光龍館開館

昭和62年3月国士舘大学を卒業し中学校教師となり8年間教職についたが剣道や〜めたで、乗馬の世界に入る。いままで頑張った経験を他の分野で試してみたかったのもある。これは大変ためになった。前から馬には興味があったが実際にまじかで馬を見るとものすごく大きく、この馬に乗り走ると考えるとビビリまくった。これが第一印象である。常に馬の大きさに圧倒され、噛まれたらどうなるのかなとか蹴られるとどうなるかとか不安ばかり今まで剣道で戦ってきた気迫は、いったいどこへいってしまったのやら・・・。人馬一体なんじゃそれ?まったく馬と自分別々のものでした。ある日、クラブに行くとものすごくカッコいい風貌をした新馬がいた。一目ぼれである。馬にも乗れない奴が馬に一目ぼれ!?
迷わず買いました。名前は光とつけ365日世話をし乗馬に明け暮れました。その甲斐あって中四国大会でも優勝することができました。
馬は、剣道にたとえるならコートでは1対1の戦いが選手と一緒に戦えるということです。選手の真横で次は面がくるので胴を抜けとか相手が逃げてるので追い込めとか、選手の力をカバーする事ができる。またその逆もあるのです。馬と人間が足りないところを補いながら協力するまさに人馬一体、人と馬の信頼関係です。自分はやる気があるが馬がやる気がないとか、怪我等をすると試合にも出られませんし、お互い体調管理や気持ちを合わせるなど、剣道の選手と監督との関係と同じでした。本当にいい勉強をさせてもらいました。
乗馬施設を計画したところどうしても無理があるとの事で、乗馬仲間の篠原さん(後に平成15年国体優勝)に剣道場にしては?まったく考えていなかったことである。しかし、今までの教え子達の希望もあり、それだったらみんなでやろうとの事で道場建設となった。平成13年夏のことである。
家の醤油倉を道場にと中にあったものを処分し整理するだけでも大変な時間がかかった。それにしてもまさか道場を造るとは自分も考えられなかったし、他の人もまったく考えてもいないことだったでしょう。その場の雰囲気、流れとは恐ろしいもんです。
炎天下の中、リヤカーを押しての荷物の運び出し、床の掘り下げのための土堀、土の運び出し、コンクリートを運び込む作業とどこからともなく人が集まり協力してくれた。大変感謝しています。
道場の建設を横目に子供達も炎天下の中、打ち込み台に向かいタイヤ打ちに頑張っていた。
念願の道場は,みんなの協力のお陰で完成し、平成13年9月22日開館した。

へっぽこ侍発進

光龍館開館と同時にどこからともなく子供が集まってきたなんじゃこりゃ〜
見るからにへっぽこ侍である。
声もでない、構えもおかしい、着装も、袴もツルツルテン、面垂れの長さまで違う大笑いである。
一体どうなるんだろう。が始めて見た印象である。 まったく手のつけようがない。試合でも勝ったことがない立派なへっぽこ達だ!
目標は、まともな剣道にする事でした。
それから一人一人面をつけづに打たせる事を徹底してやった。来る日も来る日も私と打ち込み台を相手に打ち込みをした。感心したことは、この子達は、休まず必ず稽古に来ることだ!剣道が大好きなんだ!その時、この剣道の大好きな子供を、このまま剣道が大好きで夢中で頑張らせ気がついたら日本の頂点まで連れて行ってやろうとメレメラと私の悪だくみに火がついていった!
褒めて褒めて褒めまくり、いいぞいいぞとうなずくばかり、3ヶ月が過ぎたあたりで急激な進歩がみられた。
急成長である。私も長年中学の教師をしていたが中学生にこんな進歩は見たことがなかった。初めての経験である。小学生はこれ程、進歩するんだと驚いた。
出稽古に行った。強豪といわれるチームだ。動きもいいし稽古も厳しい。まったく相手にしてもらえない。
稽古も厳しく、ビシビシきたえられ泣くものもいるし、私もハラハラドキドキである。
次も出稽古に行くことにしたが、へっぽ子達の気持ちが完全に萎えていた。このままでは、剣道が嫌いになると思い中止にした。まだまだそのレベルでなかったのだ。あせらずゆっくりがんばろう。
ところでこの道場試合に出られるの?
私も初めての経験で・・・・・・・試合に出られるようにお願いして回った。地元の高松市剣道連盟に加入させていただき何とか試合に出させてもらえるようになった。やっと並の道場にしてもらえた。
試合?!と言っても勝てるはずはない。高松南部地区、見渡す限り強豪ばかりで天と地の差である。
インターネットを検索していると昇龍館一福道場稽古会を見つけた。オープン参加である。すぐに片山館長に連絡を取り快く受け入れていただいた。神の助けであった。まったく先入観のない土地で知らない者と稽古ができる、それも朝から夕方まで。うれしさで一杯でした。
瀬戸大橋を渡り、稽古会に参加しましたが右も左もわからずしかも強豪ばかり、自分達のレベルのものは少なく・・・・?しかし、自信をつけさせるべく同レベルのチームを探し稽古しました。これを機に、段々と力をつけていきました。「今に見ていろ必ずやる。」この気持ちだけでした。

冬休みのへっぽこ侍達

朝、寝ていると打ち込み台をたたく音が響いている。誰だと思うとへっぽこ達である。どこからともなく現れてみんなでタイヤ打ちをやっている。嬉しいことだ。私がやれと言ったわけでなくそこに打ち込み台があるからなのか、強くなりたいからなのか?理由は聞いてない。またその必要もないだろう。そこに何か楽しみがあるのだろう。
最近は、朝チリンチリンと心地よい自転車の音、カシャと門の開く音でへっぽこ達が来たのがわかる。心地よいひと時である。必ず勝たせてやるからなと思う時でもある。
しかし、いつもの時間が来ても来ないときは逆にどうしたのかなと心配になる。今日は、学校招集日だ。

光龍館へっぽこ侍デビュー戦、しかも昇龍旗全国大会!

徐々に力をつけてきているもののまだまだ未完成のチームどこまでいけるのやら。
運良く勝ち上がりコート決勝まで進む。次の相手を見に行った。新宮剣志館(兵庫)と千代が丘剣道教室(愛知県)この戦いを見た瞬間レベルの違いに脱帽でした。剣風、攻め、手足の使い方、気迫どれをとっても見習うことばかりで試合など到底かわないと思いました。衝撃の剣道でした。
結果、千代が丘剣道教室(愛知県)との対戦となりました。敗戦濃厚、力の差は大きくありましたが、何故か先鋒から副将まで勝ち4−1での勝利でした。いつも稽古している業が出せ本当に神がかり的な勝利でした。へっぽこ達の成長に涙が溢れてきました。隣の父兄も泣いてました。
決勝トーナメントで明珠館(岐阜)に3−2で負けデビュー戦にして全国ベスト8、へっぽこにとって最高のデビュー戦になりました。しかも、世界大会、全日本選手権覇者と握手してもらい記念撮影までしていただき、夢の大会でした。


県内大会デビュー戦

初の県内での大会、開館から7ヶ月休むことなくひたすら稽古に明け暮れ試合稽古も十分に積んできた。稽古は毎日です。はじめは、毎日と言うことではなかったのですが・・・・・休みにすると・・・「なんで休みなん」と詰め寄られ・・・・・わかりましたと言うことでそうなってしまいました。へっぽ子達の遅れを取り戻すのには最高でしたが・・・・・私もへっぽこも、みんなの倍頑張れました。
大会に行くと、光龍館?! どこの? だれがしょん?  まったく未知のチームです。
子供達は、以前とは比べ物にならないほどすべてが違いました。負けてたまるかの気迫、体裁き、足裁き、打ちの強さ、攻撃攻撃攻撃の光龍館の剣道を見せてくれました。今まで、一度も勝った事のない相手、チームを相手に真っ向から立ち向かいました。試合前、子供達に「打って打って打ちまくれ!審判の旗が揚がるまで打てと。」最後の旗が揚がったときには、みんな涙が溢れていました。
へっぽこ侍の見事な県内デビュー戦でした。


水戸大会(平成15年3月)

目標を日本の頂点に絞りました。
5年生2名、4年生3名の若輩チームです。
目標は、日本一の東京東松館道場です。
昇龍館一福道場の片山館長のお陰で茨城での稽古会に参加させていただきました。
強豪揃いの稽古会、右も左も凄いチームばかり、目指すは東松館道場どこにいるのか。やっとの事で稽古をお願いすることができました。結果は、5対0本当に凄いチームでした。もう一度とお願いしこれも見事5対0、しかし、対戦できただけでも嬉しさ一杯です。
半年後の日本武道館までにこのチームに追いつくと言うはっきりした目標ができました。
水戸に来たわけは、強豪チームを実際に見て稽古して感じること。はっきりした目標を持たせること。日本武道館に備え全国大会の舞台で舞い上がらない為、でしたので十分満足できました。
大会では、東京東松館と戦うのが目標でしたが、一歩手前で名門、いばらぎ少年剣友会に撃沈され、ました。いばらぎ少年剣友会での強豪揃いの稽古会、大会とへっぽ子達には見るものすべて感動で吸収するものばかりでした。本当に充実した水戸でした。


夢の日本武道館(平成15年7月)


私の夢、子供の夢全国剣士の聖域、日本武道館。
学生時代この日本武道館を目指し日々稽古に明け暮れこの舞台に立つために私は4年かかりました。
私にとっても一番思い入れの強い日本武道館です。この舞台で、剣道の大好きな子供たちを一番高い表彰台に立たせるのが私の夢です。
この日本武道館に向けて子供に日本一を意識させるため子供と夢の賭けをしました。
この田舎のしかも無名の光龍館に今年度の日本チャンピオンが来てくれるかどうか?
もし来てくれたなら本気で日本一を目指せ!との事でした。
まさかのまさかです。来るはずないと父兄も子供も私の作り話だと思っていたことでしょう。まったく考えられないことです。しかし、私も本気です。
第50回全日本剣道選手権者、安藤戒牛先生が光龍館に来館されたのです。
先生は、光龍館の子供一人一人に見事な稽古をつけてくれました。本当にありがとうございました。
賭けは、私の勝ちでした。少しは信用してくれたでしょうか。
この日のために、水戸にも行きました。岐阜明珠館にもいきました。その折、磯貝館長より「決戦は日本武道館で」とのお言葉を頂きました。稽古は、毎日。試合稽古も600試合以上積んでの武道館です。目指せ日本一です。
やっとの事で決勝トーナメントを勝ち上がり準々決勝、岡山昇龍館一福道場です。
勝負は、大将戦となりました。スコアーは、1対1の本数1本リード、引き分けで勝ちです。
開始早々小手を取りムードがあがるはずが、逆に舞い上がり2本連取され夢破れる。日ごろの稽古に対する甘さが出た一番でした。ベスト8で夏が終わった。
第38回全日本少年剣道練成大会の優勝は「とるぞ日本一」を実現した。明珠館(岐阜)でした。
大会2日目小学生個人戦、昨日の屈辱を晴らすべく大将山下が奮起する。
見事決勝の舞台まで・・・・・・・
場内アナウンスで「赤、香川県光龍館、山下渉選手対します白、茨城県いばらぎ少年剣友会、飯塚大河選手によりまして小学生決勝です。」
眩しい決勝のスペシュウム光線を浴び山下が決勝の舞台に立ちました。
やっとこの舞台まで来れたのかと思うと涙が溢れそうでした。
今、目の前で山下が戦っています。眩しい光の中で・・・・
監督、選手とも舞い上がり我を忘れています。開始早々から相手の怒涛の攻撃を浴び1本先取されました。途中試合が中断したあたりから我に戻り攻撃開始、面を取り返しました。
後1本で日本一・・・・開始直後、相手の起こりを小手を打ち、決まったと思いましたが旗1本・・・・
少し気持ちが途切れたところで相手の思い切った面、胴を抜くが2対1に旗は割れ第2位でした。
あと少しの気の緩みと、監督の初の決勝舞台での経験のなさが出た試合でした。
教訓として稽古の甘さは必ずここ一番の試合に出ると言うことです。



