気づいた思いと変わらぬ思い……結局カイルはガキのまま
<< このお話は [ Time to Party-Hearty! ]( 座談会 ) と連動しています >>

 酷い目にあった。言ってしまえはこの一言に尽きる。
 昨日、ヒューゴサンの結婚式があった。流石に状況が状況だけに、端正な顔立ちに似合う凛々しい表情をしたヒューゴサンは素直に格好良いと思った。
 その……新婦である五人の女性達も、普段の超絶暴走振りからは想像もつかないほどに綺麗だった。……オイフェがウエディングドレスを着たら、どうなってしまうのだろうか……うぉ、鼻血が出そうだ。
 昨日、ヒューゴサンの結婚式に招待された。そんな華やかな場に招待された他の客もまた、重役といっていいほどの面子だった。何せ、剣聖であり、四英雄の一人に名を連ねるヒューゴサンの挙式なのだ。この位なら、驚くことのほどでもないのだろうか。
 まぁ、俺からすれば殆どがいつものメンバーということになる。ディンガルの皇帝と元ノーブル伯に元竜字将軍と四英雄が勢ぞろい。そして各神殿の神官長等々、傍から見れば凄まじい面子だったのは言うまでも無い。
 だが、そんなめでたい席にあっても、俺は終始使いっパシリ。多くの雑用を申し付けられ、式の手伝いどころか指輪の交換時には、ヒューゴサンの指輪代わりに装備一式を積んだ台車を運ばされた。正直重かった……正直不満だった。
 まぁ……それを差し引いても、あのような重要な式に俺なんかを招待してくれたヒューゴサンには感謝している。生涯において、あれほど美しい誓いと言うものは存在しないだろう。結婚式に呼ばれるなんて初めての事だったが、とても良い体験になった。
 終始、式の準備などで使いパシリにされる。そんなことは、まぁ日常茶飯事だ。冒険者と言う職業の仲で、俺ほどパシリの似合う男も居まい……コンチクショウ。
 だが、ならば何が酷い目にあったと言うのか。

 問題はその後の二次会だ。
 飲めや歌えやの大宴会。高級な果物や菓子、酒などが振舞われた素晴らしい二次会であった。そう……ユーリスが酔って暴れだすまでは!
 まず最初の惨事がこれだ。俺も酒は強い方じゃないが、人並みに飲める方だと思う。未成年だとか言う突っ込みは、次元の狭間にでも置いておいてくれ。
 まぁ、軽くあおる程度に酒を飲んでいたのだが、唐突にユーリスが俺の飲んでいた葡萄酒のボトルを掴み、一気に飲み干してしまったのだ。
「おいしいジュースですね、これ」
 などと言うものだから、酒に強いものだとばかり思っていた。だが、その言動をおかしく思うべきだった。
 まず、酒とジュースを間違った事自体が問題だったのだ。葡萄酒を飲み干して先程の言葉を残していくと……その辺に転がっていた葡萄酒を一気に飲み始めた。まるで水でも飲むかのように。
 ボトルを三本ほど空けた頃だったろうか。ユーリスが大声で意味不明な言葉を叫び始めた。顔を真っ赤にして……今思えば頭から煙が噴出していたような気もする。
 つまり、酔っ払ったのだろう。どこからともなく取り出した意味不明な薬を撒き散らしたり、レーグを顎でこき使いつつ馬乗りにして遊びまわったりしだした。まぁ、これは酔って豹変したユーリスを気づかって近づいていったレーグが悪い。ご愁傷様……とりあえず、ユーリスを一般規格の少女と一緒にしてはだめだと理解できただろう。
 元剣聖を玩具にする少女。傍から見ていても壮絶に恐ろしい光景だった……そこにレーグではなく俺が駆け寄っていれば、あれの二の舞になっていたのだろう。正直ゾッとします……ハイ。
 とりあえず難を逃れて席を外すと、今回の主賓と会話している集まりがあった。良く見ると、四英雄の面々が腹を割って話している。そんな場面に出くわしてしまい俺なんかが割って入ってよいものか悩みもしたが、とりあえずユーリス暴走の危険の報せと、どんな話をしているのか興味があったのでその場へお邪魔した。
 思いのほかすんなり受け入れてくれたのは、意外と嬉しいものだった。といっても、知らない仲じゃない……というより良く知った方々なので今更なのだろうが。何処となく居心地の良さを感じてしまい、そこへ居座ってしまったのが失敗だったのだろう……。まさか、あんな話をされるとは思わなかった。
 唐突に一号だ二号だっと何を言い出したのかと思いきや、ユーリスと……夫婦だとか言う噂が流れてるという話から始まり、オイフェがどうのこうの、ヴァイディアスとヒューゴさんに恋愛相談するのは無謀だとか、果ては数日前のロストール城内での地獄の一時を思い出させられまでした。
 まぁ所謂、恋愛相談にいつの間にか発展していたが、その後は微妙に話しがずれてくれて……とは言っても、会話の合い間にそこそこ酷い目にあっていたような気がしなくもないが……。
 結局、相談するなら女性が良いんじゃないかということで、暫く考えた結果。ユーリスかクリュセイスに聞くのが妥当なんじゃないか? と思ったのが失敗だったらしい。
 急に訪れた沈黙の後。鬼門だなんだ、死にたいなら殺してあげるとか、一斉に捲し立てられた。その時は、そんなこと言われる理由が解らなかったが……まぁ、それはおいて。一番ダメージが大きかったのは、ユーリスとクリュセイスについての話をされた時だった。

