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「なんだって! 青竜軍が、リベルダムへ向けて進軍しているってのかよ!」 カイル達は今、依頼を一つ終えてアミラルのギルドに来ている。 余談ではあるが、解放軍の一員であるカイルにとってディンガルの息の掛かった街は敵軍の真っ只中となるのだが、その他に冒険者としての一面も持っている。 解放軍として動いている以外の時は、基本的に各町に出入りしてギルドの依頼を請け負っているのだ。 勿論、ディンガル軍に見つからないように、お忍びでの動きではあるが。 ギルドの主人にこれからどこへ向かうかと聞かれ、流石に解放軍の本部へ行くとは言えず、言葉を濁しながらリベルダムへ向かうといった時だった。 何でもギルドの裏情報によれば、青竜軍がリベルダム進軍の準備をしているらしい。 ロセン王国を落とした青竜軍の手に掛かってしまえば、リベルダムとて容易に陥落してしまうだろう。 何よりも、クロイス邸にいるクリュセイスの命が危ないと覚ったカイルとしては、急いでリベルダムへ向わなければならない。 既に進軍が始まっていたとしても、ロセンから航路でリベルダムへ向かうよりアミラルからリベルダムへ向かう方が断然速い。 上手く行けば、青竜軍より早く……それでなくとも同時位にはクリュセイスの下に辿り着けるだろう。 ユーリスにその事態を告げ、街道を駆けていく二人だった。 「しかし……、クリュセイスも難儀だな。先日は暗殺されかけたって言うのに、すぐさまカルラが攻めて来るなんてな………」 「それを救いに行こうとするカイル様もどうかと思いますよ?」 街道を走っていく途中、カイルがぼやいた言葉だ。 それは先日、カイルがクリュセイスの下を訪れたときの事を指している。 クロイス邸についた瞬間にクリュセイスの悲鳴が聞こえ、何事かと彼女の下へ駆けるとそこには彼女を暗殺しようとする刺客が居たのだ。 それをカイルが追い払い大事には至らなかったのだが、結局刺客の素性は知れず、事件は闇へと葬られた。 だというのに、今回は青竜軍に危機に晒されそうになっている。あの程度の暗殺者に比べれば、カルラは数段厄介だろう。 出来れば、青竜軍が到着するまでにクリュセイスを救いたいところだ。 「まさか、見捨てろなんていわないよな?」 「あら? そんな事しようとしたら、私が逆にカイル様をその気にさせてあげますわよ?」 やや矛盾した事をいうユーリスだが、前回のロセン潜入時にクリュセイスと何かあったのだろう。 あれ以来そこそこ馬が合っているようで、言い争いも耐えないがなんだかんだ言って仲が良いようだ。 「頼もしい意見だねぇ。その意気で頑張ってリベルダムへ向かおうかっ」 ユーリスの言葉を嬉しく思ってなのか、カイルは上機嫌で速度を上げる。 その後ろを、ヒィヒィ言いながらカイルの背を追うユーリスだった。 「やばいぞ……。既に先発部隊は到着しちゃってるみたいだ……」 「ハァ……、そ……そのようですね」 膝をつきながら、カイルの言葉に答えるユーリス。 アミラル〜リベルダム間の街道を、ほぼ全速力で昼と夜以外の休みなしで駆けてきたのだ。カイルは良いとしてユーリスはかなり疲労している様であった。 「幸い、カルラ達の様な幹部連中はまだ到着してないみたいだ。だけど、クリュセイスが無事とは言い切れない。忍び込んでクロイス邸に行くぞ」 そう言って、解放軍ご用達のクロイス邸の庭へ直接通じている抜け穴へと向かう。 ここならば青竜軍とはいえすぐには見つることは出来ないだろう。 抜け穴の中へ潜り込んだ後、足早にクロイス邸へと向かった。 二人がクロイス邸の庭にある木の影で中の様子を伺っていると、暫くして肩に何者かを担いだ兵士が出てきた。 その担いでいる人物とは、カイル達が救おうとしているクリュセイスだった。 