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────ねぇ、覚えているかい? 毎日、毎日、身も心もすり減らして、壊れ続けていくばかりの日々を必死でとり繕ってさ。 まったく……あんなに虚しい事はなかったねぇ。 何度投げだしてやろうと思ったか。 できやしないことは分かってたから、一度だって口にしやしなかったけどさ。 ……………… あんただって同じだろう? もう沢山だ、って言ってたじゃないか。 なのに……なんだってまたこんな事に足を突っ込んだんだい────? 乾いた喉はかすれ、どれほどの思いをこめた言葉も声にはならない。 這うようにして跪いていた女は、ふり乱れた長い髪の陰でやつれた顔を歪める。 着古したローブのすり切れた袖からのぞく腕は、骨の上にかさついた皮膚がのっているだけだ。 まだ四十代半ばには到底見えない、あまりにも無惨な自分の姿を見下ろす幾つもの視線の壁。 そして、さらにその向こうから放たれる一際冷ややかな眼差し。 ──あんたじゃなけりゃねぇ──女は哂おうとしてまた顔を歪める。 仲間だと思っていた。あるいは戦友でもいい。 ……だからこそ気を許してこの様だ。 身体を支える手首や膝の関節が、息苦しそうに震える。 こうやって、ただ肉体だけが最期を迎えるのならばいい。 だが今、死に瀕しているのは精神であり理性であった。 ──このままじゃ、今まで耐え凌いできた意味が失くなっちまうからね。 女は呼吸を整え始める。 そうと気取られぬよう、わざとらしく大きく吐いた息の下で、静かに、ひっそりと。 もう唾液すらも干上がった口を小さく小さく蠢かせながら、女は時を待っていた。 これまでもずっと待ってきた。 彼が己の過ちに気づいてくれることを。 どうやらそれも叶わぬ願いであると悟ってしまった今、できることはただ一つ。 全力で彼の望みを阻止する以外にはなかった。 ……残された力はごく僅かではあったが。 ──そう、いつもこの辺りであんたは帰るんだ。 抉るように冷たい視線が消え去ったことを肌で感じとり、女は今度こそニヤリと哂った。 肺にためた息を細く吐ききると女の身体はそのまま呼吸を……いや、一切の生命活動を止める。 途切れようとする意識の最後に浮かび上がったのは白の風景。 凍てついた大地に深く降り積もる雪。 一年の三分の二を厳しい冬に閉ざされる遠い祖国。 長い長い月日を、自ら招きいれた災禍を鎮めるために費やしたものだ。 さらに、過ちと戦いとを共有したかつての同胞たちの顔が瞼に浮かぶ。 今は亡き男がいて、数十年来のつきあいの男もいた。 ────それにあんたも。 後のことは…………ま、どうにかなるだろう。 あの子ならきっと────。 辺り一面に広がる雪景色に溶け込むような、一人の女の白い面差しがよぎる。 こんな時だというのに笑顔の一つも思い出してやれない。 それは、安らぎのない世界をもたらしてしまった自分達への罰だろうか……。 弱音も泣き言も、醒めた瞳と無表情に覆い隠して戦いに赴かせてしまったのだから。 ごく稀にに見せた、噛みしめた唇の紅さだけがやけに鮮明に思い出される。 もう何年も会っていないその顔を最後に、懐かしくも哀しい思い出の景色は霞んで消えた。 「おい、どういう事だ!?」 「見てのとおりだ。もはや、我々の手には負えんだろうな」 「悠長に構えている場合か。すぐに、盟主殿をお呼びしろっ!」 黄色い薄明かりの中に男たちの声が騒然とこだまする。 盟主と呼ばれる男が舌打ちと歯ぎしりを響かせるのは、しばらく後のこと。 残された者たちの失意も怒りも、もはや女には預かり知らぬことであった。 | |
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