『 お二人を女性として全く意識していなくて、あちらが女性としてカイルに迫ってきても同じようにいえます? 』
『たとえば、カイルに恋愛感情をもってそれこそ恋人になりたいと言ってきたら、どうするんです? 』
 リオラさんからこの言葉を聞いた時、行き成りの事で何を言われているのか解らなかった……。この『お二人』というのがユーリスとクリュセイスだと言うのは解っていたが、二人に限って俺を……そんな風に見ているとは思っていなかったのだ。勿論、確証はない。ただの憶測でしかないのだが。
 ユーリスとは、旅が始まってからずっと一緒で、最高の相棒だと思っていた。クリュセイスとの出会いはあまり良いものではないが、最高の仲間だと今では思っている。だというのに、妙に意識してしまって気まずい……。
 現に、二次会が終わった後。暴れ散らして疲れ果てたのか、オイフェの膝の上で小さな寝息を立ててユーリスを見て、ホッとしてしまった。あんな話をされた後では、まともに顔を合わせられない。オイフェとも、なんとなく気まずくて会話すらできず、その場は神殿内のエアに頼み込んで遠距離転移でリベルダムへと運んでもらう事にした。そんな状況の俺を見て、ヴァイディアスは人の悪い笑みを浮かべていたが、アノヤロウ。
 その日、ユーリスはオイフェが抱きかかえていき総督府の客室に泊める事になったが、俺は遠慮して街の宿屋に泊まる事にした。はっきり言って、朝起きた後にどういう顔をして言いか解らないし……。
 そして……まぁ、今に至る。ユーリスが起きて来るより早く、早朝から店を開けていた酒場で茶を飲みながら、ボーっと昨日の事を思い返していた。


「はぁ……何の根拠も無いことなのに、何をうろたえてるんだろうなぁ」
 丁度良い、飲みやすい温度になった茶を口に含む。こうして考え事をしているだけなのに、妙に落ち着かない。茶が飲み頃になった時には、喉がカラカラになっていた。
 幸いここはリベルダムでも街中にある酒場ではなく、スラムのほうにある酒場である。五月蝿くも無く、静かでもない。昼間の程々の喧騒の中、耳障りでない位のざわめきが少し気を紛らわせてくれているのか。あまり暗く沈みこむ事は無かった。
 スラムの酒場であれば、ユーリスは寄り付くことは無い。大体酒場と言うと街中のほうへ出向くことが多かった。ここに酒場があることすら、ユーリスは知らないだろう。そう思うだけで、少しは気が楽になる。ユーリスが隣に居ないことなんて、今までを見ると稀な事だが今はそのほうが助かるというものだ。
「はぁ〜………」
「ぁっ、カイルさん! お久しぶりです!」
 深い溜息をついていると、入り口の方から懐かしい声が聞こえる。ここ最近は、色々と忙しくて会うことの無かった者の声。
「あぁ……、久しぶりだね。こんにちは、ノエル」
「はい! こんにちは、カイルさん」
 満面の笑みを浮かべて俺に挨拶を返す。何の含みの無い真っ白な笑顔。ノエルの純粋さに当てられて、少し気分が軽くなる。
「珍しいですね、カイルさんがこっちに居るなんて。今日はお一人なんですか?」
「あぁ。ちょっと考え事があって、一人になりたいからこっちの酒場に来たんだ」
「そうなんですか? あ……じゃあ、私が居てはお邪魔になってしまいますね……」
 そう言ってうつむいてしまった。少し寂しそうな表情をして……明らかに気落ちしているな。流石に、このまま追い返してしまうのも可哀想か。なにより、このままうじうじ考えていてもしょうがないだろう。
「そんなことはないさ。このまま考え事して、沈みっぱなしでもしょうがないしね。ノエルと一緒なら良い気晴らしになるだろうからさ」
 向かい側の席を勧めつつ、茶をもう一つ追加注文する。勿論、自分の分ではなくノエルの分だ。最初は遠慮がちだったが、席について茶を口にするといつもの朗らかな笑みが戻ってきていた。
 やはりノエルと一緒に居ると和む。リオラさんに言われた言葉は、じっくりと考えなければならない事だが……息抜きも必要だろう。その点ではノエルという人物は最適だと思う。一緒に居るだけで気分が安らぐ者は稀有な存在だ。
 そして他愛無い世間話が始まった。最近は何処に拠点を置いて旅をしているだとか、受けた依頼についてとか、自分たちの近況を笑い話を交えつつ話した。
 ノエルと出会うときは、特に約束をして待ち合わせをするわけではない。時折ギルド経由で伝言を貰ったりもするが、大体が酒場や道具屋やギルド等で偶々出くわして、茶を飲みながらこういった世間話をしたり買い物をしたりする程度。
 今回もそれと同様に、全く偶然の出会いである。いつも何かと行き詰ったり、少し落ち込んでいたりする時に、丁度良いタイミングで現れてくれる。相談に乗ってくれたり、気晴らしになったり……ある意味掛け替えの無い存在だ。思い返してみれば命を救われた事もある。感謝してもし尽せないとはこのことだ。
 ユーリスが最高のパートナーで、クリュセイスが最高の仲間だとしたら、ノエルは最高の親友だろう。ある意味俺は恵まれているのかも知れないな。

「とまぁ……昨日のヒューゴサンの式は色んな意味ですごかったんだよ。そりゃあもうねぇ………」
 こっちの話す内容に、熱の篭った声で相槌を打つノエル。やはり、女の子だけにそういうイベントに憧れるものなのだろうか?
