竜虎激突
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 復興直後の王都ロストールは、現在大事な国賓を迎えていた。その為王城の警備は普段より強化され、衛兵はピリピリしているが、迎えられたその国賓本人は到って元気に伸び伸びと過ごしていた。
 ディンガル帝国皇帝 ヴァイディアス=ディンガルとロストールの英雄 リオラ=ミイスである。
 前者は国交を回復する前祝いの為、後者はたまたま王都によっていたのをゼネテスが捕獲した為である。
"自国民を喜んで虐殺している馬鹿どもをどうにかしろ。話はそれからだ"
 大戦終結時に最初にロストール王国の使者にヴァイディアスが言い放ったことばである。一時これによって悪化するかに見えたディンガル帝国とロストール王国だったが、意外にも現体制の盟主である女王 アトレイアはこの言葉を真摯に受け止め、ゼネテスと図って体制改善の大鉈を振るうこととなった。
 元々ロストールで問題になっていた貴族の蛮行である。大戦でその大半が死亡したとはいえ、まだまだそのような貴族は多かった。加えて死亡した貴族の所領が一種の空白地帯となって荒廃し、賊も頻発していたのも同じく改善に努めた。
 多少の体裁が整うまでそれなりに時間を要したようだが、それでも安定を見せ始めた頃にひょっこりと冒険者に戻っていたリオラがアトレイアの元に現れ、ヴァイディアスの話しをしたのが、この訪問のきっかけである。
 理由は種々囁かれているが、実際は書類仕事から逃げたい一心でリオラに泣きついたヴァイディアスの策なのであるが、そんなことを知るのは極々一部である。
「ようこそお越しくださいました、ヴァイディアス陛下」
 にこやかな笑みを浮かべるアトレイア。互いが王である為謁見の間のように高さに差がつくようなところで会見しているわけではないが、男性では背が高いとは言えないヴァイディアスよりは明らかに背が低く、少し見上げるような視線になる。
「こちらこそ、ご招待ありがとうございます、女王陛下」
 握手を交わしつつ、ヴァイディアスも笑顔で応じる。どことなく大雑把な風に見えるのは、根っから王をやっていたわけではないからだろう。やはりどこか粗野な感じが抜けないヴァイディアスであった。
「しかし、なるほどな……」
「どうかなさいましたか?」
 少し考え込む仕草をするヴァイディアス。何時もの甲冑姿なので何か動作をする度に音が立つが、他の正装が嫌いな以上仕方がない。
「いや、冒険者時代から噂はよく耳にしていたのですよ。"闇の王女"と」
 ヴァイディアスの言葉に、アトレイアは僅かに表情を翳らせる。大抵の場合、その呼び方はいい方向のものではないからだ。
「眠る時包んでくれる闇を連想するような、なんとなしに気持ちを落ち着かせてくれるような、柔らかい笑顔だった。いや、これだけでもきたかいがあったな」
「なっ……お戯れを」
 思わぬ言葉をかけられ、アトレイアは顔を真っ赤に染め上げた。
「いや、俺は思ったことを言っただけなのだぐがあ!?」
 最後までヴァイディアスが言い切る前に、背後から頭を叩いたものがいた。リオラだ。
「人の友人を初対面でいきなり口説かないでくださる? ディンガル皇帝陛下?」
「へ? いや、俺はそんなつもりじゃねえんだが……」
 後頭部をさすりながら、いまいち何を言ったか理解しないヴァイディアス。そんな彼を見て、リオラの目がすうっと細くなった。
「ならあなたの奥さん方に判断してもらいましょうか?」
「ぐっ……それはなんかマズイ気がする」
 本能的な危機を感じて、ヴァイディアスは即座に転進してみた。
 そんな2人のやりとりを見て、アトレイアはクスクス笑っていた。
「面白い方。これほど王らしくない王は始めて見ました」
 捉え方によっては失礼極まりない言葉だが、ヴァイディアスはアトレイアの言葉にむしろ好感を抱いた。
「まあ冒険者のほうが性に合ってたのは確かだな……って、いかん。地が出てるな」
 慌てて取り繕うとするヴァイディアスだが、今更取り繕っても仕方ないと判断しなおしたのか、肩をすくめた。
「すまない。元々堅苦しいのは苦手なんだ。こっちは今更だから普段通りのしゃべり方に戻させてくれ。そっちもそうしてくれて構わんからな」
 とても一国の王とは思えない言動である。もしこの場に両国の地位の高いものがいれば目を剥いたことだろう。
「ええ。こちらとしても皇帝陛下の本心を語っていただきたいのですから、やりやすいようになさってください」
 アトレイアは気分を害した様子もなく、そう言った。
 ディンガル帝国と事を構えるわけにはいかないという事情もなくはなかったが、元々冒険者であるリオラなどと付き合いが深いアトレイアである。その程度で怒るような度量の狭いものではなかった。
「ではこちらへ。食事も用意してあります」
 リオラが2人を促し、長い王城の通路を数人で歩く。
「……」
 その間、ヴァイディアスはリオラに連れ添う長身の男が気になって仕方なかった。
 月光を操る戦士 セラである。
 かつての大戦で共に戦った男だが、剣を交えたこともあった。だが、それは3対3という変則的なものであり、正面からやりあったことはない。ここのところ闘争心を満たす戦闘を行っていないヴァイディアスは、彼の隙のない身体の運びなどを見て思わず獲物を見定めるような目をする。
「いくら睨まれても、俺は無用の闘争はしない」
「そりゃ残念だな」
 振り返らずに言うセラに、ヴァイディアスは本気で残念がるのだった。
 程なくして食堂に辿り着き、そこにいた係りのものが扉を開ける。リオラやセラは規則に従ってそこにいた衛兵に剣を預ける。
「武器は預けていくのか?」
「ええ。お食事には必要ありませんし」
 ヴァイディアスはそれを聞いて頷くと、おもむろに背中と腰の大剣を外した。
「じゃあ頼むわ」
「かしこまりました」
 衛兵が言葉を返すのを待って、ヴァイディアスはその2本を重ね合わせて彼の腕の中へ手渡した。
 途端、衛兵はひっくり返って2本の大剣の下敷きになった。
