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大正八年年〜
入所 昭和一四年年・大島青松園
赤沢正美
陽だまりに寄れる人らの話し声ひろがるほどに春近づきぬ
怖れつつ女医学生が触るる指毛虫のごとく顔を這う
朝顔の蕾を妻が数えをり華やかな明日がくるかも知れぬ
結核性脳膜炎になりし君が笑えりわれも笑えばよきか
無残なるまでに麻痺している手足傷つけば不思議のごとく血が出る
衣食住あたへられいる平安を犬より猫より知恵なく遊ぶ
地に低く在る者は低く圧さへらる政治と人と人との間
受けし傷をいつまでも舐めて居給ふな看護婦君は白衣が似合ふ
立てられて空に突き立つ煙突と知恵なきわれの貧しき対話
ぬきん出て高く立てられたる悲哀常に見られて煙突はあり
掘り起こしたる埋火の彩やさし限りなく遠く在る城のごと
人に言う嘆きにあらず選びたるものにもあらず盲ひゆくなり
差しのべてくれるどの手も届かざる今日を必死に己れ鞭打つ
失明に至る病にのりこむ心を鞣しながら盲ひたり
裏返しにされて虚空を掻く亀が何も見えなくなりし眼に棲む
陽のほてり冷めやすき海辺の夕暮れに茄子焼く甘き匂い漂ふ
盲ひし眼にいちはやく秋の冷えはきて人呼ぶ声が形をなせり
チュウリップアネモネが咲きわが庭の春立つ風は見えねど光る
国宝と聞かされながら仁王像見えねばつひにわれは会はざり
古里のダム面を吹く風に今日来て会ひぬ見えねどさびし
茫々と浮かび来てどの家も愛しダムのおもての古里の昼
咲き垂れし藤の花房うけとめて風なき昼の地表はふかし
胃に満ちし草餅の草匂ふ息山羊より涼しき目をして吐けり
在ることの価値の音かと白杖にふれし夕べの庭石たたく
折々の悲喜泛かび来ぬ流し場の棚のトマトの饐えゆく夜を
啼く蝉のどの声もはげし朝の庭生きいるものを清しみて立つ