聖なる剣 重き刃

ロセン闘技場予選突破編

「ロセンに行くぞ」
 と、唐突に、ヒューゴは言った。
「……また随分突然だね。別にいいけどさ、近いし」
「闘技場か?」
「ああ」
 リベルダムとロセンは、闘技場で有名だった。ただ、先日起こったカルラのリベルダム制圧によって、こちらの闘技場は現在使用不可能である。同じようにカルラの攻撃でロセンの闘技場も壊れはしたものの、どうやら修理が終わったらしい。
 リベルダムのスラムにある酒場――ヒューゴ自身は下戸だからお茶を飲んでいたが――で、そんな話を聞いたので、ここらで一つ、腕試しをしてみようと思ったのだ。
 富にも名誉にも大した執着は持ち合わせていない。剣聖と呼ばれる闘技場の覇者に勝とうとも思っていない。ただ、己の腕前がどんなものなのか、人としての位階を知りたいと、それだけを思った。
 何せ、彼は人と戦った事は殆どない。朱雀将軍アンギルダンの部下として、ロストールに攻め入った時くらいだ。それ以外では、街での乱闘や、施紋院の黒死天使とやり合ったのがせいぜい、それも黒死天使戦では、暗殺者である彼らにさらに暗殺を行うという暴挙で為した。
 だから、真っ向からの、純粋な実力が分からない。そんな事が理由で、彼はロセンの闘技場に行く事を決めたのであった。
 リベルダムから、ロセンへと船で渡り、カルラ像前を通って闘技場へ。
 受付で話を聞いたところ、どうやら予選で八人抜きをすると、八月の決勝大会に出場出来るらしい。“剣聖”レーグとやり合おうと思ったら、まずは予選を突破しなければならないわけだ。奇しくも現在は七月下旬。ここで予選を突破すれば、すぐに決勝大会。ヒューゴは躊躇いなく、予選出場を決めた。
 控え室で準備を整える。とは言え、体調は既に万全。やる事と言えば、装備の確認くらいだ。予選大会では一度出てしまうと八人抜きをするか、途中で敗退するまでここに戻ってくる事は出来ないから、装備は一組あればいい。ヒューゴは、その身にまとった武具を一度、全部外した。
「……」
 案内嬢が奇異の目を向けてくる。それもそのはず、ヒューゴの装備はやたらと多かった。
 まず、やけに複雑な形状をした片刃の大剣が一つ。名を、「零式豪烈刃」と言うこの剣は、冒険者になって比較的初期の頃に見つけて、事あるごとに鍛冶屋に補強をしてもらったものだ。次に、オーソドックスな形状の大剣。ゼグナ鉱山で見つけた「竜破」という剣である。長剣をそのままスケールアップしたような外見をしているわりに妙に重く、破壊力は零式豪烈刃を上回る。続いて、これは普通の長剣。父の形見の剣で、アイリーンの剣「シルベルクロイツ」と対になる形状をしている。「アルゲントゥム」という。更に、プレートメイルの手甲の上に装備した拳撃用装備「アルトロン」。双頭竜の名の通り、竜を模した外見である。最後に、黒鎧騎士となった時にアンギルダンから下賜された盾。鍛冶屋に調整してもらい、石化の魔力に対する耐性を付けたこれは「アテナ」と名付けた。そして、呪いに耐性を持つプレートメイル「ディスカース」、これがヒューゴの持つ戦闘用装備の全てだ。
 はっきり言って過剰である。実戦でこんな数の装備は使いこなせない。ヒューゴ自身もこれら全ての装備を使って戦った事など一度もない。だが、外す気になれないのだ。拾ったものである竜破とアルトロンはさほどでもないが、他の装備には全て思い入れがある。だから無理矢理に全部装備している。その所為で、傍から見るとヒューゴはやたらとごてごてしていて、兜を外していないと人間だと思って貰えないほどである。ただ、試行錯誤の末に、重量バランスは工夫してあるので、行動する時はさほどの重量は感じない。この辺りは、戦士というより斥候、盗賊としての能力に秀でているヒューゴならではである。
 ――無駄な努力という説もあるが。
 今回は単純威力を重視して竜破を持っていく事にする。その他の装備は外したまま――鎧は一つしかないので脱いでいない――に、巨大な鞘を背負って、案内嬢に準備の完了を告げた。

