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バイアシオン大陸の程近くにある群島の1つ。魔境とも呼ばれ、誰しも近づかないその場所に横たわる静寂を打ち壊すかのように、轟音が轟く。 そこでは1匹の生物が猛っていた。何れの生物系統にも属さない単一の生命体だ。形容詞し難いその化け物は内に秘められた魔力によって僅かに浮遊し、思いがけない敏捷さで目の前のものたちを食らわんと襲い掛かってくる。 アンティノという男がいた。 リベルダムの大商人の1人である。常に黒い噂が絶えず、屋敷には秘密裏に胡散臭い男たちが出入りし、他人を蹴落とした量は他の商人の追随を許さない。 アンティノにはリベルダムのすべてを統べるという野望があった。だからこそ姦計・謀略を駆使してその階段を登りつめた。 否、登りつめようとした。その寸前で蹴落とされたのだから。 反乱分子の情報を流し、攻め寄せた青竜軍の為に内から城門を開け放った。それは面白いほど図にあたり、リベルダムは抵抗らしい抵抗もせずに市街へ青竜軍の侵入を許すこととなった。だが、アンティノの思惑通りにいったのはそこまでだ。 彼は知らなかった。青竜将軍カルラ=コルキアが、腐りきった上層部に対して執拗なまでの殺意を持っていることを。 所詮は私兵団で、アンティノの部下達は瞬く間に青竜軍の将兵に殲滅された。それでも諦めきれず、闘技場の裏にある抜け道から脱出し、再起を図る為に逃れようと必死だった。 すでに東の都市国家群は青竜軍に制圧されて存在せず、西にあるアキュリュースはこれまたディンガル帝国の白虎軍によって陥落している状態だ。そして、唯一ディンガル帝国に対抗できるであろうロストール王国は、先の朱雀軍との戦いで壊滅的打撃を受けており、その兵力はすでに青竜軍の5分の1というありさまだ。 逃げ切るならば辺境しかない。そして、なりふり構わず逃げ、辿り着いた先が、このバイアシオン大陸の西端に位置する、しぶきの群島と呼ばれる場所だ。 再起するには何が必要かは、アンティノにはわかっていた。自分がのし上がってきた事業で最も効率よく、利益が大きかったものは戦闘用モンスターの売買だった。 まず商品となるモンスターを手に入れる為の力がいる。それとともに、あの憎き青竜軍すらも跳ね除けるような究極の戦闘用モンスターが必要である。 2つは両立させることができる。問題は作り方だ。緊急時に部下に持たせて持ってきたものは前々から製造に使っていたものだが、これでは力不足のものしかできないだろう。―――1つを除いては。 禁断の聖杯。 闇の神器の1つ。無限とも思える魔力を発する魔導器。使用者は際限なく魔力を高めることができる代償に、その果てに闇へと飲まれる呪いの品。 アンティノは迷わずそれを核とし、戦闘用モンスターの製造に取り掛かった。ベースとなるモンスターはこのしぶきの群島から適当なものを部下たちに取り押さえさせた。元々強力なモンスターばかりの場所なだけに、それだけで部下の6割は死ぬこととなった。 鎖に繋ぎ、自らの手で聖杯を埋め込む。いつもなら部下に任せるようなその作業を、今回に限ってはアンティノ自身が行った。そうしなければならないような強迫観念に憑かれたからだ。 さらに様々な薬物を投与し、魔力の篭った品を埋め込む。ただ強く、ただ蹂躙する為に。バイアシオン大陸の生態系の枠から外れたのは、禁断の聖杯を埋め込んでほんの2日後のことだった。 強制的に細胞を急激に変化させられ、鮮明な意識を保ったままその精神を食われていったモンスターは、その変化が完全に終わるまで悲痛な悲鳴を上げ続けた。何を言っているのかすらわからぬその悲鳴があまりにも狂おしく、あまりにも絶え間なく響き、残っていた部下のうち、さらに半数が発狂した。 そして、その変化が完全に終わった時、そのモンスターは不快な金物のような鳴き声と、おぞましい腐臭のする異形の生命体へと成り果てた。 