「チッ……、遅かったか………。ちょっと助けてくるから、ユーリスはここで待っててくれ」 幸い、リベルダムに到着している先発隊の兵はそれほど多いと言うわけではなく、クリュセイスを担いでいる者の周りには誰も居ない。 カイルは、人が集まる前に……と、彼女を担いだ兵士を襲撃した。 姿を覚られるより速く、水月をフェイタルバンドの柄の部分で殴打する。 苦しみ悶えている隙にクリュセイスを奪い返し脇に抱え込むと、兵士の首筋目掛けて手刀を喰らわせた。 その一撃で意識を落とした兵士を引きずりつつ、クロイス邸の中に敵らしき影がないか覗き込む。 安全を確認し終えると、ユーリスに手招きをして中へと入っていった。 「よし。とりあえず、コイツはこれでOKだな」 クリュセイスを攫って行こうとした兵士をふんじばって、倉庫の中へと叩き込み鍵を掛ける。 後は、どうやってクリュセイスを脱出させるかだが……。 「カイル、何故戻ってきたのですか! 戻ってこなければ、貴方達だけでも助かったというのに……」 カイルに向かって、暗い顔をして叫ぶクリュセイス。 どうやら、今の絶望的状況にカイル達を巻き込んでしまった事を悔いているようだ。 「何言ってるんですか? 今までのカイル様を見ていれば、ピンチに陥った貴女を見捨てられるわけない事位お分かりでしょうに」 何を今更っと、腰に手を当てて大きくため息をつくユーリス。 彼女もカイルの行動に慣れてきたようで、どうにもならない今の状況においてもその豪胆さを失っていない。 「それなんだけど、一つ案がある。上手く行けばクリュセイスも本部まで逃げ切れるし、俺たちもどうにかなるかもしれない」 クリュセイスもユーリスも、その言葉を聴き、耳を疑うような表情でカイルの方を向いた。 「ほ……、本当にそんなことできるのですか……?」 「カイル様が策を弄するなんて……、明日は雨でしょうか?」 半信半疑のクリュセイスに引き換え、ものっすごく失礼なことを言うユーリス。 だが、そんな二人も今いる絶体絶命の状況を切り抜けなければならないと解っている。 どんな難解な策でも、この場を突破できるのであればと思い、カイルの案に耳を傾けようとした。 「あぁ……、まぁ上手く行くかは別にして、クリュセイスは逃げ切れると思う。俺とユーリス、クリュセイスは一人で、二手に分かれることになるけど何とかなるだろう。まずは二人とも………、服を脱げ」 真顔で言うカイルに、二つの正拳が繰り出された。 「あんた、何言ってんですかぁぁぁぁぁぁ!」 「服を脱がせてどうするというのですか! 今はふざけている場合ではないのですよ!」 顔面に二人の拳をまともに喰らい、ピクピクと痙攣しているカイル。 暫くすると、痛みを堪えつつ頬を摩りながら起き上がった。 「ちげぇぇぇぇぇ! 二人の服を交換しろって言う意味だってーの!」 二人に向かって叫ぶが、涙目で言われてもちょっと情けないだけである。 「そうならそうと、ちゃんと言ってくださいよ」 「ユーリスの言う通りです。今のはカイルの言い方が悪いわ」 全く悪気がなさそうに言う女性陣二人。 その様子を見て、二人の着替えの為に涙ながらにその場を離れるカイルだった。 青竜軍の本隊が到着し、ほんの一〜二日の間にリベルダムは廃墟の町と化した。 そして今、広場に建設された処刑場でとある人物の処刑が行われようとしている。 処刑場の作りとしては、大きな木製の堀で周りを囲い、入り口も巨大な柵で封じられてる。即席のものとは言え、しっかりとしたものがそこに出来上がっていた。 その処刑台の前には青竜軍の将軍であるカルラ・コルキアと、反乱分子の主要人物の処刑を見に来ていたザキヴ・ディンガルがいる。 その他に処刑場の中に入る事を許されている者は限られていて、青竜軍の副将らしき男などカルラにとって信頼の足る人物のみが後ろに控えている。