ハンセン病回復者 細川良幸
どこかに故郷の 香りをのせて
入る列車の懐かしさ 上野は俺らの
心の駅だ くじけちゃならない 人生が
あの日ここから 始まった
それは、80歳を目の前にした細川さんの喉奥から絞りだされる歌声であった。
就職列車に ゆられて着いた
遠いあの夜を 思い出す 上野は俺らの
心の駅だ 配達帰りの 自転車を
とめて聞いてる 国なまり
ホームの時計を 見つめていたら
母の笑顔に なってきた 上野は俺らの
心の駅だ お店の仕事は 辛いけど
胸にゃでっかい 夢がある
望郷の想い!「ああ 上野駅」
hosokawa
車椅子に座り、マイクを握り持って、歌っていた細川さんの歌声が幾度も途切れた。
発病前の青年期に、大阪の硝子工場へ、そして九州の炭鉱えと旅立った故郷の駅
出稼ぎの折々に降り立った、あの駅、この駅は、彼の心の駅、上野駅であったろう。
途切れたのは、青春の一コマ一齣が胸中に去来し、感情を昂ぶらせたからに違い
あるまい!相思相愛で結ばれた二人、しかし発病の為、周囲の無理解で妻は一粒
種をお腹に入れたまま家をでる。産まれた娘は約束どうりに、1年後彼の元に届け
れた。