もはや鎖などで彼を留め置くことはできない。彼はあっさりと拘束を引き千切り、憔悴し切った顔をしながら監視していたものどもを、すべて喰らった。 アンティノが異変を知って駆けつけたのは、何分も経っていなかった。 「素晴らしい……」 すべて変化したその異形でかつての記憶があるのかも定かではない。だが、彼は前の身体とは明らかに違う高い視点から、目の前の創造主を憎悪の視線で見下ろした。 「お前は俺だ。もう1人の俺なのだ」 アンティノの言葉など元々理解できるわけもない。知識や知能などというものからは程遠いところで生きていた彼なのだ。だが、目の前の小さな存在が吐く音は、例えようもなく不快だった。 「俺はお前を造り出す為に生まれてきたのだ」 異常なほど熱を持った双眸と、凶熱に犯された脳で、アンティノはそう宣言し、大きく手を広げた。まるで世界を手に入れたような錯覚がアンティノを酔わせた。 そして、彼は創造主アンティノの腕の中へと飛び込んだ。魔力を無駄に撒き散らしながら浮遊するその身体は、見た目とは違い、驚くほど俊敏だった。 赤い雨が島の緑に降り注いだ。 「冗談じゃねえよ、クソッタレが」 目の前の異形のモンスターを見ると吐き気がするほどの嫌悪感が湧き上がってくる。それは直接そのモンスターに向いたものではなく、それを造ったものに対するものだ。 "俺はお前を造り出す為に生まれてきたのだ" アンティノを追ってここまで辿り着いた時、当の本人が独白していた台詞だ。ヴァイディアスにはその言葉が例えようもなく不快だった。 勝手に、強制的に、その在り方を変えられる苦痛とはいかばかりか。 博愛主義では断じてない。すべてを救うという傲慢な理想など持ってもいない。だがそれでも、最低限のルールというものが存在するはずだ。 これは反則だ。 理屈ではない。ヴァイディアスの魂がそう叫ぶ。この道理を通してはならないと。 捻じ曲げられたモンスターは、その鋭い爪を、牙を駆使して縦横無人に暴れ回る。少数精鋭ということで連れてきた数人の仲間がそれを必死で回避し、攻撃の隙を窺っている。旗色はあまりよくない。 他のモンスターと比べて明らかに強力だ。その理由は検討がつくが、今はそんなことは関係がない。いかにしてこの怪物に引導をくれてやるかなのだ。 図体は相当に大きい。普通の短剣や弓矢ではダメージを与えることは相当に困難なのは明白だ。 「イオンズ!! 無茶をやる!! サポートしろ!!」 「心得た」 甲冑姿の神官戦士イオンズが短く応え、手にしたメイスを前に構え、防御体制を取る。 封士であるイオンズは例外的にモンスターたちと心を通わせようという稀有な思想の持ち主だが、彼は厳しく、そして悲しげな顔で何も言わなかった。それは目の前の生命体がすでに正気を失っているであろうことを窺わせた。 「デルカド!! やつの尾を縫いとめろ!! 俺は顎を塞ぐ!!」 「応よ!!」 ヴァイディアスの半分ほどしか身長のないドワーフ族の戦士はすぐさま潔く決断し、その短い足を駆使して進軍を始める。 「ザギヴ!! 俺らが離れたら最大級の一発をくれてやれ!!」 「任せなさい。ただし、派手になるから距離は長めに取ることね」 すぐさま魔術の集中に入るザギヴ。それを確認し、ヴァイディアスは手にした無骨な鉄板を思わせる大剣を携え、異形のモンスターへと疾駆する。 足の長さと元々の俊敏性の差か、ヴァイディアスはデルカドを追い抜き、異形のモンスターへと斬りかかった。大剣にも関わらずその剣速は恐るべき粋に達し、瞬時にして二閃、巨大な質量と速度、そして鋭利さを伴った剣が走る。 いかに強固な皮膚を持とうとも、人間の身長ほどの刀身の鉄塊の一撃を止めるには到らなかった。斬ると潰すという傷を同時に2箇所も受けた異形のモンスターは金切り声を上げる。 だが、それで大人しくしている義理など異形のモンスターにはない。すぐさま涎を撒き散らした顎がヴァイディアスへと襲い掛かる。ヴァイディアスは舌打ちしつつ大剣をかざし、その顎を受け止める。 