一般の兵は入り口の柵の外で処刑の邪魔が入らないよう見張りについていた。 因みに、ロセン潜入時にカルラから紹介されたもう一人の副官であるアイリーンは、今はリベルダム制圧の為の陣頭指揮を執っていて、処刑場には顔を出していない。 青竜軍の手口はロセンでも行われたように、その街や国にとっての主要人物を惨たらしく殺す事によって、その他大勢を屈服させるというものである。今回もリベルダムの最高権力者の一人であり、解放軍のリーダーでもあるクリュセイスを処刑台へと上げ、これを殺す事により解放軍の鎮圧を完全なものにしようとしているのだ。 処刑台を見れば既に諦めを感じているのか、クリュセイスは俯いて顔を上げ様としない。 その処刑台の横に一人。クリュセイスを捕まえた手柄により、同行する事を許された唯一の一般兵が台の見張りについている。 入り口の柵の外では民衆達の喧騒が凄まじく、リベルダムでもかなりの権力を持っていた彼女の処刑を見届けようとする者達で一杯だった。 そして、カルラがその処刑台へと上がっていく。遂にクリュセイスの処刑が行われるようだ。 将軍直々に粛清する事に意味が在るのだろう。大鎌を構え、クリュセイスの首下へと当てる。 その瞬間、ビクッと体を振るわせるクリュセイスを見て、愉悦の笑みを浮かべた。 「お勤めご苦労さま。今回君がコイツを捕まえたんだって? 大手柄じゃん」 見張りについていた兵に激励の言葉を掛ける。その間にも鎌は確りと押し当てられていて、よそ見しつつも少しの手ぶれすら起こしていない。 カルラに声を掛けられた兵は、大きな兜にすっぽりと頭部が収まっており、表情すら伺うことは出来ないがかなり緊張しているようだ。 ビシっと、固い敬礼をカルラに返し、その兵が使用している武器らしい斧槍がギュッと握られるのが分かった。 「さって〜、これで年貢の納め時じゃん? あんたが死ねば、解放軍は終わったも同然だし、リベルダムを手中に収めやすくもなる。っつー訳で、潔く死んでもうわよ」 大鎌に力をいれ、クリュセイスの首を刎ねる為に一気に引こうとしたときだった。 危うくクリュセイスの首が飛ぶ寸前、カルラの鎌がその見張りについていた兵の持つ斧槍で止められた。 その行動に対してカルラは、鋭い視線で睨み付ける。敵の処刑を、軍の最高責任者である将軍の行動を邪魔したのだ。 この行為が、反逆ととられてもおかしくはない。 「あんた……、こんなことしてどうなるか解って……ッッッ!」 後半の言葉を遮るように、兵はカルラの腹部に強烈な蹴りを見舞う。 そして、カルラが処刑台から大きく吹き飛ばされるのを確認すると、クリュセイスに被害がでないように斧槍を振り下ろし、処刑台を破壊した。 「突然の蹴撃をガードして受身まで取るとは……、流石カルラだなぁ。しっかし、ギリギリだったねぇ……ユーリス」 「何がギリギリですかっ。本当に死んだかと思いましたよ!」 兵に呼ばれた少女は、クリュセイスと同じ髪型のかつらを地面に叩き付けながら怒鳴っている 大き目の兜を脱ぎ捨てた見張り兵と、処刑台から立ち上がったクリュセイスだったはずの者。 それは、見張り兵に扮装したカイルと、クリュセイスの格好をしたユーリスだった。 あの時、カイルはクロイス邸でふんじばった兵の装備をカイルは身につけ、ユーリスはクリュセイスと服装を交換しかつらをつける事によって、見事に成りすましていたのだ。 「ちょ……カイルって……、一体どうなってんのよ!」 目の前の信じられない状況を見たカルラが、蹴られた腹部を摩りながらカイルに叫んだ。 「俺が、クリュセイスを見捨てるわけないじゃん? だから、ユーリスをクリュセイスの影武者にして、俺が見張り兵として潜りん込んだって訳さ。今頃、クリュセイスも解放軍と一緒に遠くへ逃げている事だと思うぜ?」 