大正一五年
入所 昭和三七年・大島青松園
松浦篤男
廊下踏む義足の音にも覚めずなりぬ身障者同士の雑居六年
幹たかき松の根蔽ふ青き笹触れては笹の音をすがしむ
握る力なくなればペンを結わえ持つことも覚えぬ病み古りにつつ
傷できる度に短くなる指を秘すのみにして年は経にけり
補ひ合い末永くゆかむわが妻となる君の手の指も曲れり
十か余りすればわが妻になる君と髪吹かれつつ船を待ちをり
厨のガラスくもらせて妻がものを煮る長病みの果てに得たる安らぎ
療園の昼しずかにてバラ萎ゆるかたへに白く山茶花の咲く
小豆島にくの字に成りし道見ゆるつづく寒波に白く乾きて
夕立の後のしずけくオリーブも銀杏も靡けるままに暮れゆく
山を拓き甘藷を作りて凌ぎ越し老いし患者は不平を言わず
菊作りすたれて盆栽の鉢ならぶ患者の趣味にも移り変わりあり
納屋に寝て母屋に食いに行く日々を重ねて我の病重りき
朝の治療受ければ一日終りにて我が療養も十年となる
左足かばひて歩く我が影が芽ぶき初めたる芝生にもどる
不具の身をかこちて転寝する畳冷えの清しき頃となりたり
五月半ばはや植えてある狭間田を見下ろす嶺に風の清しも
汗の体湯に拭きて早く床に就くかく平穏な日々を恐るる
台風のなきこの秋は我が島の銀杏鮮やかに紅葉し初めぬ
足許より騰りくる冷えの清しさよ雲の中なる石鎚の嶺
白髪染めまでしてくるる療園となりぬ病にわれら耐えきて
弟の相続の書類に印捺しし夜ビールに酔いて早く寝ぬ
会う遍路と会釈交わして麦の穂のそよぎ明るき札所への道
我が代筆頼る一人増え療園に病みて忙しきを仕合せとせむ
海の面はしろくひかりてきさらぎの午後暖かく雨振り出でぬ
節約の呼びかけも常に無視しがち電気も水道も無料の療園