- 兄と妹 -
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レムオンに連れられて、リオラは久しぶりにティアナ王女の部屋を訪ねていた。祝勝の式典の名残で、まだ麗々しく着飾ったままのティアナは光の王女の名のごとく、輝くように美しい。 少女らしい柔らかな声がこのたびの戦いにおける戦功と無事の帰還への祝着を述べ、リオラはそれを素直に嬉しく受け止める。 二人が他愛もなく談笑する様を、リオラの傍らのレムオンは珍しく穏やかな顔つきで口を出すでもなくただ黙って見つめていた。 ふと、ティアナがレムオンへと視線を上げる。 「お二人がそうして並んでいらっしゃると、とても兄妹には見えませんわね」 兄妹はおろか遠縁の親戚ですらなく、元はといえば通りすがりの赤の他人なのだから当たり前のことだ。 が、そう言い出したティアナの意図が読めず、リオラは曖昧な笑みで首を傾げる。 レムオンの方も表情を変えることすらなく、 「ティアナの目にはどう見える?」 「まるで、仲の良いお友達同士のようですわ」 「ただの友達なら、どんなに気が楽なことか」 呆れたように溜息までついてみせたレムオンに、リオラは内心で苦笑しながら肩をすくめてみせた。 「まぁ。リオラ様、意地悪なお兄様に似ていなくてよかったですね」 「本当に……。もう少し労わって下さるように、ティアナ様からも言っていただけませんか?」 「ふふふ。さあ、レムオン様。女二人を敵にまわしては、勝ち目はありませんわよ?」 悪戯な茶目っ気を瞳にきらめかせるティアナに見上げられ、レムオンは苦笑気味に口元を緩めた。 「となれば、さしあたってティアナのフィアンセ殿を味方につける以外にないかな」 レムオンの言葉に、ティアナは顔をこわばらせる。 「どうぞ、ご自由に。その代わり、この部屋には二度とお通ししませんわ。それに、レムオン様があんな野蛮な人と手を組むとは思えませんけど?」 「完敗だ。さすがはエリス女王のご息女だな」 茶化すようにしながらも大人しく降参の意を示したレムオンに、ティアナは表情を微笑みに戻す。 けれど、すぐにまた表情を曇らせて伏目がちに吐息をこぼした。 「大体、酒とバクチにおぼれて宮廷に近寄ろうともしない方を、ティアナは婚約者とは認めていません。いっそのこと、レムオン様が私の夫になってくださればいいのです」 「……それはできんな」 答えを口にする前のごく一瞬、レムオンの目が薄く細まり落胆とも苛立ちとも言えぬ表情を浮かべたことを、リオラは見逃さなかった。 無論、ティアナが顔を上げるまでには、いつも通りの冷たい横顔に戻っていたが。 「まあ、迷うそぶりくら見せてくれても、バチは当たらなくてよ? でも……レムオン様らしいわ」 「ティアナも、エリスのように女王として君臨すれば、無理に結婚することもなかろう?」 「女がでしゃばるのは好きではありません。特に、お母様のようには。それに……」 ティアナは小さな声で何かを言いかけていたが、レムオンが言葉を遮ってしまった。 「どうする、リオラ? 女はでしゃばるものではないそうだぞ?」 「あ、すみません。リオラ様がどうこうと申し上げるつもりはなかったのです」 「どうぞ、お気になさらないでください」 ひどく慌てた様子のティアナに、リオラは軽く笑った。 そこに顎に手をあてたレムオンが、意外そうな口ぶりで加わる。 「許してやるのか。お前、もしかして俺以外には寛大なのか?」 「……わたしはレムオンに対しては、この上なく寛大に接しているつもりですが?」 「ふん」 兄と妹のやりとりを、楽しそうにそして少し寂しそうに眺めてティアナは微笑む。 「さあ、あの人の話はやめましょう。せっかくの楽しい時間が台無しです」 「結婚をひかえた女性の言葉とは思えぬな」 「誰が結婚などするものですか!」 「ムキになるな、からかっただけだ。さて、長居した。そろそろ失礼しよう」 ティアナはまだ話し足りないというそぶりを見せた。 けれど、確かに窓の外はすでに完全に夜が支配していることを悟り、残念そうにしながらも別れを了承した。 「またいらして下さいますわね、レムオン様」 「ああ、くだらぬ噂の種にならぬ程度にな」 「リオラ様も……」 「承知しました」 「お二人にまたお会いできる日を楽しみにしております」 優雅な一礼で見送ってくれるティアナを残し、リューガの兄と妹は部屋を辞した。 大分と落ち着きをとり戻した王宮の廊下を並んで歩く。しばらくは無言でいたが、ひと気がなくなった事を確認してリオラは小声をこぼす。 「ティアナ様とは随分お親しい様子ですね」 「俺とティアナは幼なじみ。ただ、それだけだ」 「そうでしょうか?」 「何を言い出すかと思えば……。