- 無限のソウル -
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ロストールに巣食う最も深く濃い毒に中てられたような気がして、リューガ邸を辞したリオラは来た道を引き返していた。 本当ならばこの後は久しぶりにティアナ王女を訪ねようかと思っていたのだが、どうにも王宮に足を踏み入れる気にはなれなくなったのだ。 戻ってきた広場にはエルファスの姿はすでになく、いつもの穏やかさをとり戻している。 そこからさらに、スラムと呼ばれる下町へと足を運ぶ。 夕暮れ間際の少しずつ忙しくなり始めている酒場に、恐らくいるであろう、その人を求めて。 「よう、リオラ」 店に入った途端、気安い様子で声をかけてくる男の名はゼネテス。 ダラリと気を抜いて飲んでいる風でありながら、すぐに手の届く位置に愛用の大剣を置いて隙はない。 着くずしてはだけた服からのぞく首筋から胸元にかけての体だけでも、決して鍛錬を忘れている様子はない威風堂々とした鋼の体躯。 以前、ロストールでリオラを助けたその男が、実は相当に名の知れた冒険者であることを知ったのは少し後のことだった。 『 剣狼 』。そんな二つ名をまといながら、それでいてゼネテスはスラムのような下町の人間からも親しまれ慕われている。 けれど、いつも一人だった。 適当に手近な人間と話したり笑いあったりしている事もあったが、大抵はこの日と同じようにカウンターでポツリと一人で飲んでいる。 「飲めもしないのにまた来たのか?」 面白そうに喉の奥で笑いながら、それで、と続ける。 「今度は何が聞きたいんだ? いい冒険者になるコツか? それとも強くなりたいだったか?」 「……それはもう伺いました」 ゼネテスが口にしたのはいずれも、以前、リオラが訊ねたことだ。 よく覚えているなと思いつつ、肩をすくめながら背の高いゼネテスの顔を下から恨めしそうに見上げる。 まだ冒険者と自称するのもおこがましいほどのなりたての頃、強く飄々としたゼネテスがひどく羨ましかった。 自分に力のないことが切なく、重い目的を自らに課したことを後悔してはいないが時々息苦しくて。 いい冒険者になれば早く目的に達することが出来るような気がして、どうすればそうなれるかを訊ねた。 ──焦ることはない。お前さんがなれそうなものになればいい。それが答えだった。 自分の力のなさが不甲斐なくて落ち込んだ時、どうすれば強くなれるかを問うた。 ──今こうして生きているのだから、とりあえずはそのまま努力すればいい、と答えた。 死んでからでは遅いのだとこぼせば、それもそうかと笑ったが、なんとなく肩の力が抜けてリオラも笑えた。 「そういや、俺の自由なとこが羨ましいとか愚痴ってもいたな」 「自由とは当然にあるものでも人から与えられるものでもなく、自分の力で選びとるもの、でしたね」 「そんな柄にもないことを言ったか?」 気まずそうな照れ臭そうな、そんな笑みを口の端に乗せるゼネテスに、リオラもまた表情を崩す。 「で、どうしたんだ? さっきまで顔が強張ってたぞ。またタルテュバにでも苛められたか?」 ゼネテスは初めて会った時のことを揶揄しているのだが、当たらずも遠からずというところが恐ろしい。少なくとも原因のとっかかりではある。 苛められたという表現に対して、タルテュバ本人がどう言うかはこの際置いておくとして。 「この国に染み付いている毒気を残念に思っていただけです」 「やれやれ。無限のソウルってのは、お国の事情まで背負わなきゃならんもんかねえ」 「……なんの話です?」 「お前さんが無限のソウルの持ち主だってことさ。そう言われたことはあるんだろう?」 「それは……」 旅に出て以来、出会った幾人かにそう呼ばれたことは、確かにあった。 けれど、世界を変える者だの、人類の革新をなす者だの。そんな大それた者が自分であるとは、リオラには到底思えない。 「無限のソウルについて、俺なりに考えてみたんだけどな」 「え? ええ?」 