「わ、悪ぃ。動じてなかったからてっきり腕力に自信があんのかと」
 慌てて剣を取り上げるヴァイディアス。
「も、も、申し訳ありません」
 下敷きにされていた衛兵は目を白黒させながら手をついて謝った。王の帯剣を床に落とすなど、ロストール王宮ではあってはならないことなのだろう。
「いや、まあ俺も不注意だったか。あんま気にするな」
 とりあえず扉の近くに剣を立てかけ、軽く衛兵に声をかけてヴァイディアスはそのまま中へと入っていった。
 後には、叱責も処罰もなかったことに呆然とする衛兵だけが残された。
「本当に重いのね、あの剣。あなたが軽々と持ってるから、実はすごく軽いかもなんて思った時期があったわ」
 呆れたようにつぶやくリオラ。
「あれぐらいでねえと剣握ってる気がしねえんだよ、もう」
 ヴァイディアスのその言葉で、さらにリオラが呆れたのは言うまでもない。もっとも、終始仏頂面のセラはともかく、剣を持ったことがないアトレイアは首を傾げるばかりだったが。
 案内されたのはあまりにも広すぎて声も届かないような場所ではなく、それほど大きくはない部屋だった。もっともそれほど大きくないとはいえ、華美なロストール城である。十分に家一軒分の広さはあるのだが。
 その中には大きなテーブルと数人の人間が待っていた。
 ロストール側は宰相であるレムオンと軍の総司令であるゼネテス。ディンガル側は2名の親衛騎士と、現在では皇帝付の司祭となったイオンズ。
 それぞれに軽く挨拶を交わした後、席につく。リオラ辺りの配慮なのかテーブルは丸く、上座下座を気にしなくていいのがありがたい。
 食事自体は豪華ではないが、今のロストールの状況を考えれば十分なもてなしだった。元々ヴァイディアスにしてもイオンズにしても冒険者生活が長いせいか、それほど豪勢でなくとも十分に満足がいく性質ではある。
 食器が下げられ、落ち着いたところでヴァイディアスが近衛騎士の1人に合図を送り、近衛騎士が係りのものを通して書状をアトレイアのところへ届けさせた。
「ディンガル側からの終戦協定への要望はそこにまとめさせておいた。まず目を通してくれ」
 正式な締結はすぐに結ぶわけではないが、まずは内容を相手に伝えなければならない。それだけの雑事に皇帝が自ら出向くのは例のないことだが、どうしてもあらかじめ国を見ておきたいとの強い要望により実現したことだ。
 アトレイアはすぐに目を通し終えたが、元々自分では判断がつかないことであることが理解していたのだろう。内容を覚えてからレムオンとゼネテスへと書状を回す。
 レムオンとゼネテスの顔色が変わった。
「これは・・・・・・どういうことですかな?」
 レムオンがどうにかこうにか言葉を選んで尋ねる。
「その通りだ」
 鋭い視線でレムオンを推し量るヴァイディアス。
 ディンガル側の終戦協定への要求は以下の通りである。

 1.エンシャント〜ロストール間の分断山脈の領有
 2.リベルダムの旧自治政権が領有していた一帯とロストール王国が接する場所を国境とすること

 具体的な国境を決めようというだけの内容であるが、見るものが見れば意図は明白だ。
 分断山脈はディンガルの帝都であるエンシャントとロストールの王都であるロストールの唯一の障壁である。そこをディンガル帝国が取るということは、それだけで王都は丸裸になるに等しい。
 また、リベルダム以西で国境を取り決めてしまえば、それはロストール王国がディンガル帝国のリベルダム領有を認めたことと同義である。
「そちらにロストール王国を狙う意図があると取ってもよろしいか?」
 レムオンの鋭い眼光がヴァイディアスを射抜く。だが、その反応は想定内なのか、ヴァイディアスはさほど動揺した様子もなくその視線を受け止める。
「分断山脈は越えられることがすでに証明されている。あそこを通過されてはたまらないからな。この要求は帝都防衛上のものだ」
 無論、ヴァイディアスとて分断山脈の如何によって王都ロストールが危機に瀕するということは知っていた。だが、この事情はディンガル帝国とて同じなのだ。
 故に放置できる問題ではなく、ディンガル帝国としても譲れない線であることは嫌になるほどザギヴ、カルラ、ベルゼーヴァの3人に叩き込まれたヴァイディアスだった。
「元々分断山脈は不文律的に不干渉地帯だったらしいではないか。過日の話ならともかく、今は現実問題としてあそこを軍が越えることは可能だ。ならば明確に国境を決めねばなるまい」
「流石。いいとこに目ぇつけるな・・・・・・嫁さんかい?」
 頭をぽりぽり掻きながら言うゼネテスに、ヴァイディアスは苦笑する。
 実際分断山脈に最も拘ったのがカルラだったからだ。
「あそこを取られると今度はこちらの国防がまずいことになるんだが・・・・・・不干渉ってわけにはいかないか?」
「いかないな。ことに奇策を得意とするゼネテス総司令ならば、あそこを空白地帯にするのは危険なのはよくわかるだろう」
 ニヤリと笑うヴァイディアス。実際に分断山脈を越えて仕掛けてくるならば、間違いなくゼネテス自ら率いた軍だろう。
 レムオンもゼネテスもさすがに思案顔だ。現在の国力差と終戦時の状況から考えるに、どう考えてもディンガル帝国が圧倒的優位にあるのは間違いない。ここで終戦が叶わなければ下手をすれば第3次ロストール攻略戦が起きかねない。
「ああ、先に言っておくが領有が決まれば砦を築かせてもらうぞ。その代わり分断山脈越えのルートでエンシャントにくる貴国の人間の安全は保障しよう。あの辺りは山賊も多いからな」
 ヴァイディアスの言う通りにことが運べば、王都ロストールを攻めることすら容易に行える。それがわかっているだけに、レムオンやゼネテスとしては素直に頷くわけにはいかない。
「リベルダムだが・・・・・・大陸制覇するつもりがないのなら商人たちに返してやったらどうだ?」
「できん話だな」
 ゼネテスの言及を一刀両断するヴァイディアス。
「リベルダムはディンガル帝国と戦争して敗北、全面降伏している。だがこれは貴国には関係のないことだな?」
