料理は愛情!
<< このお話は [ 破邪と破魔 ] ( ファイゼル ) と連動しています >>


「はい、兄様。口を開けてくださいね」
「あ、うん」
 どことなく弾んだ調子で匙をアルティの口元に運ぶのはヴァイライラ。
 対して、言われて大人しく開けた口に匙を運ばれるアルティだが、やはりどこか照れくさいのは隠せないようである。
「お兄ちゃん、あーん」
「あー……」
 次に言葉の端々にハートマークを散らしながら匙を運ぶのはヴィアリアリ。
 その様子に苦笑じみた微笑を浮かべつつも黙って口を開けるアルティ。
 ベッドから上半身だけ起き上がらせた状態のアルティを、左右から挟みこむようにしてベッドに腰掛けて交互に匙を動かすヴァイライラとヴィアリアリ。
 それをやはりベッドに腰掛けながら楽しそうに眺めるルルアンタ。
 一見アルティを囲んだちょっとしたハーレム状態であるが、囲まれているアルティよりも、囲んでいるルルアンタたちの方がそれはとてもとても幸せそうな表情を浮かべているので、ちょっと困った様子のアルティも止めるに止められないのであった。

 ヴァイディアスとの手合わせ(とヴァイディアス本人は主張しているが、アルティはあれは死合いに違いないと思っている)の後、治療と静養を兼ねてそのままロセンの皇帝府に滞在するようになって数日。
 リオラやイオンズの魔術治癒の甲斐あって痛みや目だった外傷は大方引いたものの、しばらくは絶対安静との二人の言葉に従って(正確にはルルアンタやヴァイライラ、ヴィアリアリが半泣きで懇願するので仕方なく)、アルティはベッドの上で体のそこかしこを包帯でぐるぐる巻きにされて動くに動けない生活を送っていた。
 特に、ヴァイディアスの鉄塊の如き大剣、ゴルゴーンの最後の一閃を正面から撃ち弾く羽目になった右手の拳などはまだ動かすこともままならず、まだ負傷の程度の軽い左手のみで生活せねばならず、食事などはこうやってルルアンタたちが城の厨房の片隅と少しの材料を分けてもらって腕を振るい、甲斐甲斐しく世話を焼いているのである。
「おいしかった、アルティ?」
 にこやかにそう尋ねるルルアンタに、アルティもまた微笑を浮かべて頷く。
「もちろん。ルルアンタのご飯はいつも美味しいよ」
「……お兄ちゃんは、ルルのご飯がお気に入りだもんね」
 そのやり取りに軽く頬を膨らませて拗ねたように呟くヴィアリアリだったが、アルティはそれに不思議そうに首を傾げた。
「ルルアンタのご飯は確かに好きだけれど、僕はヴァイライラの作ってくれるご飯もヴィアリアリの作ってくれるお菓子も美味しいから好きだよ?」
「あー、いやそうじゃなくて……いや、いいや。うん。ありがと、お兄ちゃん」
 なんとも歯切れの悪いヴィアリアリの言葉にアルティは再び首を傾げるが、ヴァイライラは妹の言いたいことがなんとなくわかったのだろう。小さく苦笑じみた笑いを忍ばせると、話の流れを微妙に変えてきた。
「それは私たちも兄様に美味しく食べて頂こうと頑張ってますから、美味しくなくては困ります。でも、兄様も男の方にしては料理がお上手ですよね?」
「お腹が減ってれば美味しいってレベルで、ヴァイたちには遠く及ばないさ。それに……なんていうか、これは昔、身につけざるを得ないから身につけただけのことだからね」
 困ったように呟くアルティの言葉にヴィアリアリが首を傾げる。
「身につけざるを得ないって……、昔からご飯はルルが作ってくれてたんじゃないの?」
「そりゃあ、私だって寝込んじゃったりするときもあるもの。そんなときは……ね」
「それもそうよね」
 ヴィアリアリの言葉にルルアンタが笑って答え、それにヴァイライラもなるほどと頷く。
 そしてアルティはというと、それを聞きながら笑いを一つ漏らし、それをヴィアリアリは耳ざとく聞きとがめた。
「……どうしたの?」
「いやね、昔ルルアンタが熱を出して倒れたことがあってね。そのとき既に母さんは亡くなってたし、僕もそんなに大きくなかったから、父さんがルルアンタのご飯を作ることになって、父さんが料理するところなんて見たことなかったから僕も興味本位でそれを見てたんだよ。そしたら……」
「……そしたら?」
「……なんだかよくわからない草の汁だったの」
「……は?」
 眉間にしわを寄せながらぼそりと呟いたルルアンタに、一瞬場の空気が止まる。
 それをアルティがくっくっと喉の奥で笑いながら話の後を継いだ。
「そのとき初めて知ったんだけど、父さんってものっっすごい貧乏舌だったんだよ」
「貧乏……」
「兄様、それはつまり……」
「栄養一番、味は二の次三の次の薬草汁だったのさ。食べれて栄養があるならいいじゃないか、ってね」
 楽しそうに話すアルティとは対照的に、先ほどのルルアンタと同じように眉間にしわを寄せるヴァイライラとヴィアリアリ。恐らくはその言葉から導かれる味を想像しているのだろうが、想像するまでもなくそんなものに欠片も美味さなど存在するはずもなかった。
 そんな双子の様子を楽しげに眺めていたアルティだったが、ふと困ったように息を一つ吐くと部屋の扉に向けて視線を飛ばした。
 ヴァイライラとヴィアリアリも同じように扉に向けて視線を飛ばすが、こちらはそこはかとなく不機嫌さを隠せずにいるようであった。