 長い階段を抜けて、闘技場に駆け出ると、そこには既に幾人か撃破したのだろう先客が待っていた。男は、こちらを一瞥するなり、
「弱点を……的確に……さてさて、あんたの弱点は何処かな?」
 そんな事を呟いた。ヒューゴは取り合わずに剣を抜く。立ち居振る舞いで分かる。こいつはさほど強くない。
 試合開始が告げられる。それを聞くと同時に、彼は恐ろしく低い体勢で駆け出した。ある程度彼我の距離はあったが、それをして尚、相手の視界から消え去るほどの低さである。全くの無拍子、全くの無音でそれを行われた相手は、恐らくこちらを見失ったのだろう、完全に隙だらけだ。
 一瞬で間合いに、入る。踏み込むと同時に上体を引き上げ、引きずるように保持していた竜破に、慣性を全て預けて振り抜く。
 相手がこちらに気付いた時には、既にその刃から逃れる事は出来ないタイミングだった。
「……っ」
 手首を返し、剣の刃ではなく腹を叩き付ける。一歩間違えば剣の方が壊れるような使い方だが、魔力を付与された刀身は曲がる事もなく、その衝撃を全て男に預け渡した。男はそのまま数メートルほども宙を舞い、地に転がる。立ち上がる事は出来ないだろう。
 案の定、試合の終了が宣告された。
「……こんなもんか」
 ヒューゴは、つまらなそうに独りごちる。
 その後、彼が八人抜きを達成するのに、さほどの時間はかからなかった。
「おめでと、ヒューゴ」
「ん、サンキュ」
 受付前に戻ってくると、観客席で見ていたのであろうエステルとアンギルダンが近寄ってくる。祝いの言葉を軽く受け流し、ヒューゴは足を街に向けた。
「あの程度、勝って当然だよ。さ、八月まで軽く依頼でもこなして待とうぜ」
「うむ。そうするかの」


