** ある錬金術師の物語 **
  • 緋の華 04
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     壮麗でありながら決して居丈高にはならず、古風さと実用、格式と斬新さが不思議に同居する街、それが大国フィールデンの王都ルイーダだった。
     暖かな色をした夕陽がまだ少し肌寒い街並みを彩り、石と煉瓦で作られた建物達に明と暗をくっきりと色分けしていく。少しずつ影の色が濃くなり、その領域を広げながら。
     だが、ルイーダの街では未だ賑わいは衰えない。単なる一国の都でなく、大陸の交易の拠点であり、商売の中枢でもある大都市であるせいだ。
     取引を終えた商人が疲れ気味に宿へと向かい、店を閉じた店主は酒場にくり出す。大慌てで家に向かって走る子供たちが、石畳につまずきそうになりながら駆けていった。
     無造作に行き交う人々の間で、蜂蜜色の髪と薄茶の瞳の小柄な少女もカゴを両手で抱え急いでいる様子だ。が、どうも人の群れを上手くすり抜けてはいない。
     人波におぼれながら、ようやく大通りから一本のわき道へと逸れた。こちらは人通りもまばらで、目的地ももうすぐそこに見えている。
     少女は一気に加速をつけて走りだした。
    「ジールーさんっ!」  
     目的の家の扉を勢いよく開けば、苦味のきいた草の臭いが否応なく鼻に飛び込んできた。
     嗅ぎ慣れてはいてもやはり臭いものは臭く、思わず顔をしかめてしまう。
     少しして、
    「エマリーちゃん?」
     奥の部屋から、この家の主が少女の名を呼びながら姿を見せた。
     すりおろした草の根の樹液でべたつく指先を拭きながら愛想よく出迎えた女主人はジルベルで、西日を背負ってやってきた友人であるエマリーに少し目を細める。
     娘とは呼べない外見のジルベルと娘と呼ぶにはいささか幼いエマリー。一見すると年の離れた友人づきあいにも思われる二人だが、実際のところそう年の差があるわけではない。
     ジルベルよりも頭半分ほど小さく……背丈だけでなく身体つきもひどく華奢な友人は、可愛らしい童顔と相まって、とてもではないが二十歳にもなるようには見えないだけである。
     とはいえ、その容姿のゆえにエマリーにいつまでも荷物を満載したカゴを抱えさせ続けることに何となく罪悪感を抱いて、ジルベルは彼女からカゴを取り上げた。
    「今日は珍しく遅かったですわね」
    「差し入れを選んでたらすっかり遅くなっちゃいました!」
    「じゃあ、これは頂いてよろしいの?」
    「もちろんです。ジルさんにはいつもお世話になってますから」
    「助かりますわ。急に森を封鎖でございましょう? 困っていましたの」
     あからさまに目を輝かせるジルベルだが、彼女が嬉々としてのぞきこむカゴの中身は主に緑と茶色で構成されており、青臭かったり芳香とは言えない独特の匂いを放っていたりと、到底、贈り物と呼べる代物ではなかった。
     が、それらは錬金術師であるジルベルにとっては様々な合成の素となる、大切な大切な素材たちばかりなのだ。
     もう何と言われても返さないとばかりに、いそいそと奥に運び込もうとするジルベルを少女の声が呼び止める。  
    「ちょっと待った、ジルさん!!」
    「あら、まだ何か他にも持ってきてくださったのかしら?」
    「そうじゃなくって! まーた、一人で森に採集に行ったそうですねぇ? 駄目じゃないですか……ホントにホントに危ないんですよ!?」
     エマリーの頑としたしかめっ面に、ジルベルは小さく肩をすくめる。
     この年下の友人との出会いも元はと言えば、これが原因だった。
     フィールデン王国にやってきたばかりの頃、やはりあのユクートの森で採集の真っ最中にでくわしたのが最初で、あの時もやはり採集に来ていたエマリーとその護衛をしていた──という口実で会っていたのだろうが──彼女の恋人であるダグレイに盛大にわめかれたものだ。一人で出歩くな!! と。