 かつて王妃 エリスはリベルダムの権力者であるロティ=クロイスに繋がりを持ち、暗躍していたがリベルダム自体はロストールの領土ではない。それ故にこれは内政干渉と突っぱねられても仕方のない話だ。
「それにそちらも知っているだろう? 俺が自国の民をも虐殺する馬鹿貴族が大嫌いだってことを」
 ちらりとレムオンを見るヴァイディアス。
 レムオンがあの悪名高きタルテュバの縁者だということはとうの昔に知っている。そして、その力がありながらもタルテュバの横暴を見て見ぬ振りをしていたレムオンには、ヴァイディアスはいい印象を持っていないどころか、最初から悪印象である。
 レムオンは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「何ならディンガルに制圧される前のリベルダムの状況を詳しく話そうか? そのことはゼネテス総司令も知っていると思うがな・・・・・・あの状況を知っているあなたからそんな言葉は聞きたくなかったぞ」
「手厳しいな」
 こちらも言い返すところを塞がれ、少し頬を引きつらせるゼネテス。
 実際に戦前のリベルダムは特権階級の代わりに豪商たちが幅を利かせ、貧困層のものたちは虫けらのように扱われていたのだ。その様は戦前のロストール王国と大差はない。
「こちらの要求の基本はそれだ。そちらからは?」
 ヴァイディアスが促し、レムオンが口を開く。
「1年に1度の首脳会談の開催を要求したい」
 そのレムオンの提示したことは、ヴァイディアスの興味をそそったようだ。
 バイアシオン大陸の支配者すべてが会することなど、恐らく歴史上1度もないことだろう。そこで話し合われることが何であるにせよ、わざわざ他の国にお伺いを立てる時間などがなくなるのは好ましい。
 また、魔物や円卓の騎士に対抗する場合、各国が力を合わせやすい。これは大きな利点だ。
「今後の状況がどうなるかわからないところだが、5年間は必ず開催で以降は状況を見て、という辺りならそれほど問題は出ないと思われる。開催地はロストールとディンガルの持ち回りで主催し、ドワーフ王国、エルズ王国を含む各国首脳を呼ぶ、と言ったところだ」
「中々面白い案だ。様々な調整がやりやすくなるな・・・・・・だが」
 ヴァイディアスは難しそうな顔で腕を組む。
「各国首脳を1度に殺せる機会でもある。そこは理解しているな?」
 重々しく言うヴァイディアス。だが、その言葉は決して的外れではない。
 現在の安定しかけたバイアシオン大陸。これはそれぞれの国の支配者の態度によるところが大きく、すぐにでも均衡が崩れないとも言えないのだ。
 ディンガル皇帝 ヴァイディアス=ディンガルは四英雄のリオラ、アルティに敬意を表し、ロストール王国の侵略を中断させた。
 戦力差と国力差を考えれば、誰もが大陸を統一するなら今だと主張し、ディンガル政庁でも主戦派が強く、本来なら今頃王都ロストール攻略に取り掛かっていただろう。それを抑えての停戦条約という運びだ。
 ロストール女王 アトレイア=リューは最初から戦争などする気はない。
 一部でディンガル帝国との危機感が高まり、国軍の再建を急ぐべきだというものたちを説き伏せ、何よりも街と産業の復興を重視している。
 ドワーフ王国の主 ジンガは元々どこの国に対しても中立を宣言している。
 貨幣の鋳造という絶対的な優位性を持っている故の中立であるが、その強力な国軍も自衛の為にしか使うつもりはないのは、歴代の王と同じだろう。
 エルズ女王 エアはすでにヴァイディアスの妻の1人となっている。その為エルズ王国は実質ディンガル帝国の傘下にある。
 エルズの海軍は恐らくバイアシオン大陸でも最大の規模だろう。リベルダムとアミラルへの海路を握っているが、本人にそれを利用してどうこうという野望など最初からない。
 この4人の誰が主戦派に転じてもバイアシオン大陸の均衡は崩れる。それは間違いない。最悪の事態を考えれば円卓の騎士の襲撃などで全員がいなくなるということもあり得るが、そうなればすぐにそこに取って代われる人物が今いないのだ。
「理解はしてるさ。だが、それを考えても十分価値のあるものだと俺は思ったね」
 ゼネテスの言葉に、ヴァイディアスは少々長い間黙考した。
「・・・・・・わかった。検討しよう」


「正直意外ではあったぞ。お前さんがロストール攻略に動かなかったのは」
 軍兵士用の広い訓練場で七竜剣を無造作に手にしながら、ゼネテスは目の前に対峙するヴァイディアスにそう言った。
「国の為というより、嫁さんたちの安全の為に絶対攻めてくると思ったんだが」
「まだわからんぞ。そちらの出方次第では何時その気になるかわからん」
 背中からゴルゴーンを外し、ヴァイディアスは不敵に応じる。
 ロストール王国が勢いを盛り返すと脅威なのは間違いない。何しろ現状で唯一ディンガル帝国の傘下に入っていないのがロストール王国だけであり、その肥沃な土地を考えれば十分対抗しうる力をつけることができるだろう。
 だが、そんなマクロ的な意味でヴァイディアスが捉えていないことを、ゼネテスは気づいていない。ヴァイディアスは単にロストール王国に恨みを買ったであろうカルラに害する何者かが現れるのを危惧してのことだ。それ以上でも以下でもない。
 ゆくゆくのことを考えれば妻全員の心配をする可能性もあるが、今はそれだけがロストール王国に対する懸念である。もしリオラとアルティが未だにロストール王国に義理を立てていなければ、たった1人の女性の為に国が1つ滅ぶ可能性があることを知るものは少ない。
「ヴァイ。ここで闘うのは止めませんが、建物に被害を出さないでくださいね?」
 何故か非常に離れたところから、リオラがどことなく冷たい声でそう言う。傍らには当然の如くセラが付き添い、そのさらに後ろにはアトレイアの姿まである。
 何にでも興味を持つアトレイアがリオラに頼んだ結果だ。猛反対したリオラだが、結局彼女のお願いには勝てなかったらしい。これから起きることがどれほど殺伐としたものになるか容易に想像がつくリオラとしては頭を抱えて蹲ってしまいたいところだ。
