- 分かれ道 -
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風鳴きの洞窟に凄い化け物が棲みついたらしい──。 文字通り風の便りを追って、リオラのパーティーは、バイアシオン大陸南東に位置する島国の都市エルズを訪れた。 ギルドに着いて早々、くだんの化け物退治を依頼されると一も二もなく引き受けた。元々依頼などなくても、乗り込むつもりだったのだ。 大して疲れているわけでもなかったが、街についたというのにろくに休息もとらず何かに急きたてられるように、リオラとセラは風鳴きの洞窟へと急ぐ。 殺気だっているといってもいいほどにピリピリと神経を張りつめる二人に、レルラとデルガドはただ黙ってつきあってくれた。 元々セラは普段は極端なほど無口なたちだったが、加えてリオラも固く唇を閉ざしている。 原因が過日の仮面の男の出現であることは分かりきっていたが、それについて問われることを拒否する空気があからさまに漂っていた。 因縁ありげなセラとリオラの間でさえ語り合おうとはしていない。 だが、二人が再び仮面の男と遭遇することを願って、ティラの娘と呼ばれる古の魔物を追い始めたことは間違いなかった。 風の吹き抜ける洞窟を黙々と魔物たちを斬り進みながら、リオラとセラはじっとその時を待っていた。 「またお会いできましたね、リオラさん。今回も我々の目的は同じ、そう見ましたが、いかがでしょう?」 最深部の手前でくぐもった声が響く。ギクリと身を強張らせて足を止めたリオラがゆっくりと振り返れば、そこにはやはり仮面の男が立っていた。 何かを答えようとしたリオラを遮って、一歩前に出たセラが仮面の男と対峙する。 「随分と都合のいい登場だな」 「……あなたは、なぜか不審を拭えないようですね」 「何故だか、思い出せないのか?」 「さあ。警戒されるべき理由など存在するのでしょうか?」 「何故、俺たちの前に現れた?」 「先日は偶然。本日は必然ですよ。あなた方がここにいらっしゃると聞いてお待ちしていたのです。あなた方となら古の魔物もたやすく倒せると、そう思ったまでです。……とにかく参りましょうか」 魔物が棲む最深部へと向かった仮面の男サイフォスの後ろ姿に、セラの奥歯が軋む。ぎゅっと手にした月光の柄を握りなおして湧きあがる焦燥感を押さえ込んで後を追う。 焦れているのはリオラも同じだった。 間違いなく兄だと確信できるのに、サイフォスという他人であろうとする仮面の男に。 それからもう一つ。兄だと確信しているであろうに、持って回った言い方で問いただすばかりのセラに。 セラは無言の圧力でリオラに口出しを許さなかった。普段、短く簡潔な文句を言いながらもリオラのすることを尊重してくれるセラだ、きっと何か理由があるのだろうと信じている。……信じているからこそ、その理由を話してもらえないことが苦しかった。 ──サイフォスとやら、思い出さないのか? 何も、思い出さないのか……? 手際よく古の魔物を片付け立ち去ろうとする仮面の男に、セラはそう問いかけた。 その苦い声をいっそ嘲笑うかのようにサイフォスは首を横に振った。何を思いだせと言うのか、と。そして、あの時と同じく、その姿が消える。瞬間移動なのだろう。聖剣を携えた仮面の戦士は、どこから来て、どこへ帰るのか……。 戦っている最中は、まるでそこにいるのが当たり前のように、リオラ達の戦いに……いや、正しくはセラとの呼吸に馴染んでいるというのに。 ──それでもお前の居る場所は、ここではないというのか? セラは仮面の男の立っていた所から視線を動かさないまま、すぐ傍らにいるリオラを呼ぶ。 「猫屋敷に行きたい」 「え? オルファウスさんの所ですか?」 「そうだ」 希望という形で譲歩しているが、今すぐにでも飛んで行きたいところなのだろう。自分の方から何かをしたいなどと言うことは、旅の間ほとんどなかった。 いつでもただリオラの後を守ってきたセラの口にする願いが、彼にとってどれほど大きな意味を持つのか。 リオラはすぐに大きく頷いて次の行き先をエンシャントへと定める。 それだけが自身より未熟なリオラを、パーティーのリーダーとして尊重してくれるセラに返せる信頼だった。 急ぎ洞窟からエルズの街に戻りエンシャントへの船に乗り込む直前、リオラは慌ててギルドへと駆け込む。 