水戸大会(平成16年3月)

水戸で日本一を獲るを目標に鍛えに鍛えてきました。
6年生2名は最後の決戦です。私も子供も強い思い入れがあります。
大会前日の稽古会で副将大奈路の調子がよくありません。こんなはずはないと・・・・・しかし不調。
6年の大奈路を外す訳にはいかない。まったく、考えてもいない結果だ。補欠伏見は、今年度1度しか公式戦に出したことがない。最悪、安田との入れ替えのために起用していたのであった。悩みに悩んだ結果、水戸には、なにをしに来たのか。勝つために来た。結論はでた。
私の予想は、コート決勝で新宮剣志館(兵庫)との対戦が予想された。その場合、最悪中堅までで2対0で負けてくる、副将大将で必ず獲らなければいけないということで、引き分けの確率の高い大奈路を外し勝つか負けるかの伏見に勝負を賭けた。案の定、2(3)対0(0)で副将伏見に回った、絶対絶命である。伏見にここで勝つためにお前を起用した。勝負して来いと送り出した。最後の最後で引き面を決め大将山下につないだ。山下は、大将前田に苦手意識があったが開始早々から猛攻を仕掛けた。見事、2本勝ち。代表戦にもつれ込んだ。最後は、流れ的なものもあり山下が相面で決めた。コート1位通過である。
決勝トーナメントに進出し大崎武道館(鹿児島)を4対1で下し三つ巴まで後1試合。強豪福岡如水館である。先鋒から大将まで真っ向勝負で挑んだが最後まで旗は揚がらず敗戦。無念の一言です。
福岡如水館はその後2勝し水戸で最優秀賞に輝いた。
最後の決戦も優秀賞。第6位という結果で日本一にはとどかなかった。
最後で外れた大奈路の奮起を期待している。


へっぽこ侍から名剣士へ! 
第39回全日本少年剣道練成大会(平成16年7月)

今年度のチームは大将不在の不安定なチーム。
勝ったり負けたりポジションも決まらない。まったく未知数のチームです。
テンションが上がらないマンネリ打破のため、2ヶ月まえから高松刑務所に週1回の出稽古を開始!最初は、まあまあで稽古をつけてくれていたのですが、段々先生方も本気になり凄まじい稽古になっていきました。その中で伏見は、中高生も避けて通る先生に向かって掛かっていく、もう徹底的に鍛えられました。私なら役者しているでしょう。(笑)最後の最後まで頑張る伏見に感動しました。その時に光龍館の先鋒は決まりました。他のへっぽこ侍も厳しい稽古に音をあげず、最後の一本まで打ち切りました。見ている私としても凄い子供に成長したなと嬉しく思いました。しかし、まだまだです。
ここに来て、和田姉が落ち込んでいます。試合に勝てないプレッシャーか動きに自信がありません。
大事な副将です。どうしても流れが大将までつながらない。心を鬼にして妹の美咲4年に変更です。
辛かったでしょうが勝負の世界は、厳しいものです。奮起期待しています。
これでオーダーが決まりました。先鋒から伏見、西岡、安田、和田妹、森本です。
試合2週間前、細心の注意を払いながら稽古を組み立てていくが不安ばかり、稽古後、毎日一人で反省会。他のチームはみんなでいろいろやってるんだろうな〜と思うとさびしかった。そんな折、電話が鳴った。東陶器春風館の辻田館長からである。「先生、今いろいろ悩んでるやろ。ここに来たら小細工したらいかんで!光龍館の剣道見せてや!私、応援してるから」とその時の私にとっては神の一言でした。誰も見てくれてない。一人で剣道のこと考えて悩んでと思ってた時にこの電話は嬉しかったです。
誰も見てくれてないと思っていたけど、見てくれている人はいるんだなと・・。メラメラと力が湧いてきました。
いよいよ東京に乗り込みます。
まずは、昨年優勝の基本練成です。
元立ちは、私です。みんなと一緒に武道館で戦える名誉です。
1回戦は、パーフェクトで勝ち2回戦、結城尚武館(茨城)関東チャンピオンと聞いています。
先鋒から切り返し、掛かり稽古です。1回戦よりも気合十分手ごたえ十分です。
元立ちの私には審判の旗は見えません。基本が終わり掲示板を見ると何と4対1で負けているではありませんか?すべて2対1です。後試合は、4対0で勝つ意外にありません。全員総攻撃をかけましたが3対1と一歩及ばずまさかの2回戦敗退となりました。優勝旗も返し何もなくなった光龍館。このまま手ぶらでは高松には帰れません。
その晩の夕食時の時、「試合で負けたのは自分の責任、基本で負けたのは先生の責任、しかし私は、お前達が負けたとは思っていない。これまで私のすべてをお前達に伝え稽古してきた、もうお前達に教えることはない、すべての力を出し切れば必ず日本一になる。自分の弱いビビリ根性を捨て相手に向かえ」私の言霊です。その時感じたことは、一番怒らせてはいけない子供を怒らせたということでしょう。
大会前日、新松戸南剣幸会にて調整。
福島館長のお言葉に甘え、1日光龍館道場として使用させていただいた。
そこには、いつもの光龍館の風景があった。そう光龍館のみんながいつも打っている打ち込み台である。
風の日も雨の日も夏休み、冬休み、春休みと、どんな時も打っていた打ち込み台、都会の雑踏の中でふと田舎の光龍館を思い出したことでしょう。負けた悔しさ、都会で見る光龍館の打ち込み台・・・・思いのたけ打ち込みました。
また、調整もしっかりさせていただき福島館長はじめ子供達、本当にありがとうございました。
27日決戦の日
ビビリ根性を捨てた子供の快進撃が始まった。失うものは何もありません。最初から何もないんですから合言葉は、「日本の頂点まで一気に駆け上がるぞ。」
勝ったり負けたりの子供がきっちり決めてくる。歯車がしっかりかみ合い大将までつなぐ剣道。
打つか返すか攻撃攻撃攻撃の光龍館の剣道を展開しています。
1回戦から強豪揃いの日本武道館でこのへっぽこ侍が思い切り戦っていると考えるだけでジーンと来るものがあります。泣き虫監督ですかね。
最後の決勝に向かう時、「みんなが大好きな剣道、一生懸命頑張ってきたので今からまぶしい光の中で戦うんだ。先生もすべて教えたのでどうこう言うこともない。ビビリ根性を捨て光の中で思い切り戦え。」と送り出しました。審判の先生も8段の先生すべてお任せいたします。の心境でした。
先鋒伏見捨て身の思い切った面、ビビリタレ、泣き虫拓哉が日本武道館の決勝の舞台でよくぞここまで成長したなと。嬉しかった。
次鋒西岡、走ってはいつもビリ、運動会より剣道がすき。人の倍打ち込みしました。努力の人
中堅安田、どんくささ1番、不器用チャンピオンしかし、稽古大好き、打ち込みの鬼、熱が出ても、怪我をしても稽古を休まない、いつも稽古は強制的に休ませました。見事な引き胴でした。小手をとられたのは、やっぱりヤッサンがでましたね。
副将和田妹、姉に代わり出場、小さいながらも気迫の剣道負けん気の強さでよく踏ん張った。これからの成長が楽しみ。
大将森本、大将としてよく頑張った不器用を稽古でカバー。休むことなく頑張ってきたね。。
最後まで勝負に行かせたけど大将の宿命です。
まぶしい光の中、香川の無名のへっぽこ侍が日本の頂点に立ちました。
どんな子供でもやればできるんですね。
運動能力のあるなしにかかわらず剣道が大好きで、楽しいから夢中でやる。気がつけば頂点。
おめでとう。
しかし、今日勝って、明日勝てる保障はどこにもありません。
強さは1番ですが剣道でもっとも大切な礼儀作法、相手を思いやる心をしっかり学んでいかなくてはなりません。
剣道は、剣の理法による人間形成の道である。忘れてはいけません。
これまで、開館より支えてくれた、川添剣道スポーツ少年団の河合先生、また、稽古の機会を頂き開館よりお世話になった昇龍館一福道場の片山館長。そしてこれまで御協力、稽古いただいた関係各道場の指導者、ご父兄、子供達に感謝するとともに厚くお礼申し上げます。ありがとうございました。
これからもご指導頂けますようよろしくお願い致します。

久しぶり関東へ(平成16年10月)

10月の道場対抗に出場の折、台風接近!大会会場まで辿り着けるのか?
ニュースは、台風四国上陸!このままでは・・・・・・・
迷わず前日、出発しました。
千葉で関東の中学生の強化練習があるとの事で、ちょうど台風のお陰で参加が叶いました。
見るからにパワー、体格の違いを見せ付けられました。特に、逆井中学の選手は凄かった。
先鋒から大将まで名選手でした。先鋒は、百戦錬磨の言葉が当てはまるくらいの上手さ、経験を感じました。また、次鋒から長身の選手これまた立派な剣道でホント凄かったです。
結果は、パーフェクトで負けました。しかし、成果は十分です。ありがとうございました。
翌日、道場対抗に群馬へ入りました。
そこでもやはり気になるのは中学生!北海道、茨城、栃木、東京、岡山など実に鍛えられたトップレベルの中学生を見る事ができ本当に勉強になりました。思い切りの良い技、息をもつかせない早い攻めなどビックリです。
いいイメージトレーニングになりました。

目標を中学生に

あと、半年後には中学生!対戦相手は一つも二つも上の選手です。
今は、同級生や一つ下と戦って勝った負けたと言っている。中学に入るととても追いつかない。何やってたの?こんなはずじゃ??では遅すぎます。目標は中学生に変更しました。大きく真っ直ぐ遠くから打つ事、体当たりの強化を入れ基本打ちを重点的に意識改革しました。大きな基本打ちの時に37の竹刀を使い徐々に竹刀も中学生に移行していっています。4月には正規の竹刀が振れるようになっていると思います。
4月からいきなり37の子供とは明らかな差が出てると思います。

最後の昇龍旗 山下渉 復活!(平成17年1月) 

3度目の正直なるか!光龍舘が開館し初めて出場した大会がオープン参加の昇龍旗!このチームとしては、最後の大会です。しかも1本勝負ミスは許されません。
夏の大会で優勝してから子供も指導者も下手な自信があったのでしょう。日頃の稽古も甘くなり勝負に対する厳しさが足りなかったと反省しきりです。
しかし、中学の個人戦に出場の山下は、違っていました。翌日が県内大会の為、中学生の山下たった一人を残し、小学生は高松に引き上げました。
山下は、中学に進学し、部活と道場の稽古との両立が難しく不完全燃焼が続き、8月には小学生に打たれ、稽古でも小学生に泣かされるほど弱くなっていました。そろそろ限界かなと私も感じていましたが本人もそれに気づいていたのでしょう。9月から道場の稽古のみにしぼり力をつけてきました。5ヶ月みっちり稽古を積んだ山下は自分の剣道をしっかり取り戻し復活しました。
能力のある山下だから5ヶ月で復活できたのでしょう。他の人なら倍以上の時間がかかったと思います。強くなるには相当な時間を要しますが、弱くなるのは一瞬です。
この大会を監督もアップをする者もいない山下がたった一人で、試合前の気持ちをつくり最後まで戦い抜いたことは、凄い自信につながったと思います。また、試合中は周りの子供達を応援につけ最後まで戦った小さな巨人に大きな拍手お送りたいと思います。