     本来ならば、二人で森にというのも常識外れに近い事を後で知ったのだが、そこはさすがにダグレイが王国の猛者の守護騎士である所以だろう。
     早いものでもうあれから、そろそろ一年を超えようとしている。
     故郷を離れるという以外に目的のなかったジルベルにそもそも行くあてなどなかったが、こうして一つところに一年も腰を落ち着けているのは多分に、このお節介で人の好い友人を得てしまったからだろう。
     まあ、それはともかくとして。エマリーがくどくどと説教を始める前に、話題を逸らさなければ。
    「まあ、ダグレイさんったら恋人の家でのんびりとお茶を飲んでいったみたいですわね。勤務中によろしいのかしら?」
    「な、何で、ダグがうちでお茶を飲んでいったって分かるんですか!?」
    「エマリーちゃんの情報源がダグレイさんであることは、まあ、当然ですわよね? 森で顔を合わせたことですし。常日頃からわたくしが一人で森に行くことに猛反対していますから、きっとエマリーちゃんにまた注意するようにとでも言伝にきたのでしょう?」
    「う……うん」  
     うろたえながら頷くエマリーの肩口に、ふと顔を寄せたジルベルの口元に笑みが浮かぶ。
    「でもね、こんないかにも美味しそうな甘い香りを、ああ見えて実は甘いものが大好きなダグレイさんが見逃すなんてありませんわ。何かお菓子でも作ってらしたのでしょう? 持ち帰ったりすれば他の騎士の方々に奪われますもの。お茶を飲んでお菓子をつまんで行かれたのでしょう?」
    「はあ……。正解です」  
     苦笑するエマリーはわざと隠し持っていた紙袋を振ってみせる。
    「今日の差し入れはこれだけだったんですけど、ダグが来てジルさんがまた勝手に一人で森に行かないように素材も差し入れしろって……」
    「ずいぶんと気が利くようになりましたこと」
    「気が利くというか……ジルさんの性格を把握したというか……」
     上目遣いに呆れたように見上げつつため息をこぼすエマリーに、ジルベルは愛想良く笑って見せた。
    「何にせよ、せっかくいらして下さったんですもの、二度目のお茶にいたしませんこと?」
    「……ジルさんが合成したお茶なら」
    「はいはい。ご心配をおかけしたお詫びに、とっておきのをお出ししますわ」    
     女主人が苦笑と微笑のちょうど中ほどの笑みを浮かべると、ぱっと笑顔に変わったエマリーは手馴れた様子でいつもの椅子に腰をおろす。客というにはいささか慣れすぎになるほど通いつめた証だ。
     無謀で危なっかしく思える異国の年上の友人に、どうしてこんなに懐いてしまったのだろうかと、エマリーは我ながら思うことがある。
     最初は同じ錬金術師のよしみだった……はずだ。
     魔道を志す者の中でも、錬金術師と名乗る者はまだまだ数少ない。魔力によって生成される『 呪具 』は昔からの名残で世間一般に知れているが、これを専門に作る者──すなわち錬金術師となると途端に怪訝な顔をされることも少なくない。これまでは魔道師というくくりで扱われてきたからだ。
     もっとも、錬金術師が魔道師と名乗ったところで、胡散臭い目を向けられることにさほど変わりはないのだが。
     エマリーはこの道を志すきっかけとなった人にあやかって、自らを錬金術師と称している。
     が、本当は単なる呼称ではなく、厳密に言えば目指すものの違いによって錬金術師なのか魔道師なのか違ってくるのだとか……そんな少し難しい話を、魔道の国からやってきた新しい友人にしてもらったことをふと思い出した。詳しいことはさっぱり覚えていないが。
     その友人が、奥の部屋から茶器を鳴らして戻ってくる。