「お2人とも、がんばってくださいね」
 何の心配もなさそうにひらひらと手を振るアトレイアに、セラさえも引きつった笑みを浮かべた。
「んじゃま、始めるか」
 ゼネテスがそう言うと、2人は同時に構えた。双方は期せずして同じ正眼の構えを取った。
 耳が痛くなるような静寂。風もない今日の様子では、兵士を遠ざけてしまえばこの辺りに音を発するものがない。凍りついたこの時の中、誰一人動こうとしない。
 その静寂は、こういった場に慣れていないアトレイアが僅かに身じろぎした時に出た、摺り足の音で破られた。
 そのごくごく小さな音をきっかけに、ヴァイディアスが先に動いた。元々の距離が一足一刀である。敷石を右足で強く踏みしめてゴルゴーンを左手のみで突き出した。両手ではなく片手で突き出されたそれは安定性では劣るが、射程が伸びる為背後へ回避し切ることはほぼ不可能だ。しかも、ゴルゴーンとヴァイディアスの膂力故にその切っ先を逸らすことすら相当な膂力と反射神経を要する。
 だが、ゼネテスはその両方を持つ稀有な人物である。素早く七竜剣を左のほうへと払い、ゴルゴーンの切っ先を逸らし、そのまま上段へと振り上げてヴァイディアスの頭蓋を狙う。
 ヴァイディアスはその行動を予測したかのように、さらにゼネテスのほうへ左足を踏み込む。あまりにも接近しすぎたせいでゴルゴーンを振るうことはできない距離だが、これでゼネテスの唐竹割は完全に封じられる。そのまま右手の拳を突き出してゼネテスの厚い胸板を直撃する。
 鈍い金属音とともに、ゼネテスが大きく背後へ吹き飛ばされる。殴られると思った瞬間衝撃を逃がす為、床を蹴っていたのだ。ゼネテスはそのまま無難に着地するが、すでにその目の前にはヴァイディアスが迫ってきている。大きくゴルゴーンを振るう。体勢を整えたばかりのゼネテスにはそれを回避する余裕もなく、正面からそれを受け止め、鍔迫り合いへと持ち込んだ。
 ああ、こりゃ駄目だな。
 鍔迫り合いを始めて即座にヴァイディアスとの膂力の差を見切り、ゼネテスは両手の力を緩めた。その瞬間、ヴァイディアスは前へ一歩つんのめり、ゼネテスはその左肩に七竜剣の柄を叩き込む。強引に足を踏ん張って慣性を殺したヴァイディアスだが、それでも大きな隙である。
 ゼネテスの雄叫びが轟き、大上段から振り下ろされた七竜剣がヴァイディアスの真後ろから振り下ろされる。
 だが、その次に響いたのは金属音であり、飛び散ったのは火花だった。
 ゴルゴーンに潜りこむように前へ屈んだヴァイディアスは刀身を肩に乗せ、左手で刃を補助して背後からの攻撃を受け止めたのだ。見えないはずの背後からの斬撃は、ヴァイディアスの左肩に乗ったゴルゴーンが完璧に受け止めたのだ。
 肩に担いだゴルゴーンで七竜剣を押し返しつつ、風車のように回転させて立ち上がるヴァイディアス。その刃はそのまま立っていれば十分にゼネテスの胴体を薙いでいたが、彼はそれを無難に背後へ跳んで回避した。しかしそのまま背後を向けているヴァイディアスを見逃すほどゼネテスは甘くない。すぐさま再び前進して七竜剣を振りかぶる。それを迎え撃つヴァイディアスも身体を回転させる遠心力を加えた左手のみによる横薙ぎで対抗する。
 今までのどの斬撃よりも威力のある双方の一撃は、中空で激突して静止した。その際に空気が破裂したように波うち、観戦していたものたちの髪を揺らした。
「アトレイア様、大丈夫ですか?」
「は、はい。ありがとうございます」
 最後の衝撃でびっくりしたのか、床にへたりこんでいるアトレイアに手を差し伸べるリオラ。
「これは・・・・・・リオラ、念の為魔術で障壁を張っておけ」
 険しい顔でそう言うセラに、リオラは首を傾げた。
「よく考えてみろ。2人ともまだ闘気を使った攻撃を1度もしていない。それでこれだぞ」
「・・・・・・!?」
 リオラの顔からざっと音を立てて血の気が引く。それと同時に慌てて魔術をアトレイアへと重ねがけしていく。その間にさり気なくセラはリオラと戦場の間に移動する辺り、彼がいかに彼女を大事に思っているかが窺い知れる。
 ヴァイディアスとゼネテスはその間に再び間合いをあけて対峙した。
「前に戦ったのは2度目の侵攻のときだったか? 随分とまた腕が上がってるじゃないか」
「抜かせ。全力で闘ってないではないか」
「お互いにな」
 不敵に笑うヴァイディアスに、人を食ったような笑みで応えるゼネテス。
「できれば俺はここらで止めにしておきたいんだがなあ・・・・・・やっぱ駄目かね?」
 頬を引っかくゼネテス。戦闘行為自体を楽しむという感覚に乏しいゼネテスとしては、無駄に怪我はしたくないのである。
 だが、ヴァイディアスにそんな理屈は通じない。何しろ、彼こそが最も戦闘行為自体を楽しむことのできる人間なのだから。
「で、ウォーミングアップはこの辺りでいいか?」
 獰猛な虎を連想する威圧感とともに、ヴァイディアスの闘気がオーラとなって噴出す。それは幻視などではなく、戦闘経験が皆無であるアトレイアにすら見えるほどはっきりとしたものだ。
「リオラ様。ヴァイディアス陛下から出てるあれは何ですか?」
 非常に場違いなほど暢気に、アトレイアはそうリオラに尋ねてきた。
「・・・・・・蝋燭の火だったらどんなにいいことか」
 嫌な予感とともに背中に冷たい汗が流れるのを感じるリオラ。
「万が一の場合、俺がある程度勢いを殺す。受け止めるのは任せたぞ」
「・・・・・・何とかしてみるわ」
 多少引きつってはいたが、セラならちゃんと受けれる程度まで相殺してくれるだろうと考え直し、リオラは観戦を続けた。どちらにせよアトレイアが動こうとしないでは逃げるわけにもいかない。
 アトレイアにはほとほと弱いリオラであった。
「さて、それじゃ本番と・・・・・・」
「あら、レムオン様?」
「・・・・・・って何い!?」
 七竜剣を構え直そうとしたゼネテスが、アトレイアの言葉に素っ頓狂な声を上げた。全員がアトレイアの視線を追い、その先に名を呼ばれた人物が歩いてきているのを確認した。
「・・・・・・レムオン? 一体どうしたのです?」
