ゴルゴーンが真上から襲い掛かってくる。カイルはそれを石突で逸らすと、穂先のほうをヴァイディアスの胸元へと運ぶ。
 入った!!
 そう思ったのも束の間、ゴルゴーンを握ったまま、ヴァイディアスが左手を大きく上げて、またしても剣の柄で穂先を上へと払った。そのまま柄の部分を高く上げ、ゴルゴーンの刃が背に隠れる。槍はヴァイディアスの膂力で弾かれた為か、回転する遠心力もあって思うように運べない。
 ヴァイディアスの咆哮が上がり、その闘気がカイルに白き獅子の幻視を見せる。
 既に闘気によって目に見えて発光しているゴルゴーンが真正面から振り下ろされた。轟音が上がり、闘気が炸裂し、硬くならされていたはずの地面が盛大に裂けて土砂が吹き飛ぶ。
「ふむ・・・・・・身についてきてはいるな。練習のかいがあったってもんだ」
 ゴルゴーンを肩に担ぎ、裂けた地面の向こうで片膝ついているカイルを眺め、ヴァイディアスは不敵に笑った。
 カイルも気づいている。今の一撃はわざとヴァイディアスが逸らしたものだ。万が一当たっていたのなら、カイルの身につけているボディーアーマーなど中身ごと粉々に吹き飛んでいるのは間違いない。
「俺もネメアとの戦いで色々考えてな。何しろゴルゴーンはこのでかさだ。当然柄も相応に長い」
 片手のままその切っ先をカイルに向ける。
「だったら似たような戦い方できんじゃねえかなってな」
「・・・・・・」
 カイルは立ち上がり、もう一度構える。柄を中ほどに握ったあの構えではなく、最初に取った前傾姿勢のものだ。
 試行錯誤中の戦法を試された上、圧倒されたのだ。屈辱に燃えるその双眸からは先ほどよりも気迫に満ちている。
「さあ、次だ」
 ゴルゴーンを突きつけながら、ヴァイディアスは左手を腰にやり、柄を掴んで引き抜く。
 陽光に輝くその刀身は紅。その手が掴んだのは破邪の剣ではなく、緋炎の宝剣だった。
「この上さらにおちょくるのか!!」
 かっとなって突きかかるカイル。
「違うな。貴様相手にはこっちのほうがやりやすいんだよ」
 常人の目には止まらないほどの速度で繰り出される刺突。それをヴァイディアスは緋炎の宝剣で払う。だが払った後も素早い戻りを見せ、再びカイルが突きかかる。その攻防実に5度。
 右肩、左脇腹、首、胸、そして最後に左手首。
 右肩を狙ったものはゴルゴーンで弾かれた。次に狙った左脇腹も戻ってきた緋炎の宝剣に先ほどとは逆に払われる。その瞬間カイルの右側ががら空きになるが、ヴァイディアスはあえて攻めずに次を待つ。首と胸を狙ったものはあからさま過ぎた為か、どれほど速く突きかかってもそれ以上の速度で宝剣がその穂先を叩く。明らかにそれが邪魔だと思って左手首を狙ってみるが、これも巧みに手首を捻って操られた宝剣に無力化された。
「!?」
 ほぼすべてを通常の長剣に凌がれ、カイルは驚愕の表情を浮かべる。
「俺にはお前みたいな俊敏さはないが、テリトリー内での剣運びの速さには自信があってな」
 実際ヴァイディアスの剣速はあの巨大な剣を用いる割には恐ろしく速い。下手な短剣使いの攻撃よりもよほど速いのだ。
「もっとも、防御用と割り切って左手をただの長剣にするってのは、オイフェの案だがな」
「なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!???」
 先ほどまでの緊迫した表情をかなぐり捨ててカイルが大絶叫する。
「お前の動きの癖とかを教えてもらいにいったんだわ、これが」
「ずるいぞ!? 公私混同だ!!」
 もはや自分が何を言っているかもよくわかっていないカイルに、ヴァイディアスは余裕の笑みを浮かべる。
「俺は自分を超えられる可能性があると思った人間相手に、手は抜かねえよ。とはいえ―――」
 ヴァイディアスの闘気の質が変わった。白き獅子が崩れ、そのオーラが視認できるほどの強さに変化するとともに、眩い炎へと変わる。
「―――そうやすやすと負けるつもりはねえけどなあ!!!!」
 炎の残光を残し、ヴァイディアスが再び攻めかかる。その圧力はもはや対峙しているだけで精神と体力を削り取る。
 先制されて一方的に攻撃を受ける展開になれば、間違いなくヴァイディアスに対抗することはできない。それを理解している故か、カイルは迫り来るヴァイディアスに向かって前へと出る。
 無拍子の歩法 シャドウノックで一気に加速し、槍特有の長い間合いを利用して足を払う。だが、その攻撃をあろうことかヴァイディアスは跳躍して回避した。高く跳んだその体勢は、カイルには絶好の機会。
 渾身の力をこめてゴルゴーンを振り下ろすヴァイディアス。そして逆転の為全身全霊をかけて突きかかるカイル。
 カイルは気づかなかった。自分を唐竹割にするには、ゴルゴーンを振り下ろすタイミングが早いはずだと。
 凄まじい金属音が上がり、それに僅かに遅れて本日2度目の轟音が上がる。ヴァイディアスがゴルゴーンで"正確に"封魔の槍を地面へと叩き伏せたのだ。あまりに強力な力が上からかかった為、カイルの両手首は槍を離す前に砕け、強引にもぎ取られた封魔の槍は裂けた地面へと埋め込まれる。
 次の瞬間には、大地を斬り裂いて背後へとゴルゴーンを流したヴァイディアスが、その反動を用いて突き出した宝剣の刃をカイルの首筋にピタリと当てている光景があった。
「チェックメイトだ」
 冷たい視線とは真逆に、カイルの首筋に当てられた宝剣から炎がゆらゆらと揺らめいている。これではよしんば刃を回避したとしても、顔の左半分は緋炎の宝剣によって焼かれるだろう。
 数秒後、カイルの口から歯軋りの音がすると、ヴァイディアスは剣を引いた。
「お前やヒューゴを相手にするとどうしても小回りが効かないゴルゴーンと破邪の剣では対応しきれない場合があるからな。やはりこれは正解か」
 一瞬手を離して宝剣を逆手に持つと、ヴァイディアスは器用にそれを鞘へと戻した。破邪の剣に隠れるように固定してあるその一刀は、ヴァイディアスの切り札でもある。
「・・・・・・次は勝つからな」
 両手首の激痛を堪え、なおもヴァイディアスを睨みつけたままカイルはそう言った。
「こりゃ俺もうかうかしてられんな・・・・・・」
 カイルには聞こえないようにそうつぶやき、明日からの訓練量を増やそうかと思案するヴァイディアスだった。


 後日、ヴァイディアスはこの試合で作った地面のクレーターに関してザギヴとベルゼーヴァから長い長い説教を受けたという。
 対するカイルは、単身"竜殺し"に挑んだことをこっぴどくユーリスに怒られたが、両手が使えない為結局は手厚い看護を受けるのだった。


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