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王都と呼ばれるだけに、ルイーダの街にはフィールデン王国の王宮がある。大陸の南よりに位置する国独特の、横に長く広い造りになっている。 この明るく開放的で華やかにして美しい王宮を、ジルベルはなかなかに気に入っていた。 もっとも柵ごしに眺めるのが、ではある。 鉄柵の頑丈そうな門は固く閉ざされて衛兵が立ち、用のない者の通行は許可されない。けれど、その向こうを垣間見ることはできる。きちんと手入れされ、色とりどりの花が咲く前庭の向こうに王宮はあった。 城門の前で足を止め、しばし王宮を眺めてからぐるりと塀をまわり、通用門から入城するのが薬をおさめにいく時の手順だ。 今日もジルベルは大きなカゴを抱えて立っている。けれど、王宮は見えない。 珍しくも城門は開け放たれていたが、その真ん中に巨大な生物をつないだ鉄格子の車が置かれ大変な賑わいだ。早く城内に入れたい文官たちと誇らしげに武勇談を語る武官たち、見物に来た宮廷人とが交錯し混雑している。 「まあ、ご苦労さまですこと……」 太い鎖でがんじがらめにされている生物を遠まきに見て、ポツリと呟く。 それ以上でもそれ以下でもなく、ジルベルは喧騒を後にした。 甲冑姿の兵士達が行きかう回廊を抜け、守護騎士隊の詰所にたどり着く。城内の騒々しさが嘘のように、ここだけは不思議と静まりかえっている。 その静けさに嫌な予感を覚えつつも、足を踏みいれた。 「あの、失礼いたしますわ」 いつもならば親しげに応える騎士たちが、今日はやけに大人しい。 その理由はすぐに分かった。彼らの視線をたどった先に、あるべきはずのない顔を見つける。隊長さまの来賓の席に遭遇してしまったのだ。 語るべき言葉もなく、黙々と気まずい道のり。ルイーダの街門の前でのぎくしゃくとした別れ。二人の出会いと別れは、忘れようもないまだ数日前のことだった。 「ジルさん。こっちこっち」 小声で呼ぶのはエマリーだ。なるべく目立たぬようにそっと奥へと足を進める。 横顔をみつめるエルディンの視線を感じつつ、素知らぬ顔で少女の横へともぐりこんだ。 「こんにちは、エマリーちゃん。エルディン様がこちらにいらっしゃるなんて、一体、何ごとですの?」 おろしたカゴの中で薬の小壜が小さく音をたてる。 机の上にはまた別のカゴも置かれていた。エマリーのものだ。中に入っている薄い紙に包まれた丸い塊たちは、例によって非常に危険な爆弾であろう。今のところ誤爆したことはないらしいが、できればもう少し慎重に扱って欲しいと周囲の人間は常々思っている。何せ今ここで爆発すれば、軽く建物が半壊しかねないのだから。 あまりにも無造作に放り出されてあるカゴに、知らず知らず目をやってしまうジルベルにエマリーが鼻息も荒く答えた。 「表の騒ぎを見ませんでした? すっごい魔獣が捕まってたでしょう!?」 声のトーンを落としてはいても興奮は伝わってくる。 エマリーとジルベルの話し声に、騎士が一人振り向いた。 「ルイーダの自警団が例の森で見つけてさ。近くにいた騎士隊の人間も手伝って捕獲したんだ。死人も出てすっげぇ大変だったらしいぜ」 咎めるように軽く目を細めながらも、だが、ダグレイは小声で言った。 どこか誇らしげな青年にエマリーは笑顔を向ける。 「これで一件落着だね」 「バーカ。これから、まだ他に仲魔がいねぇか調査しなきゃいけないの」 「なぁんだ……」 シュンと肩を落としたエマリーの隣りで、ジルベルが微笑した。 「ところで、先ほどから何が一件落着ですの?」 ジルベルの質問に、エマリーやダグレイ、それに耳だけはしっかり傾けていた騎士たちが顔を見合わせる。 「何って、ジルさん。もう、ユクートの森の封鎖のことですよぉ! 四日も閉じこもってる間に忘れちゃったんですか?」 「森の封鎖は覚えてますけど、どうして解決ですの?」 