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明治四三年〜
入所 昭和五年・大島青松園
大田井敏夫
大風子油射ちし痕より滲み出る血液は黒く襦袢に染みぬ
戦いの烈しきさまをききながら斯のごとくに病養ふ
手折り来しつつじを振りて勇しき君の門出を見送りにけり
寮長の謝礼の金を包み置くアララギ会費に当てむと思ひて
麻痺しるきくちびるかなし桃食へばたたみのうえに汁のこぼるる
島山の萩の径を登りきて露にぬれたる義足を脱ぎぬ
元日の残りものなる田作りみなあひ寄りて熱き茶を飲む
生涯を病みて死ぬべき吾が島か彼岸仏につつじ手向けて
すぎゆきのよしなきことのみ思ふ夜にライ病一家の心中を報ず
吾が部屋の友が婿入りする夕べ枕を一つ持ちて送りぬ
何一つ罪を犯せし覚えなき指もくされて今断たむとす
足悪き吾を追い越す人妻の化粧は憎きまでに匂はす
曲がる指外れて転がる大根を吾が食ふだけは摺り下したり
蜜柑一つ炬燵のの上に置きしままめしひし老いの無表情にいる
右を脱ぎ左を脱ぎて吾が義足吊たる蚊帳の裾に揃えぬ
これほどによき雨降れどみな海に流して我等水に苦しむ
あせりつつ義足を着けてをりし間に仕掛花火の慰問は終わる
此の吾を襲はむとする一匹の蚊をうちとりていたく疲れぬ
結局は今宵も蚊帳を吊るとせむめしひし老いの意見も入れて
めしひ等に問い返されて見る月は今大煙突の上にかかりぬ
たはやすく人に折らるる紅つつじ冬を越えきて咲きたるものを
夏来れば大いなる蚊帳に十人が孤独しずかに寄せあひて寝む
付け替へし白きシーツに松の影うつして今宵月渡り行く
やうやくに老いゆく心しずまれよ祈りそめたる神を信じて
白藤の花咲くはやし散るはやし待ちきし春もまた逝くはやし
口をもて足袋はかせたる両義足穿けば吾がもの脱げば重たし
這ひまはる足なき吾の曳きずりし寝巻きの裾に仔猫じゃれつく
病み萎えしこの身このまま写すべし今日ある命祝ふ思ひに