 一通り話し終えて、一息つくために冷め切った茶を飲んで喉を潤そうと口に含んだ瞬間。
「ところで、カイルさんの考え事ってなんだったんですか?」
「ブフォッ」
 殆ど不意打ちに近かった。会話に熱中しすぎていて、頭の隅に追いやっていた悩みを唐突に掘り返され、思わず吹いてしまった。ノエルに掛かったりしていないだろうか……。
「だ……大丈夫ですか?」
「ゲッホ、ゴホ。あぁ、大丈夫、ノエルも大丈夫?」
 とりあえず、ノエルは無事のようだ。これは悩み……といえるほどの内容でもない気がするが、結局はどうにかしないと気まずくて仕方が無い事でもある。ユーリスとクリュセイスが……俺の事をどう思っているのか。こー、ノエルにでも相談してみようか……とそういえば、ノエルともこうしてよく会ったりしてるけど、俺と一緒に居る事をどう思っているのだろう。例えば、迷惑だったりつまらなくは無いのだろうか?
「えっと……さぁ。聞きたいことあるんだけど」
「はい? なんでしょうか」
 屈託の無い笑みで返してくるので、なんだか聞きづらい。もしこれで、迷惑に感じていたらどうしよう……。だが、ユーリスやクリュセイスと同様に、付き合いの深いノエルに質問すればきっと参考になるはずだ。
「あのさ、ノエルは俺とこうして一緒に居て、楽しいのかな? って思ってさ」
「え……?」
 その言葉を聞くと、ノエルは小首を傾げ、一瞬間をおいた後。顔を真っ赤にして慌てだした。何かまずいことを聞いてしまったのだろうか……。
 なんだか話しかけづらい……。問題解決のための質問だったのに、ノエルとも気まずくなるのは避けたいところだ……。
「えっと……ですね」
「ここらで一発、ギャグの一つでもかますべきか……っと、何?」
 打開策を思案していると、ノエルの方から切り出してきてくれた。少し安心する。
「わ……私は、カイルさんと一緒に居て楽しいです。むしろ、一緒に居られるだけで十分って言うか……。そ、そのですね。こうしてカイルさんとお付き合いさせてもらっているだけで、私は大満足ですから!」
 顔を真っ赤に染め、もじもじと体を縮めながらノエルはそう言いきった。
「お……お付き合いデスカ」
「は、はい! お茶を飲みながらお話したり、買い物を一緒にしたりしてもらえるだけで、私はその……楽しいです!」
 依然として顔は真っ赤なままだが、輝くほどの笑顔でそう答えてくれた。俺は、ノエルと一緒に居る事で結構気晴らしになっているが、ノエルも俺と一緒に居るだけで楽しいと言ってくれるのは嬉しい事だ。
 しかし……お付き合いか。確かに、ノエルの言うとおり会ってすることといえば、その程度でしかなかったが……世間一般だとそういうのはなんと言うのだろう。
「ぅ……昨日の今日だけに、変な方向へ思考が行っちゃうな」
「え? 変な方向ですか?」
 手で顔を覆いながら、深く溜息をつく。ノエルも、そんな状態で呟かれた俺の言葉が気に掛かったようだ。
「いや。周りから見たら、今の俺達ってどう見えるのかなって思ってさ」
「どうって……」
 その瞬間、今度は顔どころか耳の先まで真っ赤に染めて、ノエルはうろたえだした。流石に俺も、ノエルを直視できなくなり目を逸らしてしまう。
 しばらくの間、会話が途切れ沈黙が訪れる。気まずい。果てしなく気まずい。この状況をどうやって打破しようかと考えていると、唐突に酒場の時計が鳴り始めた。正午を告げる十二回の音が、時計塔から鳴り響いたのだ。その音が、ノエルとの間にある何ともいえない空気に割って入ってきてくれた。
「あ、あの……私、そろそろ失礼します! ギルドから斡旋したい依頼があるから、午後には寄って欲しいと頼まれているので……」
「あ、あぁ。またね」
 別れの挨拶をすると、そのまま物凄い勢いで酒場から出て行ってしまう。流石にノエルも居心地が悪かったようだ。一先ず、朝の時のような一人だけの空気に戻り、大きく深呼吸をする。
 俺は今まで、人と付き合うということをこんな風に考えたことなんて一切なかった。ユーリスやクリュセイスに対して気まずくなるとか、ノエルとの出会いをこんな風に考えることも、オイフェと一緒に居て会話すらできないなんて……まず在りえなかった。
 オイフェが好きだと言うだけで、それ以外のことをまったく考えずに行動していたのだと改めて気づかされる。自分が他の人に向ける思いや感情にしか今まで目を向けてこなかった。オイフェは別として、他人が俺のことをどう思っているかなど、あまり深い部分まで考えたこともなかった。
 だから、物事をあまり深く考えず、感情に任せての言動が多かったと思う。まぁ、これは昔から自覚はあったが、自分がどう思われているかという事を置いて今までを思い返してみると……ずいぶん考え無しな言動が多かっただろうな。
 頼まれたり、困っていたりすれば、簡単に安請け合いしてしまう。殆どの場合、俺にどんな悪意や好意が向いていようと、自分を頼って来るものを拒もうとはしなかった。むしろ、拒む必要があるのだろうか、とも思っていた気がする。