斧槍を肩に担ぎ、ここまでの推移を説明してみせる。 カイルの言葉を聴いて、カルラはしてやられたと渋面して悔しがった。 そこへ……目の前の状況をおかしく思い、彼女の下へと歩み寄る人物がいた。 冒険者であるならば、一度はその名を聞いた事であるだろう。 青竜軍副将、『竜殺しのヴァイディアス』である。 「カルラ、こいつは何者だ? こんな危険を冒してまでクリュセイスを救いに来る程の馬鹿者なのは、間違いなさそうだがな」 その言葉を聴き、カチンと頭にくるカイル。 ヴァイディアスの方も、こんな事を堂々とやってのけるカイルの方を興味深そうに見ている。 「あ〜、そうね。冒険者上がりのあんたには、金色の流星って言った方が解るかしら?」 「ほぉ……。ではこいつがお前のいるロセンに単独潜入して、生きて帰った男か。是非、ロセンの時に戦っておきたかった。ダナンの所へ向かうのを少し遅らせれば……、面白くなっていたかもしれん」 「それだけじゃないのよ。なんでも……ネメア様の仲間で一緒に旅をしてたこともあるらしくて、一説では師弟関係だったという噂もあるしね」 その話を聞くと、より一層カイルに興味を持ったのだろうか。 カイルを見るヴァイディアスの目の色が変わっていく。 ヴァイディアスが自分の下へやってくると、口調はふざけつつも明らかな敵意を持って、カイルへと叫んだ。 「カイルー。幾らなんでも、今回ばかりは逃げらんないわよ。今私の傍にいるのは……、あんたも名前くらい聞いた事あるっしょ? あのヴァイディアスとそのパーティだかんね〜」 むしろ、今回ばかりは逃がす気はないのだろう。 笑顔の奥では鋭い殺気が佇んでおり、それに呼応するかのようにヴァイディアスと続いて仲間達が闘気を孕み始める。 「ヴァイディアス………。あんたがっっ!」 「そうよ。コイツが、あの『竜殺し』の………」 「あんたが、最初にオイフェをたぶらかした男だな!」 別の意味で、カルラすら凌駕する闘気を放つカイル。 カイルの叫び声が処刑場に響き渡ると………しばしの間、その場を沈黙が支配した。 だが、その沈黙を破ったのもまた、カイルに目の敵にされた張本人であるヴァィディアスだった。 「ちょ……、ちょっとマテェェェェェ! 俺がいつ! ネメアの近衛騎士であるオイフェをたぶらかしたって言うんだ! 全く、身に覚えが……ッッ!」 焦りながらカイルの言葉を否定しようとするが、彼に向けられた凄まじく鋭い二つの視線によってその言葉は遮られてしまう。 「ふ〜ん。オイフェを……ねぇ? その話詳しく聞きたいじゃん」 「オイフェも美人ですもの。ヴァイディアスが手を出していないとも言い切れませんね」 絶対零度の視線が……隣から後方から向けられ、たじろぐ事しか出来ないヴァイディアス。 ユーリスは、逃げ出すチャンスじゃぁ……とも思ったが、ヴァイディアスに凄まじい対抗心を燃やしているカイルに、そんな事を進言できる雰囲気ではなく。 目の前で女性二人に物凄い勢いで言い寄られているヴァイディアスと、処刑台の跡でこれでもかって言うほどの闘気を垂れ流しているカイル。 二人の仲間は彼らを横目に呆然とするしかなかった。 因みに、この時既に入り口の外の民衆は、そのやり取りを面白おかしく見ている観客と化していたという。 しばらく、不毛なやり取りのあった後。 不意にヴァイディアスが話を逸らそうと、カイルの方を指差した。 「だぁぁぁぁ! 今はとりあえず、目の前の事をどうにかするべきだろう!」 圧倒的に不利だと感じ、カイルに意識を逸らそうとするのだが。 「確かにねぇ、とっとと目の前の状況をどうにかして、あんたの言い訳を聞かないとね」 「カルラの言う通りですね。目の前の小事をどうにかできなくて、後に控えている大事に対応できませんからね」 クリュセイスの逃亡より、ヴァイディアスの浮気疑惑を重要視するあたり、なんとも流石と言うべきなのだろうか。 