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心臓の脈打つ音。唾を飲み下す音。そんな日ごろ気にも止めない音がやけに大きく耳に響く。 それから……視界にひろがる鮮やかな朱色。 男が辛うじて動かした唇からはただ息が漏れるだけで、声にならない叫びは脳裏でこだまする。 嘘だ、嘘だ、嘘だ── それは、ほんの瞬きほど前。 六人──正確に言えば三人の村人とその護衛として雇われた三人の傭兵──は、深遠なる森からの家路をいそいでいた。 太陽はとうに落ち、常ならばとっくに森をでていなければならない刻限。高い常緑の木々が覆うように茂り、昼間でさえ暗くうすら寒い森。うっそうと折り重なる木陰からジワリと闇がしみ出してくるような気配には、大の男でさえ背が震える。 暗闇の支配に不安を抱きつつ、それでも一行の足どりが軽いのには理由があった。 村人が両腕で抱える大きなカゴからはみ出す、小指の先ほどの丸くツヤのある赤い実の枝。カルデュータと呼ばれる人の背丈ほどの植物がある。別名、薬の木。本日の最大の収穫だ。 葉も枝も木の皮さえも薬材として使われるのだが、春先の一ヵ月にしか結実しないその実は特に重宝され、かなりの高値で取引される。それが、この辺りではこの森にだけ自生するおかげで、近隣の人々のいい稼ぎになっていた。 もっとも、ここは万人の森。管理者などいないがゆえに早いもの勝ちだ。 いち早く春の気配を感じて、足を運んだ村人たちの前に姿を見せた小さな赤いお宝。 予想どおりだった。歓喜の声をあげ、一同は強欲にとりつかれる。ついうっかり森の中で日没をむかえてしまうほどに。 森の中は常に危険に満ちていた。いくら護衛つきとは言えど油断はできない。ましてや夜ともなれば。 けれど、今日は野盗に収穫を横どりされもせず、魔族に命からがらの目にあわされることもなかった。魔獣の一匹にすら出遭わなかったことが、いつもと違ったことだろうか。 こんな日もあるものかと気にはかかる。が、誰もが本日の成果にいたく満足し、そして疲れてもいた。一刻も早く帰れるならば、それにこした事はない。 余計な時間をくわずに済んでいるのだと、各々が自らを納得させる。 家族の笑顔が出迎え、温かい夕食とベッド。実り豊かな一日は、そうして穏やかに終わりを告げるはずであった。 ……だが、災厄とはいつでも突然に降りかかるものだ。 不意にうなり声にも似た風が足元の落ち葉をまきあげ、一段と濃い色の影に覆いつくされた。 彼らが振り向ききる前に駆け抜ける風の波。 悲鳴すらあげる間も与えられなかった。 四人の男達の身体が、ある所はひしゃげ、引きちぎれ、人の形をした肉塊へと変わる。 半日がかりの収穫はカゴごと宙になげ出され、できたばかりの生ぬるい血溜りに落ちた。 ──三本爪……大きな手……いや肢……? ほんの僅かに命を永らえた男の最後の思考はそこで途切れた。 自分の命を奪いゆく黒い軌跡をくっきりとその眼に焼き付け、丸い塊は草むらをはねる。少し遅れて、つなぎ合わせれば二人分の新たな人間の残骸も鈍重な動きで赤く濡れた大地へと臥した。 そして、間もなく天に召されようとする六つの魂は等しく思っていた。何が起こったのだろう、と。 深まりゆく宵闇にまぎれ、小さな風の渦を後に残し一方的な殺戮は終わりを迎える。 殺すためだけの殺人を終えた後ろ姿を、物言わぬ木々だけがその身を震わせて見送った。 | |
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