昭和十二年生まれ〜
入所 昭和二六年・大島青松園
島田 茂
暗黒に突き落とされて見し悪夢生死の錯乱夜に日に続く
盲いし我にせめて片目をやりたしと言う老い母の語尾震えけり
口にくわえ履かねばならぬ靴下に不潔を覚えなくなりてきし
盲いし我が夢にめざめし冬の夜の暗きまほろを刻む時計は
移り来し重症寮に一年の過ぎ行かんとする年越しのそば
手引かれて来し梅林のまだ固き梅の蕾を唇もて触るる
盲いたる我に温き春光を浴びて漂う梅の香に酔う
自立心やしあわんとて盲いばかり散歩に出づる春浅き山
忘却の彼方に空転するものよ晴眼なりし日の鮮かに
点字打つ音心地よきこの日頃盲いのくらしに馴れ初めてきし
舌先に点字を習うこの姿老いゆく母に見せたくはなし
とどろなる春雷に白杖を握りしむ三叉路に思い乱されながら
隔絶の島に本土の水は引かれ通水式の感激にひたる
療養のわがうつろいを満たしつつ散りゆく桜が春日に匂う
探りつつ船に乗り込む足の下盛り上がりくる波を意識す
見え眼に景色の見ゆる思いして一日の旅の車に揺るる
駅前の花時計背に写真撮る十年振りに療園出でて
人気なきスト決行の夜を行く我が杖音のみ不気味に響く
癩やみて逝きたる君の告別式肉親のいぬ香華のみ匂う
療園の早き夕餉にみとり婦の胡瓜を刻む音のあざやか
義兄の死をふた月も経て知らされぬただ青澄める癩園の空
台風にガラス壊るる音するどく重症寮の夜の闇を切る
暗がりの片隅に鳴く虫一つ二百十日の過ぎし夜更けに
秋立ちしさやけき朝の陽光を顔に確かめ布団干しおり
還りゆく故里のことなど言う母の訛りにふれて匂う我が闇
郷愁を刻みて振子の音は冴ゆそのしたたりに流離するもの
噴水の枯れたる庭の静寂を過ぎゆく下駄の音に聞きいつ