     さほど広くはない机の上にポットとカップを並べ、空の皿にはエマリー持参の紙袋の中身をひろげた。甘くふうわりとした香りがひろがる。頃合をみて、ポットから黄金色の薬草茶が注がれた。  
    「ふぅ、イイ匂い。これ、これ! これを待ってたんです!」
    「大げさですわね」
    「全然、大げさなんかじゃないですってば! 味良し、香り良し、おまけに美肌になったりお通じも良くなったりなもんだから、街に出まわったりしたら争奪戦なんですよ!?」  
     もの凄い勢いで前のめりで力説するエマリーに、ジルベルは呆気にとられながら苦笑する。  
    「どおりで商店の方が、お茶の追加納品を急がせるわけですわね」
    「ジルさん、大量には作りませんものね」
    「一度に大量には作れませんもの。同じ錬金術師のエマリーちゃんなら分かっているとは思いますけれど……」
    「材料はともかく、術者の魔力には限りがありますものね」
     他人事のように淡々と言って、エマリーはぐいっと一杯目を飲み干す。すぐさま、忙しげにおかわりを自らのカップに注ぐ。  
    「モノとモノを単に混ぜ合わせるだけなら、調合量さえ分かっていれば誰にでもできること。一つのモノの持つ能力を引き出し、さらに別のモノの能力と組み合わせて融合させ別の何かを生み出す──『 合成 』 のためには魔力が必要ですもんね」
    「術者の命を削ってとまで言うとそれこそ本当に大げさですけれど、肉体的な労力だけではないのは確かですわね」
    「モノの力を引き出し融合させる……か」
     ポツンとこぼしながら、またエマリーはカップをあおって空ける。飲みだめと言わんばかりだ。
     ジルベルの方は作り主に顧みられないお菓子の方をつまみ上げると口に放り込む。ホロッと口の中でくずれる、風味豊かな菓子をほおばりつつ溜息をつく。
    「以前にこのお茶の合成方法は教えてさしあげましたわよね?」
    「……うん」
    「上手くいきませんでしたの?」
    「………………」  
     重苦しい沈黙こそが何よりの答えだったが、コホンと咳ばらいを一つ、エマリーは声を大にした。  
    「だって、どうしても渋くって青臭いんです! こんなに甘ぁくならないんですって!!」  
     勢い良くおろされたカップが、机の上で小さくはねる。
     一つ二つと瞬きをして、ジルベルはポットを手にとった。エマリーの空いたカップに三杯目を注ぎ込む。
     湯気のたち昇るカップをしばし見つめ、エマリーは溜息を重ねた。  
    「やっぱり、魔力の差かなぁ」  
     両手でカップを支え口をよせる。しみじみと身体に染みいるような味わいにホウッと一息つく。
     少し哀しげな少女の横顔に、ジルベルは首をすくめた。
    「魔力といっても……ほら、エマリーちゃんだって時々は素晴らしい成果を見せますもの。ほんの少し不器用なだけですわ、きっと」
    「そのほんの少しが問題だって、この間ジルさんが言ったばっかりじゃないですか」
    「まあ、そうなんですけれど……」
     つい先日、エマリーは爆弾の注文を受けた。ここで言う爆弾とは、ただの火薬の詰め物ではない。火薬と火の魔法をエマリーの魔力で練り合わせた、錬金術の賜物 『 呪具 』 である。
     依頼主は守護騎士隊で、エマリーもジルベルと同じく隊の御用達職人である。というよりも、むしろ、彼女のツテでジルベルにも仕事が来ている。
     完成させた爆弾をさっそく納品しようとするエマリーをダグレイと共にとりおさえ、とにかく一度試すようにと進言したのだ。
     ジルベルの目から見て、その爆弾は余りにも大きな破壊力を秘めているように思えたから。
    「……助かったぜ、ジルさん」
     開口一番そうもらして額に嫌な汗を浮かべたのはダグレイで、広い原野にぽっかりと口を明けたお屋敷ほどの土地に幼児の背丈ほどはある大穴を見つめていた。
