大正四年
入所 昭和八年年・大島青松園
林 みちこ
ながれゆく時の推移のあきらかに竹登りゆく朝顔の蔓
生けるもの斯くたくましく美しき蜘蛛はさかさになりて巣づくる
水面に浮びきたりて光食む池より出ることなき鯉ら
進学する栄転するありて療園のわれのめぐりが羽ばたく四月
壁多く窓の小さき不自由者棟安らはん夜の灯りが点る
祖母の髪結いたるあとに自らの髪結いし母夜夜寝ぬる前
二十九才のわれの黒髪うばひたるセファランチンの薬忘れず
癒ゆるをば信じて飲みし薬にてみな命の髪を奪はる
髪失せて髪といふ字に執しゆくわれのをみなの心かなしも
暮れゆきてなほ啼く鳥のかなしけれわれもうつつのはぐれ鳥なる
ライ園の夜空に天ノ川仰ぐここに少女のいのち老いにき
支えられ在り経るわれや苦瓜のきはまりし蔓虚空にゆるる
霧こめて動けぬ船が笛鳴らすわが生きざまの集約に似て
海を距てそばたつ八栗五剣山かたがは淡く盆の月照る
心なきものにも寄らむ思ひして人と別れて手に拾ふ石
世の常の年を迎へむ真似事のエプロン着ければ主婦めくわれも
わが園のいのち養うダムの水に影を落として春あそぶ雲
クーラをつけて安けく夏を居る病みと戦の飢餓を越えきて
タラップを降りしパウロは雨のなか地に額伏してまず祈りたり
国を支ふる石油を互みにねらひ撃ちイラン・イラクの憎しみあわれ
東京に来よと言い伴ふと言ふ友あるにわれためらはず癩の亡霊
相共にさびしき時は受話器とりたわいなき事言いて和むも
使うふまれにたち鋏取ればまざまざと顕ちくるは揃いたる五本の指
さなきだに悲しきものか人間は祈りつついて人殺めあふ
友の住む東住吉は此処ときき俄かに親し街の家並みも
壷坂の木立におはす大観音の頭にかよふ天竺の雲
戦火にていぶされたりし薬師寺の月光菩薩のおん眼やさしき
あふるるばかり人満ち満てる東大寺の庭あゆみゆくいのち再び