 そのせいで一緒に旅してきたユーリスには苦労させたんだろう……そういえば、第二次ロストールの時のカルラにも、随分酷い事を言った気がする。感情に任せて、思ったこと全部ぶつけてしまったのだから、そこそこ傷つけたのではないだろうか……。まぁ、あの頃は敵同士だったし、よしとしよう。
 ……俺はオイフェが好きだ。少なくとも、これだけは誰にも譲れない想いである。いつかオイフェより強くなって、彼女を護れる様になってみせると誓った時に手にした弓がそれを証拠付けている。『愛情』の名を冠する弓、『エフェクション』はオイフェの事を思って名づけたのだ。
 だけどもし、万が一の場合に……ユーリスやクリュセイスが俺の事を思ってくれていたらどうするのだろう。俺は拒むのか? 彼女達を……。
 少なくとも俺は、彼女達をオイフェと同じくらい大切に思っている。これは何も恥ずかしがる事じゃない。自分にとって彼女達は、何にも変えがたい存在になっているのは確かなのだから。
「あー……だめだ。やっぱり、こういう考え事は合わないな……深く考えすぎちゃうよ」
 席を立ち、カウンターに代金を置く。
「まいどあり、今日はもうお帰りかい? って、なんだその顔は、あんたらしくないねぇ、悩み事でもあるんかい? いつもの、『金色の流星』の二つ名に相応しい何も考えてないように見える程の、馬鹿みたいに明るくて元気な笑顔はどうしたよ」
「あ……あはは……。まぁ、色々在りまして……また今度来ます」
 扉を潜り、外へ出る。……的確だ、的確すぎるぞ、親父さん。以前の俺と今の俺の心境を見事に捕らえている。流石、十年以上もスラム街の人達や、多くの冒険者を相手に経営してきただけはある。人を見抜く力はずば抜けているようだ。……そういえば、相談するなら酒場の親父が良いとも言っていたな。今度、相談ごとに乗ってもらおう。
 今頃、ノエルはギルドで依頼を受けているところか。そっち方面へ行って、再び出くわすのもうまくないので、とりあえず広場へと向う事にしよう。


 広場の人通りはそれほど多くは無かった。誰かと待ち合わせでもしているのだろう、数人が時計塔の周りで時間を気にしながら立っている程度で、他には偶に居住区や港方面から素通りしていく人が居るだけだ。
 時計塔のある広場。ここは俺にとっても馴染みの深い場所だ。
「なんていったって、クリュセイスと初めて会った場所だもんなぁ」
「懐かしいですね。まぁ、あの時の事は大変申し訳なく思っていますが……」
 あの時の事。それはまだ、俺にロティ・クロイス暗殺の容疑が掛かったばかりで、唐突に現れたクリュセイスに問いただされ連行されそうになった時の事だ。あわや捕まりそうになった所を、偶然通りかかったゼネテスに助けられて難を逃れたのだが……ん、ちょっとまて。なんかおかしいぞ。
「本当に……今思い返すと、なんとお詫びしてよいやら……」
「だから、俺は気にしてないって。だからクリュセイスも過ぎたことなんて忘れ……ん? うぉあ! なんでクリュセイスがここに居るのさ!?」
 そう、ここには一人で居たはずなのだ。なのに、自然と会話が成り立っている辺り、おかしいと思った。よくよく見れば、会話の相手はクリュセイスで、俺の直ぐ後に居たりする。
「……普通に会話していらっしゃるから、気づいていたものだと思っていましたが? まぁ、そんな所もカイルらしいといえばカイルらしいですね」
 くすくすと控えめな笑みを浮かべるクリュセイス。どうやら、今気づいたことを怒っているわけではないようだ。
「解放軍は解散し、正式に我々の行動が認められるようになりましたからね。その準備に色々と必要になるものも出てくるでしょうから、家のほうへ取りに来ていたのですよ。そうしたら、カイルが時計塔を見上げているものですから、声を掛けただけです」
「そ……そうですか」
 どうやら本当に偶然らしい。しかし、偶々ノエルと酒場で会い、偶々クリュセイスと時計塔で会うとは……偶然とは連続して起こるものなのだろうか。
「まぁ、正式に認められたとはいえ、リベルダムのあの家に帰るつもりはありませんから、今のうちに運んでおきたい物を全て選んでおこうかと思いましてね。あの家にはもう、私以外に寄り付く者は居ません。それに、私達解放軍は数ヶ月とは思えぬほど長い時間をオズワルドで過ごしました。それは居心地が良いと思えてしまう位に……」
「そっか、あんな町外れな田舎の森の暮らしで、そこまで満足してくれたのはうれしいよ」
 これは本当に嬉しいことだ。リベルダムの市民階級であり、富裕層の区画で暮らしていたクリュセイスには、魔物の徘徊する森の中にあるオズワルドの村の暮らしでは不満だらけだろうと思っていた。それこそ富裕層と田舎村の暮らしは天と地の差があるといっていい。
 更に言えば、廃村と化していた村を立て直して住む事になったのだ。働かざるもの食うべからず。最初の頃は、家屋の修復や荒れ果てた田畑を耕したりと、休む間もないくらい忙しかった。こんな重労働がクリュセイスに出来るだろうかと心配していたが、率先して家事炊飯や農作業を行い頑張っていた。確かに、上の者が何もせずサボっていては、下の者も動かないだろうが、そういう所を見てもクリュセイスは立派な指揮官だと言える。