大阪全国大会から最終決戦の舞台水戸へ(平成17年3月)
 

最終目標水戸に向けて、残り1ヶ月チームは、のらりくらりと今ひとつ活気がありません。去年のこの時期と比べると意気込みが明らかに違います。夏日本一という達成感がそうさせるのでしょう。このままでは勝てない。気迫これが剣道には一番大切なもの。そう思う時、私の気持ちを子供に伝える。最後に残されたのは、私が子供に立ち向かうことでした。お前達全員と相手してやる。俺がへばるかお前達が勝つか徹底した気迫の基本打ちをしました。しかし、まだまだです。ペースは上がらず考えることばかりです。なぜだろう、どうしたらいいのか毎日考えましたが、はっきりとした答えは見つかりません。大阪全国大会の本番で調整して水戸に向かうということで清算しました。しかしながら大阪から水戸まで、残された時間は1週間です。その時間で調整を完了しベストで望むということは至難の技です。それができれば、名監督だと和田母と笑い話をしました。
大阪では、大将の森本を先鋒に遣い、先の気持ち、先の技が出るようにし、先鋒の伏見を次鋒で遣い、よく見て戦うことを教え、次鋒の西岡を大将で遣い、大将の慎重さを教えました。結果は、小曽根Bチームに代表戦になり、森本を遣い負けました。今の実力はこんなもんでしょう。
しかし、私自身なぜ代表戦で森本だったのか・・・・・・・・。この場面では、伏見か安田だったと思っています。私の考えが甘かったのでしょう。
負けた瞬間、歓声が沸きました。光龍舘敗れるでしょうね!私自身また子供達もこの悔しさを真正面から受け入れ一週間後に備えなければなりません。試合が終わり何時も応援してくれている東陶器春風館の応援に行きました。
最初は、俺の方が強いとかそんな甘い考えで見ていたのでしょう。態度にそれが表れていました。しかし、三剣会との対戦でしたか先鋒から大将まで真っ向勝負で戦う春風館の子供達を見て光龍舘の子供の態度が変わりました。最後はみんな正座し拍手を送っていました。春風館の剣道を見て心打たれたのでしょう。私もその戦いを見て感無量でした。やはり剣道とは魂と魂の戦いだ、戦略や戦術など要らないと。真っ向勝負だとそう教えてくれました。
東陶器春風館の館長には、水戸には光龍舘の応援に行くからと言ってもらえ、感謝すると同時に必ずやるぞと思いました。
あと1週間微妙な調整をしつつ子供には、真っ向勝負、魂で戦えといい続けました。
大会本番、微調整を続けてきましたが本調子ではありません。しかし、日を延ばすことも、どうすることもできません。今日やるしかありません。
1回戦の立ち上がり伏見の見事な先制攻撃、気迫十分です。相手もいい相手でしたが先鋒の勢いで一気に攻勢を仕掛けました。コートを1位通過し次の相手は夏の道連でも準決勝で当たった勝田若葉会でした。ここが大きなヤマ場だと思っていました。試合前、伏見と安田を個別に呼び、もし代表戦になったらお前を使うと言っておきました。
先鋒伏見が夏の武道館での負けを勝ちにし、次鋒西岡が勝ち王手をかけました。しかし、副将、大将と負け、思ったとおり代表戦にもつれ込みました。
私はこの時、伏見しか思い浮かびませんでした。
しかし、伏見は、代表戦に出るのも初めての選手です。1昨年は、ずっと補欠で試合に出たのも1度きり、こんな大舞台で使うのも初めてです。しかし、伏見しかいませんでした。そう思わせた伏見もたいしたもんです。
伏見には、勝っても負けてもかまわない。今日の光龍舘の代表はお前しかいない!魂で戦えと送り出しました。
相手は副将だと感じていましたがやはりそのとうりでした。お互い真っ向勝負です。
お互いに先の技が冴え初太刀から勝負です。激しい打ち合いから一瞬、伏見がひるむかなと思いましたが真っ向から伏見が先に打ち抜きました。本当に凄い選手に成長してくれました。
大将戦で負けた森本が伏見に近づき、ありがとう。と一言いいましたが何か伝わってくるものがありました。
夢にまで見た最後の三つ巴戦の舞台までやってきました。狙うは、最優秀旗のみ!去年果たせなかった夢、全員総攻撃です。最後の如水館との激戦を森本が踏ん張り優勝を決めました。調子の悪い森本も最後まで踏ん張ってくれました。西岡もきっちり決めてきてくれましたし、安田も中堅の大事なポジションを守ってくれました。安田は、春休み一人打ち込みに来ていました。この頑張りやなら光龍舘の運命を託してもいと代表戦に行かせる準備もさせました。ここ一番の大事な場面で勝ってくれたのも、安田の人一倍頑張る気持ちでしょう。これからが楽しみです。副将も4年生の和田美咲、体は、小さいが負けん気の強さでチームを盛り上げてくれました。
今考えると、子供一人ひとりがそれぞれ調整をしてきたのかなとも思います。
念願の春の水戸大会の優勝旗を携え、瀬戸大橋を渡ることができました。
子供、親、指導者が本気になり、剣道ができる環境を作り、また、同じ目標を持つ者と切磋琢磨し協力し合って頑張れば、田舎侍も立派な侍に近づけるということだと思います。
このまま、日本のトップを走り続けて欲しいと願うばかりです。

中学生発進!

学校区の違いはあるが、それぞの中学に進学していった。目標は,全中、道連優勝である。
その為には、今までどうりの稽古を続けることが絶対条件の一つである。
しかし、思うようにはいかない。
私も中学の教師を長年していたが、小学生の稽古を見に行ったこともないし、どんな稽古をしているのかもまったく知ろうとも思わなかった。自分が小学生を指導してみて始めて思うことである。
小学生ということで下に見るところがあったような気がする。中学に来て、生徒を見たらわかると思っていたからだが、緻密に言うとどんな環境でどんな指導を受けてきたのか、また、子供の性格、試合での経験などまったく知らずにゼロからのスタートというのは今考えると申し訳なく思う。
極端な言い方をすれば今まで6年間育ててきた指導者と今から見る指導者とでは明らかな差がある。たとえば、いままで育ててきた自分の子供が病気になったらこう対処すると言うことは親ならこうするとこの子供はいいというのはわかっているが、明日から受け持つ人にはそれがわからない。当然の話ですが、その引継ぎを上手にできるともっとよくなると思う。
宮大工は、重要文化財に指定されている建物をつくる時、木一本いっぽんがどのような環境の下で育ってきたか吟味し切り出すという。そうして立てられた建物は何百年の歳月をすぎても堂々と聳え立っている。付け焼刃では、そうは行かない。剣道もしっかりとした基本の上に成り立つもので信頼と信頼のバトンを渡したいと思う。
強化にあたっては、強豪県といわれるところには、小学校から部活動があり専門家の指導を受けている。小学校から部活動なんて考えもつかなかったが本当に凄いなと思う。中学に入学しても道場と部活動が平行して当たり前に行われている。また私が稽古に行った公立中学では、全日本チャンピオンが男子顧問、女子のチャンピオンが女子の顧問という中学もあり剣道大国の人材の凄さをみせつけられた。今年度、全中優勝の逆井中学校も道場と中学校の連携の賜物だと思う。中学で勝つためには、中学からの強化では遅すぎる。小学生のうちからしっかり準備をしておかないと到底かなわない。高校も同じで稽古の進んでいない生徒を預かっても2年半では、ほぼ無理に近い。県大会優勝、全国大会出場を目指すならば話は別だが。
すべては、小中でどれだけ育てるか、どれだけ連携が取れるかが鍵だと思う。
ただ、学校という教育現場の中の先生に剣道のみに焦点を当てろというのは無理があるが、この障害をクリアーできる指導者の出現を願ってやまない。
子供を育てるため、良くするために自分の垣根をすて、みんなで協力すればきっと香川県にも日本チャンピオンが生まれると信じています。
勝つということだけがすべてではありませんが、幼少より大事な子供を預かって育てる者として、勝負がある限りは何とか勝たせてやりたいと思うのが親心だと思っています。

中学生の稽古

中学に入り部活動が始まったり、塾通いが始まり稽古に来る日が減ったり、時間に遅れるようになりました。これは、当然のことで仕方ありません。また、子供達にとっては、初めての中学生活と道場での稽古は大変な負担だったことでしょう。しかし、部活と道場の両立ができないと全国優勝と言う文字は見えてこないでしょう。なんとか踏ん張って軌道に乗せるのが当初の目標です。これもこの辺りでは初めての試みだと思います。周りから見ればいき過ぎに見えるかもしれませんが全国的に見れば当たり前のことなのです。
平日の稽古は、塾のない日に参加するようになっています。また、土日は、部活動の為、朝の稽古には参加できません。そこで、私も子供も大変ですが夕方の稽古に切り替えました。
今は慣れて当たり前になりましたが最初は、お互い大変でした。(笑)
たまにはゆっくりテレビも見たいし、食事にもいきたいね〜(笑)
基本の徹底を主にやっていますが小学生のときは道場主体でしたので試合練習も1月50試合くらいできたので足りない部分の補足ができたのですが、中学主体に変わり私自身が引率して試合練習に連れて行く機会が減りましたので大会のみの観戦で、その部分を見つけなければならず四苦八苦です。稽古でできると試合で実践できるとは大きな違いがあります。試合で実践できる為には何度も何度も繰り返し気の遠くなるような稽古が必要です。試合でその技が出ればとりあえず第一段階クリアーです。
何とか稽古は軌道に乗りつつありますが、しかし、まだまだです。

第40回全日本少年剣道練成大会(日本武道館) 
   優勝旗返還 選手宣誓


富士山の優勝旗を返還する時が来ました。
昨年、何が何でも獲りたいと皆で必死に獲った優勝旗です。
妹、弟達が代わりに返還しました。
和田美咲が優勝旗を・・・・西岡龍志が文部大臣杯を・・・・森本奈津美が優勝杯を・・・・・
思いひとしおです。
最後に、満員の日本武道館で、全日本道場連盟会長の橋本龍太郎元総理に、和田彩華が選手宣誓をしました。「・・・・・攻撃、攻撃、攻撃、打つか返すかの真っ向勝負の剣道を・・・・」心に響くものがありました。大観衆の大舞台でよくぞ立派に育ってくれたと・・・・・・・嬉しかったです。
本戦では、あと一歩力が足りずコート2位で涙を呑みました。
必ずもう一度、富士山の優勝旗を皆で獲りたいと思います。
個人戦は、和田美咲(5年)がよく頑張りベスト8になりました。5年生ながらも稽古は十分で地力もあったと思います。中学生の部も同じくベスト8でした。山下は、多くの課題を残しました。
来年度、もう一度この舞台で勝負させてやりたいと思います。
中学生として始めて出場したへっぽこチームは1回戦で姿を消しました。
子供達はいったいどんな気持ちだったのだろう。
甘い稽古では勝てない。まだまだ地力がない。しかし、いい勉強をさせてもらった。
来年は、紫の富士山の優勝旗を獲る。

