紅い髪の少女

 未練かな、やっぱり……
 何度ここにきても、
 あいつがここに居るわけないってわかってるのに……








 城塞都市での一件からしばらく。
 アルティは精力的にギルドの依頼をこなす日々を続けていた。

 そんな中、ある事件がアルティの耳に届いた。
 英雄ネメアの皇帝即位。
 ディンガル皇帝、エリュマルクの急死に伴い、皇位継承権の次席にあるネメアが皇帝として即位したのである。

 元より生ける伝説として、民衆の間で絶大な人気があるネメアである。
 この即位に関しても民衆レベルでは、概ね好意を持って迎え入れられた。
 彼の即位を惜しんだのは、彼を目標とする冒険者たちと、彼の腕を頼りにしていたギルドの主人達くらいであろう。

 アルティはといえば、彼の即位を驚きをもって迎えはしたものの、それ以上の気持ちも、それ以下の気持ちもなかった。

 冒険者としては、目標というよりも、英雄譚の主人公のような意識が強くあまりに立つ位置が異なるために、惜しむほどの意思はなく、為政者としては、幼い頃より旅商人の父と共に大陸全土を渡り歩いてきた、その生い立ちの故に国家というものへの帰属意識が余りにも薄かった。

 よって、この出来事を耳にしたアルティには「へぇ……」としか言いようがなかったのである。

 閑話休題。

 ディンガルの皇帝が変わろうとも、アルティの日常が変わるわけでもなく、いつものようにギルドの依頼を受けた彼らはロストール近郊にあるゼグナ鉱山へと足を運んでいた。

 依頼内容は街の鍛冶屋が依頼した、ヒャンデ鉱の採集。

 通常の鉄鉱石に比べて重量のある、この白く輝く鉱石は斧や大剣など重量をそのまま攻撃力に転化する武器の改造に使われることが多い。
 しかし、目立った産出があるのが大陸広しといえどこのゼグナ鉱山のみであり、しかしながら、現在では魔物が数多く徘徊する地であることから、基本的にこの鉱石の入手は冒険者の手に依存されている。

 もっとも、余りの重量のために敬遠する冒険者も多いが、それでもロストールの近場という地理条件とも相まってアルティのような駆け出し冒険者が力試しがてらに依頼を受けることが多いのである。

 とはいえ、アルティも既に何度かこなしてきた依頼である。
 依頼元の鍛冶屋より借りたツルハシを背負い、ルルアンタを伴って鉱山の奥へと歩を進めていた。

 魔物駆逐の依頼も同時に果たせそうなほど目に付いた魔物を片端から打ちのめしながら。

 これにはきちんとした理由がある。前述したが、ヒャンデ鉱は非常に重量のある鉱石である。
 アルティやルルアンタの身のこなしであれば魔物を無視して鉱山の奥へと進むこともさほど難しくはないが、帰路に背負い込むヒャンデ鉱というお荷物は、拳士とリルビーの身ごなしを完全に殺してしまう。
 そうなると、魔物が徘徊したままの鉱山から生きて帰る難易度が格段に跳ね上がってしまうのである。

 依頼は、生きて報酬を受け取るまでが依頼。
 その信念の元、アルティはこの依頼を受けるときはまず退路を確保してから採集を行うことを原則にしていた。

「まったく……、この前も散々蹴散らしていったばかりだって言うのに、いったいどこからまたこんなに沸いて出てくるのやら……」

 とはいえ、強くこそないものの、決して少なくはない数の魔物に、つい愚痴っぽい口調になるアルティ。
 そんなアルティを「まあまあ」となだめながらも、やはりその数に辟易しているのか、困ったような笑みを浮かべるルルアンタ。

 そんな彼らが坑道の分岐点に差し掛かったとき、不意にルルアンタが立ち止まってアルティの名を呼んだ。

「どうしたの、ルルアンタ?」

「ねえ、今あっちから女の人の声が聞こえてこなかった?」

 そう言って、アルティたちが向かおうとしていた方とは別の方角の坑道を指差す。
 その先には、アルティが記憶する限り、大きく開けた広場のようになっている坑道があったはずであった。

「同業者じゃないの? 魔物退治を請け負ったとかさ」

「うーん……、だったらいいんだけどぉ……」

 アルティが気楽に可能性を述べるが、それでもルルアンタには何か引っかかるものがあったようでしきりと声がしたという坑道の方角を気にしていた。
 そんなルルアンタの頭にアルティは掌を乗せると穏やかに笑いかけた。

「わかった。もし、鉱山に迷い込んだ旅の人だったりしたらことだからね。鉱石の調達はまだ期限に余裕はあるし、行ってみようか」

「うん! ありがとう、アルティ!」

 そのアルティの答えに、ルルアンタもまた満面の笑みで応えたのだった。



 その少女は、開けた坑道の中央に何をするでもなく佇んでいた。

 燃えるような紅い髪に、アルティは一瞬リオラを連想したが、腰までかかる髪を背中で束ねた姿に、その可能性を否定する。

 その周辺には、元々その場を徘徊していたのだろう、魔物の骸が数体転がっていた。
 それを目にして、アルティは内心で感嘆の声を漏らす。

(やれやれ、これはどうも杞憂だったかな……?)