だが、場の意識は再びカイルとユーリスに集中し始めたのも確かである。 その状況の変化によりカイルも冷静になり、この場を切り抜ける算段を思案し始める。 「ふぅ……。しかし、こんな奴が本当にネメアの弟子なのかよ。唯のガキじゃねぇのか?」 カイルの言動を見て、カルラの言葉を疑い始めるヴァイディアス。 すると、その噂を確かなものとする言葉が処刑場内に響いた。 「それは本当の事よ。私とネメア様とカイル。後半ではユーリスも加わって、共に旅をしていたわ。カルラもあの時にその場で盗み聞きしていたのだから、単なる噂じゃなく事実だって解っているでしょう?」 その声の主とは、先程言い争うの対象となったオイフェ自身であった。オイフェが言った『あの時』とは、ネメアが即位した日の事を指す。 その時にカルラとカイルは一戦交えているのだから、彼女が忘れているわけがない。 「まったく……相変わらず無茶をしているわね、カイル」 「オイフェ、久しぶり! 出来ればこんな状況じゃなくて、別の機会に会いたかったなぁ〜」 オイフェの姿を視認した瞬間、突然機嫌が良くなるカイル。 こんな状況で良くそんな素振りを見せられるものだと、オイフェは感心してカイルを見ていた。 「悪いけど、貴方を助けに来たわけじゃないのよ? ネメア様から陥落したリベルダムの状況を見て来いといわれただけ。今は、私も貴方の敵だということを忘れないことね」 「オイフェは手厳しいなぁ」 オイフェの言葉を聞いて照れ始めるカイル。 その様子を見て、慣れているユーリスとオイフェ以外の者達が、カイルに凄まじい馬鹿を見たような哀れみの視線を送った。 後日談だが、ヴァイディアスのパーティの一人であるフェティは、彼にこう言ったという。 「貴方の言う、冒険の楽しみってのがわかった気がするわ……、1700年近く生きてきて、あんな大馬鹿はじめて見たもの……」 なんかもー、哀れである。 「カルラ達も、何を言い争っているかは知らないけれど……、今の状況は明らかに失態よ。迅速にどうにかするべきでなくて?」 どうやら先程の言い争いの時にはオイフェはまだ到着していなかったようで、そのことに対してカイルとヴァイディアスは安堵した。 「解ってるわよ。あと、オイフェ、あんたもこの後の『会議』に付き合ってもらうわよ」 オイフェに向ってそう宣言すると、人の悪い笑顔でヴァイディアスを見るカルラ。 その意図が解らず首をかしげるオイフェと、会議の内容に怯えつつ目を逸らすヴァイディアスだった。 「さって、早速ロセンの鐘の英雄討伐といこうじゃん?」 そう言って、再度構えを取るカルラ達。 オイフェも加わって、カイル達にとって正に絶体絶命の状況となったのだが、そんな状況下にあっても僅かな余裕を見せるカイル。 その余裕がどこから来るものなのか、カルラ達には理解できず攻めるタイミングを図りかねていた。 「悪いけど、討伐されるわけには行かないんだなぁ〜」 「まだ軽口叩けるようね。どこから、そんな余裕が沸いてくるのかしらぁ?」 その余裕の出所を探ろうと問いかけるカルラに、上手く行ったと心の中で呟くカイル。 自分の余裕のある言動を疑わしく思ったカルラ達は、それを探る為にしばしの間だが、話し合いに応じるだろう。 これこそ、カイルの意図する事だった。 「なんで俺達が、態々こんな格好をしてまでディンガル軍に潜りこんだと思う?」 「………」 カルラは戦闘態勢を崩さずそして相手の流れに飲み込まれないように、沈黙を保ったままカイルの言葉に耳を傾ける。 「答えは簡単。クリュセイスの下に辿り着いた時に一緒に逃げ出す事も出来たけど、それじゃ後から着いた本隊に簡単に追いつかれちゃうでしょ? だから、彼女を単独で逃がした後に時間を稼ぐ為にも、俺達が代わりとして残ったって訳さ」 それは、道理に適っている事だ。 