|
ある日、世界は恐怖と混乱に叩き落とされた。アキュリュースが突如、“消滅”したのだ。誰もがその報に耳を疑い――数日もしない内にその現実離れした現実に直面することになる。 テラネ、アミラル、ウルカーン。大陸の各地の都市が次々と壊滅していく。しかも、それぞれの都市が壊滅するまでに要した時間は、僅か数時間。神速の戦術家と称されたカルラですらそれほどの短時間で完全に破壊することは不可能だろう。明らかに常軌を逸している。 ただの完全破壊でも充分異常だというのに、それらの都市の生き残りがほぼ零だというのが更に混乱に拍車をかけた。先の動乱の時代ですら、ここまでの事は起きなかった。 地形すら変え、破壊された範囲内では草の根一本、モンスターのただ一体も残さない。恐ろしいまでに徹底しての破壊に、誰もが恐怖した。 明日は我が身ではないか―― そう考えた市民達は暴動にも似た勢いで物資を買い込み、街を逃げ出す。しかし、逃げ出した先で殲滅されたという事も少なくない。そして彼らはようやく気付いた。今のこの大陸に安全な所などないのだと。 騎士団を派遣しようにも、何処に向ければいいのかが分からない。ロストール、ディンガル、ドワーフ王国の上層部は頭を抱え、日ごと舞い込む悲報をただ聞くことしか出来なかった。 無限のソウル達は、犯人に心当たりはあった。そんなことが出来る人間はもはや一人しかいなかったのだ。 “剣聖”ヒューゴ=エルザードである。 しかしヒューゴは転移を繰り返している。闇の波動を感知してから、その場に急行したところで間に合うとは限らない。彼らは知っている。ヒューゴの力を以てすれば、小規模の町程度ならば一瞬で灰燼に帰すのだ。 エアの千里眼でも、ヒューゴの正確な居所は見抜くことが出来なかった。それは彼が無限のソウルだからであり、彼のソウルが神格を持っているからでもある。 ヴァイディアス達が後手に回っている内にいくつもの集落が消滅し、いくつもの山が抉り取られ、大陸でまだ人が生存しているのはディンガル帝国の首都エンシャント、ロストール王国王都ロストール。神器を封ずる村ミイス、魔人の棲まうオズワルド、風の巫女を擁するエルズのみだった。 そして、ロストールの門をくぐったところで、彼らは対峙していた。 内に向かうは“剣聖”。それを阻まんとしているのは四人の無限のソウルと、そのパーティ。 「よう。久しぶりだな」 ヒューゴは、久方ぶりに声を出した。声に感情が籠められない。 「……何故だ」 先頭に立つヴァイディアスが絞り出すように尋ねてくる。その手には既に鉄塊にも似た大剣と、眩いばかりの聖剣が握られている。 ヒューゴは、軽く笑った。自分でも驚くほどの虚無的な笑い。 「手向けさ。あいつらへのな」 「どういう……事、ですか」 憔悴した顔で、リオラ。しかしその顔を見ても、何も感想は浮かばなかった。 「死んだんだ」 「……何で?」 「知らねぇよ。もう意味もない事だろ」 その事実を知った当初は、千里眼を持つはずのエアを恨みもした。他の誰にも無理でも、彼女だけは自分の愛する家族の危険を予知できたのではないか、と。 だが、それももうない。恨んだところで彼女たちは帰ってこないから。 「……ウルグと同じように、貴様もティラに魂を売ったか」 「いいや。俺はヤツとは違う」 自身のソウルでもあるウルグを、他人の様に呼んだ事が意外だったのだろう、英雄達は驚いた。 彼らはきっと、ヒューゴが闇に堕ちるならばそれはきっとウルグという要因が絡んでいると思っていたに違いない。 ヒューゴは嘲笑めいた仮面を顔に貼り付ける。 「ティラだろうがノトゥーンだろうが、フレアを蘇生することは出来ないからな」 他の四人はあるいは、それを条件にティラに従ったウルグと同じように、蘇生という餌でヒューゴを釣ることが出来たかも知れない。 だが、フレアだけは不可能だ。彼女は元々尋常の生物ではないから。闇の神器のような強力な魔力を使えば、同じように創る事は可能かも知れないが、それは死んだフレアではない。 土塊に還った彼女は、もう二度と取り戻せない。 ならば、他の四人だけを蘇らせてもダメだ。だからヒューゴは。 「だからさ。あいつらへの手向けに、この世界を送ってやることにした」 「……何だと?」 「あいつらの愛した世界そのものを、完璧に破壊することで餞にする。そう、決めた」 へらへらと、微笑む。それを見た者達は皆、唯一人を除いて顔を青ざめさせた。 「この街も――」 言って、手に張り付いたように握り続けている「アイリーン」を一閃。膨大な闇の波動が竜巻の様に立ち上り、一瞬で拡散していく。 神技「トゥルーダーク」。以前は手に余ったこの力も、今なら容易く扱える。