大正七年
入所 昭和九年年・大島青松園
石本暢子
鳶鳴きて杖とめ空を仰ぐ時碧く澄みたるかなたを思う
シクラメンの鉢に寄りゆき唇を寄せてたしかむるふくらむ蕾を
薬湯にあたためてきし麻痺の手のしばらくにしてもとの冷たさ
杖もつ手冷えぬようにと編みくれし手袋はめて頬なでてみる
舌先にまさぐりてゆく点字の粒詩の一章をやっと読みとる
点字書きのページを記憶して閉ずる机上に匂うくちなしの花
前後たがえぬためにセーターの胸にしるしのブローチつけぬ
しんしんと壷坂の夜はふけてゆく犬の遠吠えのやみたる後に
飛火野を吹きゆく風のひろがりて遠くに鹿のなく声きこゆ
古里の森へ来しかと白峰の野鳥の声をあかず聞きおり
白杖を持たずに撮りし五色台の記念写真を母に送りぬ
八日月出ると言う夫に手を引かれ私は虫の声聞き歩む
アルプスの水飲みてより少しづつ生気もどりてわれ生き残る
くに訛りまる出しにして呼びかけくる声の便りをくり返し聞く
言いたきこと胸にあふれて言えぬまま母の長距離電話終われり
四畳半の一隅がわたしの座る場所ルーテルアワーにダイヤル合わす
さえぎるもの何もなき闇の中にして手にのせくれしトマトの重さ
防災夫が戸を釘付けにしてゆきし夜の厨に鐘叩き鳴く
雛祭りの歌を友らと唄いつつ盲人会館のぬくき昼過ぎ
蕗の薹の匂いを深く嗅ぎおれば母の仕草が甦り来る
野良猫が人目さけつつ幾度も物攫い行きて仔をやしなえる
野坂峠ここを越ゆれば古里よ胸の動機が高まりて来る
眼に下に母校の見ゆる稲成山少女の頃の友想い佇つ
三十年ぶりに相会うわれの変わりいて母はしばらくもの言いまさず
若き日の母想いつつその肩にさやれば思いがけなく低し
くに訛り丸出しに母の録音の便りはすでに涙声になる
老い母に覚えて欲しき讃美歌をうたいて声の便りを返す