「目の前にある時点において死ぬ運命の男がいたとする。その男を予定より早く殺す事も、逆にその男を救ってやる事もできる。それが無限のソウルってもんじゃないかってな」 「殺したり、救ったり……ですか?」 「言葉にすると、簡単だがな。その男は敵で剣の達人かもしれない。お前さんの腕で容易くどうこうできる相手じゃないのに、何らかの理由で死ぬんだ。味方であっても、義理や人情のしがらみで死ぬ覚悟をしているのかもしれない。つまりだ、普通ならどっちにしろ助けるのは不可能に近い。それでも、無限のソウルなら……」 言いかけてゼネテスは、改めてリオラを見る。 言葉の意図するところが理解できず怪訝な顔をしているが、それでも見上げる金茶の瞳はくいいるように真剣だった。 「お前さんなら、それができるかもしれん。ただ倒すことや、ただ救うこと、そんな領域をはるかに超えた、第三の選択肢すら勝ちとることができるかもしれん。それが無限のソウルってことじゃないか……と、そう思ったわけだが、言葉にするとどこかズレちまうな」 「……要するに、運命を変える者ってことでしょうか?」 眉間のしわを更に深くしてるリオラに、ゼネテスは手元に残っていたグラスの酒をあおって笑った。 「そんな難しい顔すんなって。大体、無限のソウルの持ち主だからって、お前さんの何かが変わるのか? 例えばそのために、本当にやりたい何かを諦めたり手放したりするのか?」 「いいえ、できません」 「だろ? だったら別にいいじゃねぇか。無限のソウルの持ち主だからって、何かをしなきゃいけないわけじゃないさ。ただ、後で振り返ってみた時に、もしかするとそれは無限のソウルの持ち主だからできた選択だったのかな、ってぐらいのもんだろうよ」 「だったらどうして、お国の事情まで背負わなきゃ、なんて言ったんです?」 「聞き流してくれりゃ良かったんだがなぁ。ま、普通なら諦めるか投げ出すしかないような事にまで手が届いて、結果としてお前さんはこの国に深く関わっちまうんじゃねぇかってな。国なんてもんに関わるとロクなことになりゃしない……」 ゼネテスの大きな掌がやや乱暴に赤い髪をかき混ぜるのを、リオラは苦笑で許した。 自分などより多くを、自分などより遥かに高い視点から、ゼネテスはこれまでの人生において見てきたのだろう。 最初の出会いが出会いだ。リオラのことを危なっかしいヤツだと認識していてもおかしくはないし、そんな知己が近くをうろうろすれば気にもかかるというものだ。リオラはそう認識した。 「お気遣いありがとうございます、ゼネテスさん」 「お気遣いなんて大層なもんじゃねぇって。どっちにしろ、お前さんはお前さんだ。肩肘はることはないさ。ま、テキトーに、テキトーにな」 「ええ」 何かを愚痴ったわけでも、鬱憤をぶちまけたわけでもなかったけれど、この酒場に入ってくるまで感じていた毒はきれいに洗い流されたような気がした。 かなり無茶苦茶ではあるが、ロストールに身を置く人と関わりをもったこの縁。 その人は野心を抱く貴族であったが、考えてみればそれだけのことだ。 レムオンは手駒の中に組み込んでいるかもしれないが、リオラ自身がそれに付き合ってやる必要などどこにもない。 前にエストと交わした 『 レムオンを守る 』 という約束。それはきっと、言いなりの手足になることではない、そう思う。 それにしても、わたしはわたしなりに、そんな当たり前のことを見失ってしまうなんて、とリオラは溜息をついた。 自分のようにこれまで全く政争になど無縁だった者まで簡単に絡め取る、政治や権力のしがらみというものを思う。ましてや、レムオンのようにその世界に生まれ育ったものならば、容易に逃れられないものなのかもしれない。 確かに困ったことになったなと感じながらも、リオラはまだ、悪意あるしがらみの本当の恐ろしさを理解してはいなかった。 そう、気付くには、未だしばらくの時がかかる……。 |
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