    「あれ、おかしい……な」
    「エマリー。俺たちが欲しかったのは、物置小屋を吹っ飛ばす程度だ。小山じゃねぇんだぞ!?」
     ダグレイがエマリーに突っかかっている間に、ジルベルは試作披露に立ち会った他の騎士たちにせっせと傷薬を渡して回った。爆風のあおりで受けた傷を癒すために。
     そんなまだ遠からぬ思い出に明らかに暗雲を背負いこんだエマリーに、ジルベルは慌てて微笑みかける。  
    「そ、それより。そうそう、ダグレイさんが無事に戻ってこられてよろしかったですわね」
    「え?」
    「だって、夜になったら……」  
     何かを言いかけて不意に口をつぐんだジルベルを、エマリーが上目づかいで見上げた。  
    「夜になったら?」
    「あ、ええと……わたくしも詳しくは存じませんけど、魔獣にか何かに襲われて死人がでたのが夜だったと聞きましたから」
     違和感なくごまかせただろうか、とジルベルはエマリーの表情を窺う。子犬のように丸く可愛らしい茶色の瞳には、不審の色はみられなかった。
    「でも、変ですよね? そんな話、今までだってなかったわけじゃないのに、いきなり森を封鎖だなんて」
    「ええ。普通では……なさそうですわね」
     自分が口にした曖昧な答えに、ジルベルは思わず自嘲をもらしてしまう。
     普通でないことぐらい……普通だなんて口が裂けても言えない事態であると確信めいた予想をしている自分が、何を白々しいことをと。
     こちらをじっと見ているエマリーの不安に揺れる目が、心の内を見透かしているように感じるのは罪悪感ゆえだ、と。
     だが、開いたエマリーの口から詰問ではなく、重苦しい吐息だった。
    「大丈夫……ですよね……。きっと、たいした事じゃなくって、何でもなかったよって……」
    「……」
    「きっと……すぐ、いつも通りになりますよ」
     三杯目のお茶もすでになくなった空のカップをのぞきこむエマリーの声色に混じったわずかな震えに、ジルベルは眉をひそめた。
     まるで自分に言い聞かせているような言葉とは裏腹に、払いきれない不安がにじみ出ている。
    「一体、どうなさいましたの、エマリーちゃん? 何かご存知ですの?」
    「……その……笑われるかもしれないけど、勘です。嫌な感じがするっていうか……。だから、あんまり行って欲しくないけど、一番危険なところに行くのが務めだって、ダグは胸を張るから……」  
     エマリーは伏し目がちに、空になったカップをいじる。  
    「ダグはいっつも 『 大丈夫だ! 』 『 俺の腕を信じてないのか? 』 ばっかりで。でも、世の中なにが起きるか分からないし」  
     エマリーの瞳がもう暗くなった窓の外を映す。  
    「一緒に行けたら……、せめて、もっとわたしに力があって、身を守るものを作ってあげられればいいのに」  
     ため息交じりに言い終えたとき、いつになく真剣な目が自分を見ていることに気付いた。  
    「ジルさん?」  
     あまりの視線の強さにおずおずとエマリーが切り出す。
     途端にジルベルの表情が緩んだ。かすかに苦い色をうかがわせながらも、それはそれは柔らかく微笑む。  
    「そうですわね。エマリーちゃんの心配はごもっともですわ。少しでも心配ごとが減るよう、わたくし、協力できると思いますの」
    「へ? あの、ジルさん?」
    「数日ほど、お茶会はお休みさせて下さいませね。あと、お店もお休みにしますけど、心配なさらないで」
    「は、はぁ……?」  
     いつになく晴れやかに笑うジルベルに、エマリーはただ瞬きを返すしかできなかった。
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