望郷の涯にネオンは明滅す海峡冬の表情にして
去来する雲を映してひそまりぬ沼は流れをもたぬさだめに
みどり婦の個性ことなる足音も聞きわけて我が盲いたる暮らし
脱げし下駄杖に探れば杖先に触れて冷たき石ころの音
録音にとりたる母の声を聞く早春の陽の匂う縁先
玉砂利の音も新鮮に踏みしめる橿原宮を手引かるるいま
真昼間の柵内にして餌をあさる豚の瞳は疑惑を持たず
療園というには遠き概念を抱きて立ちぬ監房の庭
ほのぼのと今宵の闇は匂うなり老い母のかるき寝息聞きつつ
鵙の贄高き梢に曝されて季節は冬の表情をせり
老い母が縫いし着物の色柄を眼底にしてぬくき日だまり
光なき眼球なれど摘出をしなければならぬ寂寥にいつ
生きの眼を摘出したる空洞に冬深ませて吹き抜ける風
冬空に耀うものよ篠懸の拳は明日への充実みす
耐え耐えてゆかねばならぬ障害か味覚なき舌と見えぬこの眼と
風化せし過去鮮やかによみがえる夢より覚めし闇の匂うも
死者たちの愛に渇きし鋳型ともベットの窪みに心ただるる
死の淵をさまよいてきし我が裡に朝の大気が沁み透るなり
老い母はテレビ見るとき眼を閉じて盲いの我の不自由さ偲ぶと
ぬかりいし道路が舗装されたれば今朝はおもむろに踏みしめてゆく
癩園の空の青さにもえて咲く夾竹桃の赤きしたたり
あの青き故郷のの海も原子炉が成りたるよりは死の海と化さん
健やかに八十五才となりし母盲の我より先には逝くな