祭壇にて待つもの

「ヴァイディアスじゃないですか」
 久しぶりに寄った猫屋敷で、猫の姿のオルファウスはヴァイディアスをそう言って迎えた。
「あんま変わりねえみたいだな、オルファウス」
 片手を上げてそれに答えるヴァイディアス。
「へえ・・・・・・ここが猫屋敷ね。確かに猫いるけど」
 物珍しそうに周囲を見回し、ネモを発見して捕まえるカルラ。ネモは何やら抵抗していたようだが、ていのいいカルラの玩具と化すのは時間の問題だろう。
「オルファウス様もお変わりなく・・・・・・」
「ええ。その後大事ないですか?」
「お陰様で・・・・・・」
 歯切れの悪い返答をしたのはザギヴである。胎内のマゴスのことを知る数少ない人物の1人がオルファウスだが、こればかりは根本的な原因を取り除かない限り、完全回復の見込みがないのは双方が知っていることだ。
 ちなみにフェティは一言二言交わした後、すでに猫屋敷内のケリュネイアのところへでも行ったのだろう、姿が見えなかった。
「・・・・・・なんだ、お前もいたのか」
 ヴァイディアスの眼光がその姿を認めた瞬間、すうっと細くなった。
 金髪の長身に巧みに改良されたボディアーマー。何よりもその特徴的な霊力を放つ槍。隣にいる金髪の女性も見覚えがある。
「よお、"金色の流星"」
 "金色の流星" カイル=グリーマーと"史上最凶の劣等生" ユーリスだ。その因縁深い2人が何故だか木陰でまったりと寛いでいたりする。
「ああ!! おま・・・・・・」
 何か言いつつ立ち上がろうとするところを、ヴァイディアスは無造作に放った蹴りで無理矢理座らせた。顔面にクリーンヒットである。
「お前が度々口走ってる不穏な台詞のお陰で俺がどんだけ苦労してるかわかってっかごるあああああああああああああああ!!!!」
 立ち上がり損ねたカイルの胸倉を掴み、がっくんがっくんと振りまくるヴァイディアス。何やら怨念めいたものが感じられるが、それは気のせいではない。
「わわわ!? な、何するんですか!? ちょ、やめっ・・・・・・当たってる!! 頭幹に当たってます!!」
 あまりの事態に硬直していたユーリスがようやく我に返り、ヴァイディアスの腕を掴んで止めようとする。だが、いかに魔術師としては妙に腕力の強いユーリスとはいえ、度々人外と称されるヴァイディアスの腕力を止められるはずもない。
「やめなさい」
 ユーリスの半泣きが本泣きになる直前、ザギヴに後頭部を叩かれてようやくヴァイディアスの暴挙は止まった。手を放されたカイルは最後に盛大に幹に頭を打ち付けられたが、とりあえず目を回した以上の被害はないらしい。
「ごめんなさいね。うちの筋肉馬鹿が迷惑かけて」
「うう、うちの熱血馬鹿はあんまり丈夫じゃないので気をつけてくださいよう」
 非常に2人にとって不名誉極まりない言いようである。
 ザギヴは詫びのつもりなのか、ユーリスが膝枕しているカイルに治療魔術をかける。ザギヴが額に手を当てた時になにやら複雑な顔をするユーリス。
 ユーリスからしてみればザギヴは魔導アカデミーの先輩に当たる。だが、決定的な違いはユーリスは"史上最凶の劣等生"の名が表す通り落ち零れで、ザギヴはそのアカデミーを主席で卒業しているということだろうか。お互いの風評は確実に聞いているだろう。
 カミサマって不公平かも。
 整った顔立ちと背中まで伸びる艶やかな黒髪。高い身長にそれに見合ったプロポーション。もって生まれた王家に連なるものの優雅な立ち振る舞いに加えて、ディンガル帝国の中枢を支える頭脳。そして人間族の中でも強大な魔力。
 ユーリスのザギヴに対する第一印象は、それこそ文句をつけるところがないというものだった。
 顔立ちはユーリスとて自信がないわけではないが、やはりまだ16歳な為か、はたまた性格も相俟ってか、幼い印象が強い。身長はザギヴと比べれば明らかに低い。むしろ女性の平均から考えても低いほうだろう。頭はいいほうのはずだが、それも空回りして失敗することのほうが圧倒的に多い。魔力もさすがにあの領域には達していない。
 実際はザギヴとて欠点は多いのだが、ユーリスには今それが見えない。だが、同じアカデミー出身でここまで違うのかと思うと、普段の強気な部分がなりを潜めそうになる。
 そういえばオイフェ様も私よりは背が高いし、プロポーションはかなりよかったかも。
 治療を終えてヴァイディアスを嗜めるザギヴを見て、溜息をつくユーリス。
「ああ〜 オイフェ〜 俺もう駄目かも〜」
 ユーリスは迷わずカイルの頭を膝から叩き落した。
「実は最近、大陸南東の断層から強い妖気が放たれているのです」
 何やらユーリスが1人百面相している間に、ヴァイディアスはオルファウスと顔を突き合わせていた。ユーリスはカイルの肩を叩いて正気に戻させると、彼らの話に耳を傾けた。
「あの辺りは邪竜アズラゴーザが封じられている場所なんです。それで調査に行こうと思っていたんです。できれば、あなたたちもついてきてくれませんか?」
「な〜に言ってやがる。手伝わせるために奴らが来るのを待ってたくせに・・・・・・」
 カルラに逆さにされたネモが、したり顔でオルファウスに言った。
「すいません。まあ、そういうわけです。いいですか?」
「ああ、まあ俺は構わんが・・・・・・」
 オルファウスも別段それを否定せず、笑いを零しながらそう答えた。
 邪竜の調査に"竜殺し"を向かわせる。極めて妥当な判断だろう。だが、先にきたカイルにはいまいちそれが納得できなかった。
「待ってくれ、オルファウスさん。俺も連れて行ってくれ」
 立ち上がったカイルはすぐにヴァイディアスとオルファウスのところへ行き、そう言った。彼の背後ではユーリスが「ああ、やっぱり」などとつぶやいていたりする。
「お前、言ってる意味わかってんだろうな? 場合によってはアズラゴーサと戦うことになるんだぞ?」
 険しい表情でヴァイディアスは尋ねた。
 竜と度々対峙しているヴァイディアスとしても、邪竜と戦うということはかなりの覚悟がいることだ。だからこそ、彼すら仲間にその是非を問うつもりだったのだが、目の前の彼はそこまで考えて言っているようには見えないのが困りものだった。
「このバイアシオン大陸で最強の生物が竜だ。はっきり言って10中8、9は死ぬ」
「でもあんたは何匹も倒したんだろ?」
 明らかな対抗心の発露に、ヴァイディアスは苦笑した。その原動力とも言うべき例のダークエルフのことを相当に入れ込んでいるのであろうことも想像に難くない。だからこそ、ヴァイディアスと張り合うのだろう。
 だが、これはカイルだけのことではない。仲間全員を巻き込む可能性があるのだ。
「ザギヴ、カルラ、フェティ。お前らどうする? 俺は行くが」
 とりあえずカイルのことは置いておいて、自分の仲間に声をかけるヴァイディアス。
「邪竜復活となれば、どの道世界規模の災厄。私も今のうちに調査しておいたほうがいいと思うわ」
 ザギヴが腕を組んだまま、ヴァイディアスに微笑む。
「イシュバアルでは失敗したからね。今度はそんなヘマしないって」
 ネモから手を放して振り返ったカルラには、迷った様子はない。
「このワタクシが邪竜如き蜥蜴の親戚を恐れるはずがないでしょ」
 何時の間にか屋敷のドア付近にもたれかかっていたフェティもまた、不遜にそう答えた。
 各々が即座に、しかし明確な返答を返す。その共通点は1つ。
 ヴァイディアスが行くというのなら、行こう。
 パーティリーダーへの信頼が窺える一幕だった。
「じゃあユーリス」
「なんですか?」
 ヴァイディアスに対抗するように、カイルはユーリスに振り返った。
「ここで待っててよ。ちょっと行ってくるから」
 大真面目な顔でそう言ったカイル。次の瞬間、その顔面にはユーリスの星型の飾りのついたロッドが埋め込まれていた。
「なんでそこでそういう台詞が出てくるんですか!!」
「い、いや、だって邪竜だろ? 最大級の脅威なんだから、無理に危ないことさせるわけにいかないじゃないか」
 ロッドが当たった場所をさすりながら、カイルは何故か烈火の如く怒り狂ってるユーリスを窺う。何時になく恐い。
「そういう相手だからこそどうするか聞くのが普通です!! なんで速攻で置いていくこと大決定なんですか!!」
 拳を握って立ち上がるユーリスは、思いっきりカイルに詰め寄った。
「あ、いや、その・・・・・・」
「とにかく、私も行きますからね。ヴァイディアス様もいいですね!?」
「あ、ああ・・・・・・まあ命の保証がねえのを理解してりゃあ俺は構わんが」
 いきなり指を突きつけられ、たじろぐヴァイディアス。彼の場合こういう時の女性には逆らわないほうがいいことを本能で悟っていたりする。
「まあともかくありがとうございます。では行きましょう・・・・・・とは言っても、私はこんな姿なので戦闘のお手伝いはできませんがね。よろしくお願いしますよ」
 そうのたまったのはマイペースなオルファウスだった。
「しかし・・・・・・お前もいいようにこき使われてるな・・・・・・少しだけ同情してやるぜ」
「単に馬鹿なだけですわ。まったく、男なんてだらしのない」
 何時の間にやらネモを抱き上げていたフェティは、大きく溜息をついた。


