里帰り
南部さん、私と一緒に里帰りしませんか?「里帰りネー」 南部さんはそう言いながらあまり気が乗らない様子であった。八十四歳で眼も不自由であるし、昨年私の車で松浦さんや磯野さん達と連れ立って大窪寺へ紅葉見物へ行ったが、そのときよりも里帰りの距離は長いので体調のことも考えての事と御見受けした。そう思いながらも盲人会の事務所では,同室の南部さんより若い磯野さんへも里帰りしようと誘いつずけていたし、南部さんからも故郷の話や、奥さんが入院されていて、長い間見舞っていないという事も聞いていたので、同じ様に御誘いしていた。年も明けて二月過ぎると大島も時折暖かい春の風が海を渡ってくる。元患者さん達が連れ立って園の中を散策される。私は間も変わらずそれとなく南部さんの故郷の事を話題にしていた。
南部さんは私と同県人である。私の家からは車で一時間ほどの所で、仕事で時折その近くまで訪れる事があるので、私にはさして気構える距離でも場所でもない。四月に入ってまもなく南部さんより電話があった。「何度も勧めてくれるので御願いしようかな」と告げられた。私はよく決心されたと嬉しかった。喜んで迎えに行きますと答え、日にちと時間を確認したがその日がよい天気であればと願った。十日もせずに迎えに行ったその日は朝から天気も好く、南部さんは付き添いの娘さんに手を取られ大島の専用船から降りてこられた。私はいつもの様に挨拶をし、南部さんを気ずかい「今日は安全運転でゆっくりと行きましょう」と告げた四十年前大島へ入所される時は汽車やバスを乗り継いで家から大島までは八時間以上を要したそうである。