「カイルには悪いかも知れませんが、私達が帰る場所というともうオズワルドしかないでしょう。少なからず、ここは既に私達の知っているリベルダムではないのですからね。我々の活動の拠点をオズワルドに置くわけにはいきませんが、オズワルドを帰る場所にしたいと思う者は、解放軍の同士達にも多いと思いますよ」
「そんな、悪いなんてことないさ。クリュセイス達がよければ、ずっとオズワルドに居てくれて構わないよ」
 つまり、まだ解放軍の同士達はオズワルドに居てくれるということなのだろう。俺も帰る場所というとオズワルドしかないが、いざ帰って母親以外に人が誰もいないというのは正直寂しいと思う。母さんも廃村に一人で住むよりも、解放軍の皆と一緒のほうが楽しいはずだ。まぁ……公になってしまった以上、ロストール領であるオズワルドへ帰ることが許されるかどうかは、ヴァイディアスの手腕による所か。
「それに、アスティアさんは解放軍の同志達にも大人気ですしね」
「ゲ……マジ?」
「えぇ、一種の偶像崇拝のようなものでしょうね」
 にこりと、肯定の笑みを浮かべるクリュセイス。確かに、母さんは外見だけ見るならまだ若い。むしろ、この間のユーリスの魔術薬の件で二十歳前後まで外見だけ若返ってしまっている。しかも、息子の俺が言うのもなんだが……美人だ。クリュセイスの話によると、若く美しい外見に子供一人を育て上げた豊かな母性は、解放軍の男性陣だけでなく、数少ない女性陣にも大変人気があるらしい。
 母性……どちらかと言うと鬼女? いや……これ以上は考えないようにしよう。うん、そうしよう。しかし……一応、未婚とはいえ人の母親なんだから、その辺はわきまえて貰いたいものである……。
「っと、なら今日は忙しいんじゃないのか? 色々と必要な物を探さなきゃならないだろうし」
「いえ、それならば大丈夫です。朝早くから作業をしていましたから、もう後は運び出すだけですので。夕方頃にはリベルダムを出発しますが、それまでは特にすることもないですし……その口ぶりだと、カイルは何か予定でもあるのですか?」
「ん、それなら良いんだけどね。指揮官のクリュセイスが、用も無いのに俺なんかと一緒に居て良いのかなぁって思っただけだよ」
 そうか、夕方に荷物を持ってオズワルドへ向うなら俺も手伝ったほうが良いかもしれない。そう思って横を見ると、何故かクリュセイスの表情が不機嫌そうになっていた。
「ど……どうかした?」
「私は、用がなければ貴方と一緒に居てはいけないのでしょうか……」
 ……ハイ?  
「い、いや。そういうわけじゃ……」
「それとも、私と一緒に居るのが嫌だというのならば、どこか別の場所へ行きますが……」
 別にそういう気は全くない。というか、今の状況だと俺が悪い感じなのか!?
「イヤイヤイヤイヤ。そういうつもりは全くないから!」
「ほ、本当ですか? それを聞いて少しホッとしました」
 ……なんだろう。昨日までの俺なら、こんな場面で慌てないで居る自信があるのだが……。妙にそういう話題に敏感になってしまっている気がする。
「な、なぁ。むしろクリュセイスは俺と一緒に居るのが嫌だったり、つまらないって事は無いの?」
「え……カイルと一緒にいて、ですか?」
 俺自身はクリュセイスと一緒に居ること自体は全く苦ではない。むしろ、クリュセイスと一緒に居る時の落ち着いた雰囲気は好きなほうだ。だからと言って、クリュセイスが俺と一緒に居ることを好んでいるかは解らない。
 昨日もリオラさんに言われたが、俺と一緒に居た事でクリュセイス達は出会いを逃しているかもしれないと言っていた。もし、嫌々つき合ってくれているのだとしたら、言われたとおりにちゃんと距離を置くべきなのだろうか……。
「私は……その、カイルと一緒に居るのは特に嫌ではないです。むしろ、偶にしかオズワルドに帰って来てくれませんから……一緒に居られる時くらい傍に居たいというか……。べ、別にいつも傍に居たいと言う訳じゃなくてですね! それは、時々ユーリスが羨ましいとか思うときもありますけど……偶にしか会えないからこそ貴重な時間なのであってですね……」
 最初以外はぼそぼそと小さな声で呟くように、落ち込んだり慌てたりしながら答えてくれた。まぁ確かに、偶にしか会えないのは事実だし、そういう時間は大切にしないとなのだろうか? ちらりと横を見ると、当のクリュセイスは、未だうんうん唸りながら呟いている。
「そ、そっか……」
 クリュセイスの言動をどう受け取って言いかよく解らず、空返事で返してしまう。すると、一人で突っ走って考え事をしていたのに気づいたのか、慌ててこちらに向きかえった。
「あ……あの、ええとですね! つまり、貴方と一緒に居ることは嫌ではないというわけで……」
「ほんとに?」
「勿論です! 私はカイルと一緒に居られるだけで嬉しいですから! ぁ……」
 思わず聞き返してしまったが、返ってきた言葉は以外に熱の入った言葉だった。まぁ……その、どう答えていいものなのだろうか。
