- 大切なもの < 月明かり 1 > -
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夜になって宿屋に帰ってきたところでリオラは、バッタリとセラに出くわした。 街に入ると解散してしまうため、出発するまでは特に用が無ければ会わないことも多い。 短く挨拶を交わし一緒に部屋へと向かう廊下で、リオラから漂うかすかな酒の臭いに、セラはわずかに首を傾げた。 「酒は……飲めたか?」 「あ、いえ、自分は飲んでないんですけど、ずっと酒場にいたから……」 「いたか?」 宿屋の目の前にある酒場を思い出しながら、セラが訊ねる。つい今まで自分もそこで食事をとっていたのだ。 「スラムの方の酒場ですよ」 「一人でか?」 スラムと言っても、別段、治安が悪いというわけでなく、単純に店の質の違いなのだとセラには分かっている。が、やはり、強い安酒を多く振舞う分、女性一人ではあまり気持ちのいい場所ではないはずだろう。 そこに飲んでもいない酒の臭いが染み付くほど長くいたというのだ。 「実は今日、大変なことがあって……」 隣り合った部屋の前についても、二人はまだ立ち話を終えられない。 なんといっても、苦笑するリオラの口から伝えられたのは、セラからすれば信じられないことばかりだった。 貴族が大金で買った戦闘モンスターと戦っただの、王宮に忍び込んだだの。 だが、そんな作り話をする必要などどこにもなく、さらには話に出てくる竜の首飾りまで手にしている。 「王女とまた会う約束をしたのなら持っていろ、って。でも、こんな大事なもの、簡単に受取っていいんでしょうか……」 「持ち主がいいと言うなら、いいのだろう。いらなければ捨てればいい」 「捨てれば、って、そんな簡単に!」 一国の王宮に忍び込める秘密の道具なのだ。確かめはしなかったが、恐らく他の要所、例えば国王の自室などにもつながっているだろう。少なくともこの国にとっては、最重要機密に違いない。 気安く扱っていい品ではないと思うからこそ、ちゃんと持ち主に返そうとしたのだ。 だが、持ち主であるゼネテスは受取らなかった。首飾りは正式に自分のもので今後はそれをリオラに託したのだ、と言い張って。 おかげで長く酒場に居座ってしまったのだ。 「今の持ち主はもうお前なのだろう? ならば、それを自由にしていいはずだ」 「でも……」 「重荷だと言うなら俺に寄越せ。遠慮なく捨ててやる」 「セラ!?」 困惑顔のリオラに吐息をつき、セラはプイと自分の部屋の扉に手をかける。 「だって、この国の……王女たちにとっては本当に大事なものなんですよ?」 「見知らぬ他人のことなど俺の知ったことか。モノの価値など当人が決めることだ。たかが首飾りでお前が思い煩うぐらいなら、いっそ無い方がさっぱりする」 淡々とこぼしながら部屋の中に入ってしまう寸前、セラはちらりとリオラに視線を向けた。 まだ困った顔で首飾りをしっかりと手の内に握りしめて、難しい顔をしている。 「それがお前にとって大事なモノだと言うなら」 「え?」 リオラが顔をあげると、セラと目が合う。無愛想だが無表情ではなく、呆れかえっているようだが冷たくはない黒曜の瞳。 「失くさずに持っていれば、いつかゼネテスとやらに返すこともできるだろう?」 「そ、そうですね。でも…………冒険の間中、失くさずにいられると思いますか? 戦闘だってあるし、いつ何時、何が起きるかも分からないのに」 首飾りを手にして、リオラの一番の心配はそれだった。 魔人を追う旅を続けるリオラ達にとって、戦いは避けて通れない。旅を止めるわけにはいかない。帰る家もあてもなければ、大切なものを預かってもらえるような心許せる人々ももう亡く。 本当に必要となった時に、この首飾りを失うようなことになっていたら……。 「俺が持っていてやる、そう言えば安心するか?」 確かに自分より腕のたつセラに任せれば、少なくとも失う可能性は減るだろう。 が、閉じかけの扉を肩で支えながら真剣な眼差しを向けるセラに、リオラは首を横に振った。 「わたしが自分で守ります」 「そうだ、お前が強くなって守りぬけ。それはお前の大事なものなのだからな」 当然と言わんばかりに頷き、いつも通りのぶっきらぼうな口調でセラが付け加えて呟く。 お前にはその力があるはずだ、と。 「ありがとう、セラ。そうですよね、強くなればいいんですよね」 「俺たちはそのために旅をしている」 「ごめんなさい。ゼネテスさんみたいに強い人を見た後だったから、自分の力のなさがちょっと情けなく思えて……。でも、もう大丈夫です。じゃあ、また明日の出発の時に。おやすみなさい」 顔色に明るさを取り戻したリオラも、自室の扉をあけた。 「……俺はお前を倒れさせるような真似はしない。俺の手が届く範囲でならな」 そんな声だけを残して、隣りの部屋の扉はきっちりと閉じられてしまった。 部屋に入ったリオラは床に荷物と剣と着ていた胸と肩だけを覆う身軽な防具を脱いでをおろし、首飾りだけはそっとベッドの脇の小机に置く。 身軽になったところで、窓にかけられたカーテンを少しめくって表通りを見下ろす。 目の前にある酒場からちょうど出てきたところ。すっかり遅くなって帰る男の足はよろよろと不安定で、危うく置物に足をとられそうになりながらも、家があるのであろう通りの角へとたどりついた。 ふと男は顔を上げて、空を仰いだ。なんだかとても幸福そうに笑い、それからまたゆっくりと歩いていった。 「ああ、月明かりに感謝したのね」 男に倣って天を見上げたリオラの目には、遠くから細い光を投げかける月。 すでに就寝の時間を迎えはじめているこの街の、大半の人にはたいして意味がないけれど、闇夜を歩く人々にとってはかけがえのない月明かり。 必要とされようとされまいと、ただ静かにそこにあって我関せずとばかりに空に輝くだけ。 冷ややかな蒼白い光は、けれど優しく足元を照らし出す。 先ほどの男が無事に家まで帰りつけるようにと、リオラは月の神セリューンに小さく祈りを捧げカーテンを閉じた。 めまぐるしかった一日に相応しく、ベッドに横たわった途端どっと眠気が襲ってくる。 半ば以上夢の中に陥りながら、ふと、思う。 「セラは……あの月に……似て…………るかも……?」 呟いた言葉は、夢の中に消えていった。 |
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