[絵金蔵]は、もともとは農協の米蔵でした。
[絵金蔵]は、農協の米蔵を改築して造られました。
[絵金蔵]のもととなった農協の米蔵は、
昭和4年12月に乾繭や米麦を保管するために作られました。
昭和23年からは、赤岡町農業協同組合に引き継がれ、以後米蔵として活躍しました。
[絵金蔵]の梁や柱などには、今もその名残を見ることができます。