ロセン闘技場決勝大会編
 そして、八月。彼らは再び闘技場を訪れた。
 決勝大会への参加受付を済ませると、今回は控え室まで仲間の同行が許された――のだが。
「あれ、アンギルダンのとっつぁんは?」
「……あれ?」
 控え室に入ると、何故か最後尾を歩いていたはずのアンギルダンの姿がなかった。
「まあ、子供じゃないんだし大丈夫だよ。それよりヒューゴは自分のことを考えて」
「ああ、そうだな」
 街から出る事はないだろうから、それに関しては気にしない事にして、ヒューゴはまた武器を一度全部取り外す。そして、
「今回はこれだな」
 零式豪烈刃を手に取った。
「竜破じゃないの?」
「ああ。あれは威力しかねぇからな。これには眩惑魔術掛かってるし」
「……アイリーンと一緒に選んだ剣、なんだよね」
「あの頃は一緒に旅してたからな。長剣は向いてねぇってうるさかったんだよ、あいつ」
「……うん」
 気のない返事。自分から振ってきた話題だというのに。
 エステルは軽く首を振ってから、気を取り直したように言ってくる。
「……頑張ってね。優勝すれば“剣聖”への道が待ってるよ」
「応。まあ、予選の連中より強い事を願ってるよ」
 気負いなく答えて、彼は舞台へと踏み出した。
 予選大会と違い、決勝大会は全四回戦。しかも、一度ごとに控え室での準備が許されている。
 準決勝までは問題なく勝ち進んだ。相手の強さが予選会と大差なかったからである。
「……まあ、何だ。“剣聖”の座が不動のものだったってのも納得出来るな、こりゃ」
「そだね……」
 あっけなく決勝戦への切符を手に入れてしまい、そんな会話を交わす。以前見た――観客席から、だが――“剣聖”レーグは確かに凄まじい技倆があったが、挑戦者がこんなレベルではその全てを発揮する事も適うまい。
 俺ならどうかな……
 軽くシミュレートしてみようとして、止めた。まだ、彼への挑戦権は持っていないのだ。
「取り敢えず……優勝を目指すか」
「頑張って」
 そして迎えた決勝戦。対戦相手は――
「と、とっつぁん!?」
「お主と戦えると思うてな。わしも出場しておったのよ」
 紅の鈑金鎧に身を固め、大振りの戦斧を持つ、その巨躯。紛う事なき、元朱雀将軍アンギルダン。
「さて、存分に死合おうぞ、ヒューゴ」
「……一応、非殺傷ルールだぞ、とっつぁん」
 殺る気満々の仲間に、ひきつりながら突っ込む。だが、例え非殺傷とはいえ、彼の戦斧など受けようものなら、その気はなくとも死にかねない。そしてそれは、ヒューゴの大剣にも言える事だ。
 制圧戦闘……出来るか?
 共に戦う仲で有るが故に、彼の戦闘力はよく知っている。鈑金鎧の防御力、打点をずらす防御技術。受けた衝撃に耐える耐久力に、大戦斧を軽々と振り回すその膂力。正直なところ、余り敵対したくない相手ではあった。しかし、勝つしかないのだ。
「お主の技は、わしには通用せんぞ?」
「……そうだな」
 その会話を最後に、二人は無言で得物を構えた。
 試合、開始。
 いつものように恐ろしく低い体勢で、駆け出す。だが、こちらの間合いに入る前に、風切り音を伴って、戦斧が振り下ろされた。咄嗟に蹴り足で進行ベクトルをずらし、範囲の外に逃げる。
「甘い!」
 アンギルダンが戦斧をそのまま横に薙いだ。一見空振りだが、しかし戦斧から衝撃波が迸り、扇状に駆け抜ける。無論ヒューゴも範囲内。
「そっちがな!」
 ヒューゴは左手を紅い騎士に向けて突き出す。そこから烈風が放たれ、衝撃波を打ち消した。
 元々純粋戦士であるアイリーンと旅をしていた彼は、盗賊としてのスキルと、そして低位魔術、治癒魔術が使える。我が強い相棒と上手くやっていくために、サポートに徹するのが本来の彼の立ち位置である。そして、純粋戦士として足りない耐久力、膂力を、それらの技術全てを用いてカバーするのが、彼の本来の戦い方でもあった。
「ふ……ッ!」
 続けざまにロースペル、地の魔術であるテレポートを発動する。ごく短距離を空間転移する術ではあるが、戦闘中ならばそれだけの距離で充分だ。
 踏み込みながら転移し、地に足を着けると同時に右足を頭を狙って跳ね上げる。虚を突かれたアンギルダンは辛うじて鎧の肩でそれを受けた。
 ヒューゴは蹴り足を戻し――途中で軌道を変え、突き蹴り。紅い鎧の胴体部に吸い込まれるように放たれたそれを、老騎士は後ろに跳躍して威力を殺す。飛び退りながら戦斧で牽制するのも忘れない。
 再び上体を低くしたヒューゴは、大斧を零式豪烈刃で受け、剣の腹に滑らせながら尚も踏み込む。そのままクロスレンジまで踏み入り、剣の柄でアンギルダンを強打した。
「ぐおっ!?」
 そのまま肩からぶつかっていく。連続して衝撃を受けてバランスを崩したアンギルダンに向けて――
「スペルラッシュ・ストーン!」
 無数の石飛礫が彼の全身を打ち据えた。流石に耐えきれず、彼は地に背を着ける。
「……俺の勝ち、だな」
 すかさず胸を踏みつけ、大剣を首筋に当てて、ヒューゴは己の勝利を宣言した。