 巨岩が多く転がる山脈を数人が駆けて行く。邪竜の断層と呼ばれるこの魔境には数多くの魔物が住んでいるのだが、それらすらも問題にせず、すべて鎧袖一触で屠っていく。
 巨大な剣が、白い槍が、死神の鎌が、4大属性の魔術が無残にも住民たちを血の海に沈めていく。
 断層自体はそれほど複雑な構造ではなく、精々が道が歪んでいて走り辛い程度のことなので、迷うはずもない。そのまま真っ直ぐに突っ切る。
 だが、ほどなくその進撃は一矢によって止められた。
 先頭を行くヴァイディアスは、自分に向けて放たれた矢を右手のゴルゴーンで振り払い、その場に立ち止まった。
 立ちはだかるのは弓を構えたダークエルフ。そしてその背後に控える重装備のドワーフ。
「オイフェじゃな・・・・・・」
「ヴァイディアス!! やっぱりここにきていたのね」
 ただでさえ吊り目気味な目をさらに鋭くし、カイルの声を黙殺しつつオイフェはヴァイディアスを睨みつけた。
「オイフェか・・・・・・やっぱエアがこの依頼を受けろって言ってきたのはそういうことだったか」
 猫屋敷に本来行く予定でなかったヴァイディアスが足を向けたのには、実は訳があった。
 エンシャントについた晩に、エアが宿屋に訪ねてきたのだ。オイフェの余裕のなさを気にかけていたらしく、より詳しい未来視をした後に彼女の危険が世界の危険に直結すると知り、ヴァイディアスに頼んだのだ。
「まあ待ちなって、オイフェ」
 オイフェの友人であるカルラがそう言うが、オイフェはそれを手で制した。
「率直に言うわ。あなたの持つ闇の神器を渡して」
「やれやれ。人にものを譲ってもらうときの態度とは思えんわ」
 焦っていることが如実にわかる雰囲気と表情のオイフェ。背後に控えたドルドラムも溜息をつきつつ諦めたような表情でつぶやいた。
「カイル様・・・・・・何してるんですか?」
「・・・・・・ホットイテ」
 ヴァイディアスたちの背後で、カイルは1人膝を抱えていたりしたが。
「お前・・・・・・闇の神器がどういう代物か知っててそう言ってんのか?」
 オイフェの心底を探るように見つめるヴァイディアス。
「ネメア様は生きているわ。そして破壊神復活に必要な闇の神器さえ持っていれば、ネメア様は私たちの前にきっと現れるはず。さぁ、神器を渡して」
 有無を言わさぬオイフェの言葉を、ヴァイディアスは正面から受け止める。彼は左手の破邪の剣を器用に片手だけで鞘に納めると、ゴルゴーンを肩に担いだ。
「渡せないな」
「ヴァイディアス!?」
 ヴァイディアスの答えに驚くカイル。カイルからすればネメアを救うことが悪いことだとは思えない。それに、ヴァイディアスが闇の神器を欲しているとはとても思えなかった。カイルのように特定の目的があるのならともかく、ヴァイディアスには闇の神器など必要ない。だから穏便にオイフェに闇の神器を渡すと思っていたのだ。
「今のお前らは明らかに焦ってる。焦っているから何をしでかしてもおかしくねえ。そんな状態のお前らに神器を渡すわけにはいかん」
 はっきりと言い切るヴァイディアスに、迷いはない。
「でもヴァイディアス。それでネメアを助けれるなら、そういう方法も・・・・・・」
「ネメアならそんな危ない橋渡らなくても帰って来るに決まってるだろう。なんだ、お前ら? まさか信じてないのか?」
 首を傾げて問い掛けるヴァイディアス。
 実は彼がここまでネメアを信じきっていられるのには、エアの存在があったりする。自身もネメアと対決することを目標の1つとしているヴァイディアスは、彼女にネメアに会えるかどうか問い掛けていたのだ。
 当然、返答は"会える"というものである。ある意味反則だ。
「そ、そんなことはない!!」
 カイルは慌ててそれを否定したが、オイフェは俯いて震え始めた。彼女は数秒そのままでいると、怒りの表情で顔を上げた。
 どうやらヴァイディアスの一言はオイフェの琴線に触れたらしい。
「渡さないというのなら・・・・・・!!」
 オイフェの右手が背中の矢筒から矢を掴みとる。
「すまんが、力ずくで、ということになるのう」
 追従し、ドルドラムもゼリグも各々の獲物を構えた。
「ま、待ってよオイフェ!!」
「煩い!! お前も邪魔するなら容赦しない!!」
 オイフェの手から矢が放たれる。それは狙い違わずカイルの胸へと向かい、間一髪のところでカイルはそれを振り払った。
「道を見失いかけて錯乱したか」
 舌打ちし、ヴァイディアスが前へ出る。
「させんよ!!」
 迎え撃ちに出てきたドルドラムは、長大はハルバードをもってヴァイディアスを迎撃しようと試みる。彼はオイフェの前に立ち、ヴァイディアスを待ち受ける。
 ゴルゴーンが一閃された。上から下への単純な打ち降ろし。ドルドラムの失策はそれを正面から受け止めたことにあった。ドワーフが腕力を誇るのは自然なことだったが、この場合相手が悪かったのだ。
 振り下ろされた剣力に、ドルドラムはまったく抵抗できなかった。叩きつけられたハルバードが胸の鎧に激突し、その勢いのまま地面に叩きつけられる。本来ならそのまま頭を割られていただろうが、ヴァイディアスは意図的に途中で剣を引くと、さらに突き進む。
「くっ・・・・・・ま、待て!!」
 痛む身体に鞭打ち、立ち上がってヴァイディアスを追おうとするドルドラム。
「!?」
「あっま〜い」
 だがそれも叶わず、横合いから出てきたカルラのデスサイズから地面に身を投げ出して回避する。素早く立ち上がるドルドラムだったが、走りこんできた勢いそのままの膝を腹部に食らい、胃液を吐く。さらに鋼鉄製のブーツの踵を顔面に受け、あえなく地面に伏せる。
「まったく、これだからドワーフは」
 文句を言いつつも倒れたドルドラムの手足にペトリファイを発動し、戦闘能力を完全に奪うフェティ。
 だが、ドルドラムの妨害もまったく意味がないものではなかった。その僅かずつの時間稼ぎが、オイフェに第二矢をつがえることを許したのだ。
「オイフェ!! もうやめてくれ!!」
 カイルの叫びにも関わらず、オイフェの矢は放たれた。ヴァイディアス自身も前進している為、彼女が外す距離ではない。
 だが、ヴァイディアスはそのまま進路を変えなかった。矢は一瞬で彼へと到達し、首筋目掛けて一直線に突き進んだ。
 結果として、オイフェの矢はヴァイディアスの命を奪うには足りなかった。突撃の視野狭窄の為、いかにヴァイディアスといえど矢を剣で振り払うという離れ業は不可能だった。だが、ヴァイディアスに矢が当たる直前、不可視の何かがその矢を阻んだのだ。
 突撃する寸前にザギヴがかけたポップシールドだった。
 威力を弱められた矢は、ヴァイディアスが僅かに身体の角度を変えるだけで、甲冑に弾かれた。致命傷どころか、ヴァイディアスの身体には傷一つついていない。
 驚愕の表情を浮かべるオイフェに向かい、ヴァイディアスは途中でゴルゴーンを手放した。重く響く音を置き去りにしてオイフェに肉薄したヴァイディアスは、思考の止まっているオイフェの脇をすり抜けつつ弓を手にした左手を捕まえると、背後に回って右腕の上から首を残る右腕で完全に押さえ込んだ。
「なっ!? は、放せ!!」
「お前はもうちょっと落ち着け」
 腕の中でもがくオイフェ。だが膂力でヴァイディアスに敵うはずもなく、次第に疲れてぐったりしていく。頃合を見て、ヴァイディアスは左手首を捻らせて弓を下に落とさせた。
「さすが、というところじゃのう。勝てそうにないわい」
 意外にもさばさばした様子のドルドラムは、あまりにも一方的に押さえつけられた同僚を見て苦笑するしかなかった。
「とりあえず落ち着い・・・・・・おわ!?」
「何時まで抱きついてるんだアンタはあ!!」
 大人しくなったオイフェに話し掛けようとしたヴァイディアスから、カイルは慌ててオイフェを奪い返す。
「!? どこを触っている!!」
 裏拳を額に叩き込まれて悶絶するカイル。
「アンタもね」
「で!? 何でだ!?」
 隣ではヴァイディアスがカルラの鎌の柄を食らい、ザギヴから冷たい目で見られていた。
 どっちもどっちである。
「何だ? 人が一仕事してるって時に、こんな大勢でチャンバラかい?」
 その時、断層の奥から1人の長身の男が歩いてきた。
 ぼさぼさの長い金髪に、黒い丸眼鏡。ぞろっとした薄汚れたローブ。風体はあまりよくない魔術師といった姿だったが、落ちぶれたもの特有の諦観や気だるさなどは微塵も感じない。そこにあるのは絶対の自信と強大な魔力。
「貴様は・・・・・・!!」
「ジュサプブロス・・・・・・」
 "黒の祈り" ジュサプブロス。破壊神 ウルグ復活を目指すシスティーナの伝道師の1人だ。
「ジュサプブロス!! なぜネメア様を次元のはざまに落とした!! 貴様の狙いは破壊神ではないのか!?」
 オイフェは敵意を剥き出しのまま、ジュサプブロスに詰問する。どんな話になるにせよ、ネメアを次元の狭間へ送り込んだ彼を許すつもりはないのだろう。
「破壊神 ウルグなど、俺にはどうでもいいことだ。奴も所詮、人間と同じだ」
 尊大な態度で、オイフェを鼻で笑うジュサプブロス。そんな会話をしながらも、微妙に間合いを取り始めたヴァイディアスたちの動きに気を払い、決して必要以上近づけさせない。
