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明治二七年〜昭和四二年
入所 昭和十三年・大島青松園
笠井 誠一
指の無き妻が丹念に縫いあげし袷着て行く夜の歌会
暑にやせて食欲のなき老妻に白桃を買うて夜道を戻る
新しき足袋を義足にはかせいて見栄とは別のことを思えり
朝は先ず眼鏡の曇りよくぬぐひ机に開く聖使徒の書
癒着せる潰瘍の跡見せ合ひてプロミンを射つ順番に居り
園内作業に得し一日の拾円にて買い求めたる鉛筆2本
妻の郷訪ふ日すらなく療園にかたみに老いて生命生きをり
天水を飲料にせる我が島に今日も朝より死の雨が降る
琴平の高き石段ふみてゆく義肢の金具はくぐみ音に無く
つぎつぎにわれより若く逝く人の弔辞を書きて老いを生きおり
貧富の差ある療園に義肢のわれ最低作業に朝を出でゆく
職員地区患者地区との間にある溝の汚水が臭い泡立つ
傷つきし心の癒ゆる時のなし中絶の子が夢に生きいて
ホーサン水の瓶と瓶とがふれあえるリズムに歩調合わせて帰る
クーポンの衣料売場に妻と来て買わぬ背広も手に取りて見る
療園にかくれ住む身をあばかれて甥の縁組また破約さる
義足はき朝夕に西瓜を見に通ふ趣味耕作も重労働なり
塩分の無き水が欲し結晶するやかんの口の塩落としつつ
継母の顔色みし少年が老いゆくわれの裡に生きをり
復活祭の朝の祈りに早く来て和む心は芽ぶく木に寄る
おかっぱの髪を吹かれて準看の生徒が風の中走り来る
銭にならぬ歌を作ると笑われて灯火親しき夜を起きている
祈りの座にあるべき人の亡き夕べ窓の硝子に赤き日が照る
後遺症に就職の道拒否されし男が島に帰り働く
療園の幾変換を生きて来し机に歌集とバイブルがあり
五十鈴川清き流れにみそぎして玉砂利の道心して踏む
我が生れし町素通りして墓参する故郷を出てから四十五年目
われにつらくあたりし人の名もありて墓一つずつ手にさすりみる
稲の出来の良きを目に見て妹にも会わず立ち去る故郷の町
若葉風匂うチャペルの窓明けて松に遊べる山鳩を見る