 苦笑を浮かべるリオラ。だが、その理由は彼女だけはすでに知っている。
 まったく・・・・・・普段からあれだけ素直にしてくれれば、私の苦労も減るものを。
 リオラが内心そう思っている間に、レムオンはヴァイディアスとゼネテスが対峙しているところまできていた。
 その両腰には、愛用の双剣が吊るされていた。
「ヴァイディアス陛下」
「何だ?」
 無表情のまま声をかけてきたレムオンに、ヴァイディアスは顕現するオーラもそのままにレムオンを値踏みするように見つめる。レムオンはそれには一切構わず、双剣を抜刀した。
「一手、お手合わせ願おう」
 レムオンは確かに無表情だった。だが、その視線はヴァイディアスを見極めようとする為、強い光が宿っている。
「・・・・・・悪ぃ、ゼネテス」
「ああ、まあお前ならそう言うだろうな」
 レムオンの激しい一面を知るだけに、ゼネテスも即座にその場を譲った。七竜剣を肩に担ぎ、ゆっくりとリオラたちのほうへ引き上げていく。
「どういう心境の変化か知らんが・・・・・・手は抜かん」
「望むところだ」
 身体の左側を前へ向け、無造作に2振りの剣を握るレムオンに、ヴァイディアスは小手調べとばかりに不必要なほど闘気を放出し、ぶつけてみた。
 荒れ狂う闘気の渦に、レムオンは真っ向から反逆した。気流を受けても一歩も退かずに真っ直ぐと立つその姿は、よく彼の性格を現している。
「・・・・・・行くぞ」
「来な。叩き伏せてやる」
 先に仕掛けたのはレムオンだった。纏わりつく渦を振り払い、かなりの速さでヴァイディアスへと突き進んだ。レムオンの両手から振るわれる双剣をゴルゴーンで防ぐ。その金属音が残る中、さらにレムオンは身を屈めて対応し辛い掬い上げるような一撃をヴァイディアスの左脇腹へ目掛けて放つ。
 通常ならそれで終わっただろうが、ヴァイディアスはゴルゴーンの刃をその攻撃に間に合わせた。素早く振るわれた巨大な刃がレムオンのバトルソードを小枝を払うかのように弾き、余りある圧力が剣風として爆裂する。
 予想外の風圧に勢いを殺されたレムオンは、すぐさまその勢いにのってヴァイディアスから離れた。つい先ほどまでレムオンの胴体があった辺りをゴルゴーンが通過する。
 レムオンが恐るべき体術の切れを披露したのと同じように、ヴァイディアスも常識範囲外の攻撃速度を見せた。それがわかるのはこの場ではセラとゼネテスのみではあるが、その緊迫感はリオラやアトレイアに呼吸することを忘れさせる。
 ヴァイディアスがゴルゴーンを振り切って数秒もしないうちに、レムオンの姿はヴァイディアスの頭上にあった。空中ではえてして思うように動けず、それは本来なら無謀といってもいい行動だ。
 あまりに無謀なその行動にカチンときたヴァイディアスは、滞空しているレムオンに闘気を込めた一撃を打ちつけた。左のバトルソードでそれを受けたレムオンだが、あえなくゴルゴーンに身体を絡め取られ、地面へと押さえつけられていく。このままではいかにレムオンといえども即死だろう。
 だが、そこで終わるレムオンでもない。叩きつけられるよりも僅かに早く着地し、その刃の通り道から身体を外す。その隙に右のバトルソードでヴァイディアスへ攻撃する算段だったが、ここでレムオンにとって誤算が生じる。
 ヴァイディアスの攻撃力が予想を上回っていたのだ。
 砕かれた石畳は散弾と化し、周囲へと降り注ぐ。攻防一体のこの攻撃にレムオンは攻撃を断念せざるを得なかった。慌てて間合いを離し、襲い掛かる大きめの石礫をすべて双剣をもって迎撃する。小さい礫はもはやどうしようもないが、それらは衣服やプロテクターが十分止めてくれるだろう。
「まさかとは思うが・・・・・・"その状態"で勝てるつもりか?」
「・・・・・・何?」
 かなりの距離離れて対峙するヴァイディアスは不機嫌そうにレムオンにそう言った。レムオンは一瞬息を飲んだが、数秒後には彼が何故知っているか思い当たる。
 風の巫女 エアか・・・・・・まったく、なんて厄介な女だ。
 伝聞でのみしか見たことはないが、過去未来千年を見通すといわれる彼女に恨めしい気持ちを向ける。色んな意味で反則だと改めてその存在に頭痛を覚えた。
「まあいい」
 舌打ちし、ヴァイディアスはレムオンを睨みつけると、ゆっくりと左手で逆手に破邪の剣を引き抜いた。
「何故今更力を隠すのか知らんが・・・・・・今の状態の貴様なら、死ぬかもな」
 一瞬手を離し、空中で破邪の剣を持ち換える。左手のそれをレムオンに突きつけ、ヴァイディアスはそう言った。
「軽々しく見せていい姿ではない」
 レムオンからすれば当然の反応だろう。何時どこで誰が見ているのかもわからないのでは、真の力を解放したところで社会的に抹殺されるのは必定だ。
 吸血鬼であるダルケニスへの世間の嫌悪感はそれほどまでに凄まじい。人外の身体能力の代償に、彼らは日の当たる場所を歩くことができないのだ。
「俺は貴様の真の姿が見たい。何が出来、何が出来ないのか。何を思い、何を目指すのか。何と戦い、何を守るのか」
 ジャッという音とともに破邪の剣が石畳を斬り裂いた。あまりの鋭利さにまるでペンで線を描いたかのようだ。
「まずは武の力量だ。応えろ―――」
 ヴァイディアスの双眸が変わる。人間の戦士のそれから、神の代行者を皆殺しにした魔人の目へと。
「―――ロストール王国を守るに値する力があるか、否か!!!!」
 怒号とともにヴァイディアスが走る。レムオンほどの速度ではないが、それでも戦士の平均からするとかなり速い。纏う闘気によってその姿は何倍にも膨らんでレムオンには見えただろうが、彼もここまで言われて黙っていられるほど冷静ではない。
「私は私を必要だと言ってくれた者たちに、報いねばならん」
 横薙ぎに振るわれたゴルゴーンを身を低くして回避し、懐へもぐりこもうとするレムオン。だがそれも次いで振るわれた破邪の剣によって阻まれ、レムオンは左手のバトルソードでそれを受け流しつつ、ヴァイディアスの左へと回り込もうと位置を取る。
 受け流しは完璧だった。にも関わらずこれか・・・・・・!?
