** ある錬金術師の物語 **
  • 鬱金の波紋 15
  • [目次] [前頁] [次頁]

     およそ奥行きの限界の見えぬ空間に、見渡せばおぞましい魔獣たちの緋の瞳が並ぶ。
     いつかルイーダ近郊の森で見かけた狼にも似た魔獣。
     肥大して重そうなツノを振り立てる魔獣は外見こそ鹿にも似ているが牛以上の巨体。
     気味の悪い黒い蛇を尾に持つ猿や、黒光りする甲殻で覆われた巨大な蠅のような姿を持つ魔獣もあった。
     咆哮をあげるもの、低く唸るもの、ポタリポタリと涎を垂れながらじっと待ち構えるもの。
     いずれも十分に飼い馴らすには至らず、せいぜいが襲うべき相手を強制される程度か。
     が、積極的に守る意志などなくとも、闘争本能だけでも結果としてローブの一団を守ることになるだろう。
     当人らを前にして綿密に打ち合わせるわけにもいかず、捕縛という指針に従って臨機応変に手を打つしかない。
     まず、最初の一手は──。
    『鳴り響け 天の銅鑼 汝が力 そは 雷(いかずち)よ』
     その聞き親しんだ呪文が耳に届き、ジルベルは慌てて傍らの師をかえり見る。
    「シェイザ!!」
     名を呼ぶ声すらかき消して雷鳴が轟く。
     スーニエルの魔女と呼ばれた至高の魔導師が無空から生み出した雷は、空間そのものさえをも揺るがせた。
     この空間を包む薄雲の彼方からの陽光のような曖昧な明るさをかき消し、真っ白な激しい雷光は刃のごとき鋭さと灼熱を伴って居並ぶ魔獣たちに撃槌を下す。
     ごくありきたりの魔獣であれば、それでことは終わっただろう。
    「生命力も強化されてる……ようだね……」
     短い舌打ちで呟きながらシェイザの身体が揺らぐ。
     慌てて抱きとめる弟子の眉間に刻まれたしわに、小さく笑った。
    「腹が決まったなら、後は迅速に……だろう……?」
    「少しはご自分の身体を労わって下さいな。せっかく、不肖の弟子が二人もおりますのよ?」
     師弟の束の間の会話にも、驚愕と混乱の声が被る。
     唐突に交渉を打ち切るという選択は、卑怯かつ姑息な手段による他者の怒りと合わせて、自らの優位を信じて疑わぬローブの一団の予測を大きく超えてしまったのだ。
     動揺に乗じてたたみ掛けるべく、剣呑な銀色に瞳を閃かせるジルベルの肩が押さえられる。
    「せっかくというなら、我らに任せてもらう」
     頭上にエルディンの声が降るわずかの間に展開される紺の甲冑の一群。
     号令などなくとも、彼ら騎士たちは我先にと白刃を連ね魔獣への斬撃を揮い始める。
     見慣れた外見に見合わぬ手強さに軽く驚きながらも、すぐに認識を改めて立ち向かった。
     明らかに強化を施された魔獣相手に単独で挑む愚を犯す者はなく、これは名誉ある決闘でも試合でもなく、何かを守るための命懸けの戦いであることを彼らは十分に知っている。
     守護騎士たちはようやく本分をまっとうする場を与えられ、フィールデンの……いや、大陸屈指のその技と力とをまさに遺憾なく発揮した。
    「お、おのれ……」
     黒のフードの奥から苛立たしげなうめきが聞こえてくるが、彼らの目に魔獣と騎士が入り乱れて戦う様はあまりにも混沌としており、どこから、何から、手をつけていいのか決めかねている様子だ。
    「見な、ジルベル。自分のものでもない力を振りかざして、他人のものを掠め取ろうって馬鹿どものあのマヌケ面ったらないじゃないか」
     喘ぎ一つ混じらない嘲弄であり、と同時に激しい憤りの声。
     衰えきった師の身体のどこにそんな力が残っていたのかと、思わずジルベルが勘ぐってしまう程に。
    「そういえば、以前、”自力を放棄した横着な日陰者”と評した人物がおりましたけれど、アレはあなた方のお仲間ですかしら?」