「・・・・・・まさか!!」
 オルファウスが何かに気づいたのか、声を上げた。
「・・・・・・ん? あんた、ハイエルフのパルシェンだね? そんな格好だから気づかなかったよ」
 とぼけたような態度で、この場に明らかに場違いな白猫を見るジュサプブロス。
「パルシェン・・・・・・? 全エルフを束ねる長・・・・・・この猫がそうなのか?」
 あまりに唐突な話題の転換に、思わずオイフェも付き合う。元々エルフである彼女としても、聞き捨てならない名前であったのは確かだ。
「すいません。隠していたわけでもないのですが、名乗るほどのことでもないと思ったので。ま、その話は後です」
「・・・・・・まあオルファウスさんの隠し事なんて、今更だよなあ」
 溜息をつくカイル。彼とて何時でもジュサプブロスに打ちかかられてもいいように、常にオイフェの前に出れるよう構えている。
 実力的にはまだオイフェのほうが上かもしれない。だが、そんなことは関係ない。その役目は自分のものだという自負があるのだから。
「あなたは何を企んでいるのですか?」
 オルファウスの声が低いものに変わる。何時ものような人を食った口調ではなく、厳しく尋問する声色だ。
「ハイエルフのあんたならわかるだろ?」
 やれやれ、といった感じでジュサプブロスは両手を上げる。まるで物覚えの悪い相手に言い聞かせるような態度だ。
「人間どもからこの世界を取り戻すには、あのお方に復活してもらうしかない。で、復活の方法を知る為に邪竜でも起こそうかな・・・・・・と考えたわけだ」
「じゃ、邪竜でも、だって!?」
 気色ばんで声を荒げたのは、カイルだ。
 邪竜の真の恐ろしさなど、カイルは知らない。当然だ。何しろ対峙したことがないのだから。だが、それでも強大な力に生活を踏み躙られる辛さは、身に染みるほどに知っている。すべてを失って彷徨うことの焦燥感と絶望感を知っている。
 邪竜が解き放たれれば、それが世界中に蔓延するのだ。正義感でも使命感でもなく、ただ踏み躙られたことのあるものとしての感情が、それを許さない。
 それは、もはや寄る辺もないヴァイディアスが失った感情だ。彼が竜を葬ってきたのは、単に必要だっただけか、さもなくばその存在が彼の護るものに害を成すからというだけの話である。
「さあ、出番だ」
 ジュサプブロスが軽く指を鳴らす。その動作で生じた闇から現れたのは、屈強のボルダン族の闘士。
「ゼリグ!! どうしてここに・・・・・・?」
 現れたのはオイフェとともに闇の神器探索を任されていたボルダン族のゼリグだった。彼は焦点の合わない虚ろ目でオイフェを見ると、無造作に間合いを詰めた。
「!?」
「させるかって!!」
 ゼリグの攻撃にいち早く反応したのはカイルだった。すべての神経をオイフェを守るという一点に注いでいたのだから、当然だ。
 オイフェの前に出たカイルは、大きく封魔の槍を一閃させる。その間合いは格闘を得意とするゼリグよりも遥かに遠く、ゼリグはそれを手甲でガードする。そして、ガードしてしまった為、それ以上踏み込むことはできなかった。
 封魔の槍の鋭い刃が手甲を割ったのか、ゼリグの右手首から血が一筋流れ落ちる。
「ど、どうして・・・・・・」
「ゼリグ!! 血迷うたか!!」
 呆然とするオイフェをよそに、ドルドラムが叫ぶ。
「フェティ!!」
 ヴァイディアスが破邪の剣を抜き放ち、フェティに声をかける。彼女はそれをすぐさま理解し、ドルドラムにかけたペトリファイを解除する。
 すぐさま立ち上がり、側にいたゼリグにドルドラムがハルバードで打ちかかる。だが、それはゼリグから発せられる何かが弾き飛ばした。
「な、なんと!?」
 ついですぐさまゼリグの左拳がドルドラムに突き刺さる。何かが砕ける音とともに、血を吐いて倒れるドルドラム。
 ドルドラムが崩れ落ちると同時に到達したヴァイディアスは、破邪の剣を上から振り下ろす。ゼリグは冷静にそれを右にかわすと、ヴァイディアスの懐へ飛び込もうとする。
 ヴァイディアスが不敵に笑った。
「しゃあっ!!」
 鋭い声とともに、左手を一閃させる。そこには逆手に握られた破邪の剣以上に華美な装飾の宝剣があった。
 緋炎の宝剣である。
 だが、ゼリグはその攻撃を察知していたのか、全力でヴァイディアスから離れつつ、その脇をすり抜けようとした。結果として、緋炎の宝剣はゼリグの左脇腹を少し裂いただけに終わる。
「何!?」
 必殺を確信していたヴァイディアスは驚愕の声を上げる。
 ヴァイディアスを突破したゼリグはそのままオイフェのほうへと疾風と化して突き進む。
「ライトニング!!」
 オイフェへ向かったゼリグを止めるべく、ザギヴが右手より紫電を迸らせる。まともに受ければ止めるどころか黒焦げになるほどの魔術だが、そんなことを気にしている余裕などない。
 あのボルダンは異常だわ!!
 強いボルダンなどいくらでもいる。彼らはそういう種族なのだから。だが、今のヴァイディアスやカイルの攻撃を凌げるボルダンなどそうはいない。ましてや、手傷を負っても痛みを感じたりする様子もなければ、それを庇うような仕草もまったく見られない。そんな人間が普通であるはずはない。
 だが、ザギヴの放った紫電はゼリグに届く前に、不可視の壁に阻まれた。
「まあこれぐらいの援護はするわな」
 不敵に笑うジュサプブロス。ザギヴのライトニングを阻んだのは彼の張ったスペルブロックの障壁だった。
「だったらあたしがアンタ狙うのもありだよね?」
 ライトニングが阻まれた瞬間、すでに自分の間合いまで踏み込んでいたカルラがデスサイズを振り翳す。巧みに身をかわすが、ジュサプブロスも余裕はあまりない。
「そりゃ道理だな」
 口だけはそのままだったが。
 カイルとオイフェにゼリグはそのまま肉薄した。カイルはゼリグとは面識があり、オイフェの仲間と知っている。それ故に、殺す気で戦っていいものか迷いが生じた。
 突き出した封魔の槍は、僅かに切っ先が鈍っていた。魔術によって生存本能や痛みとは無縁となったゼリグは自らが傷つくことを恐れず、薄皮一枚でそれを回避し、カイルの脇腹を手刀で払う。危険と判断したカイルはそれに逆らわず吹き飛ばされることで、死を免れた。
「オイフェ!!」
 地面に転がりながら名を呼ぶ。未だに呆然としていたオイフェには武器がない。得意の弓は先ほどヴァイディアスと揉み合った時落としている。
「かはっ!?」
 ゼリグの拳がオイフェの腹部に突き刺さり、その痛みと衝撃によって意識が刈り取られた。
「よし、じゃあ行こう。救世主が待っている」
 テレポートでカルラから間合いを取ったジュサプブロスはそうつぶやくと、カルラに再び接近される前に簡単な魔術を行使した。それ故に、カルラも接近する前に唱え切られた。
 使用した魔術はテレポート。だが、普通のテレポートではなかった。自分自身と手を翳したゼリグ、そしてゼリグが背負ったオイフェまでも転移対象としたのだ。
「なっ!? 野郎逃げやがった」
 ゼリグのほうへ向かおうとしていたヴァイディアスが足を止める。さすがに転移魔術で逃げられてはどうしようもない。
「オイフェ!! くっ・・・・・・俺がいながら!!」
 座り込んで地面を殴りつけるカイル。拳に血が滲むほどの悔しがりようだが、無理もない。
「カイル様!! カイル様!! どうしよう、回復魔術が効きません!!」
 ユーリスの悲痛な声に、カイルはそちらへ視線を向けた。彼女は倒れてぐったりとしているドルドラムの治療をしているようだが、甲冑をへしゃげさせ、その奥から血が溢れているほどの傷である。到底助かるようには見えなかった。
「・・・・・・よもや、このわしが1発でやられるとはな・・・・・・」
 ヴァイディアスやカイルが駆け寄ってくる中、苦しげにドルドラムがうめく。すでに目は色を失い、身体は痙攣している。彼の命の火は、すでに消えていた。
「カイル・・・・・・オイフェと・・・・・・ゼリグを・・・・・・頼む・・・・・・」
 それっきり、ドルドラムが動くことはなかった。
「・・・・・・ドルドラム。お前は最期まであいつらの心配してんだな・・・・・・まったく、過保護だぞ」
 ぎりっとヴァイディアスの歯が鳴る。エンシャントに居た頃からそれなりに親交のあったドルドラムである。その死が非業のものとなってしまったのに、何も感じないわけはない。
 すべての感情を押し殺し、ヴァイディアスは立ち上がった。
「行くぞカイル・・・・・・」
 槍の柄を握り締めて何かを堪えているカイルに、ヴァイディアスは声をかける。緋炎の宝剣を鞘へ納めて破邪の剣を左手に握りなおし、落ちていたゴルゴーンを右手で担ぐ。
「ドルドラムはお前にあの2人の命を預けた。お前がやるんだ」
「当たり前だ!!」
 勢いよく立ち上がり、カイルはそのまま駆け出した。目的地は邪竜の断層の最深部。邪竜 アズラゴーサを復活させるというのなら、恐らくそこで何かするはずだ。
 助ける。必ず・・・・・・この手で。
 背後にヴァイディアスたちも走り出すのを感じた。だが、この役目ばかりはいくら"竜殺し"の英雄と言えども譲るわけにはいかない。
 好きな人を助けることもできなくて、何ができるって言うんだ!!