 破邪の剣を受け流したレムオンの左手はあまりの衝撃に痺れていた。剣術の見本とも言えるような完璧な受け流しだったにも関わらず、である。
 すでに物理的に視認できるヴァイディアスの闘気のせいである。剣から伝わった闘気の衝撃は、闘気によってしか相殺できない。"この状態"のレムオンには無理な話だった。
「ならば俺を殺してみろ」
 破邪の剣を振るった動作を止めず、回転してレムオンへとゴルゴーンを叩き付けるヴァイディアス。今度はレムオンも残る右手まで痺れるのを嫌って、紙一重でそれを回避する。だが、まさしく紙一重で回避した為か、レムオンはさらに交代を余儀なくされた。
「貴様が負ければ、ロストール王国は俺がこの手で滅ぼしてやる」
「なっ!?」
 くだらないものを見下すかのような視線をレムオンへ投げかけ、ヴァイディアスは傲慢にも言い放った。
「俺の女たちを安心させるには、それが一番いい」
「貴様・・・・・・そんな私利私欲の為に国1つ滅ぼすというのか」
 長らく施政者として立っていたレムオンからすれば、とんでもない話である。だが、ヴァイディアスはそれをやると言った。彼が言ったことを滅多なことでは曲げないというのはすでに有名な話だった。
「抵抗しなければ国民の安全は保障してやる。貴様ら腐った貴族どもが支配するよりは住み易い国にしてやろうじゃねえか。それなら文句ねえだろ?」
 確かにかつてのロストール貴族の行っていた蛮行はあまりにも酷過ぎた。リベルダムの商人たちの行いも決して褒められたものではなかったが、その遥か上をいったロストール貴族たちの行為があった為か、さほど目立たなかったほどだ。
 しかし今新体制で再出発していこうというロストール王国はそこまで酷くはないとレムオンは思っている。旧体制の古狸はその大半が駆逐され、民の為の政治を行おうとしているこの国が滅ぼされる理由などあるだろうか。
 ない、とレムオンは断言できる。
 かつての義妹が必死になって守り通したこの国だ。気に入らないがゼネテスとて命を賭けてロストール王国を残そうとしたのだ。新女王として立ったアトレイアとてそれを望んでいる。
 1度は叛乱し、彼女らと敵対したにも関わらず求めてくれた。その想いにレムオンは報いなければならない。そして何より、ティアナをあそこまで追い詰めたこの王国を再生させなければ、歴史はまた繰り返されるのだ。それを防ぐ為にも、レムオンは王宮での戦いに身を投じたのだ。
「認めん・・・・・・私は今のロストールを守る」
「笑止」
 ヴァイディアスの眼光が、レムオンを射抜く。
「ただ権力闘争に明け暮れ・・・・・・何も見ず!! 何も聞かず!! 何もしようとしない!! 己が欲望の為のみに生き、民どころか幼馴染にすら手を差し伸べなかった貴様がそれを口にしていいとでも思っているのか!!!???」
 ゆっくりと近づいてくるヴァイディアスに、レムオンは気迫で押され気味だった。最初から最後まで己が筋を貫き通した目の前の男に引け目があるのは確かだ。だが、この場面はレムオンにとっても退けないのは確かだ。
「王や施政者にとって民となったものはすべて子だ!! その子を見捨てる親などに、"守る"などという言葉を使う資格はない!!!!」
 次第に歩く速度が速くなり、ついには疾風と化す。光の暴風となったヴァイディアスはレムオンを粉々に砕かんと迫り、ゴルゴーンを振り下ろした。
 掛け値なしの全力の一撃。腕力、剣腕、突進の慣性、闘気、そして意思のすべてを込めてその一撃を放つ。ただの振り下ろしの一撃ではあるが、その一撃はあらゆる技を凌駕する想いのようなものが込められていた。
「・・・・・・いいや、私は守る!!!!」
 凄まじい激突音とともに、レムオンの声が訓練場に響き渡る。振り下ろされたゴルゴーンは、レムオンが頭上で交差させたバトルソードによってがっちりと受け止められていた。
「資格などないことなど百も承知・・・・・・だが、これまで私が受けた想いに報いる為にも、何と罵られようが私は戦わねばならんのだ!!!!」
 "銀髪"を剣風でなびかせ、"紅眼"でもってその意思をヴァイディアスに叩き付ける。闇色の闘気は光の闘気と拮抗する。さすがにその一撃をすべて受けきれなかったのか、片膝をついてはいるが、五体満足だ。
 紛れもなく、その男はレムオンだった。
「ならば来い。後は結果が語る」
 ゴルゴーンが横に振るわれ、それと同時に交差していたバトルソードが弾かれる。膠着状態を崩した瞬間に破邪の剣がレムオンの頭上へと降り注ぐ。レムオンはそれが打ち下ろされる前にその場を脱し、間合いをとって体勢を整える。
 間合いが開くと同時に、双方が突進を開始する。ゴルゴーンとバトルソードがまともにぶつかり合い、衝撃が当たりに伝播する。すぐさま2人とも右の剣を引き、次いで左の剣が噛み合う。
 打ち合っている・・・・・・"あの"ヴァイと。
 その光景を半ば呆然と見つめるリオラ。本気で二剣を操るヴァイディアスと正面から打ち合えた人物など、今まで見たことがなかった。元々ヴァイディアスが1対1で戦うのを見ること自体初めてだが、それにしても彼が二剣を持つようになって正面から打ち合えた人間の話など1度として聞いたことがない。
 実際にはネメアに正面から打ち破られたことがあるヴァイディアスであったが、そんなことはリオラは知るはずもない。だが、戦場やエンシャントで見たあの馬鹿げた威力の剣撃と張り合えるものなど想像すらしたことがない。しかも、自分の身近にそんな人間がいたのだから驚きも一際強い。
 実情はそこまで単純ではないが、これは驚嘆に値するだろう。
 膂力は互角。闘気はヴァイディアス。剣術はレムオン。
 この微妙な拮抗状態がこの稀有な激闘を実現したにすぎない。互角に見えるがそれはヴァイディアスの一撃をレムオンが倍の運動量で対抗しているのだ。
 ヴァイディアスの攻撃力がレムオンの運動量を上回るか、レムオンの運動量がヴァイディアスの攻撃力を上回るか。すでに両者は後退することはできない。共に一撃で相手を葬れる威力を保持した攻撃しか放っていない以上、僅かに隙を見せたほうが一瞬で崩れる。
「お、おい・・・・・・ありゃ止めたほうがいいんじゃないか?」
 あまりの気迫と殺気に、ゼネテスは冷や汗を流しながら隣にいるセラへ引きつった顔で尋ねる。
「どうやって止めるのだ? あれでは近づいた瞬間死ぬぞ。それに下手に外部から干渉すれば、それこそどちらかが死にかねん」
 あくまでも冷静に答えるセラ。しかし、その右手にはすでに月光が抜刀されている。
 ヴァイディアスの周辺を巧みに移動しつつ、打撃点をずらして2本の剣で威力を相殺する。絶妙の距離を踏み込み、回転の遠心力を利用し、闘気による衝撃をも活用してその死の刃から逃れる。
 言うだけなら簡単だが、これを実践するのは至難の業だ。当然肉体的・精神的疲労はヴァイディアスの比ではなく、このままでは自分が負けることをレムオンは自覚していた。