     過日、海辺の町アズフェンに呼び起こされた災厄。
     黒のローブ、強化された魔獣、太古の智慧、そして、封印──ここにきてようやく紋切り型の悪党らしい符合にふと思い至り、ジルベルは目を細める。
     事件自体は大きなものであったが、その元凶となる張本人はといえばさほど記憶に残らなかったというのが正直なところだ。
    「今頃気づくとは存外に鈍いようじゃな」
    「ええ、本当に。わたくしも修行が足りませんわね。分不相応な力に自滅した方を仲間と呼べる度量の広さには敬服するばかりですわ」
     紅の唇に微笑さえ浮かべ、悪意に悪意をもって制する。
     その冷ややかな視線に見据えられるローブの一団から、殺意にも似た荒ぶった気配が染み出した。
    「まあ、その目……。あなた方も人であることをお止めになりましたの? でしたら、そのフードの奥ではあちらの魔獣たちのように毛でも逆立てていらっしゃるのかしら?」
     激昂したイヴァルトがそうであったように、憤然とした魔導師たちの瞳がどす黒いほどの緋色に変わっていた。
    「まずは我が身で苦痛を味わってみたいようじゃな」
    「試してみねば分からないようなら気の済むようにしてやればよかろう」
    「だが、死なぬ程度に手加減はしてやるぞ!」
     引き千切られた自尊心を必死に取り繕う魔導師たちの嘲りは、もはや滑稽を通りこし、いっそ哀れなほどだった。
     しかし、ジルベルの口の端に浮かんだ笑みは、その事に対する嘲笑ではない。
     安い挑発にのせられて、大人しくこの場に留まってくれるのだから言った甲斐があったというもの。
     しかも、これから何か仕掛けるぞと、わざわざ宣言までして身構える余裕までくれたのだ。
     一人の黒のローブから伸びた腕を軽く振るえば、付近の魔獣たちがピタリと戦闘を止め標的をジルベルへと定める。
     無論、それが得策でない事は明らかで、歴戦の騎士たちが無理矢理に行動を押さえ込まれた魔獣の隙を見逃しはしなかった。
     愚かな飼い主の迂闊な命令のゆえに、無惨に斬り刻まれていく命運。
    「ええい! 早うせぬか!!」
     魔導師たちの身勝手な怒号。
     その逆らえぬ力に従わされ、文字通り身を削る魔獣たちの敵意の牙がジルベルらへ向けられる。
    「救いようがない……」
     そう呟いて失笑する師の身を庇うように……と位置をずらすジルベルの前方に、いつものように紺色の背中が壁としてそびえ立つ。
     ようやくの事で騎士の刃をかいくぐった魔獣が辿りついた先にいたのは、この場で最も対峙してはならない人物だっただろう。
     ジルベルの脳裏に、その騎士と初めて遭遇した日の光景が甦る。
     標的への直線上に立つエルディンに迫っているのは、ちょうどあの日森の奥深くねじ伏せたのと同じ魔獣だったのだ。
     といっても、見た目こそ大きな変化は無いものの、一気に懐ろにまで飛び込んだ膂力からして身体能力が格段に増していることが分かる。
     背中に負う者のあるエルディンに大きく身をかわすことは許されない。
     瞬時に一歩後退した足で力強く踏み留まると、しっかりと両手で剣の柄を握り締め、斜めに開いた体の胸元の高さで水平に固定する。
     喉笛を喰いちぎらんと跳躍した魔獣は、その勢いのためにかえって自身の喉元を鋭い切っ先に貫かれた。
     なお足掻いて空を駆けようとする魔獣の体を、串刺した剣を斜めに傾けながら蹴り落として刃を引き抜く。
     本来ならば致命傷とも言えるはずの傷を負ってもまだ覚めやらぬ猛りのままに、飛び起きようとする横腹を第二の斬撃が抉った。
     それでも自らの体の損傷に気づかぬかのように起き上がり、ばねのような四肢に力をこめれば澱んだ沼のように濁った緑色の血がとめどなく噴きこぼれる。
     再び跳びかからんとする肢体に、剣勢が一瞬勝った。
