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大正一三年
入所 昭和二三年年・大島青松園
籠尾ひさし
はるかなる高松の灯に歩み止め友は黙して枯草に坐す
網膜にいとちかじかと映りいて角膜炎の手術をはりぬ
涙ながらに見送りし肉親よ血統言われるだろう其の日より
集団生活に馴染まぬ心いらだたしく今宵も早く寝につかむとす
友情もある一定の慎みをこえたるときに心もとなし
得ることの多き話題も結論は不自由さにつき別れて皈る
うすれゆく視力に日々を疲れいて胸に滲みくるよまた降る時雨
それぞれの意見もち寄り盲人の理想語りぬ雨のひと日を
幽かなる望みありしに視力表今朝は見えなく立ちすくみ居り
雨もりが幽かに落ちる気配にも盲ひし今は鋭くなりぬ
ちり紙を口にさぐりて確かめるこの現身を耐えねばならぬ
島の辺に錨を巻きし荷物船静かに視野を遠ざかり行く
潮引きて拭いし如き砂浜にブラシ咥えて吾の立ち居り
探り兼ね雨の舗道を行き悩むまだ新しき杖持つ娘
むし暑き二十一畳の吾が部屋に今宵も八人の床が並びぬ
霧の中歩む如くに外燈の光は眼にうるみて身ゆる
呼吸管に痰の詰りてもろく逝きし友の枕辺に注射残りて
故郷は早も鰹の盛りらしラジオに流る節削りの歌
鰹節手に取りて思ふう海駆ける兄達の舟よ今はいずこに
何を見る事も出来ねば茫然と蝉を聞きつつ診察を待つ
吾が視力望みうすしと女医言うに悲しくもなし悩み疲れて
憧れを心秘かに持ち越しが病み古り吾は視力失ふ
めしひては帰るのぞみもなくなりて膳箱作り住みつかむとす
会えば早涙にくるる母親をめしひし吾の哀れ労はる
探り行く吾の姿を見ましてか面会の母ものも言ひ得ず
平安を親に与ふる日のなくて治療受けつつ病み重りたり
吾が脱ぎし足袋の位置の変わりいて誰か来るまで待たねばならず
理解させる言葉も尽きて盲人の不自由さのみを繰り返し言ふ
木の香漂ふ点字図書館に独りいて人の善意を深く知りたり