依頼を受けた以上、怪物退治は終わったと一言伝えておかねばならないと思ったのだ。 だが、そこでリオラは戦乱時代の幕開けを告げられる。 「ところでよ、ロセンがやられたって話はもう聞いたか?」 「やられたって……どういうことなんです?」 報酬を受取りながら、リオラはギルドの主人に首を傾げる。 旅の多い冒険者にとってギルドで得られる情報は、街道に流される流言の類と違い正確かつ迅速で大変貴重なものだ。 船の出発の時間もあり急いでいるとはいえ、聞き逃す手はない。 「ディンガルの青い死神が滅ぼしちまったんだってよ。ついでにあの辺りの東方小国家もな」 「青い死神……?」 「ああ。正しくはディンガル帝国の青竜将軍でカルラって娘だそうだ。戦場での働きも大したものだったらしいがな……」 言いかけて主人は少し声をひそめた。 「制圧後が凄まじかったらしいぜ。何せ、ロセン王家なんぞ、子供や老人まで徹底的に粛清されたらしい。なんにせよ血生臭い話だ。まったくディンガルはなんだっていきなり世界制覇なんぞおっぱじめたのかねえ」 「世界制覇?」 「そうさ。新皇帝ネメアの号令のもとに、大陸の各勢力を攻略する準備が着々と進んでいるらしいぜ。いつかはこのエルズにも来るのかと思うと、たまったもんじゃないよ。ま、我が国には千年を見通す風の巫女様がついてるがな」 主人の話の後半は、半ばリオラの耳を素通りしていた。 ディンガル帝国が大陸各地に派兵するというのならば、その先にロストール王国が必ずある。 リオラはロストールに恩義があるわけではない。むしろ、ある意味では厄介な頭痛のタネとも言える。きな臭い政権争いの渦中に投じられた挙句、強引に爵位と騎士位を押し付けられたのだから。 だが、今日に至るまで与えられたその地位を返上していない。偽りから始まったとはいえ、今のリオラはロストールに属する者だった。 そんな思いを知ってか知らずか、 「ディンガルが世界制覇を唱えるなら、ロストールとの衝突は避けられんだろう。あんたも大変だな、ノーブル伯」 「え、ええ……」 曖昧に笑みを返すリオラに、ふと、ギルドの主人が何かを思い出したような顔になる。 「あんた……名前はリオラだったか? 確か手紙が着てたぜ」 「わたしに、ですか?」 ロストールを示す紋章が刻まれた自己主張の激しい盾のおかげで、今やリオラの通り名はすっかりノーブル伯に定着している。 自分からそう名乗ることはないのだが、一般的な通称や異名とは違い、公的に定められた一個人を指すその名は覚えがよいようだ。 ゆえに、伝え聞く風貌と実力とその盾を見て人は言うのだ。あなたがあのノーブル伯ですか、と。 ノーブル伯の名が自分の手を離れて一人歩きしていることに苦笑しながらも、リオラは主人から手紙を受取った。 表書きにはノーブル伯ではなく、リオラ自身の名が記されている。それは個人として親しい者からの頼りであることを示していたが、裏書きはない。 封書を明けてみれば、差出人はアンギルダンだった。 久しいな。アンギルダンだ。リオラ、元気でいるか? わしはますます元気だ。お主の活躍を遠くで聞き、嬉しく思っておった。 さて、本題に入ろう。 お主も耳にしているかもしれんが、わしはディンガル帝国の朱雀将軍南方攻略司令官となった。 このたび、皇帝ネメア様よりロストール攻略の許可を得て、いよいいよ南征を開始することになった。 東のカルラには負けておれんからな。 ついてはお主の力を借りたい。わしの隣りで活躍せよ。 エンシャントの政庁に来てくれ。よい返事を待っている。 手紙を持つリオラの手が震えた。いや、全身が小刻みに震えていた。 たった今、ロセンの滅亡を知り、ロストールの行く末を案じていたところだったのだ。 自分はロストールに生まれ育った者ではないけれど、紛れもなくノーブル伯なのだと悟ったばかりだった。 脳裏にロストールで出会った様々な顔が、目まぐるしく浮かんでは消える。貴族にせよ平民にせよ、それぞれに生まれた場所で、それぞれの歓びと悲しみを抱えながら生きている人々だ。 そして、最期にアンギルダンの豪快な笑顔を思い出す。 若い頃の話や長い人生の中にあった数々の冒険談。多くを語り、笑い飛ばしたアンギルダン。姿形は似ても似つかなかったが、彼の年を経た豊かさは父という存在を思わせた。 二度とは会えぬ父の面影を重ねるその人が手を貸せというのだ。 