「……それで? いつまで覗いているつもりだい?」
 アルティが揶揄するように扉に向けて言葉をかけると、元々少し開いていたために静かな蝶番が軋む音のみがし、開いた扉の向こうに三つの気まずそうな顔があった。
 ヴァイディアス皇帝の三人の妻、ザギヴにカルラ、エアであった。
「たはー、やっぱりばれたか……」
 文字通り悪戯が見つかった子供のような笑みを浮かべてカルラが頭を掻く。
 それを見てベッドの上のアルティが苦笑を浮かべる。
「そりゃ、カルラはともかくエアやザギヴは気配を隠したりしないんだからすぐに分かるさ。それで、三人そろって何か用かな?」
 ヴァイライラとヴィアリアリが引いて勧める椅子に腰掛けながら、アルティの言葉にザギヴが答える。
「用というほどのことではないのだけれど、やっと三人まとめて時間が取れたものだから様子を見にね。身体の具合はいかがかしら?」
「おかげさまでこの通り、まだぐるぐる巻きさ」
 ザギヴに向かっておどけるように、包帯を巻かれた両手をかざしてみせるアルティ。そしてちらりと妹達の方を見て、
「僕はもう大丈夫だと思うんだ……」
「ダメっ!」
「ダメよ!」
「だめですっ!」
 もう大丈夫っぽいことをアピールしてみるも、言葉を言い終わるまで待たず3人の妹に即座に却下されるアルティ。
「不自由をかけてすまぬの、アルティ」
 苦笑気味のアルティにすまなそうに頭を下げるエア。元々彼女への千里眼の依頼が事の発端であったためか、今回の件に少なからず責任を感じているようであった。
「まったく、あの戦闘馬鹿にも困ったもんよねー。普通あそこまでしないっての」
 そしてこちらも呆れ顔を隠そうともしないカルラが苦笑交じりにぼやく。それを聞いてこくこくと首を縦に振る妹たち。
 そんなルルアンタたちを眺めてザギヴがふと笑みを漏らす。
「それにしても、貴方たちは仲いいわよね」
 ザギヴがしみじみとそう言えば、カルラもまたその瞳に悪戯っぽい光を灯して頷く。
「ほーんと。『お兄ちゃん、あーん』なんてもー、見てるこっちが恥ずかしくなるわ」
「なっ、い、いいじゃない別にっ!」
 両手で頬を挟みこんで照れた風な素振りを見せながらのカルラの揶揄に、耳まで真っ赤になるヴィアリアリ。やることはともかく、それを人に指摘されるとなるとやはり恥ずかしいらしい。
 そんな二人のやり取りをおかしそうに眺めるエア。
「そうムキになるな、ヴィアリアリ。本当はカルラもヴァイディアスにやりたくて妬いておるだけじゃ」
「くっ、ソコ、そんなにあっさりと本当のこと言わない! 自分だって羨ましかったくせにっ」
 冷静なエアの言葉にピシリと指を突きつけてツッコむカルラ。それを聞いて小首を傾げるルルアンタ。
「やりたいのならやればいいんじゃないの?」
 そうポツリと漏らすルルアンタの素朴な疑問に、返ってきたのは5つの苦笑であった。
「それはねルルアンタ、やりたくてもできないのよ」
「どうして?」
 子供に言い含めるように腰をかがめて視線を合わせながら話すザギヴ。
 なおも首を傾げるルルアンタに、その後をエアが引き継ぐ。
「皇帝とその妃の食事ともなれば、周囲に小姓や給仕がずらりと侍っているものなのだ」
「さすがにその真ん中で「あーん」とはねー……」
 そしてそれをカルラが嘆息と共に締めくくる。
「それにね、大貴族や国王、皇帝の食事というものは、出てくるまでに毒味やら何やらで幾重にも人の手を渡るものだから、彼らの前に並ぶ頃には汁物でさえすっかり冷めてしまっているのよ」
「あれは見てて気の毒になるわよね。そりゃその体が大事なのは分かるけどねぇ……。あれじゃちょっとそんな気にもならないわよね」
 そしてその傍らでしみじみと呟くヴァイライラとヴィアリアリ。彼女たちもまた王妃エリスの傍らで王侯貴族の食生活を目の当たりにしてきた人間である。
「ふうん、皇帝も大変なんだね」
 いまいち実感の沸かない声で目をしばたかせるルルアンタ。
 温かいものは温かいうちに出してあげることが普通になっているルルアンタと、それを食べることが普通になっているアルティにはいまいち想像の及ばない世界であった。
「そうそう。結構大変なのよ、皇帝もお妃様もね」
「それもまあ、仕方のないことだわ。さて、少し長居が過ぎたようね。それではアルティ、私たちはこれで失礼するわね」
 そんなルルアンタの言葉に、肩をすくめてみせるカルラ。それに笑みを漏らしながらザギヴがアルティに辞去の言葉を告げる。
「うん、わざわざお見舞いありがとう」
「なに、元はといえばヴァイディアスの悪癖が原因じゃ。礼には及ばぬよ」
 そして苦笑交じりのエアの言葉と共に扉は閉じられ、部屋には一瞬の静寂が訪れた。
 賑やかな一時の余韻を楽しむように、軽く思案げな表情をみせるアルティ。そんなアルティの目の前に、ぽすっとルルアンタがベッドに飛び乗ってきた。
「どうしたの、アルティ?」
 そう尋ねるルルアンタにまずは微笑みかけてから、今度はヴァイライラとヴィアリアリにその視線を向けた。
「ヴァイ、ヴィア。それにルルアンタも。ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」
 そしてそう前置きすると、アルティはヴァイライラとヴィアリアリも自分の傍に招き寄せるのだった。