 剣術では明らかに自分が勝っているにも関わらず、勝てない。それはヴァイディアスを無限のソウルたらしめたソウル『インフィニティア』、つまり闘気の量にあることは見抜いている。その常識外の量によって高められた一撃は剣風だけでも体力を奪い、その分厚さ故に後一歩のところで攻撃を加え切れない。
 負けられはしないこの状況で手をこまねいているわけにはいかない。故にレムオンは勝負に出ることを決めた。
 足元を掬うような破邪の剣の一撃を最小限の跳躍で回避し、ついで現れるゴルゴーンの刃を下から叩くことによって逸らせる。着地と同時に胴薙ぎに狙ってきた破邪の剣をさらにバトルソードを2本ともぶち当てることによって相殺し、ゴルゴーンの唐竹割を左に回りこむことで回避する。ヴァイディアスの影となるので、この位置ならば破片は飛んでこないことも計算済みだ。
 絶好の機会だが、レムオンは半歩退いて様子を見る。ヴァイディアスの闘気の圧力が一瞬膨れ上がり、レムオンの動きを刹那の間止める。次いで現れた破邪の剣はレムオンの予測通り首筋を狙って放たれ、またも双剣でそれを逸らす。
 この至近距離の戦闘において半分をかわし、残り半分を受け流す。そのレムオンの動きはまるで風に舞う木の葉のように流麗で、美しくすらあった。
 そして、その拮抗が崩れる瞬間が訪れた。
 破邪の剣を屈んで回避したレムオンは一瞬床に手をつくとその反動を利用して一気にヴァイディアスへと跳ぶ。だが、ヴァイディアスもそれを待っていたかのように双眸を輝かせた。
 双方の闘気が最大限に膨れ上がる。果たして、両者が選択した技は同じものだった。
 すなわち、絶技 バーニンレイヴ。
 振り下ろされたゴルゴーンが右のバトルソードと正面衝突し、衝撃波と闘気を撒き散らす。力で引き千切るような動作とともに2人とも振り抜き、その反動でもう1本を繰り出す。ヴァイディアスの首筋を狙った一撃がレムオンへと放たれ、レムオンもまた間合いを詰めて打撃点をずらしながらそれを打ち払う。
 回転と同時に遠心力を加えた右のバトルソードがヴァイディアスを胴薙ぎにしようと狙うが、丁度胸板を狙ったゴルゴーンの切っ先がそれを阻む。掬い上げるように放った破邪の剣は跳び上がって回避したレムオンが邪魔とばかりに左のバトルソードで機動を変化させ、低空を這う。
 位置的に上になったレムオンはそのまま右のバトルソードで頭を割ろうとするが、それすらも邪魔だとばかりにヴァイディアスのゴルゴーンが弾き返す。僅かに届いたその切っ先がレムオンの胸板を浅く斬り裂くが、致命傷には程遠い。着地したレムオンは離れた間合いを再び詰めて左のバトルソードで心臓へ目掛けて刺突を敢行するが、同時にでてきていたヴァイディアスの破邪の剣と美しいまでの正面衝突を行って双方弾かれる。
 だが、2人ともそれらを左手を置き去りにするように後方へ流すことによって、間合いが離れるのを避けた。それは当然、未だ発動中のバーニンレイヴの攻撃で相手を粉砕する為だ。
 互いに大上段から振り下ろされた剣撃が激突する。先ほどよりも甲高いその音に疑問をもちながらも、ヴァイディアスとレムオンは背後へと流れた左手を無理矢理引っ張り上げ、その勢いで叩き付ける。僅かにレムオンの剣が速かった為か、ここで初めてレムオンの闘気がヴァイディアスの左腕に傷をつける。
 ヴァイディアスはさらに弾かれて押し戻されたゴルゴーンを、再び満身の力を込めて振り下ろした。レムオンは弾かれた勢いで剣が手から離れるのを防ぐ為、円を描かせて下から前方へ戻した為、掬い上げるような形となる。
 ここでようやく、拮抗が崩れた。
 打ち下ろされたゴルゴーンは、レムオンの右手のバトルソードによって受け止められたかに見えた。だが、これまでの酷使がここへきて祟ったのか、先ほどの打ち合いで簾の入ったバトルソードはゴルゴーンを受けた辺りを粉々に砕かれて吹き飛んだ。レムオンは突然の事態に全力で後退を始めるが、元々バーニンレイヴによってリミッターを外されたダルケニスの身体能力である。その慣性は並ではなく、一瞬身体の動きが止まった。
 鮮血が飛び散り、レムオンは右肩を深く斬り裂かれた。なんとか後退が間に合った為即死は免れたが、深く裂かれたその傷では右腕はもはや動かせない。
 そこへ、石畳を踏み砕きながらさらにヴァイディアスが前進してきた。この状態では攻撃も防御もままならないと悟ったレムオンは、ここで剣術の定石を捨てた。
 左手から投擲されたバトルソードは1回転するまでもなく、即ヴァイディアスの左腕に食い込んだ。本来なら投擲されたところでドワーフの名工の手による甲冑が斬られることはないが、バーニンレイヴの作用とダルケニスの膂力がそれを可能としたのだ。
 結果、破邪の剣は空を切ってレムオンは命からがらヴァイディアスの間合いから逃れた。
「・・・・・・やるじゃねえか」
 左腕からバトルソードを口で咥えて抜き、地面へと転がす。盛大に血がしぶき、その出血量に僅かに足がよろめく。
 その時、ヴァイディアスの視界に過ぎる影。
 突然ヴァイディアスが低い声で笑い始める。
「あんま無様な姿晒させてくれんなよ・・・・・・カッコつかねえだろうが」
 そう言って傷ついた左腕をものともせず、両手でゴルゴーンを構えた。すでによろめいていた足もしっかりと床を踏みしめ、揺るぎもしない。
「それはこちらも・・・・・・同じだ。妹の前であまり醜い様を晒したくはないのだがな」
 元々白い顔を出血の為さらに青くしつつも、そのヴァイディアスを睨みつけるレムオンの眼光と闘気はまったく衰えていなかった。
 それを見届けると、ヴァイディアスはニヤリと口の端を歪めると、足元に落ちたバトルソードをレムオンへ向けて蹴った。怪訝な表情でレムオンがそれとヴァイディアスを見比べると、彼は手にした破邪の剣を遠くへ投げ捨てた。
「まだ、やる気なのか?」
「勝負はついてねえだろ?」
 バトルソードを拾い、ヴァイディアスを見つめるレムオン。先ほど蹴られたせいで限界を超えたのか、切っ先が数cmほど欠けてしまったが、戦うに支障はないと判断する。
 出血量と傷の深さを考えれば、もはやヴァイディアスの勝利でもいいような状態である。本来ならヴァイディアスもそうしただろう。
 何よりも、レムオン自身の双眸が続ける意思をヴァイディアスへ伝えていた。
 左手のみでレムオンが構えると、再び重い沈黙がその場を支配する。
 何時までそうしていたのか、きっかけすら何かわからないこの状況で、双方同時に足を踏み出した。
 ヴァイディアスが、そして普段からはそう言った行動をするようにはまったく見えないレムオンまでもが、咆哮を上げて渾身の一撃を繰り出す。
 その一撃は、何の技もない。何の変哲もないただの一撃。だが、それは己の全存在をかけた一撃。
 刹那の刻に、2人が刃を交わす。
 ゴルゴーンはレムオンの左肩に食い込んだが、鋼鉄のプロテクターを割り、その肉を僅か数cm抉ったところで止まっていた。
 バトルソードはヴァイディアスの右肩口に落とされたが、こちらは甲冑を斬り裂いたが、肉体まで届くことはなかった。