     生死を分かつ、その一瞬。
     最も低く沈み込んだその時、魔獣の柔らかい眼球に狙い済ました剣先が捻り込まれた。
     ぎりぎりまで引き絞られた弓矢のごとく、魔獣の体はすでに地を蹴る以外の道はなく。
     突立てられた刃に自ら飛び込んでいった。
     今度は退くことなく、突き出すように力を込めるエルディンの手はやがて重く確かな感触に達する。
    「はあっ!!」
     呼気と共に吐き出された気合、同じくして刃先が魔獣の頭蓋を突き破って飛び出した。
     手首を捻りながら引き抜けば、傷口が拡がりさらなる鮮血を誘う。
     どうっと横倒しになった魔獣は痙攣しながらも首をもたげようとした、が、そこまでだった。
    「バ、バカな! 我らの魔獣がこうも容易く殺られるはずがっ!?」
     エルディンの腕をもってしても手こずった相手だ、彼らの思う程に容易かったはずはない。
     だが、彼らは忘れている。魔獣たちは最初から手負いだったことを。
    「シェイザの雷撃を喰らって無傷なわけがございませんわ。外傷を伴わないせいでお気づきにならなかったのでしょうけれど」
     エルディンの背後から聞こえるジルベルの声は淡々と冷たい。
     混乱しているように見えて、戦況は騎士たちの優勢。
     ベッタリと返り血を全身に受けながらも重傷の者は見当たらず、魔獣たちの大半は骸になるのも時間の問題だった。
     侮り、驕り、昂ぶり──それらの積み重ねが有用な手駒を無駄にし、失策と下策を招いているのだと黒づくめの魔導師らは気づいているのだろうか。
     煽ったのはジルベルらだが、そもそもの火種は彼ら自身にある。
     最初から情け容赦など望むべくもなく、機を見るに長けたフィールデンの生ける守護神はとっくに狼狽の只中へと踏み込んでいた。
     あっという間に手前にいた魔導師ががっちりと肩を掴みとられ、状況さえ把握できぬままに魔獣を屠った剣の柄を固く握った拳で首根を強打される。
     喉の奥から絞るような呻き声をあげてよろめく身体はさらに強引に引き倒され、とどめとばかりに背中にもう一撃。
     荒くれた賊を相手にする事を思えば、戦いの何たるかを知りもしない魔導師を捕らえるなどエルディンにとって造作もないことだった。
     流れるような一連の動作をポカンと見呆けていた一団も、さすがに我が身に迫る危機なのだと悟る。
     風もない空間で長い黒髪をなびかせる勢いで次の獲物へと踏み込んだその時、エルディンは不意に足元を失った。
     重たい泥濘の上に足をのせてしまったような感触に、反射的に跳び退る。
     その間に、捕らえられた同志に見向きもせず、迫り来る敵から逃れるべく魔導師らは空間を移動した。
     といってそううまく逃れるはずもなく。
     確かにエルディンからは距離をとった、が、転移したそこここには魔獣と戦いを続ける騎士たちがいた。
     フィールデン王国守護騎士隊。
     彼らはただ武力に優れるのみならず、守護の名を冠する自負と期待を背負って日々の鍛錬を共に行い、規律と統制と信頼の上に立っている。
     だから、常日頃から無口な隊長が何を為そうとしているのか……命令などなくとも、そうと知ることができた。
     手負いの魔獣との戦いは油断ならぬものではあったが、ここまでくれば数人がかりのうち一人が外れても大きく支障をきたすことはない。
     すぐ傍まで逃げ延びてきた黒装束に素早く剣を向ける。
     と、また転移で逃亡をはかる者もあったが、大方はそこかその次あたりで痛手を負わされ囚われの身となっていった。
     魔族だか魔獣だかの力を得た魔導師らなのだ、まともに応戦すれば一筋縄ではいかないはずを、冷静さを奪い本来の力を発揮させず追い詰める。
     敗北を認めたくないのか、失敗をまだ理解していないのか。