影武者を置くことで逃げる時間を稼ぐというのは基本的な兵法でもあり、実際に先程カイルが言ったとおり解放軍とクリュセイスは遠くへ逃げてしまっているだろう。 つまりこの策は成功した事になる。 しかし……、影武者にカイルまで残る必要はあるのか? クリュセイスの代わりだけ残して、カイル達も一緒に逃げる事も出来ただろう。 ということは、ユーリスを影武者にしカイルも残ったというところに、この策の最後の仕上げが残っているという事だ。 そして、その仕上げとは実に明確な事だった。 「そんじゃ、俺達もここから逃げさせてもらうことにするよ」 カイルがその一言を言った瞬間だった。 オイフェが何かに気づいたように、言葉を発した。 「しまった……! ユーリスは魔術師よ、テレポートする気だわ!」 オイフェの言葉が引き金となり、カルラやヴァイディアス共々、その場にいる者達がカイルに向かって疾走していく。 だが、その時には既に遅かった。 カイルはユーリスを肩に担ぎ、テレポートするように促す。 「ユーリス! 入り口の柵の向こうにテレポートだ!」 指差しながら、転移先を指定するカイル。 カイルの合図と共にユーリスがロースペル:テレポートを唱え、カルラ達が二人の前に辿り着く寸前で、カイル達の姿は消え失せた。 思わぬ状況に軽く舌打ちをして、入り口の向こうにいる兵達に声を掛ける。 「速く柵を上げなさい! そっちにクリュセイスの影武者と、解放軍のロセンの鐘の英雄と言われる者が転移してくるわ。あんた達に手に負える者じゃない、私達が相手をする」 その対応の速さは流石のものである。 カルラもヴァイディアスも、処刑台近くから一気に入り口まで走りよると、カイル達が転移してくるのを待ち構えた。 だが、この対応の早さもまたカイルの予想した通りのものだった。 転移した後、何時まで経っても入り口の外に姿を現さないカイル達。 このことを不審に思い、周囲を見回す人物が一人。 その人物とはディンガル帝国玄武軍将軍のザギブであった。 (なぜ、テレポートの際に態々、敵の目の前で転移先を言う必要があった?) 自分自身も魔術師だからこそ、疑問に思ったことだったのだろう。 だが、ザキヴがたどり着いたその疑問こそ、カイル達の逃げ出す策の根本ともいえる事だった。 突如、後方の処刑場内で魔力が高まっていく。 ザキヴが処刑場のほうを向くと……そこには魔術の詠唱中のユーリスと、彼女を下ろし万が一の為に斧槍を構えているカイルが居た。 二人のやろうとしていることに気づき、ザキヴが声を上げて伝えようとしたが……、その時にはユーリスの詠唱は終わっていた。 「ユナイトスペル:ライトニング:デュアル!」 二重詠唱という高度な技術により、一度に二つの魔術を……、入り口と反対側の処刑台があったほうの塀に向けて、ライトニングを同時発動するユーリス。 その魔術の威力により塀は見事に破壊され、外に待機していたディンガル兵も電撃の魔術で体が麻痺しているのか、息絶えたのか。 運が良かった事と言えば、民衆が入り口側に密集していた事だろう。破壊した塀の向こうで倒れ伏したまま動けないでいる者の殆どがディンガルの兵だったのは幸いだ。 「そんじゃ、公言通り逃げさしてもらうよ。オイフェ、また会おうね〜。あとカルラも約束忘れんなよ!」 そう言って、ユーリスを横抱きにして颯爽と駆け出していくカイル。 今から追ったところで一般兵に追いつけるわけも無く、本隊をほったらかして将軍達自らが追うことも出来ない。 正に、逃げ切られたという事だろう。 カイルの速度と実力をしてみれば、兵達が徘徊するリベルダムを逃げ出す事くらいやってのける。 「あっちゃー、やられたわね……」 「テレポートすると見せかけて、その場に転移。