 人間が降りてこれるであろう部分で最も断層に近い場所。深い大地の裂け目に張り出した形のそこには、明らかに人工的に作られたであろう丸い場所と、黒い正方形の祭壇らしきものがあった。祭壇は両横に1本ずつ爪か角のようなものがついており、中央には見たことのない紋様が刻まれている。
 祭壇の上にはぐったりとしたオイフェが寝かされている。その祭壇を挟むようにして立つ男が2人。
 1人は先ほどオイフェをさらったジュサプブロス。
 もう1人は露出度が高く、独特の服装をした銀髪の男、救世主 エルファスだった。
「そのダークエルフが邪竜へのいけにえか・・・・・・」
「そういうことだ。さあ、仕上げといこう」
 エルファスとジュサプブロスが手を掲げ、術式に入る。
 その時、風切り音を感じて2人は身を翻した。
 先ほどまでジュサプブロスがいた場所に突き立つ1本のハルバード。彼にとってはまったく印象に残っていないその無骨な武器は、ドルドラムがかつて手にしていたものだった。
 投擲したのは、鋭い視線で殺意を向けるカイルだった。そして当然、彼以外のものたちもその場に立ってジュサプブロスたちを睨み付けている。
「やれやれ、こんな所まで来ちゃうのか。やっぱりちゃんと始末しとかないと、後で困るね」
 ジュサプブロスのとぼけたものいいに、一同が眉を吊り上げる。
「まあ復活させてえなら自力でやる分にはどっちでもいいぜ? 復活した瞬間に邪竜の首程度、速攻で刎ねてやるよ」
 言葉だけならば余裕の態度に見えるヴァイディアス。だが、そのオーラが既に白き獅子の形を取っていることから、相当頭にきているようだ。
「生贄ならてめえがなりな。嫌なら尻尾巻いて逃げろ。もっとも―――」
 肩に担いだゴルゴーンを勢いよく振るい、ジュサプブロスへと切っ先を突きつける。
「―――逃がさねえけどな」
 好戦的に笑う。その笑みすらも、野生の猛獣が捕食する前の武者震いのようだ。
「よしゼリグ、もう一仕事だ。彼らを殺してしまってくれ」
 ジュサプブロスの命令に従い、虚ろな表情のままのゼリグがまたしても現れる。
 舌打ちしつつも前に出ようとしたカイルを押し止め、ヴァイディアスは前に出た。恐るべき速度で間合いを詰めたボルダンの拳士は致命的な威力を秘めた右拳を突き出す。それを左肘を広い刃に添えたゴルゴーンで受け止めるヴァイディアス。ゼリグのナックルとヴァイディアスのゴルゴーンの刃が凄まじい衝撃と金属音を上げる。
 他の誰がやってもリミッターを外されたゼリグの拳を受け止めることはできなかっただろう。人外とまで称される彼の腕力あってこそだ。
「アブソーブ!!」
 ゼリグの拳を受け止めたまま、ヴァイディアスの鋭い声があがる。その指示だけですべてを察したのか、ザギヴとフェティが即座に魔術を詠唱し始める。
「え? え?」
 戸惑うユーリス。相手は拳士のゼリグなので、魔力や精神力を吸い上げても無意味に思えたからだ。
「デュアルスペル・アブソーブ!!」
「デュアルスペル・アブソーブ!!」
 ほぼ同時に発動したその魔術は、不可視の触手でゼリグを絡めとり、肉体的にはまったく傷つけず、その精神力を引きずり出す。
 精神力とは魔術を駆使する燃料であると同時に、身体を動かす為に不可欠なものである。人を操る魔術がこの精神に作用して意のままにしている以上、ゼリグもその例外ではなかった。
 強力な術師の、それもデュアルスペルによる複数同時詠唱の4連発。元々肉体を鍛え、魔術を使うことを好まないゼリグがそれに耐えられるはずもなかった。
 結果、ゼリグはゴルゴーンを打った姿勢から崩れ落ち、地面に倒れた。
「まあ、操り人形のままじゃこんなもんだろ」
 倒れたゼリグを一瞥し、ジュサプブロスに不敵な笑みを向けるヴァイディアス。
「ぐ・・・・・・っ!! ヴァイディアスにカイルか・・・・・・すまぬ」
「大丈夫ですかあ?」
 駆け寄ってきたユーリスにデバイドで精神力をある程度回復してもらい、ようやく立ち上がるゼリグ。足元が覚束ないが、それは昏倒するほど急激に精を抜かれたせいだけではない。カイルに傷つけられた右手の手首からは未だ血が止まらず流れているし、右脇腹の紙一重でかわしたはずの傷は、それそのものが重度の火傷となって炭化している。また、ゴルゴーンを打った拳もその衝撃で骨が砕けていた。他にもヴァイディアスたちと戦う前に使われた時の傷が多々あり、それらがゼリグの命を蝕んでいた。
「ま、簡単にタネを明かすと、そいつが頭の中まで筋肉バカだったからさっきまで操らせてもらってたわけだ。そこそこ便利だったんだけど、最後の最後で使えなかったな」
 ジュサプブロスの声が、ゼリグには煩わしい。精神支配を受けていた頃の記憶はすべて残っているのだ。意に添わぬ殺人を多く犯したことも、オイフェを傷つけ、ドルドラムを殺害したことも覚えている。
 だからこそ、自分が許せなかった。誰あろう、邪竜復活のお膳立てをしたのはゼリグ自身なのだ。自らが築き上げていた強さは、目の前のものたちに利用される為だけに磨いたわけではない。
 だからこそ、落とし前はつけねばならんのだ。
「・・・・・・ならば使えないついでに貴様らの計画も使えなくしてやろう」
 宣言すると同時に、ゼリグは走った。
「ま、待てよゼリグ!!」
 慌てて追うカイルだが、すでに全速に乗ったゼリグはカイルを置き去りにして駆け抜ける。
 祭壇へと向かって。
「何をする気だい? 筋肉人形君」
 ジュサプブロスが掌から電撃を放つ。ゼリグはそれを避けようともせずに正面から飛び込む。髪の毛が燃え、鋼鉄の肌を電撃が醜く焼いていく。本来ならショック死してもおかしくないような電撃を受けつつも、ゼリグは足を止めなかった。
 そして、彼は辿り着く。
「邪竜復活はさせん!!」
 唯一まともに残った左拳。そこに自分の全生命を集める。それは本来時間をかけて収束しなければ身体への負担が大きすぎ、死に到ると言われる絶技の1つ。
 絶技・ギガバースト。
 ゼリグのすべてをこめた光の拳が、祭壇に激突する。正体不明の物質で作られた祭壇に拳はめり込み、さらにその中で溜め込んだエネルギーを一気に放出する。それは網の目の如く祭壇を縦横に走り、破壊を伝えていく。
 絶技が完全に伝わったと判断すると、ゼリグはすぐさま祭壇に寝かされているオイフェを砕けた両手でかっさらい、身を翻した。その時ジュサプブロスから放たれた第2の電撃が彼の背中を焼くが、それが伝わる前に、彼はオイフェを前方に向けて渾身の力で投げた。
「オイフェ!!」
 慌てて受け止めるカイルだったが、人1人が飛んでくる重さには耐え切れず尻餅をつく。頭を打たないように近くにいたユーリスが慌てて支えるが、結局3人とも地面に転がった。
「うっ・・・・・・い、一体・・・・・・」
「よかった、オイフェ」
 倒れた衝撃で目を覚ましたオイフェに異常がなく、安堵するカイル。
「魂無き力は、虚ろ。力無き魂は、虚ろ」
 全身を赤黒く重度の火傷が覆い、そこここからどす黒い血が滲む身をそのままに、ゼリグは天を仰いだ。
「力のみを求める我もまた、虚ろだったのやもしれぬ」
 ゼリグは視線を降ろし、オイフェに向かって優しく微笑んだ。
 今まで旅をしていて1度もゼリグは笑ったところを仲間に見せたことがなかった。それはオイフェも初めて見る、満足げな顔だった。
「さらば、だ」
 その言葉を最後に、孤高の拳士は大地に倒れた。
「ゼリグ・・・・・・」
 展開についていけず呆然としていたオイフェは、ようやくそれだけ言葉を搾り出した。気丈な彼女といえど苦楽を共にした仲間の死に動じないはずもない。
 頭が空白になったオイフェをユーリスに預け、カイルはゆらりと立ち上がり、ゼリグの身体の先にいる男を睨みつけた。
「・・・・・・これでは、祭壇を使っての邪竜復活は不可能か」
 舌打ちし、エルファスが忌々しげにゼリグを見下ろす。
「また別な方法を考えないとな。とりあえずここは一度退こう。俺も彼らを始末してから行くよ」
 まるでゴミを片付けておくような軽い口調で、ジュサプブロスはそう言った。それがまたカイルの癇に障る。
「では、そうさせてもらおう。ジュサプブロス、お前も気をつけろ」
 それだけいい、エルファスはテレポートで姿を消した。だが、エルファスはあくまでもこの一件では傍観者でしかない。本命は残ったほうだ。
「さて・・・・・・なあ、死に場所の希望とかない?」
 その場にいる全員を見渡し、ジュサプブロスは嫌悪感を催す病的な笑みで問い掛ける。
「俺は断然、太陽の下だね。照りつける太陽の下」
 両手を広げて砕けた祭壇の前で演説するジュサプブロス。
「生まれた時からダークエルフ。家族して暗い穴ぐらの中で、脅えて震えながら生きてたよ」
 ダークエルフとは、通常強すぎる負の感情故に闇へと堕ちたエルフを言う。だが、この負の烙印は時に遺伝するのだ。そして、生れ落ちた赤子は生まれた時からダークエルフとして生きることを強いられ、成人するまで生き残れる可能性はなきに等しい。
 年齢など関係ない。ただ闇の烙印があるものたちは老若男女の別なく、狩り出される。それがバイアシオン大陸の常識である。
 これは孤児や人間以外の種族のものたちにも大なり小なりある迫害である。孤児は親なしと蔑まれ、異種族は見目が違うと敬遠され、闇となったものは魔物と同列視される。