第23回全日本小学生女子選抜個人剣道練成大会
    (平成17年10月8日 大分県)

夏の日本武道館が終わりもう一度徹底した基本に返った。
前傾姿勢、竹刀の握り、軌道を修正する為、正座させてのお互いの正面打ちを取り入れた。
ゆっくり大きく真っ直ぐに、正しい姿勢でこれも大変な時間がかかった。本来は一拍子で打っていたのをゆっくりとするわけですから体操と同じで、最終的には一拍子にまた戻さなければならない。長い時間辛抱しました。子供達は、下半身がまったく使えない分ごまかしがきかないという利点もあった。
重心の移動の仕方もゆっくりと教えた。左足の重要性、その場からの重心移動、右足始動の移動と・・・・・・・なんとなく理解できたかなくらいだと思う。
2週間後福岡で試合があった。私は全中で行かなかったが、ある先生から姿勢が真っ直ぐに起きてきたと褒めていただいた。少しではあるが変化しているようだ。
美咲の稽古は凄いもんだ!
毎日の稽古が終わってもまたその後、稽古を始める。なんでや!私も訳わからん状態です。
副館長の父が稽古が終わって、美咲に誘われ稽古に付き合う。頑張れお父さんですね。
稽古をしなさいとかいった訳ではないのに・・・・・・・不思議???
6年の水戸大会が終わるまでやるとのこと・・・・・・父・・・冷や汗・・・父ピンチ・・・・・
父母いわく最近、美咲おかしい?????
刑務所へ出稽古に行っても厳しい稽古をつけられるが最後まで打ち切る本当に凄い体力だ。
どこにそんな体力があるんだろう。
高校生でもあの稽古では音を上げるだろう。しかし、向かっていく。
それでも、いたって普通。
大分に出発、高速で大洲へ、船で臼杵へ。
着いたら温泉の筈が、どこで間違ったか会場へ・・・・・・
稽古相手は、姉の彩華・・・・本来なら姉が出場の大会、思うことはたくさんありましたが真っ直ぐに育ってくれると信じています。辛かったと思いますがしっかり相手をしてくれました。先の明珠館の個人戦では、姉妹対決を制し優勝しています。ちょうど愛知武徳館の岡本さんとも一緒に稽古で来ました。
温泉の筈が外へ出ると真っ暗・・・・・・今から別府まで帰ると思うとそんなはずじゃ〜
何とか別府に辿り着き、よし温泉だ!行ったところが怪しい誰もいない温泉・・・これまた、なんじゃこれ〜
よし今日は、焼肉だ!和田姉妹の好きなところに行こう!
怪しい温泉の女将さんに美味しい焼肉は? あそこかあそこ??? 美咲が右、彩華が左
着いたところはまたしても怪しい焼肉屋・・・
ユッケ・・・・やばい・・・・・横で和田父がユッケを焼きだした・・・まずい?・・・しかし、すでに食べてしまった私。もしもの時は明日、皆で点滴に行こう。
きっと明日はついてるぞ!でおひらき。
翌日、父いわく勝てる気がしないとの事・・・・・・・・・・・
私は勝つと言い切りました。
日本で一番、稽古した美咲が負けるはずないそれが唯一の私の思い。
緒戦から攻撃攻撃攻撃です。打つか返すか気持ちもしっかり繋がっています。
どの相手も各県の代表、そう簡単には勝たせてくれません。ヒヤヒヤドキドキの連続ですが最後まで攻撃を緩めませんでした。まさしく光龍舘の剣道、嬉しかったです。涙もんです。
最後の決勝に向かう時、毎日稽古に付き合った父に監督を譲りましたが取り合いませんでした。
最後は、親子で決勝の舞台に上げてやりたかった。
稽古の大好きな少女がみんなを見方につけて、日本一に輝きました。本当におめでとう。
日本地図の優勝旗前から欲しかったね!
ヤッサンも獲れなかった優勝旗、見事に獲ったね!
優勝旗と共に可愛く写ってるよ!
優勝したが翌日から相変わらず稽古をしています。たまには休め!
全日空ホテルで祝賀会のはずが、焼肉行こうね!なんてね!

全日本、全中まで残り9ヶ月(平成17年11月)

10月の近藤杯が終わり、子供も私もはっきりとした目標を設定した。
伏見のペースが一向に上がらず落ち込んできている。自分では一生懸命やっているとの返事だが私にはそう映らない。近藤杯で負けたら私の言うことが正しい。勝てば伏見が正しいと言うことで試合に臨んだが、案の定、負けまくった。その日から伏見の雰囲気が違う。うれしいことだ。日本一の先鋒からどん底に・・・・・最初は弱かったんだからまた、一から這い上がればいいことだ。
9月から大坂(中1)がチームに加わった。ここ最近随分よくなってきた。まず、足幅が狭くなり姿勢が変わった、構えも以前より柔らかくなった。先取り稽古でも以前は、よく打たれていたが最近はよく打つようになって来た。これから益々よくなるだろう。
安田も構えがよくなった、しかし、まだまだ稽古をしないといけない。最後はあの頑張りがあるから心配なし。山下もこの大会で何か手ごたえを感じたのだろう。いい感じになってきた。
西岡は、課題だらけだ。自分の技もあるだろうが基本をプラスして行かなければならない。
あと、9ヶ月と思うとあせりは隠せないができることから一つひとつクリアーしていこう。
気のついたことは、手元をあげないことの稽古。左足と姿勢が崩れないこと、攻められたら、攻め返すこと。その基本打ちと沢山の先生に地稽古をお願いする事。平行して突きと上段対策は続けていく。
中学での部活動も5時で終わるとの事、ペースを上げるには最適だ。この冬でどれだけ先に進めるかが鍵だ。

原点に返る(平成17年12月)

今年度を振り返ると3勝10敗,いつも勝負どころで踏ん張りが利かなかったり,自分勝手な剣道をしたりで試合でも勝てない。女4人男1人ということからなのか5年生3人と言うことからなのか、言い訳をするときりがないが原点に返りよく考えてみると、まずはいつもやっているタイヤ打ちの距離と打ちの大きさに原因がある事を発見した。以前の2年前のビデオを見返すと振り幅も大きく距離も遠い。ポイントは、何気に見過ごされていたところでした。距離が近いと言うことは、適当に打てばあたると言うことで、ただ打つことのみで打つだけの稽古、相手と対峙したときに打てると思う意識付けにはならないと言うことである。触刃の間から打つことによって、大きく打つ事と大きく足を出す、重心移動を早く行うことが大きな違いで、相手に対して構えた時に、「打てる、当たるという意識になるかならないか
という大きな違いがでる。中学生は、稽古に遅れてくるためタイヤ打ちが不足している。最近、間合が近くなったのもその影響もひとつと考えられる。
もう一つは、私が元立ちになることで気を会わせての基本打ち、と機会の捉えかたの稽古の不足だと思う。実際に打たせることは容易な作業ではないがやるしかない。お陰で手はパンパンに腫れあがっている。(笑)全日本メンバーには、毎日、打たせてやってたのになと反省しています。小中合わせての元立ち、買って出てくれる人いませんか?(笑)
切り返しで気のついたことがもう1つ、普段、切り返しはしませんが(独自の切り返しはやっている)、左右面が上から下でなく、横から出る子供についての指導で、実際に面を打たせると上から下に打つコースに変わった。

上段(18年1月)


中学生には、上段に対しての指導はすでにやっているが、過日、私の師匠の話をさせてもらった折に、ひらめいたことがあった。それは、上段である。
私の師匠は、中段、上段、二刀とすべてを使いこなす超一流の剣道家である。私の剣道観はすべて師匠から学び、感じ、体験したもので、師匠がいなければ現在の私は存在しない。
中学生に突きの稽古は、他の道場でもあるだろうが、上段は、まずないであろう。しかし、先を考えると今が一番いい時事だと感じた。これは、うちの中学生に限っての話ですが・・・・
上段といっても今現在、剣道をしている者でも上段をとった事のある剣士は何割いるのか?
私の思うに1、2パーセントくらいだと感じる。また、上段を獲りたいと思ったときは、ときすでに遅し・・・もありえる。高校から上段をとる?なぜだろう。チームが勝つためにそれしか残された道がない? 本当に上段があっているのだろうか?上段をとらす理由は何でしょうか? 色々理由はあるだろうが、すべて高校から0からの出発に変わりありません。
私の理由は、師匠と同じくすべてを網羅してもらいたいと同時に、剣道の幅を広げたいと言うことからスタートしました。
この時期、ある程度の基本はできており、中学生と言うこの時期は、何でも先入観なく吸収できると考えたからだ。まずは、足捌きが左足前と逆になる。これを、バランスよく合わしていかなければならないなど
足裁き、体さばきも多く取り入れることが出来る。まだ、初めて間もないが十分に適応しているからビックリだ。
特に山下には、天才的なものを感じる。本当になんじゃこれ〜である。
少しずつではあるが、上段を学び剣道の幅を広げてほしいと思う。あと4年は公式戦では封印だが光龍舘の稽古では出来るようになれば使わせてみようと思う。そうなれば、小学生も上段対策ができるようになり稽古が楽しくなる。道場に入れば、小中学生の上段など見たことのない稽古風景が飛び込んでくるだろう。本当に楽しみだがあと何ヶ月後にはそうなっているだろう。今から楽しみでなりません

馬場欽司先生来館(平成18年3月18,19日)