「は、はは……ありがとう」
「ぇ、えっと……」
 流石に何か言わなければと思って、口から出たのは苦笑い。クリュセイスはノエルの時と同じように耳の先まで真っ赤に染まっている。
 俺は苦笑いのまま、クリュセイスは目を逸らしたまま沈黙が訪れる。居心地の悪さまでノエルの時と同じにならなくても……。どうしたものかと考え込んでいると、唐突にクリュセイスを呼ぶ声が遠くから聞こえてきた。
 どうやら、クロイス邸の方からの呼びかけらしい。同士の一人が、何か気に掛かることがあってクリュセイスを呼んだに違いない。
「ど、どうやら呼ばれたようなので……その、私はこれで失礼します。で、でわ!」
 これまたピューっと走り去っていってしまう。そりゃあもう、いつものクリュセイスからは想像もつかない程の速度で駆け出し、富裕層の方へと消えていった。
 とりあえず、助かったと言うべきか? ありがとう、元解放軍の同士よ……。ちょうどいいタイミングでクリュセイスを呼び戻してくれて……。
 緊張から一気に開放され、思わず腹の虫が鳴く。考えてみれば、朝からずっと悩みっぱなしで食事を取っていない。そりゃあ、空っぽの胃が空腹を訴えもしよう。
 時計塔を見上げると、短針は一の数字を、長針は十二の数字を指している。午後一時になったばかりなら、まだお昼時と言ってもいいだろう。朝から茶しか飲んでいない事を思い返して、燃料不足を主張するかのように強い空腹感が襲ってきていたりもする。
「とりあえず……街中の酒場で昼食でも取るか」
 こうして酒場の方へと歩みだした。


 目の前に注文した料理が運ばれてくる。流石に商業都市だけに材料が良いのだろが、それだけでなく料理人の腕も確かなようだ。鮮やかに盛り付けのされたサラダと、熱々のスープ。ミディアムレアに焼かれた香ばしいサイコロステーキと焼きたてのパン。
 この酒場の格安のランチセットメニューの一つらしいが、この安さでこのボリュームはとても素晴らしい内容だ。空腹感もあいまって、涎が垂れそうなくらい美味そうに見える。
 とりあえずサラダを食べつくし、ステーキを口に運ぶ。口の中に溢れる肉汁の旨味に、思わず笑みを零してしまう。次にパンをかじり、それをスープで流し込む。
 美味い。今までリベルダムへ来るとオイフェの所へ即座に向っていたので、この酒場で食事をとるということは殆ど無かった。ロストールの酒場の食事も評判通り美味かったが、中々どうしてここの酒場の料理も引けをとっていないな。次からはここで食事を取るのも良いかも知れない。
 さてもう一口、ステーキを口に運んで咀嚼していると。
「あー! やっと見つけましたよ、カイル様!」
「ぶほぉ!」
 酒場の入り口から飛び込んできたユーリスを見て、噴出してしまった。場所は違えど、今日二度目である。全く持ってご迷惑おかけします……。
「全く、朝起きたらカイル様の姿が何処にも見当たらないんですもの。宿屋に居ると聞いて探しに行っても居ないし、やっとこさ見つかりましたよ。ぁ、私はサンドウィッチのセットで、冷たい飲み物もお願いします。勿論、カイル様につけておいてくださいね? 全く朝から走り回ってまで、カイル様を探す私って健気かも、ふふ」
「お前……いきなりやって来たと思ったら、即座にたかるなよ……」
 注文を終えると、即座に相席してくる。実際に面と向かって会って見ると、気まずさなんて何処吹く風だ。そうだよな。ユーリスとはどんな状況であっても、こんな風に馬鹿みたく明るい雰囲気で居られたじゃないか。それが絶体絶命の状況でも、それがどんな真面目な場面でも、ユーリスは上手く俺をフォローしてくれていた。
「なんか……今まで悩んでいたのが馬鹿らしくなってくるよ」
「えぇ、カイル様に悩み事があったんですかぁ? ちょっと意外かも」
 大げさなアクションで、わざとらしく驚くユーリス。これには流石にむかつきますよ、エェ。
「そりゃ、俺だって悩みの一つもあるっての!」
「どーせ、また厄介事でも抱え込んでしまって、どーしよーとか思ってたんじゃないですか?」
 ……あながち間違いではない。その厄介ごとの対象の一人がお前ではあるんだが。
「ほーら、沈黙は肯定とみなしますよ〜。全く、解りやすいですよねぇ」
「うーるせぇー」
 とりあえず、いつもの雰囲気に戻った所で食事を再開した。


「しっかし、今まで色々あったよなぁ」
 パンを二度ほどおかわりし、ステーキも食べ終わって満腹感で一杯になった所で、思わず口に出た一言だった。
「行き成りどうしたんですかぁ。今でも色々ありまくりですよ」
 まぁ、確かにその通りなのだが……。
「いやさ……元々、ユーリスは唯の魔術アカデミーの学生だったわけじゃん。なのに、行き成り冒険者の仲間になったり、解放軍に入ることになったり、魔獣と戦ったり、戦争に参戦することになったり、果ては邪竜やら魔人やらとさぁ。命の危機なんて幾らでもあったわけじゃない。はっきり言って、何度死んでいてもおかしくないような旅をしてきたわけだ」
