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帰るべき家なくなりし今にして無菌証明書われが手に受く
母の病篤くなりしか数行の短き文も来ずなりし秋
加湿器に水満たしつつ春の夜は部屋ぬちならぬ現身渇く
健康な君と手を組みむせかへる五月の森をいま抜けてゆく
青き実のすだちを絞り秋刀魚食ぶ一夏をまた生きのびて来し
ジェットコースターの轟音も子等の歓声もわれには杳し新鮮なれど
汚水処理工事の穴にぶくぶくと海水湧けり地の下は海
木枯らしも虫の音もいまひそまりて玻璃戸に白く冬の月冴ゆ
元旦の穏しく晴るる道をゆき裡にしこれる悲しみは何
地吹雪のごとく落花を舞ひたたせ寒き風吹く復活祭今日
独りなる思ひに聞けば青葉木菟青葉重なる闇に鳴き澄む
心許なきまで深き闇の中闇を濡らして雨の降り来つ
暁方の光の中の千切れ雲一つが早く天涯に去る
共に育てるものを持たざる療園のいふはまこと儚し
春ながら現身冷ゆる夕暮れを木蓮もまた風に揺れをり
夕顔の白く大きな花ひらき雨なき島の夜をうるほふ
鳶鳴きて時雨はららぐこの夕べ潮路に水尾の残る寂しさ
雪の夜の今日大雪の中を来て事務引継げり明日より自由
星祭る儚ごとにも心寄せ昼をさざめく長病むわれら
葬り火は業火と思ふ粛然と己が机の前に座しつつ
氷点下の凍てに凪たる今朝の海しんしんと青し人寄らしめず
杳き夜のひとの嘆きを聞くごとくかずら橋軋み軋みて揺るる
わが窓の夜気を震はせ満ちてくる潮か時の悉く斯く移りつつ
いち早く葉を落としたる桜木にかへり花光るいのちのごとく
水仙の香にふと心和みゆく生くる限りは花なり人も