     何にせよ、この場を放棄するという選択を出来ないことは、ジルベルの目には愚の骨頂に映った。
     戦いは生ものだ。予期せぬ状況、不測の事態などいくらでも起こり得る。
     時には大博打のような策に出ねば活路を見出せないこともあるだろうが、大半の場合、その場が不利となれば引き際が肝要となる。
     黒の魔導師たちにとって、まさに今がその時であったろうに。
    「この交渉は最初からつまづいていましたわね」
     思い返してみれば、むしろ、成功したのは最初の王女誘拐だけとも言える。
     事態がジルベルにとって好転したのは、大局を読み違えた敵の自滅による部分が大きい。
     けれど、それは──。
    「ふん……なかなか、やるじゃないか……お前の連れてきた手勢なんだろう……?」
     ジルベルの腕に身をもたせかける師の口元が笑みになり損ねて歪む。
    「連れてきた……というより、付いて来たというべきでございましょうね」
    「何だい、そりゃ」
    「後ほど是非聞いて下さいな、本当に呆れた方達なのですから。でも、おかげでとても助けられてしまいましたわ」
     弟子に浮かぶゆったりとした苦笑に、シェイザは目を閉じふっと息をつく。
    「そろそろ、あたしも……用無し、かねぇ?」
    「馬鹿なことを仰らないで下さいな。ここから皆が無事に帰り着くためにシェイザの力が必要なのでございましょう?」
    「そのくらい……自分で……何とかおやりよ」
    「無茶を言わないで下さいな」
    「ふふ……そうかい……。じゃあ、まだ当分は休ませてもらうことにしようじゃないか……」
    「ええ、人間相手ならあの方たちの専門ですもの」
     最初の不意打ちの雷撃で、何故、師が魔導師らではなく魔獣を狙ったのか──ジルベルには予想がついていた。
     幾度となく戦いに赴いたスーニエルの魔導師らも、実のところ人間相手に戦った記憶は無いに等しく、力加減を誤れば命を奪いかねない。
     捕縛という方針に順ずる中では最適に部類する手段だっただろう。
     ジルベルが思い至らぬうちに見せた、冷静な即決と行動。
     未だ及ばぬ師の存在は、悔しくもあり、誇らしくもあった。
    「こんな……こんなはずでは……!!」
     次々と取り押さえられる同志の姿に、フードの奥から歯軋りをこぼしたのはやや若い声の持ち主だった。
     彼の間近にも一人の騎士が迫り、いよいよ身も心も追い詰められている。
     脅しかけられているわけではないが、魔獣の血に濡れる騎士のナリはひどく恐ろしげで。
     その腕にローブを掴まれた途端、恐怖にかられ奇声をあげて腕を振り上げ──空気が歪み、景色が歪んだ。
     大いに空間を揺るがして、こつ然と現れる魔獣の群れ。
     獰猛なうなり声は、しばし無防備となっていたジルベルの背中の側から聞こえてきた。
    「向こうに行ってろっ!!」
     怒鳴り声と共に強く突き飛ばされたエマリーの身体が、ジルベルらの方へと向けて押し出される。
     ここまでエマリーを庇いつつ、ジルベルらの背後を守る形でいたダグレイだ。手傷一つ負わず、いつでも戦える状況にはある。
     だが、それは相対する魔獣たちも同じ。
     ただの魔獣ならばいざ知らず、一人どころか、すぐにも駆けつけるだろうエルディンの加勢があっても簡単に済ませられる状況とは思えない。
     そうと分かっていても、他に打つ手も思いつかない。
     でなければ──短く覚悟を決めたダグレイに、助走など必要とせずたった一足で驚くべき跳躍をなした魔獣の群れが踊りかかった。
     死の臭いをまとった幾つもの牙と爪とが、剣の間合いに入る。
     斜めに下ろして構えていた刃を、裂帛の気合で斬りあげるようにして大きく振るう。