 レムオンが荒い息をつく。すでに力を尽くした故か、一寸たりとも動かなかった。
「そこまでにしてください。殺し合う必要はないでしょう」
 何時の間にか近づいてきていたリオラが、2人を引き剥がしにかかる。彼女の非力な腕力によってもあっさりと2人は離れた。
「・・・・・・」
 レムオンは何とか1度だけヴァイディアスのほうへ顔を上げると、笑みを浮かべて倒れた。
「レムオン!!」
 慌ててリオラがヒーラースペルを唱え始める。元々が神官の出である彼女ならば、すぐにレムオンも回復するだろう。
「さすがだな・・・・・・やっぱりお前さんの勝ちか」
 ゼネテスがヴァイディアスの右肩を叩く。だが、ヴァイディアスはレムオンがつけた"頬の傷"から血を拭き取って首を振った。
「いや・・・・・・剣の切っ先が折れていなければ俺は死んでいた」
 垂れて来た左腕のおびただしい血を床へと振り落としながら、ヴァイディアスは満足げに笑う。
「こいつの勝ちだ」
 久々の晴れやかな気分のまま、ヴァイディアスは空を見上げた。
 その空は、まるでそこに住まう竜の心のように、どこまでも晴れ渡っていた。


「面白いものを見せていただきありがとうございます」
 リオラがレムオンの治療に専念しているのを横目に、アトレイアはヴァイディアスに優雅に礼をした。
 行われたのは凄惨な死闘ではあったが、確かにアトレイアが今まで見たことのない光景であったのは間違いない。少し常識外れで世界を勉強中の女王には、それすらも興味深いものだったらしい。
「いや、本来なら女王陛下に見せるようなものではなかったのかもしれんのだが」
 苦笑しつつ、ヴァイディアスはイオンズからの治療を受けていた。1度だけ訓練場の建物の屋根のほうへ目をやったが、それ以外は特に変わった様子は見られなかった。
 もっとも、アトレイアとしてはその瞬間だけヴァイディアスが酷く優しげな表情になったのが気になってはいたが。
「俺は正直、レムオン宰相のことをよく思っていなかった」
「それは何故です?」
 ヴァイディアスの言葉に首を傾げるアトレイア。彼女にとってはレムオンはゼネテスと同じく頼れる兄のような存在だった。政治的手腕のない自分を立て、教え、導いてくれるなくてはならない存在なのだ。
 もっとも、"ゼネテスと同じく"という部分を彼が聞けば、非常に不本意だと答えるのは想像に難くないが。
 欠点という欠点が見えない彼が、どうして気に入らないのかがわからない。それに、身近なものを悪く言われるのがアトレイアには悲しかった。
「前のロストールは貴族が民を虐げるということが当然のように行われていたのは知っているな? 彼はそれを止めることができる地位と権力を持ちながら、何もしなかった。それが俺には許せなかった」
 ヴァイディアスの口から聞こえてくるかつての状況はアトレイアも伝聞ではあるが聞いている。だが、その行為がどれほどの怨嗟を生んでいたのかはまったくわかっていなかった。街の民たちと交わって復興の手助けはしていたが、悪し様に扱われなかったからだ。無論、その影にはリオラたちの尽力もあった。
 遠くディンガル帝国にいたヴァイディアスからの不快を隠そうともしないその言葉を聞き、それをようやく実感したような気分になった。
「だが」
 ヴァイディアスはそこで言葉を切り、レムオンを一瞥してからアトレイアに向き直る。その表情は実に晴れ晴れとしていた。
「もう大丈夫なようだ。過去はどうであれ、今の彼ならば、俺は信じられると思った。レムオンなら、あなたの右腕としてロストールを立派に復興させるだろう」
 そう言って笑うヴァイディアスに、アトレイアはさらに首を傾げることになった。
 どうやらレムオンがヴァイディアスに認められたのは間違いなかったが、何故認められたのかがまったくわからないのだ。言を尽くしてかつての腐敗を正していくと言ったわけでもなく、ただ剣を交わしただけなのに何故そうなるのかと。
「男とは、時に馬鹿な生き物なのですよ、女王陛下」
 イオンズはそう言うと豪快に笑い声を響かせた。
「それにしても世の中中々に面白いですな。ヴァイディアス陛下に匹敵する人間がまだおるとは」
「陛下はよせ、イオンズ。ここなら別に誰が咎めるわけでもねえだろ」
 傷口を塞ぎきり、イオンズはヴァイディアスの左腕を1度叩くと、彼から離れた。
「あの、私はそういうのはよくわからないのですが、やはりヴァイディアス陛下とレムオン様はお強いのですか?」
 普通の人間が聞いたら目を剥くような台詞だが、何しろアトレイアは戦闘らしい戦闘を見たことがない。これが始めて見た戦闘なのである。比較対照がないのだから無理もなかった。
「ああ、強い。ヴァイやレムオン殿に敵うものなどこの大陸でもそうそうおりませんぞ」
「まあ」
 口に手を当てて驚くアトレイアに、ヴァイディアスは照れているのか少し居心地が悪そうに頬を引っかいた。
「ではどんな魔物が襲ってきても、ディンガル帝国とロストール王国が手を取り合えば、きっと負けませんね」
「当然だ。その時は遠慮なく連絡してくれ。ロストールの敵はディンガルの敵だ。協力するのは当然だからな」
 誰しもアトレイアのような美女に褒められれば悪い気はしない。気分がよくなったヴァイディアスはそう"言ってしまった"。
「それは本当だな? ヴァイディアス陛下」
 何時の間にか意識を取り戻したレムオンが、リオラに支えられて身体を起こしていた。
 その顔はしてやったりという会心の笑顔があった。
「何がだ?」
 意味がわからず、ヴァイディアスはそう聞き返した。
「いや、ありがたいことだ。ロストールでは今軍隊が治安維持に奔走して非常に人手不足だったのだ。ディンガル帝国がモンスターなどの討伐も手伝ってくれるなら、これほどありがたいことはない」
 澄ました顔で、レムオンはそうのたまった。ヴァイディアスはあっと小さく声を上げたが、後の祭りだ。皇帝の言葉というのはそれほど重いものなのだから。
「あ〜・・・・・・仕方ねえな。まったく食えねえ野郎だ。お前が起きなきゃ誰も俺の失言に気づかなかったろうに」
「俺とてやられっぱなしではないのだよ、皇帝陛下」
 完全に1本取られたヴァイディアスは苦笑し、ゴルゴーンを背中に戻してレムオンに手を差し伸べた。
「陛下はやめろ。ヴァイでいい」
 そう言ったヴァイディアスの笑みにレムオンもまた笑みで応え、彼はその手を取った。


 後日、ヴァイディアスの宣言はすぐさまロストール王国の国民に知らされた。本格的な和平になるのだと両国の民は喜んだ。
 しかし、勝手にモンスター討伐に関する約束をしてきてしまった為、ヴァイディアスは1日中ザギヴとベルゼーヴァから説教を受けることになった。
 また、ある日ロストール王国のリューガ邸にディンガル帝国から届けられた荷物には、デルカド銘の双剣があったという。


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