 そう内心で苦笑を漏らし、ルルアンタを促してその場を後にしようとした時、アルティの視界の隅を黒い影が横切った。

 今まで機を伺い、そして痺れを切らしたのか、それともアルティという闖入者の到来を好機と見たのか、音もなく坑道の天井に潜んでいた魔物が少女に向けて高速でその身を躍り掛からせた。

 その身は蝙蝠に酷似し、しかし体躯はそれと比して倍ほどもある。
 そしてその目に狂気を、爪に殺意を溢れさせた様は明らかに自然の中には存在しないものだった。

「……っ!?」

 少女もその動きに気づいたのだろう、その瞳に緊張の色を灯し、背後から飛び掛ってきたそれを腰の短剣を抜き払うと同時に下段より斬り上げて、一刀のうちに斬り捨てた。

 しかし……

(二匹……っ!?)

 一体の魔物を斬り捨てて終わったと思っていた少女の表情が強張る。
 慌てて刃を返して斬り下げるも、魔物が懐に入るほうが早い。
 次の瞬間には魔物の爪が少女の眼を抉るかと思われた刹那、魔物の身体は慣性すら無視して真横へと吹き飛ばされた。

「……え?」

 突然の出来事に理解が追いつかず、眼を見開いて呆ける少女。
 魔物が吹き飛ばされたのとは逆の方向へと、のろりと視線を巡らせるとその眼に映ったのは軽装の少年とリルビーの少女。
 そこに至り、ようやく少女は彼らに助けられたことを理解したのだった。

「お姉さん、大丈夫?」

 とてとてと歩み寄って心配そうに少女を見上げるルルアンタ。

「ええ、大丈夫よ。ありがとう」

 そんなルルアンタを安心させようとしたのか、にこりと笑いかける少女。
 そして視線をアルティへと向ける。

「さっきの衝撃波は貴方?」

「うん、まあね。間に合ってよかったよ。……もっとも、余計なお世話だったかもしれないけどね」

 苦笑交じりに笑いかけるアルティに、しかし少女はゆるゆると首を横に振る。

「ううん、助かったわ。貴方が居なかったら危なかっ……」

 しかし言葉の途中で少女は不意に怪訝そうに眉根を寄せる。

「……? どうし……」

 そして次の瞬間、ものすごい勢いでアルティへ顔を近づけてその瞳を覗き込んだ。

「……っ!?」

 あまりの展開に思わず顔をのけぞらせるアルティ。
 しかし、少女の眼は真剣だった。

(この眼、この感覚……。間違いない、無限の……ソウル)

 険しい表情で顔を覗き込む少女に、アルティは顔をのけぞらせたまま声をかける。

「……あの、さ」

「……え?」

「……近いんだけど」

 困ったようなアルティの声に、少女は眼を丸くして二度瞬く。
 そして、息がかかるほど近くに顔を寄せていることを自覚した少女は飛び跳ねるように身体を引き剥がした。

「う……うぁ、ゴ、ゴメンナサイ!」

 耳まで真っ赤にしながら詫びる少女。
 そんな様子と、ようやく開放された安堵から苦笑を浮かべるアルティ。
 傍らを見ると、ルルアンタもまた顔を真っ赤にして目を丸くしていたが、そちらはとりあえず気にしないことにした。

「そんなに珍しい顔でもないと思うけどね。何か思うところでもあったのかな?」

 揶揄するようなアルティの言葉に、少女はわずかに眼を伏せる。

「うん、あなたがちょっと知ってる人に似てたから……」

 その様子に、これ以上は踏み込めない雰囲気を察したアルティは微かに息を吐くと話題を転じることにした。

「そういえば、ここには何かの依頼できたの?」

 その言葉に僅かに救われたような表情を浮かべた少女は、しかし、微笑を浮かべながら首をゆるゆると横に振った。

「なんとなく感傷的になっちゃってね。今は依頼は受けてないわ」

 そしてぽんと手を打つ。

「そうだ。私今一人なんだけど、良かったら一緒に組まない?」

「……へ?」

 少女の突然の申し出に、思わず顔を見合わせるアルティとルルアンタ。

「自分で言うのもなんだけど、そこいらの冒険者よりよっぽど役に立つと思うわよ?」

 確かに、先ほどの奇襲に対応する反応速度といい、獣紛いの低級の魔物とはいえ、それを一刀で斬り捨てた技量といい、アルティがその腕前に感嘆したのは事実であった。

 そして、再びルルアンタの方へと視線をやると満面の笑みで頷きをひとつ。

「いいよ。僕たちでよければ、是非」

 そう言って右手を差し出すアルティ。
 その手を握り返しながら、少女もまた嬉しそうに笑いかけたのだった。

「よろしく、イーシャよ」


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