午前10時30分高松空港に東京より全日空機が舞い降りた。とうとう来て頂けた・・・・・・・。待ちに待った師匠が来県した。光龍舘開館よりいつか必ずと思っていたが、その体制を整えるのに五年を擁した。
しかし、夢、叶った。
待合ロビーから師匠の後姿を見つけた。師匠の立ち姿から放たれるオーラは、他の乗客とは、まったく違ったものだった。そのオーラに魅了され釘付けになった。あこがれ続ける剣士がこの田舎に、光龍舘に、足を運んでくれたと思うだけで目頭が熱くなった。緊張のあまり言葉も出ない唯一私が一番緊張する時だ。
今日の予定は、光龍舘のいつもの稽古を見て頂き、子供達と地稽古をしていただくことだ。自宅道場に着いた。雑談中、、師匠が眩しいばかりの竹刀袋を取り出して私に渡してくれた。今朝4時に起きて作ったとのことで嬉しさ一杯である。いつかこの竹刀袋で・・・・・・。また、馬場モデルの竹刀を一振り授けて頂きました。ドキドキと嬉しさとで一杯になりました。柄は、握りの位置に滑り止めのトンボ柄が入っていますトンボは、勝虫ということで昔の武将が絶対に後ろに下がらないと言うことで愛用したと聞きました。小手の藍が付くと青空にトンボが浮き出て青空を飛んでいるように見えます。この竹刀を振るう時は、一歩も後ろにはさがれません。
道場の現れた師匠の姿に館生すべてが釘付けになりました。見たことのないような凛とした気品と風格に圧倒された瞬間です。静かに道場に正座され神前に礼をされました。
さあ今から光龍舘の稽古を見てもらう。全員、魂で打ち込めとタイヤ打ちからスタートです。全身全霊で打ち込みました。師匠には、光龍舘の日本一の秘密はこれだなと言って頂きました。最後の地稽古です。
師匠が子供達にどんな稽古をつけるのか興味津々、見逃すわけにはいきません。私も面を着けて地稽古を受けていましたが隣が気になり、最後には見取り稽古をさせて頂きました。子供と合気になり先をかけ相手を引きだし打たせ応じる、一の太刀、二の太刀、三の太刀、体当たり、開き足流れるような体さばきと気の流れ、子供との稽古時は、元立ちは二倍、三倍動かなければならないとおっしゃっていましたが園児から大学生まで見事な稽古を頂きました。私も改めて勉強させて頂きました。
光は、初めて地稽古で父の師匠に掛かりました。我が息子ながら腕白ざかり、師匠にも肩車してなどと、私もドキドキでしたが稽古着に着替えてやってきました。どうなることかと見ていましたが師匠の魔術に上手にのせられ、見ている私も感謝の気持ちで一杯でした。楽しい稽古をつけて貰い調子に乗った光がまた並んでいます。自分を見るようでした。三回目に掛かろうとした時には阻止しましたが、何にもわからない園児にも伝わるものがあるんだと感じました。実に見事な稽古をいただきました。
2日目、今日は師匠に実際に指導していただく日、木刀を取り組太刀を伝えて頂きました。
全部で10本あるが今日は5本と言うことでした。
私もビデオで何度か拝見しましたが実際に指導いただいたことはありません。まずは、開き足を使った稽古。
左右に開きながら相手の左右面、脛を斬ります。腰を落として斬る、加えて正しい刀法で斬る。誰も出来ません。いままで光龍舘でやってきたものは何なのか完全に打ちのめされました。私は、竹刀競技、勝つ剣道を教えてきたつもりはありませんがそれを目の当たりに見ると、反論が出来ないのも事実です。腰を落として斬る。また、正しい刀法でしかも素早く体勢が崩れない師匠の剣捌きに圧倒されました。次から次に繰り出す太刀は流れるように相手を捉え、牛和歌丸が舞っているようでした。光龍舘にいるすべての観衆を釘づけにして稽古が終わりました。実際に見るまで少し軽率に考えていたところもありましたが眼からうろこでした。
現在の剣道の足りない部分がすべてここにあります。子供の頃、私も近所の友達を捕まえては、竹を切りに行き、刀代わりにしてよくチャンバラごっこをやりましたが、今は竹やぶもチャンバラをして遊んでいる子供も見かけることはありません。剣道教室でいきなり竹刀を持ち面、小手打ちですから斬るということも薄れて、理解できなくて当然でしょう。しかし、それを伝えることが現代剣道の役目だと私なりに解釈しました。昨今、関東学連、関西学連共に韓国チームに敗れ、これから益々、脅威となることは明らかです。180センチを越える長身から力強い先の技を出すと聞いています。私も何度か韓国ナショナルチームと試合をした事がありますが当時の選手が今は、監督、コーチとして国を挙げて強化を図っているのですから日本人の想像を絶するものがあると確信します。また、世界的に活躍した選手は、将来が保証され徴兵も免れる国ですから少年時代からはっきりとした目標を持って取り組んでいますので、現在の日本とは、最初から目標設定が明らかに違うことも事実です。しかし、剣道発祥の地、日本は正しい剣道でそれを打ち破らなければなりません。日本人たる宿命でしょう。勝つヒントは、この組太刀に隠されていると思います。
午後からは、剣道具師福井弘賢先生宅を訪問し剣道具に関するお話をお伺いしました。私も師匠に剣道具に疎いのでは駄目だといわれこれからですが勉強していこうと思います。
午後の稽古は、以前からお願いしてあった上段と二刀の指導です。上段の指導は、師匠に実際に教えていただいたわけでなく、私が師匠のイメージを子供に伝えるだけですので師匠との考えのずれ技術のずれがあってはなりませんのでご指導いただきました。1ヶ月くらい中学生の基本打ちの中に入れてありましたのでどうにか形にはなっていました。子供達には、師匠に来ていただいた時に本物の上段を学びなさいと常々行っていましたので子供達も目が輝いていました。上段は、火の構え一歩も引いてはいけません要領よくやろうと思うのなら上段は取ってはいけませんと言われました。上段をとる心構え、利点など。特に小手打ちは打ったら中段に返ると言うことした。実際に師匠が小手を打ち下ろすと片手で打ったか諸手で打ったかわからない早業で、次の片手小手からの諸手の小手面も眼が点状態です。二刀も文章では表現できません。すべての構え、技がつながり剣道の幅、剣になるということです。短い2日間ではありましたが師匠の一言ひとことすべての技を逃さず吸収いたしました。高松空港から飛び立つ全日空機を見送りながら師匠のありがたさと感謝の気持ちで一杯でした。師匠が、おいていってくれた大きなお土産を、これから、一つひとつ紐解いて必ず子供に伝えてみせます。
最後に、光龍舘の目標を日本一から世界一へ変更します。

         

              
    師匠と共に
                    平成十八年三月十九日(光龍舘にて)


第53回高松市剣道大会 優勝(二連覇) 4月23日

今年のチームは、低学年の部員不足があり4年生が出場するところに、1,2,3年生を選手として出場させました。到底、かなわないというのが率直な思いで、泣かずに2分戦えば花丸ということでした。それもその筈で週3回のチビチビ組み、面を着けるのも週1回の15分のみ。これも経験と送り出すことにした。
まずは、昨年度の優勝旗返還、一番小さい鈴木雄大に、自分より大きな優勝旗を返還させることにした。大勢の観衆の前で、見事返還できるのか? これもまた経験!しかし、やれば立派に出来ました。大きな声で返事をし、自分より大きな優勝旗を携え壇上に上がりました。返還の際、大きな優勝旗がバサッと雄大にかかり、一瞬雄大の姿が消えましたが立派に大役をやり遂げました。拍手喝采。大きな自信になったと思います。
いよいよ試合開始です。ふらふらのチビチビ軍団3名を連れ高学年のお兄ちゃん、お姉ちゃんもどうなることかとハラハラドキドキだったでしょう。
後ろの高学年に回れば勝機は十分あります。前のチビチビが問題!!!
しかし、私の心配と裏腹にチビチビ軍団大活躍でした。泣く子もいないし最後まで頑張れました。何度かここまでかと思いましたがチビチビの大活躍と最後は、美咲がきっちり決めてくれました。勝因は、チビチビの活躍につきます。私が考えたところ弱いけれども常に隣で稽古しているお兄ちゃん、お姉ちゃんを見ていたことだと思います。稽古は激しく、ぶつかる厳しい稽古。自分はしなくても肌で感じていたのでしょう。戦うという何かを感じ取っているように思えました。大きな自信がついたと思います。


全日本まであと二ヶ月

のらりくらりと中学生の稽古が進んできているがここに来て、一気に気が引き締まった。高校日本一の稽古法をみて特に男子の剣道環境は凄い。中学生は、日本一の高校生を隣で見ながら実戦さながらの稽古が気を抜く暇もなく永遠と続く、最高のイメージを抱いて稽古に没頭している。天狗になる暇もないだろう。うちの甘チャン中学生とは、厳しさ、稽古量、質、共に次元が違う。しかし、負けるわけにはいかない。出来ない理由を挙げるときりがないが、それは負け犬のいい訳だ。必ずやる。
本気の基本打ち、常に実戦。あと二ヶ月で必ず追いつき追い

高松市中学校総合体育大会

猛暑の中、県予選出場をかけての戦いが始まりました。日頃から総体は、暑さに打ち勝つ体力、精神力が必要だと常々言って来ましたが予想をはるかに上回る熱さでした。夏の大会で唯一冷房が効いていない大会です。暑さに打ち勝つ体力、精神力がなければ試合になりません。
大会前から山下ののらりくらりの稽古が眼に余る。今日は、負けるだろう。しかし、県予選にはつないでもらいたいとひそかに願う。
団体戦では、大坂、西岡、山下揃う紫雲中が優勝を決めた。女子は、和田、安田を要する協和が優勝。県大会出場を決める。いよいよ個人戦!なんと大坂、西岡、山下が同じブロックに入っている。
準々決勝は、大坂対の西岡延長の末、大坂が面を決めた。続いて準決勝、大坂対山下気のつながりにむらのない大坂、方やむらが見える山下、予想どうり大坂が終始攻め続け、延長の末、勝負を決めた。山下敗退。内心負けて良かったと思う。稽古の甘さは必ず試合に出るということだ。その稽古ではそんなもんだろう。しかし、ここに来ての大坂は違っていた。終始先をかけ気を抜かない。しかし、2年生で決勝進出。大きなプレッシャーもあるだろう。光龍舘としてたった一人残り決勝だ。負ける訳にはいかない。私の心配をよそに、大坂は、試合開始の合図から見事な先の面を打ち抜いた!相手も大きな3年生負けるものかと果敢に攻め立て1本返したが、乗りに乗った大坂は、見事な小手面で個人優勝を決めた。これは大坂にとって大きな自信に繋がったと思う。負けた山下は心に思うところがあったはずだ。明日の稽古が楽しみだ。
翌日の稽古、中学生が揃っているが山下の姿が見えない。副館長いわく、やっぱり、まだ懲りてないんか?今日も来んわ?との事。私は、山下は必ず来ると言い切りました。案の定、山下が現れました。
来ないはずはない。負けて黙っている山下なら当の昔にさよならしてる。負けないとわからない甘ちゃん山下が本気になった。

香川県中学校総合体育大会 優勝

いよいよ本戦。今日が勝負だ!山下もこの1週間、心を入れ替えよくやった。
男子団体決勝まで圧勝。あと1つ、相手は大川中学校。先鋒大坂、次鋒西岡は、ここまで全勝。
大坂がもつれて引き分けに終わる。いやなムードになってきた。西岡頼むぞ!混戦から1本勝ちでリードする。中堅先に1本取り勝つと思ったが2本取り返され負け、段々と嫌な展開になってきた。しかし、山下まで勝負は回る。副将粘る。ひき面で決ったと思い勢い余って場外、前の反則と合わせて1本負け。窮地に立たされた。1本勝ちで代表戦。相手も大川の大将、一瞬のミスですべて終わる。勝つもよし負けるも運命そう思った。山下にすべてかかっている。山下が立上った、さあ勝負だ。相手と気をつなぎ3回目の攻めで面を打ち切った。旗3本。ここからもつれるのがいつもの山下。しかし、今日は違った。攻めの手を休めることなく攻め入った。次の瞬間、会心の小手面が炸裂した。こんな窮地から抜け出す爆発力はずば抜けたものがある。最後の業も見事の一言に尽きる。
女子団体決勝、光龍舘、和田彩華、安田彩花のあやか、あやかのコンビ。何時もこの2人が引き分けて勝負がもつれる。決勝、先鋒和田が攻撃攻撃で猛攻をかける。見事1本勝ち。次鋒2本負け。嫌なムードになってきた。しかし、中堅安田が絶好調2本勝ちを決め大手をかける。その後、副将、大将とも勝ち県予選を通過した。男女共に全中出場を決めた。
残すは、個人戦、女子は、あやかコンビ。2人とも調子が上がっているのでいけるかなと思ったが落とし穴にはまってしまった。まだまだ力不足。力はあると思うがその力を試合で出すことができない状態が続いている。どこかで変わるときがくるだろうそれまで大事に育てていこう。
男子個人戦、ベスト4に山下、西岡、大坂と3名が残った。後1つ勝てば全中出場権がもらえる。
後一つだ。準決勝は、大坂対(大川中)動きが固い、いい技が要所で出るが後一つ決らない。延長に入った。大坂が思い切り面、相手は小手軍配は小手に上がった。しかし、あそこで思い切り面を打ち切れる大坂のこれからが楽しみである。山下、西岡戦同門対決である。もつれると思ったが山下が小手2本を決めて決勝進出。ここも光龍舘最後の砦山下は、負けられない。しかし、鮮やかな技で優勝を決め県大会個人戦1位通過した。