波動は衝撃となることさえなく、触れたものの分子結合を瞬時に破壊し、塵にする。 しかし、闇が晴れた後に、彼らは以前として立っていた。恐らくはインフィニットで相殺したのだろう、二振りの剣を振り抜いた姿勢のヴァイディアスが息を荒げている。 「流石は救世の四英雄だな、ヴァイディアス。だが、それだけじゃ不十分だぜ?」 如何に無限の体現者とはいえ、ウルグの力を完璧に使いこなしたヒューゴのトゥルーダークは完全には消せなかった。彼が護れたのは自分とその後ろのみ。王城や千年樹、スラムの一角は健在だが、平民街は殆どが消滅し、周囲は更地になっていた。更に、音の様な声に呼応するように、周囲からぼんやりとした光の粒子が幾つもヒューゴの体内へと吸い込まれていく。恐怖も怨嗟もなく、ただ力が満ちていく。 「貴様……ソウルを、喰っているのか」 奥歯が砕けるほど歯を食いしばっている彼に、ヒューゴは頷いて答えた。 「あいつらと親しくない人間は手向けにはならないだろ? だから、師匠とフェルムの両親のソウルは喰ってねぇよ。あの世があるなら、一緒にいれるからな」 「なんて事を……エルファスの事を忘れたのですか、ヒューゴ!」 「覚えてるさ。けど、俺とあいつの精神構造はどうやら違うらしくてな。俺は自我を喪失しちゃいない」 “新しき破壊神”とでも呼ぶべき存在となったヒューゴは、二振りの剣を構える。今まで一度も血を吸っていないその刀身は、陽光を照り返して輝いた。 「気張れよ、お前ら。お前らが死ぬ度に、その大切な場所を破壊するからな」 「……残っている都市は、そのために……?」 「そうだ。もう風前の灯火とは言え……残った世界を護るために、俺を殺してみせろ」 「ヒューゴォォォォォォォ!」 ヴァイディアスが吼え、周囲は光と闇で塗りつぶされた。 「……」 目を開く。薄暗い部屋の天井が目に入った。既に見慣れた自分の部屋の物だ。 「……夢か」 実に後味の悪いものだ。自身が闇に堕ちるというそれよりも、妻達が死んだという方が胸に苦い。 「大丈夫?」 寝たままで、軽く安堵の息を吐くと脇から優しく声をかけられた。目をやると、隣で寝ていたアイリーンがこちらを注視している。窓から差し込む光は未だ星明かりで、夜明けまではまだかかるというのに。 「どうした? 寝てないのか?」 「さっき目が覚めたのよ。寝られないから、あなたの寝顔を見てたの」 「そっか。俺、うなされてなかったか?」 「静かなものよ。呼吸してるかどうか怪しくなるくらい。昔から本当に静かに寝るのね、あなたは」 寝てる時さえ隙を見せてくれない、と寂しそうに呟く。何故だかとても申し訳ない気持ちになったが、それはおくびにも出さず、ヒューゴは身体を起こした。額を拭う。 汗は、気配さえもなかった。 「どんな悪夢だったの?」 「……分かるのか?」 うなされず、汗もかいていないのに。アイリーンは苦笑した。 「あなたが自分で言ったんでしょう。うなされてなかったか、って」 なるほど。それもそうだ。しかし、語りたい内容ではない。ヒューゴは首を振った。 「悪い。聞かないでくれるか」 「……そう」 溜息を吐いて、残念そうに首を振る彼女。上体を起こし、こちらに目線を合わせてくる。 「全く。少しは甘えなさい、あなたは」 「今更出来ねぇよ、そんなこと」 「いいから甘えるの」 何故か強引に断言し、そのままこちらの頭を無理矢理胸に抱き寄せる。 「お、おいアイリーン……」 「昔から言ってるでしょ。あなたは私が護る。そのための青い鎧だったんだもの」 「……どういう意味だ?」 されるがままに頭を抱かれながら、聞き返す。彼女の鎧は確かに青かったが、それと自分を護る事が繋がらない。 「あなただって自分で言ってたじゃない。青は自分の色だって。私の鎧もそうよ。あなたを護るっていう意志の現れだったの。騎士になりたかったのもそのためよ。まあ、途中で手段と目的が入れ替わっちゃったんだけどね……」 「……そうだったのか」 てっきり彼女の趣味であの色の鎧を着ているのだと思っていたが――そうではなかったらしい。で、あるならば普通のサファイアを贈ったのは間違いだったか。いや、間違ってはいまい。 「あなたが私達を護りたいように、私達もそうなのよ。でも、もうあなたを護るのは難しいから……せめて、支えさせて」 「……ああ。そうだな」 まるで母親のように優しく、包み込むような囁き声にヒューゴは力を抜いてもたれかかる。 「朝まではまだ時間もあるから……眠りなさい。こうしててあげるから」 瞼を閉じると、あっという間に意識は沈み込んでいった。 ――悪夢はもう、見なかった。 |
| [ 作者別 ] [ イベント順 ] [ 前頁 ] / [ 次頁 ] |