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大正二年年〜
入所 昭和八年年・大島青松園
斉木 創
病みすじと幼時いたぶられ早死にし弟妹化けこよ逢魔が時ぞ
兄のらいうつすと砂なげいじめられ早退けし妹泣き止めず告ぐ
弟は火鉢の灰を黙均らしふるえ必死にこらえおり哀訴
かくれわが病ゆえ破婚つぎし妹悩みあぐねて面会に来ぬ
パラソルに顔埋め背中泣き帰る靴赤き妹と永別なりし
戦死もて汚名そそぐと渡河作戦の人間橋脚化して果てしぞ
「アトランチスの手紙」題の笛消え聞こえ黄泉の伝えか夜のしじま這う
防着辞しマスクもされず患者区に殿下参られみんな驚く
伝染病拡張否む宮様患者・職員区別なく握手交さる
母君の御歌碑仰げる宮殿下しばしお一人に置きてあげたし
小鳥呼び盲らせめて潤えとライトハウスに黐の木賜う
お手植えの年内はや紅き実の御趣旨実りぬ逝かる暗示にか
宮殿下ジョーク巧みに病むわれら大笑いさせきつい昨夏なりしに
皇室の庇護なくば戦時穀つぶしわれら始末の示唆生くや秘の遺書
脈守り長きナースかわが蘇生泣きくるる発作胸を刺しけり
世に一人われの終わりを泣きくるるナースいて余生明るかりしを
われの手を己が頭にのせ爪立ちて丈同じよと気どれる乙女
手を握り胸さわらしめ頬ずりて馳せ帰りたり小悪魔めく
生理よと盲われにのみ耳打ちぬ別れ近くて何かと話す
桟橋ゆ救急車借り出勤し看護遂げんと必死なりしを
いつまでの相談電話でいてくれと船より叫びナース去りゆく
真夜わめく呆け爺慰撫の看護婦さん睦言めきてぴたり鎮めぬ
看護婦と患者「相聞ごっこ」とて歌通じ和ぐや離島療園
医師長に背負われ降りき神戸港まだ生きありて風に目覚めぬ
仰臥車のままにて各科初診にと連れ廻られつ半ば覚えず
アイスノンほの冷たくて息の辺にまだあるおぼろ覚めて思えり
尿よだれ止まずコバルト不作用けだるくとろけゆく身か知れず