「でも、あの日、兄貴が俺を誘ったんだ。とっておきの場所に行こうって笑いながら俺を引っ張っていった・・・・・・それが外だった」
 懐かしむように、断層の切れ間から見える灰色の空を見上げるジュサプブロスは、その瞬間だけ影のある笑みを浮かべた。
「太陽の光がまぶしくて、明るくて、暖かくて、清潔だった。兄貴はその光の中で死んだよ。ダークエルフ狩りのエルフに見つかって、笑顔のまま射抜かれた」
 ジュサプブロスは見ていなかったが、この時明らかにザギヴの口がジュサプブロスを嘲笑した。それと同時に、ヴァイディアスの仲間たちはその意味に気づいた。
 なんだ、結局大したことはない。その出来事以上を経験し、それでもなお立っているものがすぐそこにいる。
「俺のあの日の記憶はそこで終わりだ。胸を射られて、次に気がついた時には家族はみんな、肉の塊になってた・・・・・・200年も前、俺が6歳の時の話さ」
 ジュサプブロスは5歳以下の子供は殺さない。その理由がそこにある。
「でも、あの太陽の光は忘れられない。気持ちいい感覚が記憶に残ってる」
 両手を下ろし、眼下に集まる冒険者たちを見る。考えるまでもなく、みんな6歳を超えている。
「なあ? 死に場所の希望とかない? 希望がなけりゃ、ここで殺すよ?」
 ニヤリと笑い、その身に宿る強大な魔力を迸らせるジュサプブロス。その魔力は"黒の祈り"と呼ばれ、畏れられるに相応しいだけのものはある。
「その前にゼリグを殺した報いを受けさせてやる!!」
 ユーリスがもってきていた妹の形見の弓を構え、ジュサプブロスに向けてオイフェは気勢を上げた。元々気性の荒いオイフェの怒りは凄まじく、彼女自身その感情によって闇へと堕ちた。その視線を真っ向から受けても、ジュサプブロスは怯みもしない。
 ジュサプブロスのそんな態度が癇に障ったのか、オイフェはすぐさま矢を手に取った。それと同時にヴァイディアスの仲間たちもそれぞれの戦闘態勢に入った。
「まあ待ちな」
 だが、それらをすべて、右手のゴルゴーンで行く手を遮ることによって制するヴァイディアス。彼自身憤っていたが、それを抑えての行動だ。
「ここであの野郎をミンチにすんのは簡単だ。が・・・・・・それじゃあお前が納得できねえよな?」
 ヴァイディアスの左手まで出てきた人影。だがそれは、彼にとっては誰か確認するまでもない。
「なあ、カイル?」
「・・・・・・」
 カイルはそのままヴァイディアスの横を通り過ぎてジュサプブロスへと歩いていく。
「カイル、お前・・・・・・」
 ジュサプブロスとたった1人で戦おうというカイルの背中が、オイフェには想像していたよりも大きく見えた。
「ヴァイディアス・・・・・・何故剣を収める?」
 カイルを見送った後、ヴァイディアスはすぐさま手にした剣を鞘へ、そして留め金へと戻した。
「ドルドラムは、お前をカイルに託した」
 腕を組み、戦場となるであろうほうへ視線を向けるヴァイディアス。そんな体勢ではとても咄嗟の事態に対応できるとは思えない。
 オイフェはその言葉でドルドラムが死んだことを察した。この場にいなかった時点で薄々感づいていたところだが、改めて言われるとやはり辛い。
 ヴァイディアスはオイフェに何の不安もない笑みを向けた。
「なら、勝つだろ」
 何の疑いもなく、ヴァイディアスはそう言いきった。その言葉を聞き、彼とともに旅をする仲間は3人とも武器を下ろし、完全に傍観する体勢になった。
「とはいえ、流れ弾が飛んでこないとは限らないわ。私は念の為スペルブロックを張っておくことにするわ」
「ああ、頼む」
 ヴァイディアスの隣まできたザギヴが、不可視の魔力障壁を張った。
「・・・・・・なんでそれほど面識のないはずのカイル様を、そこまで信じれるんですかあ?」
 本当に最低限の警戒しかしなくなったヴァイディアスたち4人を見て、ユーリスは首を捻る。
 "竜殺し"と"金色の流星"は共闘したことなどない。それどころか、むしろ敵対してすらいるはずだ。邂逅した数度もすべて刃ごしの会話だったと言える。
 にも関わらず、ヴァイディアスはカイルにこの重要な場面を全面的に任せると言ったのだ。
「理由はあんたが一番知ってるんじゃない?」
 適当な岩塊に腰を降ろしたカルラは、ユーリスに痛み止めを放りながらそう言った。この後の展開がどうなるか予測がつかない為、彼女の魔力をあまり使わせるよりはいいと考えたのだ。
 微妙な表情を浮かべるユーリスの手に飛び込んだ痛み止めは、かつてヴァイディアスがオイフェに渡したものと同じものだったが、オイフェはただカイルの行方を見守っていた為気づくことはなかった。


 カイルは何時になく頭を沸騰させていた。
 ゼリグとドルドラムとはさほど深い付き合いがあったわけではなかった。だが、彼らはカイルが愛するオイフェの大事な仲間であった。そして、オイフェの大事なものはカイルの大事なものと同等だ。
 今は怒りが先に立っている為、それほどではないだろう。だが、落ち着けば必ずその事実はオイフェを苛む。そして、カイルにはその原因を作った男を許す謂れなどない。
 ジュサプブロスの前に立ったカイルは、封魔の槍を構える。全身どころかその穂先からすら闘気が立ち昇っているほどに、エネルギーは十分だ。
「君は特に怒っているね。そんなにもこの筋肉人形君の命が惜しかったのかい?」
 ジュサプブロスは小馬鹿にしたような口調でそういうと、魔力を迸らせた。行使されたファイアによってゼリグの肉体が猛然と燃え上がり、黒い墨となって風に散る。
 オイフェがギリッと歯を噛み締める音が、カイルに聞こえた。その瞬間、彼はもはや反射的に前へと踏み出していた。
 その速度は人間の中でも最上級で、ジュサプブロスはすぐさまカイルの間合い得意な間合いに入られた。慌てて剣を鞘走らせ、カイルの槍を迎撃する。狙いが正確に心臓だった為、逆に受け流すのが容易だった。
 だが、元々戦士ではないジュサプブロスにとって、カイルのスピードについていくことはほぼ不可能だ。よって、その足を奪うことから始めるべきだと判断を下す。
「デュアルスペル・スロウヘッジ!!」
 恐るべき速さで完成した魔術が、カイルに襲い掛かる。魔術によって覆われたカイルの全身は、土に触れるとすべて泥と化すという効果を持って瞬発力を殺される。
「ダスト!!」
 ついで発動した魔術はカイルの網膜に魔力で作り出した砂粒を貼り付ける。当然、そうなったら目を開けているなど不可能だ。
 足と目を奪われたカイルを見て、ジュサプブロスは悠然と背後へ間合いを開ける。これでこの戦士はただの木偶の坊になったはずだ。
 ニヤリと笑ったジュサプブロスをよそに、カイルはゲイルの魔術を唱える。それはすぐに発動し、ある場所で炸裂した。
 カイル自身の背中である。
 ゲイルの風圧で前方へ押し出されたカイルは、泥と化した沼を利用して一気にジュサプブロスのところまで滑り込み、封魔の槍で足を払った。長柄の武器の長所と、本来剣士ではないジュサプブロスの力量で最も防御しにくいのはどこか、本能的に判断した結果の最上の攻撃だった。
 低い位置にくる封魔の槍を払いのけて下がろうとするジュサプブロスは、当然その無理な行為に剣を弾かれ、足を裂かれることとなった。
「しつこいな」
 封魔の槍が虚空に引く赤い線を人事のように見ながら、ジュサプブロスは次なる魔術を放つ。カイルの周辺ごと黒い炎が彼の身体を飲み込んだ。闇に身を委ねたものにしか使えないとされる禁忌の魔術 バニティスペルの1つ、フレイムだ。
 これはハイスペルのブレイズやフリーズなどに相当するもので、かなりの強者でも耐え切ることは至難の業だ。
 勝利を確信したジュサプブロスは、10秒ほど経ってようやく胸を撫で下ろした。
「な、何だって!?」
 初めてジュサプブロスの顔が驚愕に歪む。
 彼の予想を裏切り、カイルはフレイムの黒炎の中から飛び出した。スロウヘッジで泥と化した足場でも、フレイムがその水分を奪って足場を固めてくれた為、その突進力は最大限まで生かされるという現象を生んだ。
「ジュサプブロス!! オイフェを傷つけるものは、俺が許さない!!」
 その彼の背後に、小瓶が割れる甲高い音が響く。
 いくらなんでもフレイムを受けて無事で済むわけがない。致命的な魔術だと見切ったカイルが、すぐさま懐から即効性の秘薬を取り出し、瞬時に火傷を治しただけの話だった。それ故に彼が動くには何ら支障はない。
「封魔の槍・・・・・・力を貸せ!!」
 カイルの意思に呼応し、封魔の槍が清冽な光を放つ。
 特定の術式を持って意思を魔力武器へと通し、その特性を魔力とともに開封するという魔技。武器の特性を理解し、篭められた魔力を紐解く魔術と武器両方を扱うもの特有の切り札。
 魔技 スペルドライヴ。
 ジュサプブロスはそれでも咄嗟にカイルにファイアを叩き付けたが、それで彼が止まることはなかった。一気に間合いを詰め、今までで最も速い、ただ一直線に目標を貫く為に刃を突き出す。
 魔術師にも関わらず、ジュサプブロスはその攻撃に反応して剣で受け流そうと試みた。だが、それまでである。光の槍と化したカイルの得物はただの剣など苦もなく撃ち砕き、そのままジュサプブロスの心臓へと吸い込まれる。