第41回全日本少年剣道練成大会 日本武道館

あっという間に大会が終わった。力不足とわかっているものの負けたら悔しい。
小学生も後ひとつ踏ん張れば、中学生も流れをつかめれば上位進出もあり得ただろうと思うが力及ばなかった。個人戦も和田は、よく頑張った。山下は、課題を頂いた試合だった。
ちょっと強いぐらいでは勝てない。頭ひとつ抜き出てどんな相手でも旗が揚がらなくても勝てる力をつけてないと勝利はない。
コート決勝で対戦した福岡如水館が見事優勝を決めたが先鋒から大将まで如水の名前の如く、気が止まることなく流れどこからでも攻撃でき応じられる流れるような剣道が印象的でした。日本中様々な剣風がありみていい勉強になりました。本当に剣道は奥が深いです。
山下に於いては、3月に師匠から教えていただいた気の3原則を表現しなかったことが大きな敗因です。
大会前日、師匠を訪ね稽古を頂きました。
小中学生共に大学生を相手に試合をしました。師匠から試合に小学生も中学生も高校生も大学生もない真剣にやるんだ!とのお言葉を頂きました。剣道に年齢は関係ない。実に斬新で先生らしい言葉でした。学生に打ち勝つた時、次は俺が相手だと小学生から中学生まで11名のすべての子供と試合をして頂き、常に真剣に先をかけられる師匠を見るにつけ熱いものがこみ上げてきました。感謝の気持ちで一杯です。稽古でも返し技、手の内の使い方、足裁きなどを指導して頂き、最後には斬る剣道を体験させて頂きました。試し切りも用意して頂き中学生らも見事切ることが出来ました。師匠のありがたさを感じる時間でした。まだまだ師匠から頂いた宿題の出来ていないことがたくさんあります。コツコツ積み上げて行きたいと思います。
東京に行って道場を留守にしていましたが、毎日タイヤ打ちに通ってくる4年生がいたと聞きました。うれしいことです。光龍舘の子供達はそうして育ってきたのです。ウサギと亀の競争の亀さんばかりです。コツコツ積み上げていくという基本を忘れてはいけません。2年後には必ず日本武道館の表彰台に立たせてやりたいと思います。

四国中学生総合体育大会 鳴門市

四国大会が開催された。全中の会場とあって下見の意味もある。
男子団体予選落ち、惨敗である。ここまでの調整、稽古不足。全中までに技術的に立て直すのはすでに遅い。個人の戦う気持ち、勝つんだという気迫に乏しい。全中では、気迫で立ち向かうのみ。勝負は1対1だ。個々の気持ちで戦って欲しい。
女子団体3位、中堅がまったく機能してない。
西岡稔真、個人戦3位。やっぱり亀さんは強い。ウサギさんはいろんな所で気を抜くが亀さんは、コツコツと積み重ねていく、その結果であろう。これからもコツコツ頑張って欲しい。
山下の敗因は、先をかけない。手足を使わない。気迫の3原則を出さない。ナイナイづくしでは、勝てない。挑戦者でなければ全中も勝者にはなれない。懇々と言って聞かせたが、果たして全中では出来るのか、簡単なことだが甘い気持ちがあれば四国大会と同じ結果で終わるだろう。やれば結果は、出るだろう。

チームワーク

私の思うチームワークは、仲良しグループではない。レクレーションならそれでいい。
大きな目標に向かう時、夢をかなえるとき仲良しでなくても、目標が同じなら力を合わして目標を達成する、それがチームワークと考えている。
目標が同じということだ。
そのために個々の今しなければならない技術を必死で克服する。それがチームの為になる。
しかし、それには個々の目標に対する高い意識と技術が必要だ。
まとまりのあるチームは、普通の○、異種独特のバラバラな個性派が目標達成のために集ったチームワークは、
になり絶大な力を発揮する。すべては、結果を出すことにある。
サッカーで言うと、嫌いだけどあいつにパスを出せば必ずゴールを決めてくれる。仲良しのあの子にパスを出せば失敗するだろう。果たしてどちらにパスを出すのか?高い目標設定がある個々だとすればゴールを決めてくれる嫌な奴にパスをするだろう。勝手気ままな奴がいるしかし、奴なら最後までドリブルで上がってくるだろう。でパスを出す。ゴール前まで上がっていった。最後はだれに決めさすのか、何時も口げんかする口の悪い奴がいる。背の高いヘデイングの得意な奴なら決めてくれるだろうとパスを託す。決めた。ゴール!高い目標意識がより大きな力になる。個性派チームでいい。
しかし、ここで言っているのは高い目標を持つプロと同じ、結果をだすチームということである。
仲間意識、お互いの尊敬、敬意というものは自然と後からついてくるように思う。信頼しているからパスをつなぐという結果として現れているように思う。
小中学生のアマチュアに当てはまるかどうかは、わからないが目標の設定によるのではないかと思う。
誤解を招くといけないので、これはプロの考え方である。
教育現場では、みんなで協力し、お互い助け合い、励ましあい、尊重し合うのは当然のことで、それなくしては、プロ的な考え方も出来ない。
小中学生にはチームワークというよりは、個々の技術をまず高める努力が必要だと思う。
ONE FOR ALL ALL FOR ONE

全中 惨敗

はっきり言える事は、日本一になる為には、日本一の稽古をしなければなれないということである。
まあまあでは、まあまあの結果しか出ない。
相手の素質、能力が高くレベルが違うと言う問題ではない。はっきりとした目標に向かい日々の稽古を確実にやったかやってないかである。誰にでもチャンスはある。
必ずやり遂げるという強い信念を持ち、ひとつ一つ個々の課題を克服していけば必ずできる。
長期の稽古計画と日々の稽古のペースをいかに上げていくかが勝負の分かれ目になるだろう。
一日の稽古が成功であったか失敗であったか、指導者としてはっきり評価を下さなければならない。
日本一稽古したチームが日本一になる。

和田美咲、執念の全日本女子二連覇!大会史上2人目!

この1年を振り返ると美咲は、本当に良く頑張ったと思う。初優勝した次の日から休むことなく稽古に打ち込んできた。普通なら少し休むのだが・・・ここが美咲の凄いところだと思う。勿論、二連覇したあくる日も当たり前のように稽古に来た。
試合で美咲が負けると大変なことになる。道場に帰って稽古だ。美咲の相手も大変だ!子供達も女の子に声をかけられるとなかなか稽古を断ることもできない。まして親の副館長も同じだったと思う。美咲が負けたときは近くにいたら声をかけられるので非難してこそこそするものもいる。美咲マジか??? これが素直な感想だろう。試合後の打ち上げが稽古に付き合って終わってしまう。(笑)土日の稽古も朝して昼から中学生に混じって稽古する。本当に良く頑張る。二ヶ月程前から刑務所に出稽古を開始した。先生方立ち向かっていく。相当に鍛えられている。これで終わりと思いきや!今から道場に行くとのこと・・・・・・・・刑務所の先生方もマジで????・・・・・・・・・絶句・・・・それほどタフなのです。
大会前日、光龍舘の稽古会に午前中出て昼から京都に向かう。稽古場所は立命館宇治だ。初めて見る学校に感動した。これぞキャンパス!地元にはない立派な環境だと思った。グランドは、ナイター付の芝生で・・・・・校舎は綺麗で廊下は間接照明で天井が丸い・・・・・・。びっくり仰天です。私もこんな学校に通いたい!これが私の印象でした。稽古場所は武道館で、一コート取れるくらいの所でしたが普段どうりの稽古をさせていただきました。
私事ですが、佐賀の岡先輩(現、有明中監督)に合いました。本当に良く会うな・・・・・と先輩。全中、第1回都道府県に道連とこれも何かの縁でしょう。学生時代は本当にお世話になりました。
試合は、第一コート、第1番です。
サブ道場で中学生の安田と思い切りアップしました。ここまできたら思い切り行け!やることはやってきた。負けるはずもない。周りは、美咲が負けても誰一人責める人はいないのですから・・・・・・・・・まわりの者は慰めの言葉を用意していたようです。
1回戦、目の覚めるような剣さばき実に立派でした。途中危ういところもありましたが相手に1本も与えず切り抜けてきたのですから神様もすべてをも味方につけているのでしょう。
最後の決勝は、絶対に負けないと思っていました。なぜならこの決勝に一年間を賭けてきたからです。見事な面でした。単に1年といっていますが本当に長いながい道のりでした。
優勝旗を手にして美咲が微笑んでいます。こんな小さな細い女の子が日本一とは普段着からは想像もできません。趣味は、帽子集め、パン屋さんになるんだそうです。(笑)
はっきりとした目標を持ち継続して頑張ればできるんですね。隣にいた私も大いに勉強させてもらいました。おめでとう。
周りから、次はゴルフに転向かと??? なぜなら史上初の選手はゴルフ界の米山みどり選手だそうです。

気の遠くなるような、地道な作業の繰り返し

開館した当時、今から指導することを一つひとつ記録に残していこうとある父兄と話してありました。なぜなら、私がすぐに忘れるからです。そのときそのときの子供の状況を見て指導内容もだんだんと変わっていきます。今、何が足りないかそのための稽古はこれだ!の繰り返しです。しかし、あいにく途中で終わってしまい私の頭の中に何となくあるだけになってしまいました。稽古日誌の大切さを感じています。
出稽古に行くと新しい発見があります。相手にあって、うちにないもの。新しい稽古法のヒントなど多くを見つけることができます。
最近は、切り返しが気になっています。特にすり足で体を安定させて送ること、脚力と背筋力の強化。手と足のバランス、左右面の刀の出かた、竹刀の握り方、体当たりの仕方、抜け足、呼吸などとてつもなく多く、考えただけでどれだけの時間を要するのか考えただけでも気が遠くなりそうです。切り返しひとつとっても満足いくものを求めるととてつもなく長い作業になります。剣道の指導が確立されるまでを考えると果てしない時間が必要で後どのくらい勉強したらいいのかと指折り数えると、とても私の年が足りません。
指導者は、常に預かった子供が少しでも良くなるようにとひたすら考えながら地道な作業を繰り返しています。子供の夢、親の夢、指導者の夢に向かって一丸となって達成したいものです。

 
第20回穴吹サーパスカップ瀬戸内少年剣道大会 四連覇!