「くあー、うめーっ!」
 皇帝らしさ、などという言葉を闇の門の島辺りどころか異世界の向こうにまで投げ捨てて、ヴァイディアスは目の前の料理にむさぼりついた。
 それに目を丸くするルルアンタたちと、呆れた目を向けるザギヴたち。
「そんながっつかなくても、料理は逃げないよヴァイディアス」
 さしものアルティも苦笑交じりにたしなめるが、耳に届いているかは甚だ怪しいものだった。

 ザギヴたちの見舞いの後、アルティがルルアンタたちにした「お願い」がこれだった。
 見舞いからさらに数日後、イオンズたちの治療の甲斐あってアルティの身体もすっかり癒え、そろそろ旅を再開しようかという頃、ルルアンタたちは既にすっかり馴染みになった厨房の宮廷料理人たちにお願いしてヴァイディアスたちに料理を供することを提案したのだった。
 ルルアンタたちがアルティのために作ることには黙認していた料理人たちも、これにはさすがに反発した。
 皇帝のために料理を供するのは彼らの使命であり誇りでもある。それをいかに皇帝の戦友とはいえ、おいそれと他人に任せるはずもなかった。
 しかし、ここにルルアンタたちに援軍が現れることになる。
 カルラたち、皇帝の三人の妻であった。