「だから、魔獣を捕まえたから……もう……」 ジルベルのひどく怪訝そうな顔に、エマリーは言葉を切り、ダグレイはじっとその顔を見つめた。 「でも、マティギニスは夜目がまったく利きませんのよ。夜間に人を襲うなんて無理ではございませんこと?」 ジルベルは指先をあごにあて眉をひそめる。 その周囲の人間たちは、さらにきつく眉根を寄せてジルベルを見た。 「ちょ、ちょっと待て、ジルさん。マ……なんだって? 夜目が利かないって、ええっっ!?」 ダグレイが大声をあげる。すでにここが詰所であることも、厳格この上ない隊長様がいることも頭にないらしい。 互いに意思の疎通がはかれないまま、ジルベルと一同はポカンと見合う。 両者の溝を埋めたのは鋭くも低い冷静なあの声だった。 「あの魔獣について詳しく知っているのか?」 声の主は騎士たちが素早く開いた道をぬって、ジルベルの目の前に来た。 「ジルベルであったな。質問に答えてもらいたいのだが?」 丁寧な口調のわりに人を威圧せずにはいられない空気をふりまいて、エルディンがジルベルを見下ろす。 「城門のところにいたあの魔獣でございましょう? 詳しいというほどではございませんが、多少でしたら……」 「それで結構だ。この国ではかなり昔に絶滅した種のようで、我々には情報がないのだ」 「え! 絶滅っ? 確かに決して数は多くありませんでしたけど、まさか、絶滅だなんて……」 今度はジルベルが驚きの声をあげる。 息をのみエルディンを見上げ、それが真実であると悟るとようやく口を開いた。 「……暑さにとても弱い魔獣で万年雪の高い山におりましたわ。暗がりではまったく目が見えませんから、夜はまったく動きませんの。ですから捕まえる時はねぐらを探し、夜を待って眠り薬を使うと簡単なんですわ。」 だからこそ目覚めているマティギニスを捕らえている姿に、ご苦労さまだと思ってしまったのだ。巨体にふさわしい怪力と不釣合いな俊敏さをあわせ持った魔獣なのだから。 無知によって死に招かれただろう霊たちに小さく祈りをささげ、ジルベルはまたもや指をあごにあてて考え込む。 「どうしてそんな魔獣が、ユクートの森にいたんでございましょう」 「突然変異ということはないのか?」 「そうですわね。それに、わたくしの見まちがいかもしれませんわ」 ジルベルは少し困ったように笑った。 その笑いに注がれる痛いほどの視線に間もなく気づく。ひそめた思いまで見抜くようなエルディンの無言があった。 「ダグレイ。査問会の椅子を一つ増やすよう、伝えてきてくれ」 「は? ……あ、は、はい!」 呆けていたダグレイが慌てて身をひるがえす。 詰所を飛びだして行った背中を見送って、エルディンはジルベルに向き直った。 「すまないのだが」 「は、はい!?」 ほとんどすまなさを感じさせないきっぱりとした声に、ジルベルは身を硬くした。 「これから行われる査問会に立ち会ってもらいたい。ついて来てくれ」 「……あ」 エルディンは返事も待たずさっさと歩き出した。お願いではなく決定のようである。 ジルベルは小さく息を吐く。うかつにも、厄介ごとに自分から飛び込んでしまったようだ。 さらに盛大にため息をこぼしかけた時、不安げに上目づかいでうかがっているエマリーに気づいた。 ふと、少女に連れられて初めてここに来た日を思いだす。 今日ここにいるのがめぐりあわせだとすれば、もうあの時から始まっていたのだろうか。いや、エマリーと出会い仲良くなった時点か、この街にとどまることを決めた時か。 結局、自分で決めたことが発端になっているのだ、いつでも。 わき上がる自嘲をふり切って、ジルベルは大丈夫の微笑をエマリーに向ける。 なるべくなら面倒なことになりませんように……。 短くも真摯な祈りを捧げ、詰め所の向こうに消えたエルディンの姿を追いかけた。 | |
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