これが魔物退治や僻地探索ならば、二つ返事でとんでいったことだろう。 それなのにアンギルダンは戦争をするのだという。よりにもよって、ロストールと。 アンギルダンという人間に出会ったこと。自らが奇妙な縁でノーブル伯となったこと。 関わりのなかった二つの出来事あまりの因果な結びつきに眩暈を覚えたまま、リオラの足は港へと向かっていた。 エンシャントに向かう船に乗り込んで早々セラとデルガド船室にこもる。未だ呆然としたままのリオラは、レルラに誘われて甲板に陣取った。 心地よい潮風も、遠ざかる美しい島の景色も、ただ、リオラを通り過ぎていくだけ。 「リオラ」 不意に名を呼ばれ我にかえれば、隣りでレルラが顔を覗き込んでいた。身長差のある二人の目線があっているのは、リオラの寄りかかる手すりにレルラが腰掛けているせいだ。 「あ、何? どうかしたの?」 「どうかしてるのは君の方だよ。ずいぶんと考え込んでるみたいだけど、大丈夫?」 「ちょっと色々混乱してしまって……」 「ま、どうせ船の上じゃすることなんてたいしてないし、ゆっくり考え事をするのも悪くないと思うよ」 ひょいっと身軽に手すりからおりて船室に向かって歩き出す。と、レルラはリオラを振り返った。 「でもね、リオラ。君自身がどうしたいのかってことを見失っちゃだめだよ?」 「わたし自身が……?」 「うん。誰かのためだとか、何かのためだとか、そういうのも悪くないけどさ。後になって自分に言い訳しないようにね」 世間話でもするような気楽さで言って、レルラはリオラに手を振った。 小さな姿がすっかり見えなくなると、リオラは再び海に目を戻しながら苦笑する。 彼に特に何かを語ったわけでもないのに、まるで見透かしているかのような物言いだった。 子供のような外見につい騙されてしまうが、レルラは立派に経験豊富な冒険者だ。きっと、彼自身も色々な岐路にたってきたのだろう。 「わたし自身がどうしたいか……」 レルラの言葉を繰り返してみる。 しばらくの間、波間を見つめていたリオラは大きく溜息を吐き出した。 人と人とが争うことに関わりたくない、戦争などもってのほか……。 それが一番素直な気持ちだった。 ディンガルの皇帝ネメアは、かつて魔王と呼ばれ恐怖されたバロルを倒した英雄だ。彼の名は冒険者たちの間でも神のように讃えられている。そんな人物が一体何を望み願って、大陸統一を目指すのだろう。 見も知らぬ男の心中など量りようもないが、いずれにせよ、その手段は戦争であった。 そのことに怒りを感じている自分に、リオラは気が付いた。苦い自嘲が広がる。 自分自身にとって何が最優先されるのか、そのことがはっきりと分かったのだ。 リオラは、ただ、勝手に日常を壊す 『 他人 』 の存在を嫌悪する。憎んでいるといってもいい。 それは日常が幸せであり続けた者の言い分だろう。苦しみの日々が続けば、それを打ち壊してくれるものを諸手で迎えるはずだ。 破壊や戦いが悪なのではない。時にそれらは、産みの苦しみという形であらわれるものだから。 それでも、理屈ではなく心が拒絶するのだ。 理不尽に故郷を壊されたリオラにとって、人々の生活とそれらが根付く町を脅かす所業は自身に課すことはできない。絶対に。 どんな大義名分があろうとも、あるいは確かに善行だったとしても。 ──それが父とも仰ぐ人であっても。 ──それがロストールでなかったとしても。 どんなお題目をもってしても、戦乱になれば人々の生活は狂わされ積み上げてきた日常は容易く壊されるだろう。 そして、凶事の害を被ることになるのは、まず底部から順番なのだ。 リオラは寄りかかっていた手すりから身を起こす。 すでに後にしてきた島の影は遠くにかすみ、辺りは海と空の青一色。しばらくはうろうろとしていた他の客の姿も、甲板からは見えなくなっている。 しまい込んであった畳んだ紙片を取り出して、リオラは大きく息を吐き出した。 「ファイア」 リオラの掌で燃え上がった小さな炎は、風に踊りながら海へと散っていく。 アンギルダンからリオラへ宛てた厚意の証は、だが、朱雀将軍とノーブル伯の間においてはあってはならないものだ。 あっという間に灰すらもなくなった虚空は、哀しいほどに青かった。 |
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