「お前は・・・・・・許さない」
 カイルの圧倒的な意思力を篭めた言葉が、ジュサプブロスの耳を打つ。すでに封魔の槍は彼の胸板をあっさりと貫き、柄の中ほどまで埋め込まれている。
 これ以上ないほどの致命傷だった。
「ちぇ・・・・・・やだなあ。結局こんな暗い所で死ぬのか・・・・・・」
 天を仰ぐジュサプブロス。そこには、彼の望んだ青空などなく、ただ灰色の雲が立ち込めていた。
「もし生まれ変わりとかがあるなら、今度は太陽の下で・・・・・・」
「そうなりたかったら、こんな生き方をすべきじゃなかったんだ、お前は」
 足をかけてジュサプブロスから封魔の槍を引き抜く。その拍子にジュサプブロスは壊れた祭壇に投げ出され、その破片で身体を叩きつけられた。
 再びジュサプブロスが動くことはなかった。


「よくやった」
「任されたからには」
 依然として腕を組んだままのヴァイディアスの労いに、カイルはそう答えた。彼は左手を軽く上げると、オイフェの様子を見るべくヴァイディアスの隣を通り過ぎた。
 倒れたジュサプブロスを確認すると、オルファウスはヴァイディアスたちに向き直った。
「・・・・・・ちょっと、複雑な気分ですね。ですがみなさんのおかげで邪竜の復活は防ぐことはできました。ひとまず、私の家へ戻ってこれからのことを考えましょう。これで終わりではないでしょうし」
 ヴァイディアスは無言で頷き、仲間たちに号令をかけるべく声を出しかけた。
 その時生まれる、凶悪なまでの闇の気配。
「やあ、どこに行くんだい? 気が早いなあ。まだここでのお祭りも終わりじゃないよ」
 濃厚な闇を纏って現れたのは、"東方博士"・・・・・・いや、"虚無の子"シャリ。彼は無邪気そうな笑みを浮かべる反面、狡猾そうな視線で空中からヴァイディアスたちを見下ろした。
 そして、シャリが出現した瞬間に高まる剣気。剣を抜く間も惜しいとばかりに白き獅子のオーラを纏ったヴァイディアスが右腕を一閃する。そこから生まれたエネルギーの刃はシャリに向かって殺到する。
「相変わらず人の話を聞かないね、君」
 闇のオーラで剣気の刃を防ぎ、呆れたように言うシャリ。
「黙れクソジャリが。エアにした仕打ち、忘れたとは言わせん」
 背中のゴルゴーンではなく、迷わず腰の破邪の剣を抜刀するヴァイディアス。彼に対しては聖なる力を持つこちらのほうが効果的だと思っての選択だ。
「お前もジュサプブロスの仲間だったのか!!」
 ジュサプブロスの血糊を払い、カイルは封魔の槍を構える。この伝説の槍もヴァイディアスの破邪の剣同様、強力な聖なる力を持つ。
「シャリ? ・・・・・・確かロストールに招聘された東方からきた博士と同じ名前よね。こんなとこに遊びにきたってオモシロイもんなんてないよ」
 上がってきた報告書の名前を思い出しつつ、カルラがデスサイズを構える。見た目だけで単なる博士でないことは明白な上、ロストール所属と知って最大級の警戒を行う。
「そう? こんなに面白そうなものがいるのにね」
「邪竜の復活なら今そこの幸薄そうな下等生物が阻止したところでしてよ? 今更ノコノコ出てきても遅すぎですわ」
 左手を腰に当ててシャリを嘲笑するフェティ。だが、それでも右手の槍を持つ手は何時でも動かせるように気を配っている。
 フェティのあまりの言いようにカイルはがっくりと肩を落とすが、何とか気を取り直してシャリを睨みつける。
「お前も邪竜を甦らせるつもりなのか」
「駄目ですよお、まだ本調子じゃないんですからあ」
 自分を守るように前に出たカイルの隣に出ようとして、オイフェはユーリスに押し止められた。確かに痛み止めでどうにか動ける程度には回復したが、全力で戦うのはまだ無理だ。
 弟のような存在であるカイルに守られることは悔しかったが、その反面、背中の大きさから彼の成長が感じられ、オイフェは内心笑みを浮かべていた。
「貴様の面白そうの基準は大体把握している・・・・・・邪竜を甦らせれるものならやってみやがれ。貴様ごと両断してやる」
 バリバリと歯が鳴り、破邪の剣の柄からギュッと小手に使われた革が擦れる。誰の目にもわかるほど立ち昇ったオーラはすでに白き獅子の形を維持できず、ヴァイディアスの身体中を炎のように揺らめく。
 ヴァイディアスのそのソウルを見てか、シャリの目がすっと鋭くなる。
「へえ・・・・・・手に入れたんだ、"無限"を冠するソウル。僕はヒューゴだと踏んでたんだけどね」
「知るかよ。くるならとっとときな・・・・・・それとも泣いて土下座でもするか?」
 剣気だけでは弾かれたのを見て、ヴァイディアスは機会を窺っていた。祭壇の上辺りに浮遊するシャリの位置では、斬りかかったところで先に転移される公算が高い。
 仕掛けてきたところをカウンターで斬り伏せる。それが物理的な攻撃でも魔術的な攻撃でも、攻撃した時に同時に逃げることはできないはずだ。
 そんなヴァイディアスの思惑とは裏腹に、シャリは薄く笑った。
「やっぱり君、邪竜に会いたいんでしょ? 会って戦いたいんでしょ?」
 すべて見透かしたような態度で、シャリはヴァイディアスにそう言った。
「さすが闘争心の塊。人々がこうであれ、と願うような英雄の姿だね、君は」
 意味深なその言葉。だが、それに動かされた人間はいない。
「まあいい。どうせほっといて復活させられちゃ手遅れだ・・・・・・起こせよ、アズラゴーサを」
 不安要素を取り除くという意味では正しいのかもしれない。だが、その行動は無謀極まりないと思うのがカイルやオイフェ、ユーリスの思考だ。
 だが、そんな時期はとうにヴァイディアスたちの通り過ぎた地点である。
「その願い、僕がかなえてあげるよ!!」
 声高にそう宣言し、シャリはジュサプブロスの死体を何らかの魔術によって持ち上げた。
「本当なら女性のほうが映えるんだけどね・・・・・・まあダークエルフだし大差ないよね」
 シャリが指を鳴らすと、ジュサプブロスの死体は瞬時にして圧縮され、元が何かもわからぬ小さな肉の塊へと成り果てた。
 ジュサプブロスから搾り取られた大量の血はそのまま下へと落ち、壊れた祭壇へと降り注ぐ。
「そもそも祭壇が壊れたから復活させれないというのは錯覚さ。祭壇は後付けのもので、この場所に生贄の血を吸わせればいいだけのこと」
 容器から血をぶちまけたように赤く染まっている張り出したその場所は。血を吸いきれずにゆっくりと外側へと赤い液体を広げ、やがてその底の見えない断層へと落ちていった。
 血が暗闇へと吸い込まれた後、数秒。凄まじい揺れがこの邪竜の断層を襲った。
「ユーリス!! 知ってる中で最も強力な風の魔術で出てきたアズラゴーサの頭を押さえろ!! 飛んでいられない程度でいい!!」
「は、はい!!」
 背中からゴルゴーンを外しつつ、ヴァイディアスが言った。本来ならユーリスはカイルの仲間なので聞く必要はなかったのだが、ヴァイディアスの雷鳴のような怒号に反射的に頷いた。
 彼女はオイフェを抱えるカイルに視線を向けたが、彼は無言で頷く。
「フェティは俺とカルラにスキップかけたら結界張っとけ!! 怪我人どもの命は任す!!」
「まあいいですわ。今回は下等生物どもの面倒を見てあげましょう」
 少しつまらなそうに答えるフェティ。だが、この場で最強の魔力を誇る彼女の張る結界ならば、満足に動けないであろうオイフェを守ることができるだろう。
「カルラ、ザギヴ!! 後はわかるな!?」
「はいはい」
「当然よ」
 さらに激しくなる揺れの中、脅えもせずにヴァイディアスたちが戦闘準備を即興で決めていく。その様子は普通のモンスターと対峙するのとさほど変わりはしない。
「君は一際我が強いけど、やはりそれでも"無限のソウル"だね」
「・・・・・・何?」
 足元から急速に迫ってくる巨大な気配を警戒しながらも、ヴァイディアスはシャリを睨みつけた。
「みんなが潜在的に恐怖を抱き、遠ざけたいと思う竜たち・・・・・・動機はともかく、君はそんな彼らの"願い"を叶えていることになる」
 シャリの言葉に、ヴァイディアスは不敵な笑みを浮かべた。
「知らんな、そんな"願い"。俺は単に俺が気に入って肩入れしてる連中と楽しくやっていきてえから、竜どもを殺して回ってるだけだ」
 ヴァイディアスは公然と言ったのだ。肩入れしている人間以外はどうでもいいと。
 あまりに正直な物言いに、シャリは大声で哄笑し、腹を抱えた。
「なら、君の守りたいものの為に、彼を倒して見せてよ!!」
 その言葉とともに、シャリは跡形もなく消え失せた。そして、シャリが消え去るのを待っていたかのように巨体が姿を現す。
 岩塊を切り出したような竜鱗で身体中を覆い、広げれば大きめの宿屋ぐらいはスッポリと包めてしまいそうなほど巨大な皮膜の翼を広げ、それは悠々とヴァイディアスたちの前に姿を現した。その身体には不釣合いなほど大きな両の手には城門を破壊する木の槌ほどにも大きな爪を打ち合わせて鳴らし、目覚めたばかりにも関わらずその双眸は爛々と輝いている。
 邪竜 アズラゴーサ。
 かつて神々と戦い、その余波でできた断層へと封じられた邪竜が1匹である。 "無限のソウルの持ち主が2人か・・・・・・起き抜けに力を得るにはちょうどよいわ。うぬらのソウル、もらうぞ!!"