思い返せば平成15年1月第16回大会、すべての学年を上げ初めてこの大会に出場し、打てども打てども旗はあがらず敗退。試合には負けたが、私も子供たちも負けたとは思っていません。その夜の反省会は、いまだに忘れられません。飯を食べながら悔し涙を流した子供と勝たせてやれなかった私と・・・・涙がほほを伝ってあふれ流れ落ちました。勝てなかった悔しさは、子供も指導者をも燃えたぎらせたのです。低学年から高学年までの総力戦。県内ナンバー1を競い合うのです。県内すべてのチームが優勝を狙い強化を進めていますそう容易な事で勝てるはずはありません。一人のミスが敗退につながります。全員総攻撃という言葉を良く使いましたが一人一人が勝負して1本ずつ取ればパーフェクトで勝てるのです。先鋒から大将まで気迫をつなぐと言うことです。それが出来れば勝ちにつながると信じています。
次の目標は、大会史上初の5連覇です。初心を忘れずコツコツ進んでいきたいと思います。

山下が旅立つ    平成19年3月23日

さっき山下が旅立った。
光龍館開館以来、大事に大事に育ててきた、かわいいかわいい息子が駅の人ごみに消えていった。
ホームで見送る勇気はなかった。こんなにも別れが辛いとは。
隣で父の様子をうかがっていた我が息子が、僕はずっとお父さんと一緒におるけん。と言った。
いずれ手放さなくてはならないとは分かってはいるが辛いものは辛い。
たった只今よりへこたれることなく己の道を突き進んでいくだろう。目標は、とてつもなく大きい。しかし、やればできる。
振り返ると開館当初、体は小さかったが生意気なチビだった。暴言も多く周りをみんな敵にしていた。副館長もあのアホには教えん!帰れ!とか・・・・・・稽古中も便所から出てこなかった。便所での稽古は3ヶ月続いたね!
いつからか暴言もなくなりみんなと上手くやりだした、中学生くらいかな?逆に生意気さが消え、生意気なくらいでえんじゃーと???副館長!?心の病で稽古にこれなくなった時、お迎えにも言ってくれたね副館長。
稽古は、やりだすととてつもなく力を発揮する。何度も絶対絶命の崖っぷちからチームを優勝に導いた。
稽古さえしっかりとやれば必ず大成するだろう。光龍館全員が応援している。新天地での活躍を祈る!
最後は、光龍館へ戻って来い。

第48回全国選抜少年剣道練成大会(水戸大会) 優秀賞 第三位

今年度最終決戦の舞台水戸へ、6年生2名、5年生2名、4年生1名、男2人女3人。
全くなんじゃこれの凸凹チームである。普段の稽古は、6年2名がペースを落とし下級生に付き合う。まさに下のものを上に引き上げるための基本稽古が中心だ。早く6年に追いつけと願うが下級生のペースは一向に上がらずここまで来た。しかし、6年二人はいつも稽古が終わっても中学生の稽古にすかさず入り頑張った。本当に凄いと思う。途中同級生が抜けチームが組めなくなると言うこともあったが不満ひとつ言わず黙々と稽古に取り組んできた。今回の布陣は、初めての試みでもあったが大将の和田を副将に使い西岡を次鋒に、初出場の土居を先鋒で使い、伏見を中堅に据えた。大将は、4年の三木。これまでは、大将和田まで勝負が回らなかったり必死で追い込むが逃げられたり、最後は勝負させたかった。しかし、試合途中で正規のオーダーで組んだ方が良かったのではないかと考えることもあったが結果的には最後の決勝まで戦えたのでこれもあるのかなと思っている。しかし、大将三木4年生の女子ではあるが全国の強豪チームの大将に臆することなく果敢に挑んだ勇気はたいしたものだ。これからが実に楽しみだ。
先鋒に起用した土居これも女の子だが気迫の剣道でチームを勢いに乗せてくれた。決勝トーナメント1回戦で失速しそうになったがよく奮起した。何か感じてくれたと思う。次鋒西岡もきっちり決めてくれた。大事な場面で大技小技を使い勇気を出して豪快な面打ち切ったった。また、南十津川戦でのつばぜり合いからの引き胴面は、技ありの1本だった。中堅伏見は、常に平常心を忘れず冷静な試合展開をしてくれたここ一番の踏ん張りどころでよくぞ思い切った面が打てたと感心している。副将和田、稽古の虫は、やっぱり強かった。常に先をかけ豪快に打ち切るお見事というほかない。普段着の美咲ちゃんとはギャップが大きすぎる。(笑い)
朝、会場に入った三木、土居は、初めて水戸大会の大観衆に包まれた。私は、いつも稽古しているお兄ちゃん、お姉ちゃんたちは、この中の全部のチームをすべて倒し頂点に立った。そのお兄ちゃん、お姉ちゃんといつも稽古しているんだから大丈夫だ。あとの者にも優勝チームにいた和田。西岡、伏見の弟だ。兄ができてお前たちが出来ないはずはないと。6年生には最後の大会、良くみんなで気持ちをつないでくれたと思う最優秀旗は逃したがみんなで気をつなぎチームとしては最高の試合だったと思う。
田舎の凸凹チームでもやれば出来るんですね。優秀旗を持ち皆で記念撮影嬉しかった。
羽田発、最終高松行きの飛行機にはのれず、必死で東京発岡山行きの新幹線に乗るため思い荷物を抱えて走った。息切れ筋肉硬直!(笑)なんとか8時30分最終ののぞみに乗れた。間に合わなければ東京で宿泊だった。まさかの事態を考えていなかったため財布の中身も心細かった(笑)ギリギリセーフー。
持ち金全部はたいてグリーン車に乗った。これは私のつかの間の御褒美。夜中1時30分無事高松に帰ってきた。
大会中は、休みにしているが道場には、タイヤ打ちの音がこだましていると聞いている。
光龍館には、剣道の大好きな稽古の虫がまだいる。今朝もその虫は、やってきた。剣道具をつけ、たった一人で・・・・・・・・打ち込み台を引きずって当たり前のようにタイヤ打ちを始めた。その名は、八木翔太!目標はとてつもなくでかい。
私は、開館当初から光龍舘には、光龍館の神様がいると信じている。
ひたむきに頑張れば必ず光龍館の神様が風を吹かしてくれる。

第42回全日本少年剣道練成大会

今年も暑い夏がやって来ました。小学生は、水戸大会3位メンバー3名を擁していますが、まだまだ力はありません。
初戦敗退もありうるチームです。なんとか持ちこたえコート決勝まで駒を進めました。相手は、砂山少年剣友会いつも対戦しているチームです。
先鋒、土居が先手をかけましたが、取り返され引き分け、次鋒、三木が引き分けに終わり、中堅、十川が1本負け、ここで、稽古の虫が奮起した。大きな相手で頭一つ半も違う相手に果敢に挑み1本勝ち。勝敗を五分に戻した。大将、伏見に勝負をかけたが引き分け。代表戦となった。代表戦に誰を使うかいつもならはっきり頭にあるが出てこない。全員を集め誰が行くかと聞くがみんなふさいでいる。伏見が行くと行った。これでだめなら仕方が無い。思い切り面に飛んだ。胴を抜かれ敗退。まだまだ自信の無いチームだ。代表戦に行くときは、以前はみんな私に向かってくる気迫があった。それが他人任せでは、到底かなわないだろう。気力の問題だ。後の言い訳はいらない。代表がでたのだから。
中学生は、女子2名、男子3名の都道府県メンバーだ。緒戦から苦しい展開になったが大将、西岡が何とか踏ん張りコート1位で通過した。
決勝トーナメント1回戦、練兵館に敗退した。何が違うのか・・・・。地稽古が足りないと思った。いい元立ち相手に錬る稽古をしているんだろうと思う。強力な元立ちが欲しい。
1.気迫で圧倒する。2.常に先をかける。3.体当たりの強化。4.地稽古の強化が必要だ。最後まで取りに行く気迫が必要だ。逃げは要らない。
タイヤ打ちをすべて出頭で捕らえることが重要だ。
課題は山積みだができることから真剣に丁寧にクリアーしていくほか無い。
下手な自信、プライドを捨ててひたすら打ち込むのみ。

山下 渉、水戸より帰省(平成19年8月28日)

後何日と指折り数えて待っていた山下が帰ってきた。
水戸に送り出したが、弱音を吐いてすぐ行き詰まるかなと思って心配していたが、私の予感は大きく外れた。帰ってくる今日まで一度も話をしたことは無い。ただメールは、交換していた。いつ弱音を吐くかと・・・・・・・・しかし、返ってくる返事は、いつも予想を覆す強気の発言と立派な言葉でした。稽古に継ぐ稽古、強化練習、合宿、試合と過酷な日程を気力、体力の限界をさまよいながらくぐり抜けてきた筈です。言いようの無い体験をこの5ヶ月乗り切った顔は、やり抜きましたと・・・・・・顔に書いてありました。本当に良く頑張ったと思います。その裏には、環境がとても良かったということだと思っています。初めて水戸葵陵に行きインターハイ優勝のチームはどんなんだろうと楽しみに行きました。眼光鋭く、威圧感がある生徒を想像していましたがまったく違いました。みんな明るく威圧感などまったく感じず暖かい雰囲気に包まれていました。これなら大丈夫とその時に思いました。ある先生が、「抜き身の刀をいつも持ち歩いているようではだめ、刀は、いつも鞘に納めて、いざと言う時だけに抜くものだ。」と言っていましたがそれを地で行く生徒達でした。好きな剣道をやる雰囲気がありました。山下も先輩達に可愛がられ大事にされて育てられたのだと感謝ています。
夏の最終合宿を終えて東京発最終便で帰ってくると言うことで高松空港には、山下を迎えにたくさんの舘生、父兄が詰めかけました。山下姉いわく「今日、誰か芸能人でも来るン」(笑)私は、「山下 渉が帰ってくるんじゃ!」待ちに待った、渉が帰ってきました。弟子の八木翔太をはじめ、中学生が周りを取り囲み話がつきませんでした。
翌日は、山下君を囲む会、みんなでお食事会です。その前に稽古!!私も楽しみにしていました。体も一段と逞しくなり中学生相手に稽古していましたが剣道をする力がついてきたと思いました。しかし、まだまだです。
いつも、言っていますが、1.まず、先を懸けること。2.相手が力を出す前に一瞬にして勝負を決める先の早さ。3.左右の動きプラス、縦の強さ。4.攻めは、自由自在で打ち切ること。冬までの宿題です。
山下を囲んで、園児やら小中学生がワイワイやっています。つかの間の休息ですが何日か後には、また、一線に復帰です。寂しさはありますが自分の決めた道、最後までやり抜いて欲しいと願うばかりです。
あっという間の3日間が終わり、水戸へと飛び立ちました。 
頑張れ!山下 渉!

