思えば昨年の8月、広瀬町長が大島青松園の療舎の中の、坂崎さんの6畳ほどの部屋を訪問して、坂崎さんと小さな机を挟んで向かい合わせに食事をしたこと。そのあと町民課長の高橋さんと高田人権擁護員さん達がそれぞれ、サツマ芋やアルバムを携え訪ねたこと。 それがきっかけで昔机を並べた同級生の居所がわかり、坂崎さんが手紙を出して、60年ぶりに再開して二人で祝宴をあげたこと。そしてこの日の前夜、同級生が1人増えて3人で祝宴をあげたことなど短い期間に坂崎さんを中心にいろんな事がありました。 昨年広瀬町長が訪問された時は、坂崎さんはまだ本名は明かされず園での名前を公に使われていました。今年に入り高橋町民課長と高田人権擁護員さん達が訪ねられてから、本名の坂崎を名乗られるようになりました。 今日までの1年に満ぬその間、町役場の高橋町民課長(女性)はいろんな事で3回ほど坂崎さんに電話されたそうです。お互いに気心が分かり そのために初めての訪問でしたが、面識のある人達もいて少しは緊張も和らいだと思います。生まれ故郷の町役場、そして自分の家族親戚を知る人達、今までは緊張を強いる人達ばかりでしたでしょうが、今日からは理解と協調の気持を持って迎えていただける。坂崎さんにとっては心強く、頼もしい人達でした。

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参考 人間回復