     斬り伏せることがかなわぬのなら、とにかく弾き飛ばしてやろうという腹づもり、が。
     飛び込んできた魔獣たちは次々に連なるようにして弾かれた。
     そして、ダグレイの刃も。
    「な、何だ……?」
     目に見えぬ壁をはさんで、改めて魔獣たちと向き合うダグレイの困惑に答えたのはミューリフだった。
    「空障壁です」
    「さっすが! 宮廷魔導師はダテじゃねぇ、ってな」
    「ありがとうございます。でも……もう長く持たない……」
     言っている間にも、苛立った魔獣たちの進攻に壁が悲鳴をあげ始めているのが、ミューリフには分かっていた。
     恥じ入るように唇を噛む青年に、けれどジルベルは目を見張る。
     単純には言い切れないが、凡そにおいて魔術的な攻撃ならばより勝る魔力で対抗し得るし、物理的な攻撃ならばより堅固な守りに屈する。
     ところが、当たり前に鍛えた剣では魔術そのものを斬ることができないように、魔力のみで物理的な力を遮断するのは思いのほか難しいものだ。
     多くの場合、何らかの物質を強化して盾とする術式が主流な中、特別な媒体も用いずにこれほどの威力を発揮する魔力の障壁を生み出すに至ったのは、祖国での戦いの日々で彼なりに思うところがあったのだろう。
     数年ぶりに再会した弟弟子は相変わらず気弱で頼りなげで、それでも確かに年月は流れていたのだ。
    「これを……!」
     師を抱えて動けないジルベルが胸元を探り、手の平に触れた首飾りを強く引き下ろす。
     結わえてあるだけの革紐が首筋から流れ落ち、手に取った黒光りする石──『楔石』と呼ばれる呪具が、ダグレイの元に駆けつけるエルディンの手に素早く受け渡された。
     障壁が崩れてからでなければ意味がなく使用の時を計るのは難しいが、きっとやってくれるはずだと信じられる。
     間もなく障壁が潰えようとするその時、しかし、二つ目の壁が現れた。
     障壁を突き破って飛来した巨大な漆黒の影は、黒金の牙と鉤爪で自分よりも小さな魔獣たちを蹂躙する。
    「グリフォンが……」
     呆然と呟いたジルベルが肩越しに振り返った。
     大人しく捕らわれ人となっていた老魔導師、イヴァルトが虚ろな眼をこちらに向けている。
     ジルベルの腕に支えられる、シェイザだけを見ていた。
     やり方は間違えた、考えは歪んでいる──されど、かつての思いだけは……。
    「エルディン様、今のうちに」
     ジルベルの呼びかけに、エルディンは一つ頷く。
     同じ黒のローブの魔導師に使役される魔獣同士の死闘に人の立ち入る隙などなく、次々に緑の血だまりをこしらえる様は陰惨でさえある。
     決着がつくのは互いを貪りあった後になるだろうが、最後までを見届ける理由はなかった。
     この事態を引き起こした魔導師もすでに部下の足元に伏している。
     エルディンにしても、敵味方の双方による想定外のことが多々あったが、とにかくも目的はすべて果たした。
     無事に帰り着くまでは油断はできないが──そう付け加えたのを見計らったように、激震が襲い掛かる。
     これまでとは比べものにならぬ震動は、エルディンさえも膝をつかせた。
    「もった方さ……」
     掠れた女の声が短く響く。
    「ホラ……壊れる…………」
     まるでシェイザの声に応じたかのように、震動する世界は上下とも左右とも揺さぶりに軋みをあげた。
     空間を形成していた黄色のぼやけた光の壁に無数の亀裂が生じる。
     止まることを知らず激しさを増す一方の震動の中、壁はまるで薄い硝子でできた被膜のように煌いて落ちながら光と化し。
     古くなった塗装の脆さでパラパラと細かく剥がれ落ちていくそれを止める手立ては、誰にもなかった。
    [目次] [前頁] [次頁]