 第二回全日本都道府県対抗少年剣道優勝大会 

思い起こせば3年前、小学生で日本一を獲ったチームが中学生では何の活躍も無かった。男子は、中体連の県予選を落とし全中さえ出場が叶わぬ結果で暑い夏が終わった。女子は、山形に行ったが予選敗退。3年生4人の夏は終わった。しかし、この子供達をこのまま終わらせるわけにはいかない。何も無いでは、この3年間は、いったい、なんだったんだ。私は、子供達に「私の夏はまだ終わっていない。このままでは終われない。大阪で日本一になる。」と。道連の反省を踏まえての稽古に没頭した。最後まで、先で逃げないで戦う事。 
まずは、地稽古の強化、電話をかけまくり、いろんな先生に稽古をお願いした。出稽古にも行った、高松刑務所、帝京第5高校、今治精華高校、高松西高校、高松南高校と。中学生が相手で嫌だったとは思うが快く受けてくださり感謝しています。ありがとうございました。今、出来ることは、すべてやった。
予選リーグ三重、大阪、三重に競り勝ち、優勝候補大阪、ここが大きなヤマ場。前2名で勝負をかける。先鋒、和田が果敢に攻める。相手は余して下がる繰り返しだ。強引に行った所を余して面に乗られた。2本目も同じ面だった。ここが相手の得意とする展開だったとは・・・・・・。
あとで考えると強引に行かせすぎた。自分のペースで試合をさせていればと思うと反省しきりです。次鋒、安田攻撃に行ったが最後の最後で居ついてしまった。一本負け。中堅、大阪が終始先で攻めまくったがあと一歩攻めきれず引き分けに終わった。副将、伏見思い切り技を出したが面を打たれ敗退。大将、西岡最後まで堂々と戦った。残念ながら予選リーグで夢破れた。前半で勝負をかけなければという監督の焦りが子供に伝わり敗戦につながったと思う。互角でじっくり勝負させれば面白い展開になっただろう。勝負は一瞬・・・・・・・稽古の積み重ねである。
その後、大阪は、一気に決勝まで。

第10回記念寺西杯から宿毛へ

初めて寺西杯に参戦した。全中会場の鳴門総合運動公園である。見渡す限り強豪ぞろいどうなるのか・・・・・・・・・。
おかまいなしの低学年チームあらよあらよと決勝までビックリ仰天。ここまできたら勝つぞ!しかし、相手は百戦錬磨の砂山少年剣友会。
しかし、チビ軍団も果敢に挑んだ!大将引き分けで勝ち・・・・・・・・・・・最後に一本決められ代表戦に。ここまでか・・・・・・。
チビ軍団を集め代表戦誰が行くか?男軍団と顔を見合わせたがうつむいた。なんじゃそれ〜・・・・・・・・・手が挙がった!!!福家寿歩だ!
よし!勝っても負けてもお前が代表だ!いけ!相手は、加納強敵だ!
真っ向勝負。相手の小手を電光石火の小手面で打ち抜いた。見事としか言いようがなかった。コツコツ努力の人はここ一番でも強かった。
内に秘めた爆発力で初の低学年優勝を決めた。
高学年は、シーソーゲームで上がっていった。究極の場面では、代表戦で土居裕佳が奮起しことごとく勝った。相当自信をつけたと思う。
少し前の土居とはまったく別人に見えた。集中力が違った。
決勝は、鳴門光武館に競り勝った。
中学生は、準決勝で徳島文理。先鋒、伏見がまさかの2本負け、次鋒、西岡が1本勝ちで大将戦までもつれる。大阪が果敢に攻めたがあと一歩崩せず敗退。三部門制覇はならなかった。負けたら悔しい。
いそげ!・・・・・・・・・宿毛へ・・・・・・5時過ぎに会場出発・・・・・四国横断だ!
闇から闇に移動で・・・・小学生が勝ったお陰で車の運転も長距離だが少しは軽い!カツオのたたきが食べたい!温泉に入りたい!欲求はつのる。
途中、食事してやっとのことで宿毛到着。11時前であった。お願いしてあった念願のカツオのたたき旨かった。
宿毛大会!低学年の部は、なんと3年生以下昨日の試合とは3名が入れ替わった。1年の光、2年奥村、3年鈴木である。先鋒、三木が華麗な技で決めてくる。天才復活。次鋒、光が勝つか負けるか中堅、奥村大分力をつけてきた。副将、鈴木危うい場面が幾度もあったが切り抜けていった。大将、大坂ここ一番で奮起した。このチビチビチーム初の決勝で名前を呼んでもらい照れながらも貴重な体験をさせてもらった。優勝!表彰式では、大将に賞状、副将に優勝盾、中堅にレプリカ盾、次鋒光何もなし・・・ヤバイ・・・・・・・・・・・金メダルの筈が何もないと分かるや怒りまくった。記念撮影ボイコット・・・・・・・・みんなでなだめ何とか撮影に成功。みんなにくれた盾で納得させ、盾の前で撮影。やっぱり1年生です。
八木翔太が快進撃!個人戦で初優勝おおいに自信になったと思う。出て良し返して良しコートを縦横無尽に動き回った。のびのび剣道をした。八木翔太に拍手喝采!5,6年女子では、土居と三木が勝ちあがった。土居が優勝を決めた。三木もよく頑張った。1,2年の部では、奥村航が優勝を決めた。「最高でも金、最低でも金」といわれ続けたが見事に金を射止めた。おめでとう。
鈴木雄大も3年生の部で見事3位入賞!親父の目標をクリアーした。「面タオル以外を持ち帰りたい!」銅メダルゲット!おめでとう!
帰りは、キッチンハウスというところで鳥の丸焼きをお土産に買った。美味しかった。来年は、ゆっくりと宿毛へ行きたいな!

           馬場欽司先生来館(平成19年11月25日)

      

今年も待ちに待った師匠が来館しました。
光龍舘一同心待ちにしていました。いつもは、剣道日本で先生の後姿を追うだけですので道場に現れた師匠に子供達の目は釘づけです。さあ稽古だ!去年より一回り大きくなった館生が、思いのたけをタイヤ打ちに込めます。その中でご指導いただいた跳躍からの様々な打ち方、体裁き、回転の技など師匠の研究心は、常に進化し、いつ会っても凄いなと驚かされます。昨年、師匠に送ったタイヤ打ち込み台で師匠は、あらゆる角度からの研究をしていたのだと思います。試し切りもしかりでした。本物は凄い。マンネリしてきた道場に新風を吹き込んでいただけました。
午後の稽古は、地稽古です。剣道の真央ちゃんが一番に掛かっていきました。憧れの剣道家に・・・・・・・・・・師匠の引き立て稽古は、本当に見事です。小さな子供相手に常に先をかけ、合気になって打たせ、応じる。流れるような足さばきと気の流れに感動です。私も昨年の師匠の教えを守り子供達と稽古してきました。気の三原則と竹刀はセキレイの尾の如く、足さばきは水鳥の如く、気は常に流れるを意識してやってきましたが師匠にはものの見事に攻めきられ素晴らしい面を頂戴いたしました。しかし、本当に気持ちのいい4分間でした。1時間30分もの間、31名もの舘生を流れるような剣さばきで最後まで稽古をつけて頂き言葉もありません。師匠の気と魂を受け継ぎ伝えることが私の役目です。
師匠に感謝し、舘生と共に憧れの師匠の背中を追い続けて行きたいと思います。

キャプテン(主将)、チームワーク

キャプテン(主将)とは、誰しもが尊敬し崇拝する人でなければならないと私は思っています。
勿論、剣道の技術にしても人間性にしても自分より相当優れている人物です。
そういう人物は稀にしかいません。ただ、キャプテン、主将と決めるいに何の意味があるのか分かりません。ただ決めなければならない役職なのでしょうか。逆に、その主将にすべてのものが認めて就いていけるのかが不安です。相当の力の差があるならそう思とおもいますが、そうでなければ反発もするでしょう。キャプテンとは、私が思うには、絶対的な人です。同レベルでは、勿論、キャプテンにはなれません。光龍舘には、キャプテンが存在しないのはそこにあります。なぜならみんなが自分が一番だと思っているからです。相当な力の差がないとみんながみとめてくれません。子供達は、ひょっとすると違う考えかもしれませんが、私がキャプテンを指名しない理由はそこにあります。一人ひとりがリーダーだと思っているからです。チームワークも前にも話しましたが同じ考えです。その時々にチームを引っ張ったり、個々に適切なアドバイスをしたりとリーダーシップを取るものが出てきます。私は、今はそれで十分だと思っています。道場では、号令をかけるのも順番にかけたり、先に並んだ者がかけるようにしています。全員がリーダーだと思っています。

旅立ち


        
           平成20年3月8日(道場前の橋にて)

3年前、日本中を湧かせた5名の田舎侍が故郷を後にします。それぞれの目標に向かって出て行くのです。
思い返せば、へっつぽこ達が夏休み、冬休みと自宅の打ち込み台を打ちに、快い自転車の響きと共に毎朝通ってきたのを思い出します。みんな体も小さく、どこから見てもへっぽこ侍、弱い弱い剣道少年少女達。私の心を大きく揺さぶった剣道大好きな子供達でした。水遊びをしながら、宿題をしながら打ち込み台に立ち向かう子供達です。この何にも知らない無邪気な子達を日本武道館の大舞台へ連れて行ってやろうと私の消えかけていた夢に火をつけさせた子供達です。それから私とのひたすらの打ち込みに全身全霊をかけ立ち向かってくる、稽古で手抜きをされた覚えは一切ありません。「ただひたすら立ち向かう」この言葉がピッタリです。日本一になれた理由は、私と子供が同じ思いでただひたすら全身全霊で稽古をやり抜いたこと。父兄が私を信じてくれたこと、悪く言えば田舎の無名の剣道おっさんに騙され続けてくれたことです。それと日本一になれる稽古をする環境があったことだと思っています。
中学3年間を終えた今も私も子供達も未だに日本一への情熱は消えていません。余計に思いが強くなっている程に永遠に追い続けるでしょう。
それぞれの決めた道で目標を達成してくれると信じています。
 西岡稔真が北海道、東海第四高校に。監督は、教士八段の古川和男先生です。初めてお会いしましたが剣道も強いですが実に爽やかな春風のような先生でした。「北海道は寒いですが、剣道は熱いですよ。」とても印象に残っています。世界チャンピオン、日本チャンピオンが育っています。
 大坂浩一朗が茨城、水戸葵陵高校へ、平成18年度のインターハイ日本一の高校です。監督は私の大学時代の同級生で君島先生。先輩の山下がいることもあり心の中では、最初から決めていたのではないかと思います。総体を終えてから浩一郎が本気で稽古に取り組んでいる、本気になった浩一郎のこれからが本当に楽しみです。「日本一になりたい生徒が欲しい」とのことでした。日本一には一番近いと思います。
 伏見拓哉が愛媛、帝京第五高校へ。平成16年度、春の選抜日本一の高校です。二宮、白石両先生の「四国から日本一を出したい。」が印象的でした。高校進学に向けここ最近、基本打ちも変わってきました。これから高校で鍛えればもっともっと良くなると思います。伸びしろが一番あるのは、この拓哉です。急激に成長するでしょう。
 安田彩花、和田美咲が大阪、PL学園に。19年度、インターハイ、選抜準優勝の高校です。多くの世界大会、全日本選手権者を育て上げています。監督は、川上岑志先生です。彩花、美咲の中高コンビがどこまで育っていくのかが楽しみです。「世界大会まで行こう」が印象的でした。
しかし、寂しいものです。山下も含めこの5人が香川に残り日本一を目指す監督と一緒になりみんなで力を合わせれば目標は達成できると今でも思っています。誰も好んで可愛い我が子を知らぬ土地にたった一人で出そうとは最初から思っていません。子供の剣道に対する意識レベルが高くより上を目指すといわれれば納得せざるを得ないというのが現状です。早急な環境整備と指導者のより高い目標設定が必要です。
高校で日本一を目指すなら小学生レベルから始まり中学3年間と一緒に大切に育てすべての仲間と協力して高校で力を一つに結集する環境がなければなりません。黙って生徒が自分のの高校に来るのを待つしかない状況では全国大会出場すら長年の夢で終わってしまうでしょう。日本一など夢の夢です。目標、目的の考え方の違いはあると思いますが子供の成長は待ったなしです。出来ない理由を考えてもきりがありません。
今でも地元で育てたい思いは、変わっていません。その時が来るまで地道にコツコツ毎日、子供達と稽古に励みます。







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