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大正四年生まれ〜
入所 昭和一八年・大島青松園
萩原 澄
やはらげる光にかほる丘の梅隔絶遠くわれをおきいて
季くれば花をかかげて箸ほどの木は木ながらに営みのあり
位置変ふることなく立てり桟橋の暮れて灯れる淡き灯のいろ
ありありと眼の見えながらま探れる夢はあざなふ過去のうつつを
人並みに肩張りゆかむわが杖の幾ほどもなく歩み乱るる
もろもろの風化する中ありありと逝きたる父の言葉生きいる
祟徳院のあはれを誘う白峰の谷ゆく水や松風の音
あざやけく今も亡びし眼にぞありわれおき去りし澪のただよひ
後遺症は病み闘いし勲章とためらふわれに励ましたまふ
背に残る母の手形ぞ眼を病みてもぐさを夜夜にすえくれしあと
道の辺の花木に移す妻の眼の動き伝はる引かれいる手に
ともなひし妻よ目に見よ青年の日まで育ちしわが山里を
そこに呼ぶ声とききしは幻聴か振りかへれどもただ風わたる
手を振りて送りくるるも送らるも見えぬ盲いの港の別れ
花咲けば花に寄りいて素直なり病みの苛酷を越えきし今は
すがりいる草は枯れつつその蔓のきはみに咲ける朝顔の花
帰り来てドアを開けば妻居らぬらしじまがひしとわが面をうつ
妻病めばわれの詮なく茫々と時の止まる思いにぞいる
老ゆるわが手の平打ちて降る霰山家の遠き日の幻に
まどろみのわが夢の中鮮やけくまなこの見えて父と木を伐る
亡き母のこえきこゆるか頬張れる草餅の香のそこはかとなき
ふと口をつきて出でくる国訛り三十二年を距たりてなほ
あかあかと盲ひし瞼によみがえる幸ひなりしランプの灯り
かがまりて草とる妻のこえありてそこに彩る折りをりの花
迫りくる命のかぎり啼く蝉や被爆阿修羅の疼きめぐる日
人の上の憐れはしらずヒナゲシの花かろやかに夕庭に散る
こえききて顔うかびこぬ人ふゆる盲ひ古りゆく道の行き来に
殻借りていのち生きゆく宿借りのさまに似てわが療園の日々