 轟然と思念波を放つアズラゴーサ。その侮りようを内心笑いながら、ヴァイディアスは左手の破邪の剣を振り上げた。
「ユーリス!!」
「ストーム!!」
 あらかじめ唱えておいた魔術を解き放つユーリス。突き出した彼女の両手から魔力が発せられ、邪竜の断層の中心部の風を一気にかき乱す。
 邪竜にとってこの程度の魔術はそれほど効果のあるものではない。例えフェティが使ったとしてもそれほどの効果は見込めないだろう。だが、アズラゴーサの今いる状況が悪かった。
 翼を広げて浮遊しているアズラゴーサは、その風圧をもろに受けてしまった。気流が乱れ、あらゆる方向からの突風に晒されたアズラゴーサはあっという間にバランスを崩し、祭壇のあった場所へなんとか着陸し、膝をついた。
「デュアルスペル・スキップ」
 フェティの詠唱に応え、ヴァイディアスとカルラの身体が反応速度の限界を引き伸ばされる。それと同時に、ヴァイディアスはアズラゴーサの右から、カルラは左から突き進む。
 アズラゴーサの足元へと到達したヴァイディアスは、その勢いとともにゴルゴーンを右足に叩き付けた。この場にいる誰よりも質量のある武器を持つヴァイディアスの攻撃は、物理的な攻撃力においては最強と言えるだろう。竜鱗を斬り砕き、その30cmはあろうかという刃の幅のほとんどを埋め込む。
 さらにそれをわざと抉るように動かしてから足から引き剥がすと、今度は左手の破邪の剣を打ちつける。ゴルゴーンとは違い、鋭利な斬れ味で鱗を両断し、肉を裂く。
 悲鳴を上げるアズラゴーサは、右手をヴァイディアスへと振り上げる。そこにはすでに2本の剣を交差して一撃を受けようという体勢のヴァイディアスがいる。
 凄まじい激突音とともに、ヴァイディアスの身体が吹き飛ぶ。その甲冑と武器の重みからか宙に投げ出されるようなことはなかったが、それでも地面を削って10m以上交代させられた。
 アズラゴーサの振り下ろした右手に素早く飛び乗り、カルラが肩へ向かって駆け上る。飛燕の如き速度であっという間に登りきったカルラは、その鼻先をデスサイズで斬りつけた。斬り裂いた範囲は邪竜の体躯を考えれば微々たるものだが、鼻を切ったのでその血が鼻から気管へと入り、予想外の呼吸障害にアズラゴーサは首を振りたくる。その間にテレポートで地面に降りたカルラは、今度は左足へ斬りつけていた。
"おのれ、小うるさい蝿どもめ"
 アズラゴーサは鬱陶しい足元のものたちを薙ぎ払うべく、空気を吸い込む。だが鼻から入った血の為に本来の肺活量一杯まで空気を溜めることはできない。
 それでも吐き出された灼熱は凄まじい威力を持っていた。
「アキュリュース、力をお貸しなさい」
 だが、ブレスの予備動作の時点でフェティはそれに気づいていた。そして慌てず騒がす渾身の力をもって魔術を行使する。
「フリジット!!」
 フェティの魔力が大気に干渉し、その分子運動を一瞬にして停止させる。瞬時に冷却された大気は気体から一気に固体へと変化させられ、迫り来るブレスとぶつかり合う。その吹き荒れる凍気は邪竜のブレスにも引けを取らず、拮抗すらした。
 水の禁呪 フリジット。
 現存する水の魔術の中で最も強力な、絶対零度に近い凍気を操る攻撃魔術だ。
「くっ」
 フェティがうめく。不十分なブレスですら、フェティのフリジットを僅かに押し返している。だが、それも長くは続かない。一気に生成された水蒸気が両者の中空で爆裂し、双方の攻撃をかき消した。
 爆発は地面も砕き、その破片が襲いくる。各々が我が身を庇い、大きすぎる破片を避けるが、それができないものもいる。
「か、カイル・・・・・・」
 オイフェは目の前に覆い被さったカイルを見て呆然とした。
 飛んできた大きな岩の礫からオイフェを庇い、カイルは自分の身を盾にしていた。幾つ当たったのか、彼の背中はボロボロになってところどころから血を流し、打撲が酷い。運悪く頭にも当たったのか、オイフェの顔に数滴の血が落ちた。
「ば、馬鹿な・・・・・・なんでこんなことを!!」
「いや、だって・・・・・・オイフェが危なかったから」
 ポップシールドの魔術で我が身を守っていたユーリスが駆け寄ってくるのを視界の端に収めて、笑うカイル。オイフェは慌てて彼を抱きかかえ、ユーリスの名を呼んだ。
「下がれカルラ!!」
「りょ〜かい!!」
 すでに仲間のところまで押し戻されていたヴァイディアスが霧の中へと叫ぶ。どこかで難を逃れていたカルラがすぐさまその中から飛び出し、ヴァイディアスの肩を叩いて後方へ下がる。
「ザギヴ!!」
 切り札の名を呼び、ヴァイディアスは剣気をアズラゴーサがいるであろう位置へと放った。霧を吹き飛ばし迫った剣気をアズラゴーサは振り払うが、その一瞬だけその身をはっきりとヴァイディアスたちへ晒した。
「ウルカーンの炎に焼かれるがいい!!」
 視認できるほどにザギヴの周辺に滞留した魔力は、鮮烈なる紅。彼女の長い髪があおられて不規則になびく。彼女の背後で魔力が一瞬だけ闇色をした双頭の蛇を映し出す。
 魔術に特に秀でたもののみが宿せると言われる双頭の蛇のソウル、『ブラックバイパー』。
 そして、今まで動かずに蓄積してきた魔力のすべてを炎へと変換し、ザギヴはそれを撃ち放った。
「ハイメガスペル・ヘルファイア!!!!」
 ザギヴの右手に生まれた光玉は一瞬にして膨れ上がり、地面さえ溶解して実にディンガル政庁の正門ほどの直径にまで達した。
 足場さえ溶かして溶岩に変えつつあるその光玉が撃ち出される。それは僅かに低い位置にいるアズラゴーサへと殺到し、その過程で祭壇へと到る道のことごとくを蒸気へと変える。足を切り裂かれてすぐに飛び立てないアズラゴーサは、成す術もなく光に飲み込まれ、元いた断層へと逆戻りした。
 数秒後、凄まじい轟音と視認できないほどの底から吹き上がった炎が激震を呼んだ。
「全員退避・・・・・・いや、フェティ、フリーズだ!!」
「・・・・・・フリーズ!!」
 ぐったりとしながらもアズラゴーサの消えていった炎のほうを見ているカイルが行動不能なのを判断し、ヴァイディアスはフェティに指示を出す。手早く詠唱を終えた彼女は、自分たちと吹き上がる炎との間に巨大な氷の壁を作り出し、その影響を押さえようと試みた。急速に蒸気となる氷の壁は、カイルたちを冷や冷やさせたが、さらに追加でフェティがフリーズを唱える頃にはさすがに炎の勢いも弱まり、そこここに溶岩化した物を除き、沈静していった。もっとも、恐らくは断層の地下深くでは未だに溶岩の湖ができていることは想像に難くない。
「さすがにこれでは生きてないでしょう」
 髪をかきあげ、ザギヴは不敵な笑みを浮かべた。
 果たして、邪竜 アズラゴーサが再び地上へ姿を見せることはなかった。


 数分、アズラゴーサが消えた断層のほうを眺めながら身体を休めたヴァイディアスたちは、ようやく動くだけの体力を回復したのか一箇所に集り、治療を始めた。如何に短時間で決着がついたとはいえ、その精神的疲労と受けた傷は決して浅くはない。
 まともにアズラゴーサの攻撃を受けたヴァイディアスはあちこちの筋繊維が千切れかかっているという目に見えない重傷であるし、僅かに骨にもダメージを受けている。共に接近したカルラにしてもブレスから飛び火した破片であちこちに火傷を負っている。ザギヴにしろカルラにしろ、最大級の攻撃魔術を使用して魔力の消耗は大きい。
 だが、そんなヴァイディアスパーティよりも深刻なダメージを負っているものがいる。オイフェを庇って石礫を受けたカイルだ。