お前も宮廷のくだらぬ噂話に毒されたな」 「噂話を吹き込まれるほど王宮に顔を出してはいませんよ」 何食わぬ顔で言い返すリオラに、レムオンもまた顔色ひとつ変えない。 だが、先ほどのやりとりを見る限り、ティアナはともかく、レムオンにとってはただの幼なじみであるはずがなかった。 あまりにもフィアンセ……つまりゼネテスを意識した発言の数々。王女自らにフィアンセとの関係を否定させて、そうすることで必死に自分の側にとどめているように思える。 「それにしても、酒とバクチに溺れた野蛮人、ですか……。ゼネテスさんの評価もひどいものですね」 呟いたリオラに、レムオンは片方の眉をピクリと吊り上げた。 「何故あの男のカタを持つ? どうやって手懐けられた? ……まさかとは思うが、お前も一応女だ。戦場で手を出されたのではあるまいな?」 「は? 何を寝ぼけたことを。そんなくだらない事に費やしている余裕が、あの戦場であるはずないでしょう?」 「そ、そうか」 氷よりも冷たいリオラの視線を受けてたじろぐレムオンに、リオラはあきれ果てて吐息をこぼす。 「そもそも、レムオンと出会うよりも前にゼネテスさんと知り合ってるんです。今さらそれをとやかく言われても……」 「なんだとっ? 何故それを俺に言わなかったのだ!」 「声が大きいですよ、レムオン」 小さく諭されたレムオンが声も表情も平時のものへと落ち着けたのを見計らって、改めてリオラは口を開いた。 「仕方ないでしょう。エリス王妃に参戦を命じられたあの日まで、ゼネテスさんがファーロス家の人間だなんて知らなかったんですから」 「よりにもよって、俺はあの男の縁の者を身内に招いたわけか。あの場合仕方なかったとは言え、とんだ失態だな」 「縁というほどの仲ではありませんが……気に障るようでしたら、今後リューガ家には関わらないようにしましょうか?」 「バカを言え。このたびの戦いで今やお前は国の英雄扱いなのだぞ? それが疎遠になってみろ、リューガ家の内紛かと痛くもない腹をさぐられることに……」 レムオンは少し考える風にして言葉をきった。 「……そうか、お前もリューガの嫡流筋の女として名が売れたわけか。今後よからぬ企みでお前に近づいてくる奴らも出てきかねんな」 「はぁ? 考えすぎではないですか?」 「どこが考えすぎなものか。今の王セルモノーも、エリスを妻にしファーロス家の後押しを得て王位についたほどだ。妻の実家の後見を頼りになり上がろうとする者など、星の数ほどいる。その上、お前の場合は自身の名も高い。利用価値は大いにある、違うか?」 「……」 客観的に見て間違いはないのだろうが、さすがに自分自身のことを利用価値があるとは頷きがたくリオラは沈黙した。 黙り込んだ妹に、レムオンはふっと口の端を持ち上げる。 「お前ならば力づくでどうこうされる心配もそうはなかろう。まあ、嫁の行き先を探しているのなら、ティアナを見習って少しは貴族の女らしくしてみてはどうだ?」 「……」 「そう怒った顔をするな、冗談に決まっている。お前にそんな真似は似合わぬだろうからな」 なだめたいのか、怒らせたいのか。いずれにせよ、リオラに言い返す気力はすでになく、諦めの吐息で応じた。 そうこうしている内に王宮の広すぎる玄関へと達し、レムオンはリオラに向き直った。 「俺はまだ貴族どもの相手をせねばならん。お前も来るか?」 「遠慮します」 「賢明だな。ボロを出されて困るのは俺だ。少し待て、馬車の用意をさせる」 「いえ、結構です。大した距離でもありませんし」 貴族としての体裁というものもあるのだろうが、大げさなことはせめて最低限にとどめたかった。 「また宿屋に泊まるのか?」 「ええ。わたしは 『 ノーブル伯 』 である前に冒険者ですから、仲間を置いてよそに身を落ち着けることはしたくありません」 「……好きにしろ」 「では、またいずれ」 軽く頭を下げ扉へ向かおうとして呼び止められる。 「リオラ。またすぐ旅に出るつもりか?」 「いえ、しばらくはロストールかその周辺にいるつもりです。先ほどゼネテスさんと話していたのは、その事だったんです」 「またあの男か……」 忌々しそうに舌打ちを隠しもしないレムオンに、リオラは眉尻を下げる。 リューガとファーロスという家の事情もあるだろうが、ティアナ絡みがなければ、もう少しぐらい仲良くできるのではなかろうか、と。 「まあいい、ロストールにいる間はなるべく顔を見せろ。よいな、我が妹、リオラよ」 「仰せのままに」 仰々しい返答とは裏腹に冗談めかして肩をすくめてから、リオラは王宮の扉をくぐり抜け夜空の下へと出て行く。 軽快に遠ざかっていくその背中を、開け放たれた扉が閉じきるまで見送るレムオンがいた。 |
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