 反発はある程度予想済みであったルルアンタたちは、あらかじめカルラたちにも話を通して協力を要請していた。
 思いがけぬ人達の登場に恐縮することしきりの料理人たちに向かって、カルラたちは自身も一緒に料理を作ること、料理はすべて大皿で出すことなどを条件に出し、何とか(半ば強引に)料理人たちを承諾させたのであった。
 もっとも、料理を作り終えた後は部屋から小姓や給仕の人間を全て追い出し、卓も上下の区別のない円形にしたりとある意味やりたい放題ではあったが、これに一番力を入れたのは事情を聞いた他ならぬヴァイディアスその人であったりする。
「でもこんなに喜んでくれるなんて、一緒に頑張って作った甲斐があったねぇ」
 ヴァイディアスの匙の進み加減を眺めながら、ルルアンタはエアたちに視線を向けて微笑む。
 それを聞いてヴァイディアスが目を丸くする。
「何? コレ、ザギヴたちも一緒に作ったのか?」
「……何よ。ずいぶん意外そうな言い方じゃない」
「もう一週間ほども口をきかないほうがよいかしら?」
 てっきりルルアンタたちだけで作ったと思っていたヴァイディアスの反応に、ジト目で睨むカルラと、目が笑っていない微笑を浮かべるザギヴ。
 ちなみにヴァイディアスはアルティとの手合わせからここ一週間、呆れ返った妻たちに一言も口をきいてもらえなくなってしまっていた。
 この会食のために多少の無茶を平気で通したり、妙に上機嫌であるのはその辺りの反動もあるであろうことは想像に難くない。
「い、いや、そういうわけじゃねーんだが、あーほら、エアとかずっと巫女生活だったじゃねえ? さすがに料理とかしそうには見えねえんだけどよ」
「確かにエア様はお料理は初めてでしたが、それでも材料を切ったりと、できることは色々あります。一品全てを作り上げることだけが料理ではありませんから」
「なるほどな」
 微笑交じりのヴァイライラの言葉に、よくよく皿の中を眺めてみるヴァイディアス。確かに言われてみれば、綺麗に切られた中にいくつかあからさまに不恰好な切り方が混ざっている。これがエアの「作品」だろう。しかしヴァイディアスにはむしろ、それからエアの慣れないながらも一生懸命な様を感じ取ることができ、心が温かくなるのを感じた。
「さすがにエアは仕方ないけど、カルラもザギヴもお料理は上手よ?」
 そしてヴィアリアリの言葉に、ヴァイディアスはほうと漏らす。
「貴方たちも見事に得意分野が分かれているわよね。ヴァイライラは貴族風の料理が、ヴィアリアリはデザートとお茶が得意なのよね。見ていて楽しいわ」
 それを継ぐように楽しげに微笑を浮かべながらザギヴが言い、
「でも何より、ルルアンタの家庭料理が一番私たちの中で上手って言うのが……ねえ?」
 大げさに肩をすくめて嘆息しながらのカルラの言葉に、ルルアンタとエア以外の女性陣は皆一様に渇いた笑みを浮かべるのだった。
「つーか、本当にうめーなこれ。いや、こりゃ久しぶりにいいもん食わせてもらった」
 そんな微妙な乙女たちの内心を他所に、一人満足げに腹をさするヴァイディアス。
 それを見てアルティもまた楽しげに笑う。
「喜んでもらえて何よりだよ。もっとも、ここの料理人たちにはずいぶん悪いことしちゃったけどね」
「なに、そっちは俺の方でとりなしておくから気にするな」
 そう笑いながらヴァイディアスはアルティの杯に赤い液体を注ぐ。
「飲めないわけじゃねーって、前に言ってたよな? 今日は気分がいいんだ。つぶれるまでなんて言わねーから、ちぃと付き合え。俺にとっちゃ果物の絞り汁みてーなもんだが、これなら強くないお前でも飲めるだろう?」
「あ、じゃあルルアンタも飲みたーい」
 アルティの杯に酒が注がれるのを見てすかさず自分の杯も出すルルアンタ。調子に乗ってそれにも酒を注ぎいれるヴァイディアスに、さすがにザギヴが目を剥くが、アルティがそれを少しの湯で割ってやることでザギヴもそれならば仕方なしと溜飲を下げる。
 そうなるとその輪の中にカルラやヴァイライラ、ヴィアリアリも加わり、ロセンの皇帝府はいつもと比べてずいぶんと賑やかな時間が流れる夜となったのであった。


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