「まあ、炎とそこから生じる岩の破片の両方を防げってのは無理な話だよな」
 ザギヴからサプキュアを受けながら、ヴァイディアスが苦笑する。水蒸気爆発と言えばすぐに理解できたろうが、さすがに咄嗟のあの状況では両方に思考を回すのはフェティでも無理だったようだ。
「失礼な。単にあの下等生物がどんくさいだけですわ」
 こちらもサプキュアをカルラに使いつつそっぽ向くフェティ。だが、その向いた視線の先にカイルがいるという辺り、彼女も口に出さなくとも心配しているのは間違いない。
「オイフェは動けなかったから仕方ないが・・・・・・どう思う?」
「出血が多いから貧血は起こしてるようだけど、急所には当たってないと思うわ。後は骨が砕けてなければ心配ないでしょう」
 ザギヴの空いている左手が、ヴァイディアスの背中を打つ。
「あなたのほうがよほど重傷かもしれないわ」
 そう言うと同時に咎めるような視線を向けるザギヴ。どうやらアズラゴーサの攻撃を避けずに受けたのが気に入らないらしい。
「並の人間ならあの時点で五体バラバラよね〜。ま、そのお陰であたしはやりやすかったんだけど」
 気楽げな様子で鋼鉄のブーツを脱いで火傷の手当てを受けるカルラ。だが火傷ということもあって、その傷口を治療する視線は少し不安げだ。顔は咄嗟にかばったようだが、その分右腕と右足を炙られたのだ。さすがに痕が残ってはたまらない。
 ヴァイディアスは立ち上がると、まだ節々に残る痛みに顔をしかめる。だがそれらを全部無視してカルラの頭を2、3度撫でてからカイルたちのほうへ歩いていった。
「ちょ・・・・・・まだ治療途中よ?」
「まあこれだけ回復してりゃもうちょい後でも構わん。ザギヴもちょっとあいつを見てやれ。フェティはカルラの火傷頼むぞ。痕が全部消えるまでやってやってくれ」
「ワタクシの腕を甘く見ないことね」
 ヴァイディアスの顔を睨みつけ、魔術に集中するフェティ。こうなれば彼女は自らの矜持にかけてカルラの火傷を完全に消し去るだろう。
「痕が残ったら責任取ってもらうかんね」
 ぼそっとつぶやいたカルラの一言に、"竜殺し"は倒してきた幾多の竜たちよりも恐怖を感じたとか何とか。
 何はともあれヴァイディアスはザギヴを伴ってカイルがうつ伏せに寝かされている場所まで辿り着いた。
 見た目出血が酷いカイルはボディアーマーを脱がされてはいたが、まだ治療は始まっていない。背中に刺さった破片を抜かなければ治療できないのだが、ユーリスは血への耐性がそれほどなく、オイフェは自由に身体を動かすに至らない為手間取っているようだ。
「ちょっとどけ。俺がやる」
 何か文句を言ってくるオイフェやユーリスを押しのけ、ヴァイディアスは無造作にカイルの背中から石を取り除いていく。かなり思い切った取り除き方をするのでカイルが唸り声を上げ、オイフェとユーリスは批難の声を上げるかまったく気にしない。
「おら、これで最後だからがんばれ」
「むがーっ!!」
 刺さった中でも一際大きな5cmほどの破片を、ヴァイディアスはカイルの腰に足をかけて無理矢理引き抜く。かなり盛大に血がしぶいた。
「け、怪我人になんてことしてくれやがりますかあ!!」
 思わず思い切り手にしたロッドでヴァイディアスに殴りかかるユーリス。だがそれは軽く素手で受け止められ、額に指を弾かれた。
「抜かなきゃどうしようもなかろう。うだうだ言ってないでさっさと回復魔術かけてやれ」
 ザギヴに目で合図する。彼女はすぐに頷くとサプキュアを唱え始める。それを見ると流石に怒ってもいられないと思ったのか、ユーリスもサプキュアをカイルにかけ始めた。
 ヴァイディアスはそれを確認すると少し離れた岩塊の上に腰を降ろし、座るのに邪魔になるゴルゴーンを傍らに突き立てた。
 しばらく2人の魔術師に治療を受けるカイルを見ていたオイフェだが、徐々に余裕が出てきて思考能力が甦ってきたらしい。次第に険しい表情になり、ついには怒りの顔になった。
「こ、こ、この馬鹿!! 何で私にかまわず逃げなかった!?」
 元々それほど丈夫ではない堪忍袋の緒が切れるのにそれほど時間は要さなかった。オイフェは元々の吊り目をさらに吊り上げてカイルに詰め寄った。
「いや、だってオイフェが危なかったし」
「自分が大怪我しては本末転倒だろう!?」
 カイルは言い返せなかった。確かにその通りだからだ。
 ネメアならオイフェも助けて自分も守れたんだろうけどなあ。
 などと明後日の方向のことを考えて視線を巡らせた為、カイルはさらにオイフェの怒りを買う。
「いいか!! 私を守る前にまず自分を守れるようになれ!! でなければこんな無茶をしないで!!」
 肩で息するほど彼女は真剣に怒っている。だが、カイルはそれでも自分のやったことを後悔するつもりはない。
 オイフェを守るということは、自分の存在意義の1つだからだ。
「そのくらいにしとけ。結果的に助けられたのはお前なんだ」
 大きく溜息をつきつつ、ヴァイディアスがオイフェに声をかける。彼女はきっと振り返り、ヴァイディアスにも怒りの矛先を向けた。
「口出ししないで!! これはこの子の命にかかわることよ!!」
 ヴァイディアスは苦笑した。オイフェの目じりに涙が溜まっているのが見えたからだ。どれほどカイルを大事に思っているかよくわかる。
「それを言うならお前もだろう。感情的に行動して窮地に陥るのはお前の悪い癖だ。そうそうカイルばかりを責めはできまい」
「ぐっ・・・・・・」
 心当たりがありすぎるところを突かれ、オイフェが言葉に詰まる。何しろヴァイディアスと初めて出会った時からして、実力に見合わないネメアに喧嘩を売ったことに端を発するからだ。
「それに、そんだけ言えばカイルもわかっただろう、お前が心配してるってことは」
「当然だろう・・・・・・」
 ヴァイディアスの言葉に顔を伏せるオイフェ。伏せられて見えなくなったところから滴が零れ落ちる。
「ゼリグも・・・・・・多分、ドルドラムも死んだんでしょ?」
「・・・・・・ああ」
 オイフェから視線を外さず、正直にヴァイディアスは答えた。何の脚色もなく、ただ一言のそれだけで伝えるには十分だろう。
「これ以上大事な人を亡くしたくない。カイルは私の―――」
 涙を振り払い、きつめの美しい容貌でカイルを眺めるオイフェ。
「私の―――大事な弟だからな」
 その心の篭った一言に、カイルは地面に顔を突っ伏させて撃沈された。
「な、何? お、弟なのか?」
 流石にリベルダムの処刑台での一件でカイルのオイフェに対する気持ちを悟っていたヴァイディアスは思わず聞き返した。事情を知るザギヴもまた目を丸くし、ユーリスすら口をあんぐりと空けている。
 だが、オイフェは彼ら3人の奇妙な反応に首を傾げるばかりである。
「どうした? 何か変だった・・・・・・?」
 何の悪気もないオイフェの言葉に、カイルは人知れず涙を流すのだった。
「うぅ、酷いやオイフェ・・・・・・」


 7竜と呼ばれる竜は文字通り7体。
 竜王の島に君臨する神の代行者、竜王。
 エルズに住まう風の巫女の守護者、翔王。
 しぶきの群島に座す、海王。
 そして邪竜と呼ばれる4体、アズラゴーサ、イシュバアル、エルアザル、シャンマ。
 この日、竜王を除くすべての竜がバイアシオン大陸から姿を消した。そのことが何を意味するのか。
 救世主の言う滅びの日は近かった。


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