インビジブルで気配を限りなく消して、呪文の詠唱と共に逃げ出す……か。やろうと思っても、随分とハッタリと度胸のいる作業ね」 カイル達に逃げられ悔しがるカルラだったが、逆にザキヴのほうはこれを成し遂げた事実を感心するかのような言葉で呟いた。 「まんまと一本とられたと行ったところね。これだけの者達を相手にして、やるようになったわ……、カイル」 オイフェもまた、カイルが着実に成長している事に対して、複雑な思いでいた。 「は〜い、テッシュー。逃げられちゃったし……この件はめでたし、めでたしって事で終わり。一般兵諸君、処刑場跡は綺麗にしておくこと。恨むならこんな惨状にして逃げ出したカイルを恨みなさいね。………カイルも初めて相対した時みたいに、純粋で猪突猛進なお子様でいればよかったのに。すっかり小賢しくなっちゃって……、お姉さん悲しいわよ?」 悔やんでばかりいられないと、素早く思考を切り替えるカルラ。 きっちりと、兵たちにカイルに対する恨みを刷り込む事も忘れていなかった。 おおよそのものが撤収し、民衆も散り散りになった。 だというのに、一般兵が片付けている処刑場跡に、一人佇む男がいた。 背には鉄塊にも見えるほどの無骨な大剣を携え、腰には如何なる匠の芸術品かとさえ思わせる美麗で長大な剣を差し、超重量の装備を纏いながら平然と佇む男。 それは、青竜軍の副将でもあるヴァイディアスだった。 「早く行くよ、ヴァイディアス。オイフェは帰っちゃったけど、この後きっちり話し聞かせてもらうかんね」 その言葉を聴き、心底焦った様子を見せるヴァイディアスだが、思うところがあるのか処刑場跡をジッと視線で追っている。 「ふ〜ん、カイルに興味でも持ったのかしら?」 「……あぁ。あの面子の前で、お前にあれだけの啖呵を切って逃げ出すような奴だからな。 ネメアの弟子って言うのもオイフェが証明していった。そんな奴に俺が興味を示さないわけが無いだろう?」 確かにねっと言って納得するカルラだが、そこでヴァイディアスの忠告する。 「悪いけど、カイルには私って言う先約があるからヴァイディアスはその後。私の方が先に決着をつける約束なんだからね」 「なるほど、あいつが去り際に言った約束って言うのは……そのことか?」 「そういうこと」 そう言うと、二人は並んで青竜軍の本部へと向かう。 果たして、カイルはカルラの上を行く力を持っているのか……。 ヴァイディアスはこの後にある『会議』の事をすっかり忘れながら、カイルの実力がどれほどのものなのか、思案していた。 「因みに、その先約ってのはロセンの時にしたのか?」 「んー、ネメア様が即位したその日の夜だから、あんたが、あたしの副官になるちょっと前かな?」 「ふむ……、なるほどな」 カルラから答えを聞きくと、歩みを速め彼女の前を行こうとする。 「なぁにぃ? もしかして、焼きもちかしら?」 「ちげーよ」 否定するヴァイディアスだったが、何処かやり切れない思いが湧いて来たのも確かであった。 そんな普段見せないヴァイディアスの一面を見て、カルラは上機嫌になりながら本部へと向かっていく。 カイル達は今、リベルダムを一望できる丘の上に来てる。実はクリュセイス共々、解放軍もこの丘の上で待機していたのだ。 理由は一つ。この丘の上が一番青竜軍の動きが見通しやすい為だ。更に言えば、カイルはカルラに、解放軍は遠くに逃げたとも言っている。 その言葉を鵜呑みにして、遠い場所に探索へ行ってくれていれば、正に灯台下暗し。手元の探索もおろそかになり、こちらとしても更に動きやすくなるという二段構えだ。 そして、これからの動きを決める為に、カイルは丘の上からリベルダムの様子を見ている。 すると、そんなカイルに近づく人物がいた。 「……何故、こんな危険を冒してまで、助けてくれたのですか?」 