ロセン闘技場剣聖継承編

「いよいよチャンプに挑戦ですね!」
「ああ」
 楽しそうな受付嬢に気のない返事を返して、三度控え室に。今度はアンギルダンも一緒である。
「頑張ってね、ヒューゴ!」
「お主の強さ、確かめて来るのだぞ」
「応。全力で行くさ」
 選んだ得物は続けて大剣「零式豪烈刃」。手数では双剣を振るうレーグには及ばないだろう。一撃の重さで勝負する。
「アイリーン……オッシ師匠……行くぜッ!」
 呟いて、闘技場へ続く階段を一気に駆け上がる。その先では、上半身を隠す事もせずに露出し、二本の刃を携えた武人が待ちかまえていた。
「……この時を……待ちわびた……」
 静かに、ぽつりと話しかけられる。
「汝(うぬ)の全て……我に……見せよ……」
 ヒューゴは、剣を抜く事でそれに応えた。
「……征くぞ」
 試合、開始。
 いつもの様に、体勢を低くして突っ込む。しかし、間合いに入る直前、レーグが逆に大きく踏み込んできた。
「……っ!?」
 間合いが近すぎる。大剣は振るえない。逆に、この間合いこそは――
「っ!」
 風切り音を伴って、二本の刃が襲い来る。咄嗟に後ろに跳躍するが、逃げ切れない。
「おぉぉぉぉ――!」
 下がりながら、大剣を振るう。零式豪烈刃が一本の剣を弾き、そのままレーグの露わになっている上半身を掠める。残った一本が頭を軽く斬り裂いた。
 着地して、互いに間合いを計る。一撃受けた代償として与えた傷はごく浅いが――しかし、レーグは間合いを上手く掴めないで居る。零式豪烈刃の刃に掛けられた眩惑魔術が功を奏したようだ。
 一気に決める。
 決意して、スペルラッシュ・ストーンを詠唱。叩き付けながら弧を描くように回り込み、闘気を乗せて剣を振るった。その刃を、瞬間黒い炎が覆い隠す。
 ダークシードと呼ばれる、強靱な意志を闇の力に変える技だ。そして、闇の力は同じ力を持たないものに対しては絶大な威力を持つ。
 漆黒の炎を裂いて、黒い刃がレーグの肩から腹までを斬り裂く。致命傷。だが、勝利したはずのヒューゴは、真面目な顔でレーグを睨み付けていた。
 最後の一撃が決まる瞬間、眩惑されているはずのレーグが、そうとは思えない鋭さでもってこちらを斬りつけてきたからである。それも、一方は外れたが残った一振りは、彼の鎧の隙間を正確に斬り裂いた。
「……見事」
 がくりと膝を付いて、体を血で染めながらも、“剣聖”はこちらをしっかりと見据え、言ってくる。
「戦神(いくさがみ)の導きあらば……いずれ……再び……見(まみ)えん……」
「ああ。そうだな」
 ヒューゴはしっかりと頷いて、イクスキュアを唱えた。
「おっめでとーぉ!」
 控え室に戻るや否や、エステルがそう言って抱き付いてきた。
「サンキュ」
 受け止めて、応える。アンギルダンも笑っている。
「お主が新たな“剣聖”か。めでたいのう」
「運が良かっただけさ」
 流石に照れくさくなって、エステルを軽く引き離しながら視線を逸らす。
 そして、“青い鉄壁”は“剣聖”になった。

 その日はロセンに泊まり、ささやかながら酒宴など行い――ヒューゴがあっという間に潰れるというハプニングがあり、リベルダムの青竜軍の様子を見てから、ロストールに向かう事になった。
 リベルダムでの単独行動……ヒューゴは、何とはなしに破壊されたままの闘技場へと足を運んだ。理由は自分でも分からない。あるいはそれは、戦の神の導きだったのかも知れない。
 果たして、そこにレーグはいた。先日と変わらない格好で、変わらない姿勢で。まるで、ヒューゴがここに来ると分かっていたかのように。
「よう」
「……来たか」
「ああ……あんたもいたんだな」
「抜け……この場にて……言の葉は……最早不要……」
「応!」
 観客もなく、富も名誉もない、ただの私闘。しかし、破壊されたとはいえ闘技場で、二人の武人が出会ったならばそれは必然。
 零式豪烈刃を構え、隙を窺う。だが。
「覇ッ!」
 一瞬。まさしく空間転移をしたように、レーグが眼前にいた。消えたのですらない。速度に頼った戦闘に慣れているヒューゴでさえ、全く見切る事の出来ない程の速度で、彼は踏み込み、斬りつけてきた。
 長い、風切り音。
 終わった時には、四つの斬撃が、ほぼ同時にヒューゴを斬り裂いていた。
「ぐ……っ!?」
 血飛沫さえ追いつかぬほどの、まさしく音速の斬撃。ただ、その攻撃だけで、ヒューゴは戦闘行動を諦めた。
「俺の負けだ……これじゃ、戦えねぇ」
「……勝負は……時の運……して」
「ん?」
「汝は……更なる力を……欲すか?」
「ああ」
 即答。それが、それこそが、彼の望みの一つであるのは間違いない。
「何故……欲す……?」
「護るために。喪わないために。取り戻すために。神だろうが運命だろうが、そのために誰をさえ打ち倒せるように」
「……なれば……我が業……汝に伝えん……」
「業……?」
「然様……双剣振るう……技術なり……」
「双剣……ダブルブレードか」
 それが教われるのならば、戦闘力の上昇は間違いない。ただ、単に振るうだけでなく、実用技術とするには、それはかなりの技倆が必要となる。
 二度、レーグと刃を交えて、ある程度の事は分かったが、未だ己のものに出来た気はしない。
「教われるならそれに越した事はねぇ。頼む、教えてくれ」
「……承知」
 そして、治療を行った後、今代の“剣聖”は先代から、技術を伝授されたのだった。