「まぁそうですね。その大半が、カイル様の勝手な都合のせいだというのには、目を瞑るとして」
 痛い……言葉の棘が痛いです……。まぁ、今考えると反論の余地も無いのでスルーする事にしよう。
「まぁ……つまりだ。そんな状況にあってまで、何でユーリスは俺の旅について来てくれたのかなって思ってさ。今だって一緒に旅してるけど、前にネメアが執り成してくれたから、いつでもアカデミーに戻れるようになってるわけじゃん。なのに、何で……」
 元々ユーリスは魔術をかじっていたとはいえ、一般人だったのだ。アミラルの宿屋でユーリスを救ったのは、確かに俺だが……だけど、別に旅に同行しろと強制した事は無い。戦争が終わり、元皇帝ネメアの権限で、ユーリスはいつでもアカデミーに復学できるようになった今でも、一緒に旅をしている。それは何故なのだろう。
「ん〜……別に、何故といわれましてもねぇ。私がカイル様について行きたいと思っただけで……、それに途中からはレーグさんも一緒でしたし、そんなに危険ってわけでも無かったじゃないですか」
 レーグが一緒だったとはいえ、それは戦時中でも本当に最後のほうだ。今も時々、一緒に旅をしているが、大抵はオズワルドで元解放軍の同士に稽古をつけているか……農作業に没頭しているかである。今まで戦いにしか生きる道を見出せなかった男が、偶々オズワルド復興の時に農作業を担当した事で何かに目覚めてしまったらしい。旅を共にしている時も、農作業の本を読んでいる時がある。
 それはまぁ、さておいて特に主だった理由は無いのだろうか? だがそれだけで、あんな危険な旅についてきくるのもどうかと思うが……。俺についてきたいと思っただけと言ったが、ユーリスは俺の事を。
「ユーリスは、どう思っているわけ?」
「ほぇ? 何をですか」
「いや……俺の事をどう思っているのかなって……」
 一瞬、心臓が飛び出るかと思うほどドキっとしたが、結構自然に質問できたと思う。ぶっちゃけ、うじうじと悩んでいた様な内容の答えは返ってこないと、案外普通の答えが帰ってくるだろうと先程からの会話で思っていた。
「どうって、私はカイル様の事が好きですけど? 馬鹿で、考え無しで、お人好しな所も含めて」
「ふむ、そっか」
 答えが返ってきたことを確認すると、食後の茶を飲み始める。うん、飲みやすい温度になっているな……って。
「はぁぁぁ!? 今なんて言ったんだ!」
「馬鹿で、考え無しで、お人好しな……」
「その前だ!」
 しかし、ユーリスから帰ってきた答えは、悩みどおりに意外な言葉だった。
「カイル様の事が好きだって言ったんですが?」
「……それはLIKEという意味で?」
「LOVEでに決まっているじゃないですか。あ・い・し・て・い・ま・すってことですよ」
 ……なんでこいつは、こんな恥ずかしいような事をさらりと自然に言ってしまえるのだろうか……。しかも、その後の態度は全く変わらず、さも当然のように、むしろ何事もなかったかのように振舞っている。うろたえている俺が馬鹿みたいだよ……。
「えっと……その…・・・ぅぁ、なんて言うかだな……」
「ぁー、気にしないでください。別に、今のカイル様に告白されて、直ぐ答えが出せるような余裕が無いことくらい解ってますからね」
 ……なんかすごいムカツク。
「で……でも、こういうのはちゃんと答えなきゃいけないものだろう?」
「だから、今の時点でカイル様から答えを貰おうなんて思っていませんよ。第一、私が前からカイル様の事を好きだって、全然気づいてなかったでしょう?」
 呆気にとられたまま小さく頷く。きっと今の俺は、青ざめた色ですごい間抜けな表情をしているに違いない。
「まぁ、つまりそういうことです。あ、あとですね。変に意識するのも止めてくださいね? いつも通りで良いですから、行き成り態度を変えられても困りますしね。どーせ、悩み事っていうのもこういう事でうじうじと悩んでいたんでしょう。カイル様の質問にしては、おかしいと思ってましたからね」
「うぅぅ……」
 全て見透かされている。それはそれですごく恥ずかしい……。青かった顔が一気に真っ赤になっていくのが自分でも解る。
「全く、これじゃ自分だけじゃなくて他の方のほうが可哀想ですよ。カイル様って思ったより鈍感かも」
「反論の余地もないけど……ん、他の方ってもしかして……」
「はい、スト〜〜〜ップ。その辺はご自分でお確かめください。私からは何も言えませんからね」
 席から立ち上がり、酒場の主人にご馳走様と一言告げると、ユーリスは入り口の方へと歩いていく。
「ぉ、おい。ちょっと……」
「いいですか、今日の夕方までにそのおかしな言動をどうにかしておいてくださいね? 誰の入れ知恵か大体読めますけど、それはきっと私の尊敬しているお方ですので、特に詮索しないでおきます」
 でわ〜っと笑顔で手を振りながら出て行ってしまう。どうやら、本当に全部バレバレらしい。ユーリスが尊敬してる人というと、思い当たるのは数人だ。その中には、確かリオラさんも居た筈である。入れ知恵されたわけではなく、相談に乗ってもらっただけだが……そんなに解りやすい性格なのだろうか……俺。