「ぐあ……っ!!」 凄まじい質量に身体中の筋肉と骨が軋みを上げる。いくらかの筋肉は千切れたかもしれない。だが、それでもヴァイディアスは持ち前の膂力を全力で駆使してその攻撃を受け止め切った。 そしてすぐさま、ヴァイディアスとは反対側から雄叫びがあがった。ヴァイディアスの交戦中に側面に回りこんだデルカドだ。 デルカドは渾身の力を篭めて手にした戦斧を叩き付ける。それは狙い違わず異形の生物の尾を捉え、地面のいくらか諸ともグシャリと潰した。 「大人しくせい!!」 潰した尾をそのまま戦斧で押さえつけながら、デルカドは顔を真っ赤にして力を篭める。だが、いかにドワーフの力とはいえ、長くはもちそうにない。 数秒の膠着状態が続く。 その時、ヴァイディアスの頬を魔力を孕んだ風が撫でる。 「散れ!!」 ヴァイディアスの鋭い声に、デルカドはすぐさま尾を離して転がるように異形のモンスターから離れた。だが、僅かにタイミングが速かった為、ヴァイディアスが退避を開始するまでの僅かな時間に、尾による一撃が届いてしまった。 すぐさま大剣から手を離し、ヴァイディアスは両腕を交差してその尾を受ける。身体がバラバラになりそうな衝撃を受けながらも、勢いに逆らわずに吹き飛ぶことで衝撃を逃がした。 幸い木立などに激突することもなく地面を擦って着地したヴァイディアスの視界の端に、暴風と化した魔力の中心に立つザギヴが見えた。 「さあ、解放の対価にもらった力を示しなさい、プレシオーネ」 目に見えるほどになった風の魔力を纏い、ザギヴが風精霊神へと挑戦的に言い放つ。果たして魔力は形をなし、それは荒れ狂う暴風の塔となって顕現した。 サイクロン。 風の禁呪である。無制限にかき集めた風の精霊力を局地的に解放することで人為的な竜巻を巻き起こし、風の砲弾とそこに起きるカマイタチ現象によって徹底的に対象物を撃滅する、既存の魔術を大きく上回る攻撃魔術だ。 立ち上がった竜巻は周囲に余波を撒き散らし、木々を薙ぎ倒しながらその風の壁の中にいるものを容赦なく圧壊させる。それと同時に自然の竜巻にはありえないほどの回転数によって生じた真空地帯が圧倒的切断力によって、中心部をミキサーのように徹底的に切り潰す。 規模だけなら自然の竜巻には及ばないが、その破壊力は凝縮されているだけにサイクロンのほうが上だった。数分して竜巻が消え去った頃には、円状の更地ができていた。 そして、その中心にはかつて巨大だったモンスターが小さく、極々一部だけになってべちゃりと広がっていた。 「何て強度なの……あれでも全部切り刻み切れないなんて」 驚愕するザギヴだったが、残っているといってもそれはすでに残骸だった。攻撃力など微塵もなく、後数分も生きていられないであろう、ただの欠片だ。 ヴァイディアスは殴り飛ばされた時に切ったのか、口の端から垂れた血を適当に拭いながら、その残骸へと近づいていく。 「よお、災難だったな」 僅かに苦いものが見えるものの、ヴァイディアスの表情はあまり読み取れなかった。彼は残骸のすぐ側まで辿り着くと、一瞬目を閉じた。 「……じゃあな」 腰に吊るした長大な破邪の剣を抜刀し、その動作で残骸を斬り捨てた。未だに僅かに動いていた残骸はさらに半分の大きさになり、破邪の剣の魔力によってほどなく完全に消え去った。 その跡に、軽い金属音とともに禁断の聖杯が転がった。 「杯なんざ、酒を飲む為だけにありゃいいもんをよ」 剣を納め、禁断の聖杯を拾ったヴァイディアスは、そうつぶやいた。木立に座り込んでいるデルカドや、回復魔術を行使しようとしているイオンズも、口をつぐんだまま何も言わなかった。 「そうね」 短く答えたザギヴの背後で、竜巻がほぼ垂直に巻き上げていたヴァイディアスの鉄塊大剣が突き刺さり、轟音を上げた。 その音と振動が、彼らには名もない異形のモンスターの断末魔の声に聞こえた。 |
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