何処か憂いを帯びた表情でカイルの傍まで来た者……それはクリュセイスだった。 クリュセイスの問いに答えず、カイルは沈黙を守ってる。 カイルとしては、何故そんなことを尋ねるのか、関わった人を助けるのに理由が必要なのか? っと言ったところであろう。 だが、それをカイルは口に出しては言わなかった。 「貴方は知らないでしょうが、ナイトメアの雫の依頼を出したのも私、失敗するように仕向けたのも私。闘技場で戦わせたのも、解放軍で無理な任務を任せたのも、貴方を殺す為! アンティノおじ様に利用されていると解っていても、私は貴方を殺そうとしたのですよ……」 今まで自分が差し向けた悪巧みの、自分が犯した罪の全てをカイルに告白する。 しかし、クリュセイスの懺悔にも似た言葉を聴いて尚、カイルは動じなかった。 「で? それがどうしたって言うのさ。現に俺は生きているし、君も生きている。依頼の事も、俺を殺そうとしていた事も、なんとなく解っていた……けど、結局俺は君を見捨てられなかった。人の関わりなんて、ほんの些細な事。でも、その些細な事も放って置けない俺が馬鹿なだけ。それで良いんじゃないかな?」 クリュセイスの方も向かず、リベルダムを眺めながら、カイルは淡々と言った。 「……ごめんなさい。今更、謝って許してもらえるとは思ってません。でも、一度はっきり言っておきたかった。私には、本来貴方に命をかけてまで守ってもらえる資格はありません。ずっと謝ろうとも、思っていました。でも、どうしても言い出せなかった。一度言い出してしまうと……。一度言い出してしまうと、もう、抑えがきかなくなりそうだったから……」 目に涙さえ浮かべて、ただカイルに真実を告げるクリュセイス。 その言葉を聴いて、微笑みながらカイルは彼女の方を振り向いた。 「許すも何も、なんとなく解ってたって言ったろう? それに、何に命をかけるかなんて、俺が決める事さ。謝る必要も無い、今回も俺が勝手にやった事だ。俺が勝手にクリュセイスの、解放軍の助けになりたいって思っただけなんだ。だから、気にしなくて良い。俺も最初から気にしてなんかいないし、クリュセイスが気に病む必要は無いんだよ?」 クリュセイスの肩に手を乗せて、慰めるように出来るだけ優しい言葉を掛ける。 彼女は、こんなに小さな肩に解放軍と言う大きな使命を乗せて走ってきたのだ。 それがどれだけ辛く、難しい事だったか。それもでもクリュセイスは、弱いところを見せようとせず、絶えず強気で解放軍を引っ張ってきた。 そんな彼女の仲間として共に戦えた事を、カイルは誇りに思う。 「今までの事を……、許してくれるのですか?」 「気にするなっていったろ? 俺はクリュセイスに、許しを請われるような覚えはないさ」 カイルの言葉を聴いたと同時に、クリュセイスは涙を零した。 今までの重荷が、全ておりたのだろう。 父の死を乗り越えて、率い続けた解放軍のリーダーとしての責務。 その仇と勘違いし、自分がカイルに対して犯してきた罪。 それら全てから、カイルの言葉で開放されたかのように、クリュセイスは泣き始めた。 それは、彼女が始めて見せた年相応の弱い素顔だったのかも知れない。 「……泣いても、いいですか? 今まで、辛い事が……」 「もう……泣いてるよ。今更、辛い事を我慢する必要なんて無い。涙を流しちゃいけない理由なんて無いんだからさ」 「…う……えぐ……うぅ……」 カイルの胸の中で泣き崩れるクリュセイス。 それを支えるようにして、カイルは彼女を抱きとめていた。 クリュセイスは、これからも解放軍の支えとなって駆けていくだろう。 ならば、カイルは解放軍の仲間として、逆に支えになってやりたい、とこの小さな肩を震わせて泣きじゃくる少女を見て思った。 |
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