 とりあえず、どうしていいかは解らないが……いつまでこうしていても仕方が無い。ユーリスの分まで代金を支払い、俺も外へ出て行くことにした。  


 いつの間にか俺は、リベルダムの総督府にあるオイフェの執務室に来ていた。宿屋にはユーリスがいるだろうし、広場まで行くとまたクリュセイスと出会ってしまいそうだ。ギルドにはまだ依頼の説明を受けているノエルがいるかもしれない。酒場にまたお邪魔するのもどうかと思うし、闘技場へ行く気分でもない。
 そう考えていると、自然とここへ足が向いていた。もしかしたら………オイフェと会えば少しは気分が落ち着くかもしれない。
「オイフェ〜、失礼するよ?」
 扉を開けて中を覗いてみると、そこには誰も居なかった。時間は二時三十分を回った所。もしかしたら、外へ出る仕事があったのだろうか。
 これは案外、都合がいいのかもしれない。結局、何処へ行っても完全に一人になれる場所はなかったから、じっくりと考えるいい機会なのかも。
「はぁ……マジでリオラさんの言うとおりになるとは……」
 だがまぁ……ユーリスのあの、さばさばした態度は如何なものか。全く今まで通り、何も変わらないまま爆弾だけおいて行きやがって……。
「どう答えていいのか、解らないよ……。かと言って、断ってユーリスと別れるっていうのも……いやだしな。できれば、今まで通り旅していきたい」
 それより俺は、断る事が出来るのか? だが、ただ一つだけユーリスにあんな事を言われた後でも変わらないことがある。それは……。
「それでも、俺が一番に好きなのはオイフェなんだよな」
 これだけは確かな事だ。オイフェへの想いだけは、絶対不変なものだから。
 誰も居ない、聞こえるのは自分の呟きだけ。静かな執務室でカイルは一つ覚悟を決めた。
「ユーリスは、まだ時間をくれるって言ってくれたんだ。本当は、先送りにしてはいけない事なのだろうけど……確かに、今の俺じゃ答えようにも答えられないと思うし……なら、ユーリスの言ったとおり少なくとも表面上だけでも今まで通りで居よう。そうじゃなきゃ、ユーリスに申し訳ないよな」
 全ての事実を許容できるようになる時まで、いつも通りで居るのがユーリスの為でもあるような気がする。結局は自分勝手な事だが、色々と区切りがついてからでも遅くはないだろう。
 それにまだ、自分は本当の意味で人を護れるだけの強さを手に入れていない。いつか、色んな人の思いを護っていけるようになるまでは……それまでは、今まで通りの俺で居よう。そして、少しずつでも人の思いを考えられるようになって行こう。
「よし、そうと決まったら、俺も宿屋へ戻るかな。ユーリスも待っているだろうし……せめてオイフェに一言だけでも挨拶していきたいけど……」
「なんだ、私になにか用でもあるのか?」
「……へ?」 
 横を見ると、シャツに下着一枚と言う姿のオイフェが手櫛で髪をとかしながら、眠気眼で立っていた。
「オ……オイフェ!? いつからそこに!」
「いつからって、ずっと隣の仮眠室で寝ていたわよ。ふゎ……昨日、帰ってから急な仕事が出来てな。朝方まで処理していたから、今起床したというわけだ」
 今起きたって事は……俺の独り言も聞かれていないよな? うん、OK。ダイジョウブダ。
「そ、そそそ、そっか。おはよう……一言挨拶に来ただけだから! そんじゃ、またね!」
「あぁ、またいつでも来なさい。大抵はここに居るから」
 駆ける。一気に駆け出す。風よりも速く、とにかく遠くへ! 
 まさか、オイフェが隣の仮眠室で眠っているとは思わなかった。何の音もしないから、てっきり外へ出ているのかと……そういえば、前に旅していた時もオイフェは寝相は良かったな。
 まぁ、そんなことはどうでもいい。とりあえず、今は遠くへ行きたい……。

「……何だったんだ、一体? まぁ、カイルの突拍子もない行動はいつものことね。しかし……」
 クローゼットから着替えを取り出し、仕事用の制服に着替える。今日は夕方から、会議があったはずだ。しかし、妙な夢を見た。
「カイルが、私の事を好きだなんて言う夢を見るなんて………まぁ、あの子は闇を酷く嫌っているからな。在りえないことだろう」
 少し頬を赤く染め、夢の内容を思い出す。あんな風に真面目に語るカイルは見たことない。確かに、最近はカイルも少しは成長してきたと思うが……あの夢の中のカイルは幾らなんでも無いだろう……まぁ、夢だしな。
「さて、私も仕事を頑張ろうか。カイルの成長に負けないようにな」
 大きく伸びをして、オイフェも執務室から出て行った。

 結局は、本命に全く気づいてもらえなかったが、今日という日は少なからずカイルの価値観を変える一日になったことだろう。
 ちなみに……結局カイルが宿屋へ戻れたのは、夜の十時過ぎで解放軍の手伝いにさえ行けなかっただけでなく、宿屋に戻る直前まで再びうじうじと悩む羽目になったという。


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