「うーす。戻った」
「遅かったのう。どこぞで女子でも口説いておったか?」
「えっ!?」
「違うっての。ンな事するか」
 宿の部屋にヒューゴが姿を見せたのは、既に日も暮れて久しい時間であった。
「第一、口説いてしけ込むにゃまだ早いだろ」
「それもそうだのう」
「……ヒューゴ、したことあるの?」
「ねぇけど」
 恐ろしく冷たい視線で、殺意すら感じる声のエステルにさらっと返して、彼は装備を脱いだ。そのままベッドに倒れ込む。
「いやー、今日レーグに会ってさあ」
「ほう。死合うたのか?」
「非殺傷ルールでな。負けた負けた」
「負けちゃったんだ?」
「ああ。やっぱ剣聖は伊達じゃねぇな。けど」
 がば、と体を起こす。見つけた宝物を見せる子供の様な笑顔を浮かべ、
「ダブルブレード教えて貰ったぜ」
「ほう」
「凄いじゃん。でも……」
「どうかしたか?」
「剣……なくない?」
「……おぁ」
 失念していた。彼の持つ数々の得物に、長剣は一本しかない。大剣二本を振り回すような膂力はない。いや、全く振り回せないとは言わないが、しかし彼のそれは体重や遠心力、慣性力などを駆使してのものだから、二本で行うとなると、それぞれの挙動に時間が掛かってしまう。それならば一本だけ使う方が遥かに効率的である。
「まあ、明日にでも買いに行くよ。業物探す暇もねぇし」
 それだけ言って、ごろりと寝転がる。数秒後には、その意識は闇に呑まれていた。
 翌日。
 ロストールへ向かう前に鍛冶屋にでも寄ろうかと思っていた矢先に、ヒューゴの鼻先に剣が突きつけられた。
「……何だ、これ?」
「あげるよ」
 鞘に収まったままの剣先を持って、エステルがはにかんで言う。
「いや、でもこれ……」
「いいんだよ。ボクは接近戦しないし。キミが持ってた方が役に立てられるでしょ?」
 それは、いつもエステルが腰の後ろに提げていた曲刀。一度も抜かず、一度も手放さなかった剣。それを、譲ってくれるというのだ。
「……いいのか?」
「そう言ったよ」
「……悪い。大切にする」
 そう言って受け取り、一息に抜き放つ。朝日を照り返すその刀身は、長らく使われていなかったとは思えない。特に強い魔力は感じないが、それでもかなりの業物である事は容易に窺い知れる。そして何より、初めて握ったとは思えないほど、彼の手に良く馴染んだ。
「良い剣だな……銘は?」
「あー……えっと、ごめん。知らないんだ。だから、キミが付けて?」
「俺が? ならそうだな……」
 十秒ほど悩んでから、ヒューゴは高らかに名付けた。
「――エステルだ」
「えっ!?」
「エステルの想いの籠もった剣だからな。お前の名前を付けた。嫌か?」
「う、ううん……イヤじゃないケド……」
 顔を赤らめてもじもじする彼女を少し不思議そうに眺める。やはり少し恥ずかしいだろうか。しかし、剣の銘などそうそう人前で言うわけでもない。
「背中だけじゃなくて、俺の戦いでも、力を貸してもらうぜ、エステル」
「う……うんっ」
「さて……朝からご馳走様じゃが」
「? まだ朝飯喰ってねぇだろ?」
「……まあ、剣の問題も解決したようじゃし、ロストールへ向かうかの、“剣聖”殿?」
「応」
 そして彼らは、戦場へと向かった。


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